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公園

作者: ジャグラー

梅雨の時期にしては珍しく晴天が続いたので私毎日のように近所の公園まで足を運んでいた。私の足をその公園に向けたのは、初めて散歩に出た時その公園で出会った一匹の小さな白い子犬のためであった。

 

 その犬はもう白とはいいがたいぐらいに汚れていたが、つぶらなその瞳は穢れていない純粋さを保っていた。


 彼は(いつしか私はその子犬のことを彼と表現していた)、歩き疲れベンチで一服していた私の足元にいつのまにか現れ、何かをねだるように足元の匂いを嗅ぐように擦り寄ってきた。

 

 最初、私はその汚れた彼を足で追い払おうとしたが、彼はしつこく私の足元に擦り寄ってきて、そして、私のほうに顔を向けたのである。

 

 黒く潤んだ瞳、野良犬のように目やにの付いていないその瞳は、彼自身が自分の瞳が持つ母性本能を刺激する力を知っているように私を見つめてきたのである。


 「何だ、おまえは。」私は声をかけ、手を差し出し、彼の頭を撫でてやった。彼はうれしそうに尾を振ると、友好の証のように私の手を舐めようとしてきたが、私は、さすがにそれは許さずに、彼の舌をよけた。そうすると彼はさらにうれしそうに、私の手をなめようとじゃれ付いてくる。


 何度かじゃれあっているうちに、私は近くに手を洗う場所があることを知っていたので、彼に任せるまま手を差し出した。私は手でじゃれあいながら、これだけ人になついているのなら彼は誰かの飼い犬ではないかと思い始め、辺りをうかがってみたが、飼い主らしいものは見当たらなかった。


 「そうか、お前は捨てられたんだな。」その時なぜか感傷的になっていた私は彼の境遇がかわいそうに思え、日が暮れるまで彼とともにそのベンチで時を過ごした。

 

 夜が迫り、私は名残惜しかったが帰宅することを決めて立ち上がった。彼はその私を見て激しく尻尾を振り、私の周りを走り回った。

「おまえをつれて帰るわけには行かないんだ」私は優しく彼に語り掛けた。「明日また来てやるから、何か食べ物を持ってきてやるから、いいな。」

 

 彼に私の言葉が通じたとは思えないが、彼はしばらく私の足もとのにおいを嗅ぐと、私の家とは違う方角へ走り去っていった。

次の日からである。わたしが足繁く毎日その公園に通うようになったのは。私が公園のベンチにつくと、彼はちゃんとそこに待っていた。そして私が持参した食べ物を彼はうれしそうに食べ、時には一緒に辺りを散歩したりもした。そんな時彼は私の少し前を歩き、時折、早く早くとせかすようにうれしそうなその瞳を私に向けるのであった。

 

 そして夕方になり、私が別れを告げると彼はひとしきり私のにおいを嗅ぎ、どこかに去っていくのである。

 

 どこに行くのだろうか。どこかに夜は夜で餌をくれたり、かまってくれたりする誰かがいるのだろうか、それともどこかのねぐらで孤独な夜を過ごしているのだろうか、そんなことを考えながら、彼に触れたり、舐められたりした手を、一生懸命に洗っている自分に、深い自己嫌悪を感じるのであった。

 

 4日ほどそんな生活を続けていた後、天候はこれまでのうっぷんを晴らすようにおおいにくずれた。土砂降りの雨は一日中続き、私はその雨を部屋の中から眺め、彼のことを心配した。

 

 だが、私はその雨の中、彼に会いに行く気にまだはならなかった。彼もきっと来てないだろう。私は自分の罪悪感をそう思うことで慰めた。

 

 翌日、まだ少しぐずいてはいたが私は公園に足を向けた。

 

 いつものベンチには、彼の姿はなかった。しばらくあたりを探しては見たが彼の姿はどこにもない。いつも彼が立ち去る方向に歩いてはみたが、彼を探し出すことは不可能であった。私は罪滅ぼしのつもりで持参した食べ物をベンチの下に置き、家へ帰った。

 

 それ以来、その公園には足を向けていない。当然、彼に会うことも二度となかった。



                               おわり

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