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果てない久遠・創まりの永遠  作者: 四月一日八月一日
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創まりの大陸

      序章



 『星の楽園へ』

心の中、私の魂に呼びかける声。

ずっと、その言葉が心の中にある。

私は、その場所へ行かなければならない。

理由は解らないけれど。

『悠久神話』

私は、ソレを識っている。

―だから、私はソコへ行かなければならない―




 私達は、宇宙の汀に腰をかけ、まもなく訪れる、この星、最後の夜明けを待っていた。

二人で『星の記憶』と『星の物語』を、永遠の彼方へと語りながら。

「私達は、翔くコトは出来ないと思っていたけれど、星の種として、翔く時がきた」

「星の種として、星々の宇へ巡っていく」

二つの声が重なる。

地平の、星の輪郭の彼方が輝き創めた。その輝きは、すべてを飲み込んでいく。

二人を、宇宙の汀を、そして星のすべてを。


『星の記憶』『星の物語』

その創りは、何処から何処までなのだろう?

終わりは創めで、創まりは終わり。

その繰り返しが、無限の如く続いているのだろうか?



『悠久神話』

―常春の大地。穏やかな風が吹く、豊かなる恩恵を受けし大陸。星の楽園と謳われた国で、宇宙の彼方を夢見た記憶。創まりの神々の唄。楽園より旅立ちしモノよ。古の唄と共に待っている。還るべきは、星の楽園へ。在るべき者よ、還りきたらん。星の海へ翔るため。

私は、星の楽園で待っている。悠久神話。今は果なる星の記憶の奥底に―




「私は、ソコへ行かねければ」

夜闇の中、荒れ狂う波。小さな舟に、少女が乗っていた。

「星の楽園へ」

何度も同じ言葉を繰り返し、呟く。

小さな舟は、何度も波に飲まれそうになっては、浮き沈み。

「辿り着けたなら、『私』の『答え』は見つかるの」

月の無い天空に向かい、娘は悲痛な叫びの如く言った。



  

  


   終焉の日

「本当にいいの? ラ・ムー」

薄暗い部屋の中、まだ幼さの残る少女は、躊躇いながら静かに言った。

幽かな光が、壁に掛けられている絵を照らしている。

天体図とも地図とも見て取れる、不思議なモノが漂う絵だ。

「はい。もう、その術しか残されていないので」

半透明で、銀色に近い光を放つ不思議な姿。人間に近い少々異なる。

その者は、宙に浮いている。有翼人の姿にも見えるが。

問いかけた、人間の少女とは異なる姿だった。

「やっぱり、そうなのね。もう他に道はないのね」

少女は、悲しそうに呟いた。

半透明の女、ラ・ムーは頷く。

「ごめんなさい。オラクル。あなたを見つけて、後継者にしてしまったことで、とても大きなコトを背負わせることになってしまって」

ラ・ムーは悲しみを湛えた声。

「いいえ。ラ・ムー。そのようなコトはないよ。私もまた『星の教え』を継ぐ者。それに、古く遠い遥かな記憶では、『星の行方』を見つめる宿命を、魂に架せられているのだから」

少女は、あえて明るく振る舞う。

「そうね。あなたは『創まりの魂』。星の主神に命じられし魂の主。だから、この先も巡り合うでしょう。あなたの『器』が、何度変わっても」

ラ・ムーが言う。

「うん。解っている」

オラクルは答える。

「皆は巡り行ける。だけど、私は巡り行くコトは出来ない。この姿のまま、永遠に在リ続ける。ソレは、私にだけ架せられたコト」

寂しそうに、ラ・ムーは呟いた。

「大丈夫、ラ・ムー。いつか、いつかきっと、翔いていけるよ。あの宇宙へ」

オラクルは、言った。

それは、自分自身にも言い聞かせたものでもあった。

「ありがとう。オラクル」

ラ・ムーは、形の無い涙を零した。

「何処かで出逢えたなら、その時は、ゆっくりと、お話できるといいね」

オラクルの言葉に、ラ・ムーは頷いた。

「星の教えを護る者、古き星の主神に仕えていた一族は、この大陸より旅立ちました。各地にて、幼き文明に『星の教え』を語り継ぐ為に」

言って、ラ・ムーは壁の絵を見つめ

「―再び、宇宙へと翔たける文明が生まれるのは、何時になるのか? その時、この星は、どのようなカタチになっているのでしょう? 三度、三度、同じ結末を辿らなければ良いのですが―」

と、呟く。

「それは解らないよ。だけど、ソコに私達が存在した理由と答えが、あるかもしれないよ」

オラクルが言う。

「―答え、か」

ラ・ムーは、力なく呟く。

「大丈夫。私が探すから、『最後』にソレを聴いてくれれば良いよ」

オラクルは、ラ・ムーの正面に立ち言った。

ラ・ムーは、幼さの残る、オラクルの瞳を見つめる。

「ありがとう、オラクル」

ラ・ムーは、涙を拭い、言った。

「それじゃあ、いいよね。ラ・ムー。この『ムー大陸』そのモノを消し去る。ソレが、この星を救う唯一無二の方法。この大陸の、すべてを。命も文化も叡智すらも。すべては『星の記憶』になり、そして『ムー大陸』は伝説となる…‥」

オラクルは、ゆっくりと歩き、壁の絵の前に立つ。

ラ・ムーは、その横に立つ。

『もう、戻れない』

二人の呟きが重なる。


 壁の絵の裏には封印されていた扉があった。

その扉を開くと、遥か下へと向かう階段がある。ムー帝国、帝都にある大神殿。その地下深くにある、この部屋。星の民とラ・ムーのみが立入れる場所。で、そこから、更に地下深くへと向かう。とても人間の手で造ったとは思えない、建造物。どれほど地下深くにあるのかさえ、誰も知らない。その終着点には、広大な空間が広がっていた。

『星の祭壇』と呼ばれるモノがある。

二人は、その前に立ち、星の主神と神々に祈りを捧げた。

闇の中でありながら、眩しくない明るさ。矛盾した空間に、祭壇が放つ不可思議な光。

二人は顔を見合わせ、頷く。

「原初よりの神にして、星の主神ヴァルヴァドスよ。星の封印を解き、この大陸を星の中から消し去るコトを、お赦しくださ」

二人の声が、無限にも近い空間に響いた。

それと同時に、眩い光が空間を満たし、ムー大陸は激しく揺れた。山々は焔を吹き出し、丘の様な津波は、ムー大陸の中心へと流れ込んだ。そして、眩い光に包まれる。ムー大陸を海底、あるいは時空の彼方へと消し去った。

それは、すべて一瞬のこと。


   静寂


 銀色の月が、水面に映っていた。

先程まで、ムー大陸が存在していた場所に、半透明のラ・ムーが浮いていた。

「これが、ムー文明・ムー大陸の終焉。コレも答えなの? 他の幼い文明も、同じ道を辿ってしまうの? 私は、ソレを見つめ見届けるコトしかできない。それが、私に架せられた宿命なるもの」


 ソレは、創まりにして終焉。終わりにして、創まり。




 

      第一章 『創まりの大陸』



     『創まりの魂』


 豊かな大地と優しい風。限りない実りの恵み。咲き乱れる花々、それを唄う小鳥たち。

楽園にふさわしい大地。命溢れる、星の楽園。

原初の地球に生命が生まれ、人類が生まれた。それは、一般的な『歴史と生物学』

有史以前に、伝えられたコトとは別の物語だけど『星の記憶』の一部であるのは確かだ。

その有史以前の、さらに遥か遠い時代の物語。

地球の四分の一を占める大陸が、赤道を挟むように広がっていた。

伝説では『ムー大陸』と呼ばれているもの。

有史の歴史とは違う。だけど『星の記憶』には違いない。

だから『星の記憶』を辿る『者語』。


 原初のムー大陸には、現世でいう『魔法文明』に近い文明が存在していた。

大陸の東に、その文明は築かれた。文明では、宇宙や星々を夢見て宿る力を『魔法』として利用していた。

文明の者達は、星と伴にあり、大いなる恩恵のもと、神々と共に暮らしていた。

その時代より、少し昔、『星の覇権』を巡って、神々の聖戦があった。


 星の主神にして創造神ヴァルヴァドス。外宇宙より地球に飛来した、邪神にして滅びをもたらす神ガタノアージャの闘い。付き従う神々と人間による、大きな闘いだった。

永き闘いの末、邪神と付き従う神々は封印された。そして、星の主神もまた眠りについた。

それは『星の記憶』の片隅に残されている。



 ムー帝国は、ムー大陸の中心に栄え、帝都を囲むように七つの都市が築かれている。魔法文明と称される『クナーア文明』は、帝都より遥か東の土地に栄えていた。ムー大陸には、多くの山があるが、帝都の東にある大陸を南北に分断するように聳える巨大な山脈があった。その山脈を越えた先に、原生林に浮かぶ島のようにクナーア台地がある。その台地には、天空を貫く霊峰ヤティス山が聳えている。

それは、遥か古の霊峰。その頂きには、宇宙の主神に接する為の祭壇がある。

現在、クナーア台地はおろか、巨大山脈より東側は禁断の地とされている。

残された遺跡が、その文明の存在を物語っていた。

それは『星の記憶』。

神話であって伝説。伝説であって神話。

 『星の記憶』と『星の教え』を語り継ぐ者は、時に埋もれた『物語』を語り初める。

「ここより遥か東の土地に、栄えていた国の物語です」

老婆は言って、古ぼけた本を開いた。



 大陸を南北に走る山脈によって、分断されたかのような場所。原生林の樹海に浮かぶ島の様な台地。そこには、天空を貫く山が聳えている。

台地は豊かで彩り溢れていて、荘厳な神殿をはじめ、様々なカタチの神殿がある。

星の主神ヴァルヴァドスと星の神々を祀る神殿。

ここクナーアでは、『星の教え』のもとに『星の命』を隣に置いて、人々は神々を信仰し暮らしていた。

 初夏は、大きな祭事が行われる季節。それに伴って巡礼の時季でもある。

『星の主神』の神殿にも、各地より神職者と巡礼者が訪れていた。各神殿への参道には、花々が飾られて祝福を彩っていた。大通りには、様々な店が並んでいる。

通りも広場も、行き交う人々で賑わっていた。

 その賑わいから遠く、星の主神ヴァルヴァドス神殿の奥深い場所。立入れる者は、限られている禁足地。そこは、神殿の中心にあたる。

星の主神が鎮座している空間に、続いている。

その空間に入れる者は、さだめられた者のみ。

 深いミスティックブルーの空間に、ヒトガタをした光と、黒髪を足元まで伸ばしている娘が立っていた。

ヒトガタの光は、星の主神。娘は、ヴァルヴァドスに命じられた神子。

彼女の名前は、イース。生まれた時、主神と隷属する神々によって、選ばれし存在。

神子イースは、表に出ることの無い存在。だから、一般の神職者や巫女達と接する事は無い。彼女の世話係は、『星の教え』を語り継ぐコトを宿命とする者達。

ヴァルヴァドスと、イースは不安そうな表情を浮かべ問う。

「―それは、まことですか?」

イースの言葉に、

「ああ。これは、避けることは出来ない。覚悟をしなければならぬ」

主神は、淡々と答えた。

「邪神ガタノアージャですか?」

主神は、頷く。

「アレは外宇宙より飛来した、この星と理が違う存在。だが、奉じる人間と伴にいる。我々からすれば、邪神。その力を手にして、星の覇権を狙うといったところ」

「そのようなことで、民の平穏な日々が奪われ、星の命を危険に晒すなんて」

イースは、主神に訴える。

「だから、我も動く」

「そ、それはつまり、聖戦が始まるのですか?」

イースは震えながら、問う。

主神は、答えなかったが

「ヤツは理由に過ぎないが。人間の進化。そこで生まれる望みが、文明を築き、ここを造りあげた。それもまた『ひととき』のコト。星と時の流れの一欠片に過ぎない。そして、今より大きく巨大になり、極まって滅びへと進んでいくのも、また流れ」

主神は、一呼吸し

「それは、我でも予測や理解の及ばぬコト。我々とて、大いなる『流れ』の一つ。すべてを識るという、宇宙神ウォンジナなら『答え』を持っているかもしれんが」

イースは、何も言えず俯いた。

「イースよ。そなたは『人間』を見極めたいか?」

主神が問う。その真意に、イースは戸惑うが

「私は『人間』を見届けたい。『星の命』と共にあれるのかを」

決意を秘めて答える。

「では、大いなる『宿命』と『使命』を、そなたの『魂』に架す。イースよ、その『魂』で、万物と人類の文明を見つめ続けるコトとなる。『星の教え』のモトに『時を決める』者として」

イースを包み込むように、主神は光を振りかける。

「―時を決める?」

「見届ける『時』、その意味と答えが解るだろう。そなたは『魂』において、見届けるコトとなる。それが、そなた・イースという存在を器としている、型取りし『魂』のさだめ」

主神は、淡々と告げる。

その言葉の意味を、イースは考え、震えが止まらなかった。

「それは、この星が果てるまで?」

と、声にならない呟きをした。


『創まりの魂として』

遥か遠くで、何者かの声が響いた。

「はじまりのたましい?」

イースは、その魂に問うように呟いた。

『そう、創まりの魂。この星の為に生まれた『魂』。あなたの中にあり、あなたとして在る。その魂が、あなたイース』

何処かで聴いたコトのある懐かしい声。

「―スーロンティ。今は、星の記憶にあるのみ。星の母神」

ヴァルヴァドスは、静かに言った。

「星の母神?」

「今は時の彼方。その記憶のみ。そなた達・人間を産んだ母神。そして、我が双神だ。古き闘いにおいて、その姿を隠してしまった。だけど、その魂は今も星と伴に在る」

「その様な母神が、存在していたとは識りませんでした」

イースは、申し訳なく言った。

「無理もない。まだ幼い人類が生まれて間もない時代のコト。だが、常に『星の記憶』と伴に在リ『星の命』と伴に在る」

主神は、静かに答えた。

イースは、じっと彼方を見つめ

「星の記憶は、永久に存在し続ける。でも、そのなかで私達が生きているのは、ソノ一欠片でもない。それは、遠き未来も同じなのでしょうか?」

と、問う。

「ソレを見届けるのも、また宿命」

静かに答え

「聖戦と呼ばれる、古の闘いも、これから創まるコトもすべては、星の記憶となっていく」

そう告げる声は、遠くなっていき、それとともに大いなる気配も彼方へと消えていった。


 空間に独り残されたイースは、星の祭壇を見つめる。

広大な空間。灯りが無いのに仄かに明るい。光を湛える不思議な素材の壁。

この部屋が、何時の時代に、どうやって造られたのかは、誰も識らない。

ただ、星の祭壇と呼ばれ、星の主神が降り立つ場所とされている。

「私の『魂』は、この星と伴に在り続けるコトかぁ」

小さな呟きは、果てない未来へと向けられたモノだったのだろうか?


 

 神殿の中心部、星の祭壇より戻ったイースを、彼女に仕える・神司達が迎えた。

神司達は、星の主神に直接仕え、そして神子イースに仕え支える者達。

神司達は『星の民』である。『星の教え・命』と伴にある者達。

「お帰りなさいませ、イース様。大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

初老の女神司が、心配そうに問いかける。

「大丈夫よ、カリア。それより、最長老は何方に?」

自分の不安を振り払う様に、イースは少し笑って答えた。

「只今、表神殿にて祭事を執り行っておりますが」

「‥‥そうですか。そういえば、その季節でしたね。……皆に、招集を掛けておいて下さい」

カリナに告げると、イースは部屋を出る。

「わかりました。イース様? 何方へ?」

「久しぶりに、外へ行きたいの。このところ、ずっと籠もりっきりだったから。それに……今は、大祭の季節だから」

振り返って答えると、そのまま部屋を後にする。


 部屋に残された神司達は、互いに顔を見合わせ

「イース様、お疲れに見えましたが、何かあったのでしょうか?」

若い男の神司が、カリナに問う。神司達の中で、最近、イースの側近になった者。

「おそらく、ヴァルヴァドス様と、お話された内容が、良くないモノだったのではないかと。イース様は、嘘が下手です。明るく振る舞っている時ほど、悪い事の前触れが多いです。最長老の事や招集の事。何があっても、支えてあげるのが私達の使命です」

カリナは平静を装って答えたが、内心は複雑だった。




 イースは、随分と久しぶりに神殿の外へと出た。

神殿の外は、初夏の風が吹いていた。大地には、命が彩りを輝かせている。街には、多くの巡礼者や観光客が行き交っていて、賑わいは華やかさがあった。

この季節は、様々な命が生まれる。新しき命と恵みを祈り、豊饒を願う。年間を通して、穏やかな気候の土地。人々は、『星の命』に感謝を捧げる。

それが、春の大祭。

この時代、『星の力』を利用する方法があった。

解りやすく伝えるとしたら『魔法』。

四元素、火・水・土・風。的なモノ。光とか闇。他にもあったが、ソレは余りにも曖昧な記憶。クナーアでは、『魔法』は一部の人間にしか操れない。昔は、それなりに操れる人達がいたが、先の聖戦後、自在に使いこなせる者は少なくなってしまった。

神司や神職者は、使うことが出来たが、それも少ない。

何時しか『魔法』は、特別なモノになっていた。

 通りには、各地から集まった商人達が店を出していて、巡礼者達は気になる店の前で立ち止まったり、談笑したりしている。

大通りにある広場では、大道芸人などの見世物が披露されていた。

そこでは『魔法』が見世物となっていた。

イースは、その様な街の様子を見ていると、少し気持ちが和らいだ。

深めに被っていたフードを取る。初夏の香りを含んだ風が、イースの前髪を揺らした。

額には、蓮の文様が現れていた。


 通りを歩いていると、幼い出家者の子供達が、巡礼者に『蓮』の華を手渡していた。

『蓮』の華、蓮の花に似ているソレは『星の華』と呼ばれる。

そのカタチが、星の世界図に似ているコトから、一種の象徴とされた。

幼い少女が、イースに一輪渡して、微笑んだ。

「ありがとう」

イースは受け取って、微笑み返した。

幼くて出家するのには理由がある。素質がある場合や、本人の意思。

あるいは、孤児。

イースは、物心がついた頃には、主神の神殿の奥深くにいた。

両親や家族の事は知らない。

最長老の話では、ある日、奥の院に、赤子のイースが置かれていたということ。

孤児には違いないが、主神がさだめた神子として、育てられた。

そのことに疑問は無かった。


 星の命。その一つだから。

この星に生まれて生かされている。万物と生命。その半分は、死である。

死の先は、次の命になる。そして、魂は新たな命に転生する。

この星では『魂魄』は転生する。『魂』は転生し『魄』は星の一部となるという。

魂は巡りゆくモノ。転生が良いモノであるようにと、人々は祈るのだ。

「神々への祈りと、自分自身の祈り」

そういう概念が、クナーアでは存在していた。

イースは、それに少し疑問を感じていた。


 この星に生まれ、生かされている。神々も人間も、動植物も。

他の命と共にある。その命を尊重し共にある。ある生命を受け入れる。

それは『星の命』だから。

だけど、『幾つもの文明』が、欲望のままに動いて『星の命』を貪った末に、滅んでいる。

その根源にあるモノが、外宇宙より原初の星に飛来した、邪神。

この星の法則と異なるモノが故に、滅びを求める。

人間は欲にくらむと、力を欲する。だから、邪神を奉じて力を得ようとする。

その邪神の本質も知らず。

その存在が、動き出す。このクナーアの台地を喰らうために。

 賑わう街を歩きながら、イースは考えていた。

星の祭壇で言われた、星の主神ヴァルヴァドスの言葉の真意を。

『聖戦』は何度も繰り返されてきたというもの。

結末は様々だったらしいけれど。

―もし、そうなってしまえば。

考えれば考えるほど、滅びの足音が聞こえてきそうだった。

だから、あえて光の中で、賑わう街を見つめた。


 そのことよりも、気掛かりな言葉があった。

『星と万物・人間の行く末を見届けよ』

主神の言葉が浮かぶ。イースは場所を移動した。

クナーアの都が一望出来る場所。ここへは誰も来れない。

街の中から、魔法で移動したのだ。

クナーアの都は、守護像に囲まれている。都を守護すると同時に、台地の外から来る悪しきモノを監視している。ソレが何時の時代に造られたのかは不明。

台地の下には、原生林が樹海の様に広がっている。台地に暮らす者は、まず原生林には降りない。台地は島国の広さはあり、何もかも満ち足りている。

降りる者は、祓いの儀式を司る神職か、学者の一部。

原生林の樹海には、古の時代に造られたという、邪神を奉じる場所があるとされた。

だから、前者以外だと、邪神に魅入られてしまった者か自ら赴く者だけだ。

束縛の少ない法の中でも、樹海に降りる事だけは固く禁じられていた。

 台地の西方には、大陸を南北に走る大山脈がある。幽かに見える山脈は万年雪を被っている。その大山脈の西側は、この時代はまだ未開の地であった。


 クナーア台地には、天空を貫く霊峰ヤティスが聳えている。

霊峰ヤティスの頂きには、古の時代、星の主神とは別の大いなる神が降り立ったと伝えられている。その神は、星の神々とは別の存在。ある神話では、宇宙を創りし神とある。

別の神話では『宇宙の主神』とされ、そのモノは『万物の創まりから終焉』を記録したモノでもあるとされる。

ヤティス山頂に立てば、いかなるモノであっても識る事ができる。

だけど、大いなる気配を感じれるだけで、何も得るモノは無い。出来ない。

気配はあれど姿は視えず。求めているモノが解けるとは限らない。

故に、選ばれた者だけが、識るコトができ答えを得れるとされていた。

イースは、霊峰を見上げた。

「創まりの魂とは、どういう意味なのだろう」

呟くと、その場から消えた。

 転移魔法で、霊峰ヤティスの山頂へ移動した。

古の理。古の魔法。『星の民』にとって、ソレは日常。

山頂には、宇宙を表した魔法陣が描かれている。これもまた何時の時代のモノかは、不明。

魔法陣だけでなく、宇宙を表現した様々な遺跡がある。

宇宙の神々と接する為のモノとだけ伝わっている。

見上げれば、掌に天空が掴めそうな場所。

もしかしたら、宇宙への港だったのかもしれない。

イースは、天空を見上げる。

遥か西の空へと太陽は沈む、その様子が見える。一息吐く度に、陽は沈んで行った。

大山脈の向こうへと。

今日は、新月。星々の輝きが増していて、眩いほどだった。

ここに立てば、万物の記録や記憶が視えるという。

『宇宙録・アカシックレコード』

全宇宙・幾重の宇宙の創まりから終焉までしるされしモノ。

それを読むことができると。

イースは、太古に描かれた魔法陣の中央に立つ。

吹き付けていた風が止まる。

静寂だけが、そこにある。

天空を見上げる、イース。

不意に、息を切らし座り込む。

「ああ。やっぱり、そうなってしまうのね」

瞳を強く閉じる。滲んだ涙が頬で凍りつく。

「―私の魂は、この星が果てる時まで巡り続ける。星に還るコトなく。滅んでは創って、滅ぼして創る。そこに『答え』を見つけないと、いけないの?」

天空を宇宙を見上げて、イースは言った。応えるモノは、いない。

「終わりの創まり、ソレが『答え』?」

悲しみに満ちた声で、呟いた。


 イースは、そのまま座り、天空を駆けていく星々を見つめていた。

―間もなく終わる。

誰かが何処かで囁いた。


 やがて、東の空が白んで来ると、イースは立ち上がった。

冷え切った身体を、朝日が照らす。イースは、大きく息を吐いた。

息が凍って、サラサラと朝日に輝くのを見つめ、幽かに笑った。




 神殿に戻った、イースを、最長老ドフナと世話係カリナが、心配そうに出迎えた。

「一晩、お帰りにならないから心配しましたよ。ああ、こんなに冷たくなられて。今すぐ、湯殿をご用意しますので、まずは温まってください」

イースの冷え切った手をとり、カリナは言った。

「心配かけて、ごめんなさい。霊峰ヤティスに行っていたの」

力の無い声で、イースは言う。

「そ、そうでございますか。これからは、遠出をするのであれば、一言お願いします」

カリナは、イースに香茶を淹れたのを渡して言った。イースは茶を受け取り、頷く。

「皆は、集まっているの?」

「はい。『星の民』一同は、集まっています。皆、心配し、お待ちしています」

「そう。―聖戦が始まる。最後の聖戦に、なると、のこと」

瞳を閉じて、静かに告げた。

最長老やカリナをはじめ、その場にいた者は、息を飲んだ。

しばしの沈黙。

「―そうで、ございますか。解りました。そのコトは、私から皆に伝えます。ですから、イース様は、少しお休みになって下さい」

取り乱すこともなく、最長老ドフナは答えた。

そして、部屋を後にするイースに、丁重に礼をとった。


 イースは、浴槽に身を浸しながら、ずっと考えていた。湯の中には、良い香りのする花弁が浮かんでいる。それを見つめながら。

「星の終わりまで」

心の何処かで、声がする。

「終焉を創める」

また別の声。

「星の生命を護る為に」

聴いたことのある声だけど、誰の声か思い出せない。

「―星の鍵を手に」

イースは、その声を打ち消す様に、お湯に潜った。

そして、声の『正体と主』を識った。

湯の中で、イースは声にならない叫びを吐き出した。


『創まりの魂』

星の記憶が、語り始めた。





     二 『稀有なる者』 



 「―遠い昔、この大陸の東に栄えていた国では、神々と人間が共に暮らしていました。

時には、神々と人間の闘いがあり、また人間同士の戦いも多くありました。だけど、神々と人間は一緒に暮らしたそうです。それが、クナーア文明です」

ベッドの傍らで、老婆は古ぼけた本を膝にのせ座っている。

「ねぇ。リィ婆。その国は、今でもあるの?」

ベッドで横になっている、幼い少女が問う。

その少女は、人間とは少し違った姿形をしている。

肌は、何処か銀色を思わせる色。肩からは、羽に似たものが伸びている。黒い瞳と黒い髪。

不思議な風貌。

「はい。クナーアは滅びてしまったのです。星の主神と邪神との闘いが、ありましてね。様々な力が注がれ、ソレが暴走し、星を飲み込もうとした。星を護る為に、クナーアをあえて終焉させたそうです」

「じゃあ、皆は?」

「星の主神に仕えていた一族は、そうなるコトを識って、『星の教え』を語り継ぐ為に、クナーアより旅立った。だから、その末裔達は、ムーに暮らしているのですよ」

と、答える。

「星の教えって。皆が言っているコトだよね?」

「はい。その『星の教え』です」

「そんなに昔から、あったんだ。私、そこに行ってみたい」

少女は、上半身を起こして、興味津々といった感じで、乳母に詰め寄る。

「ダメですよ。ラ・ムー様。クナーア台地を含めた東の地方は、禁断の土地ですから。今もなお、神々同士の闘いの影響が残っていて、その力に触れると消えてしまうそうですよ」

「えー。でも、私、行ってみたい。本当に、そうなっているのかを見てみたい」

「ダメです。禁じられている事なのですから。それより、そろそろ、お休みください」

駄々をこねる、ラ・ムーに布団を掛けながら言う。

「明日、帰ってくるんだよね。父様と母様」

「ええ。だから、今日はもう、お休みください」

優しく言い聞かせ、ラ・ムーが眠りにつくのを待ってから、乳母は部屋を後にした。


 白く輝く回廊。窓からは、湖に浮かぶ島と、その島には天空へと聳える白く透明なる輝きを放つ塔が、見えている。

ムー帝国・帝都。ヒラ二プラ大神殿。ムー文明の象徴であり、中心。

宇宙を目指し、宇宙と交わり、そして宇宙へと翔く文明。

豊かで平和。平穏で限りない恵みが溢れる大陸。

「あれから、数千年近く、か」

リィは、月明かりに照らされた大神殿を見つめ、呟いた。



 クナーア文明は、神話と伝説になった。

『星の民』と『星の教え』は、今も受け継がれている。



 クナーア文明で、未開の地とされていた、大山脈の西側。ムー大陸の大半を占める、広大な大地には、様々な民族が暮らしていて、それぞれが小さい文明を築いていた。クナーア文明ほど、高度な文明では無かったが、そこには暮らしがあった。

そこでも、万物に神々が宿っている自然信仰があり、同じ様な『星の教え』が人々の暮らしの中にあり、星の主神ヴァルヴァドスと神々の物語があった。

クナーア文明が高度だっただけで、他にも文明は存在していた。

クナーア文明が滅びる前、『星の民』は西を目指し旅立った。そして、他の文明を周り、ムー大陸の中心に、『星の祭壇』を見つけた。

何時から、その場所に在るかは不明。何時の時代に造られたか不明。

クナーアにあった、『星の祭壇』と同じモノ。

『星の民』は、その土地を開拓した。

開拓しながら気付いた、霊峰ヤティスの幻影が在る事を。

山そのものがあったワケでは、無い。その『力』があったのだ。

それは、今でも解らない。予め、そういうモノだったのかもしれない。

 『星の民』は、そこに新たな文明を築くことにした。

ここならば、『星の教え』『星の命』を語り継ぐ事が出来ると。


 ムー大陸には、様々な人種が存在した。そして、様々な神々も。

『八百万の神々』といった感じで、星の主神を初め、太陽と月といった宇宙的なモノに神々を視ていた。あるいは、自然そのモノ。

それぞれの文明が大きくなるにつれ、交流や戦が何度か起こった。

『星の民』が、ムー大陸の中心に新たな文明を築いてからも、衝突は何度となく起こった。

それぞれの文明にいた『星の民』達が、和解を勧めた。

生まれた文明は違えど『星の教え』は、同じ。

そうして、ムー帝国が誕生した。

帝国と行っても、『私』が話しやすい様に言っているだけ。

帝国となる以前から、霊峰ヤティスを再現する大神殿は造られていた。

『星の彼方へ』

そういった、宇宙への憧れが共通して存在していた。

だから、霊峰ヤティスの『神話』を識っている者達から広まった物語が、ムー各地で語られて、宇宙を目指すという、大神殿建設に多くの者が参加した。

『宇宙の主神』や『宇宙の神々』に近づくためとか、宇宙へ漕ぎ出す為とか、そういう話が、当時のムーで話題だった。

それとは別に、何処が発祥で何時から語られているのかは、不明な物語があった。

『異国の星。天空の彼方より来た者は、大空を自由に駆け巡る。星の国々を旅して来たと言う。彼等は、星の海を渡り、遥か太陽と月を旅して巡ったと。大いなる宇宙の神と伴に。彼等は、星と宇宙を手に入れた。手に入れたけれど、ソレは再び悠久の彼方に消えてしまった。いつか再び、宇宙へ還る、その時を夢見ている』

その物語が、現実になって、自分達も宇宙へ飛び立てると信じた。

大神殿が完成し、宇宙の主神と出逢えたならと。

 

 宇宙を望み 目指した文明。


 ヒラ二プラ大神殿の建設が始まった頃、すでに空を飛ぶ技術は存在していた。

その技術が存在していたから、大神殿の建設は出来たのだろう。空を飛ぶ技術があったから、宇宙を目指したのだろう。


 建設を始めて、二千年が過ぎた。

ヒラ二プラ大神殿は完成した。大神殿の素材は、白い石質の物だったが、その素材は光を受けると透明に輝く性質を持っていた。

その為か、別名は『透明神殿』と呼ばれた。

完成した頃には、『星の岸辺』『宇宙の汀』といった、成層圏より高い場所を飛行できる技術が開発されていた。その様な『舟』を改良し、宇宙を目指す夢は続いていた。

ムー文明にて、宇宙を目指す者や、『星の教え』と伴に他の大陸を目指す者。

この頃のムー帝国では、色々な事が活発だった。

 

 ムー帝国。そう表現しているけど、それぞれの都市では自治が行われていた。

王族は、クナーアより来たりて、この地を開拓した『星の民』の中の一族。

絶対的な権力というより、『星の主神や神々』に仕えている宗教的な存在に近い。


 ムー帝国・帝都ヒラ二プラ。

王宮では、現王ナアカル二十一世が、学者達から報告を受けていた。

老王は、安楽椅子に座って聞いていた。

「もう数年もすれば、星の海を渡ることの出来る舟が完成するでしょう」

言って、一枚の紙を広げた。舟の設計図。

「そうか。ようやく、我らの悲願にも近い、永き夢が叶うのか」

老王は、顎髭を擦りながら呟く。老王の額には、蓮の刺青がある。話をしている学者達も、小さいが額に蓮の刺青がある。

『星の華』。

この時代、『星の教え』を継ぐ者が戒めを込めて入れるとされた。

特に決まりはないが、王家の者は、より大きく鮮やかな色で施す。

クナーアより来た者達が、広めたというが。

「残念なのは、ソレはきっと孫の代か、その先になることだな。余にはもう、その時間は残っていない」

深い溜息混じりに、言った。

「陛下。きっと翔くことは出来ます。魂は巡るモノですから」

若い娘が言った。額には皆と違う『蓮』があった。化粧眉なのか、それとも何かの印なのか、薄い眉毛の上に二つ文様のようなものがある。

「そうだのう。その時は、きっと素晴らしい世界になっている事じゃのう」

老王は、嬉しそうに言う。

輪廻転生が自然現象の様にあると、ムーでは信じられていた。

「はい。その時には、我々はきっと『異国の星』その民達と出逢えていることでしょう」

学者の青年は、別の紙を広げた。

「望遠鏡で観測できた、命が存在していると思われる星々の地図です」

と、説明する。

ソレを点と線で繋ぐと、『星の台座』『星の華』のように視える。

「この地図すべてに、命があるのならば、この無限と思える宇宙に我々だけではなかったと、思えるなぁ」

目を輝かせて、老王は言う。

「宇宙に翔く時、御隠れになられた星の神々も、そのことを祝ってくれるだろうか? そなたはどう思う、宇の巫女」

額の印は、特別な者の『徴』でもあった。

「はい。きっと祝福し導いてくださることでしょう。『私達』は『その時』を待っているのですから」

宇の巫女は答える。

老王は、満足そうに笑って瞳を閉じた。



 

 ―あの日から数百年。

『星の民』は、表から身を引いて見守る道に。

『星の教え』を語り継ぎながら、『創まりの魂』を持つ者を探している。

白い回廊から、大神殿を見つめ、リィは考えていた。

『星の教え』のもと『異国の星』を目指し、ソレは叶えられた。

ソノ結晶が、ラ・ムー王女。

この星『地球』と、メガラニカという名の星・その民とのあいだに生まれた。

唯一無二の稀有なる存在。

他にも、夫婦となった者はいるけれど、そこに子は生し得なかった。

あまりにも稀有な、存在。

それは、『宇宙の主神』が生されたコトなのか、『星の主神』なのか。

ラ・ムー王女のコトを考えると、何か大きな因果律を感じてしまう。

『星の記憶』は繰り返す。

リィは、その考えを振り払う様に、大きく息を吐いた。

「星の主神・ヴァルヴァドスよ、どうか御守りください」

月の光に白く輝く大神殿を見つめて、そう祈った。






    異国の星・メガラニカ



 ヒラ二プラ大神殿が完成から、数十年後。

ある夏の夜。その夜は、稀にみる大嵐だった。打ち付ける雨は凄まじく吹き付ける風は、雨とともに大きな音を立て、視界は遮られてしまう。

滅多にない大嵐に、人々は嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

普段なら、夜遅くまで飛行している舟も、今は港で泊まっている。

眠らない街も、この日ばかりは静まり帰っていて、通りを暴風雨が吹き抜けていく。

迂闊に外に出ようとすれば、身体の軽い人間は飛ばされてしまう。

そんな猛烈な嵐の夜のこと。

 ヒラ二プラ王宮の一室から、窓の外を見つめる娘がいた。

「すごい、雨風」

「はい。学者達も、数年にあるか無いかの嵐だと話していました」

窓辺に立ち、外を見つめる娘に、中年の女性が言う。

「そうなんだ。確かに、こんなのは始めてかも」

窓には、打ち付ける雨と娘の姿。

娘は、長く伸ばしている黒髪を束ね直す。

「ダメですよ。レムリア王女。この様な嵐の中、しかも夜中です。外出なんて許しません。もう、今日は、お休み下さい」

女性は、きつい口調で言った。

「怒らなくても、行ったりしないよ。スシャ」

レムリアは苦笑いを浮かべて、言う。

その時、窓の外を眩い光が点滅しながら横切った。

「こんな時に、舟を出すなんて」

レムリアは、窓に手をかける。

「まさか。見間違えでは?」

侍女スシャが言った時だった、

窓の外、闇と風雨を、光が照らしたかと思った瞬間、大きな音と振動が辺りに走った。

レムリアは、窓を開き身を乗り出して、先を見る。

「ちょっと、レムリア様」

スシャが慌てて駆け寄る。激しい風と雨が降り込んでくる。

「舟が墜ちたよ。どうしよう」

殆ど視界が遮られているなか、墜落した舟から炎が立ち上っているのが見えた。

「どうしようと、言われましても」

二人が話していると、宮殿の中が慌ただしくなる気配がした。それから、墜落した艦に向かう舟の灯が見え始めた。

「レムリア様。もう締めますよ。宮殿の部隊や港の救助隊が、向かったようですから。気になるのは解りますが、ご自身も部屋も水浸しですよ」

と、炎を見つめるレムリアを横に、スシャは窓を締めた。

「レムリア様。湯殿に入って、お着替えください。ここは、片付けておきますから」

スシャは、部下の侍女を呼んで、掃除をするように伝え、レムリアを湯殿へ連れて行った。



 墜落現場は、幸いにも街から離れた森の中だった。

飛行技術が発展したムーでは、事故が起こった時に駆けつけれる救助隊が組織されていた。

医師や舟の技術者などからなっている。神職・神司に続く組織。

嵐の中、現場に向かった一団は驚いた。

墜落した艦は、ムーで造られている舟と全く違っていた。

散乱している艦のパーツも、見たことのない型。その素材も未知の物だった。

なにより驚いたのは、艦の本体には損傷が殆どなかったこと。

「これは、ムーの舟ではありません。他の大陸に存在している文明での舟でも、ありませんし、そもそも他の文明には技術がない」

一人の技師が言った。

「まさか。『異国の星』のもの?」

技師達は顔を見合わせる。

雨風は相変わらず、叩きつける。

その音や捜索の音に混じって、何かが聞こえてくる。

その声を探ると、艦本体の近くで部品に埋もれた卵型の様な物から、声が漏れていた。

「生存者だ。異国の星にしろ、何処かの文明にしろ助けるぞ」

一団は、その卵型の箱を開く。

棺にも似ている、カプセルに近い型。

その中から現れたのは、地球人とは異なる姿の者達だった。

ソレには、救助にあたっていた一団は、声を失う程の驚きだった。

「まさか、本当に」

と、手を止めて見てしまう。

人間と姿形は似ている。だけど、肌は銀色に近い灰色。肩の辺りからは、羽の様なものが伸びていた。流れ出ている血は、同じ赤色だった。

「息があるなら、早く運び出すんだ。驚く暇より、助ける方が先だ」

一団を仕切っている青年・カズゥは言った。


 その箱から、担架に運び出す。

「大丈夫ですか?」

通じるかは判らなかったが、カズゥは一人に問いかけた。

その言葉に反応したのか、その者は目を開き、地球の言語ではない言葉で、何か呟いた。

「あの、ここは地球です」

カズゥの言葉に、その者は

「ち、きゅう」

と、言うと身体を起こそうとして、崩れる。再び身体を起こし、辺りを見回す。

風雨の中、焼け焦げた木々と、墜落し部品が欠損し散乱しているのを目にした。

「地球―。も、もうしわけない」

カズゥに言って、大きな息を吐く。

「言葉が解るのですか?」

問うと、頷く。カズゥや一団の者は、言葉が通じるということで、少し安心した。

「怪我をしているので、無理をしないでください」

一団の医師が言う。

「私は、メガラニカという名の星の、ラジューシャ。――の主神に導かれ」

言って、彼は意識を失った。


 現場から救助されたのは『メガラニカ』という星から来た者。

艦の乗組員は十人。そのうち、救出時に息があったのは五人。手当の甲斐なく、一人が死んでしまった。

彼等は、別宮殿に運ばれ、そこで治療などが行われた。


 墜落した艦が、『異国の星』という地球外の星からのものだというのは、王宮内に広まり、学者だけでなく、神司や神職のあいだでも、その話題でもちきりになった。

だけど、まだ公表は避けられ、彼等に接するのは一部の者達だけと限られた。

民衆には、ただの墜落事故とだけの説明がされた。



  ―それから数日後


 ヒラ二プラ別宮殿。

『メガラニカ』という星から来た、五人が療養していた。

地球人とは異なる肌色と髪色。姿だけ見れば人間と同じ。ただ羽の様なモノがある。

流れる血の色は同じ。

「ありがとうございます。蒼き星の人達」

ベッドに上半身を起こし、ラジューシャは言った。

「私達に出来ることを、やっただけです。ただ、他の方を救えなく申し訳ありません」

カズゥが言う。

メガラニカの五人に、沈痛な空気が流れる。

「―仕方ありません。墜落しなくても、そういう運命だったかもしれせん」

ラジューシャは、溜息混じりに言い

「私達は、この辺り・太陽系とは別の太陽系にある、緑紅の星メガラニカから飛び立ち、随分と長い間、星の海を漂っていました」

と、悲しげな表情を浮かべる。

「別の太陽系。宇宙はやはり…‥。それより、言葉は?」

カズゥは、ハッとして問う。異星人と普通に会話出来ていることに、気付いた。

「私達の生まれた星では、他の惑星と交流する為、色々な言語を学んでいました。ここ地球以外の惑星の言葉も理解し喋れます。だけど、殆どの惑星は、文明が極まるにつれて『星の均衡』を破壊し『星の命』を省みる事なく『星の教え』を忘れて、滅んでしまった。文明だけでなく、惑星そのモノも」

カズゥだけでなく、一緒に部屋にいた学者も驚いた。

「星の教えと命? それは、どういう? ここムー文明にも『星の教え』と『星の命』が存在し、そのモトで暮らしていますが。ソレは同じモノ?」

話しを聞いていた、カズゥより若い学者が問う。

「宇宙神と星の主神が、定めたモノであると。それらを護って暮らしていれば、星の終わりまで共にあれると。ソレを忘れ蔑ろにしてしまうと、文明は滅んで人間も滅ぶと。そして、星の命が尽きてしまうと。そういう『言い伝え』です」

メガラニカの若い女性・キンナが、答えた。

「なんという。『星の教え』は、地球だけではなく、他の惑星と文明にも存在していた」

カズゥは、驚いた。

「おそらく、そうでしょう。私達の星は、ソレを忘れてしまった」

と、キンナが言う。

「私達の星は、より高度で豊かな『文明』を目指し、『文明』なるモノを極めた。その先は『星の覇権』を巡っての争いが長いこと続いた。覇権を求めるあまり、『星の命』を蔑ろにしてしまった。星の命は危機に直面していた。そこで『星の教え』を護る者が、荒廃してしまったメガラニカを救うべく、星の海へ向かう事になったのです」

ラジューシャが語る。

「目的は『星の教え』を護る者と伴にある者を中心に、他の未開惑星に移るということ。そうすることで『星の教え』を語り継げると思い、星の海へ漕ぎ出しました。それが、百数十年前。冷凍睡眠という技術で、数十年眠りながら旅をしていました。だけど、他の艦からの連絡は途絶える上、ただ無闇に星の海を漕いでも行き着く星すら見つからない。母性からも連絡は無く。戻ろうという決断をし、メガラニカがある星域に戻ろうとした時、すでにソコは星の海に還っていました。つまり、メガラニカは星ごと滅んでしまった。文明によって滅んだのか、星の命が尽きたのかは解らないまま。私達は絶望のまま、冷凍睡眠に入り、行き着く場所もなく星の海を彷徨い続けていた。そして、まったく別の太陽系に来て、地球の引力に掴まれてしまった。そして、ここに墜落し、あなた達に助けられた」

ラジューシャは、淡々と語った。

キンナを始め、他のメガラニカ人は静かに泣いていた。

カズゥ達は、言葉が見つからず沈黙。

メガラニカの文明は、ムー文明を圧倒的に凌ぐ超文明であった。

ムー文明が憧れている、星の海へ漕ぎ出す事を遥か昔から行っている事も、宇宙の知識も。

ただ共通点としては『宇宙の主神』『星の教え』『星の命』といった、ムー文明で最も重点を置いているモノが同じであること。


 そこに因果なるモノを感じた。


カズゥ達には、かける言葉が見つからなかった。

しばらくして、若い学者が

「―星の均衡とは、なんですか?」

と、問いかけた

しばらくの沈黙

「星の教えでいう『命』とは、違う『命』生きていて息をしていない。山々や河川。鉱物など。地形と呼べばいいのでしょうか。ソレを必要以上にカタチを変えたり、潰してしまったら、『星の命』の『命』にも影響して、結果的に『命』を脅かすという。星に始めからある、地形を大きく変えることは、そこに生きる命を脅かす事になるから」

キンナが、たどたどしく答えた。

地球のモノとメガラニカのモノを、言葉で伝えるのは少し難しい。

そういったところ。

「なるほど。『星の教え』をもう一度、読み直してみないと」

学者が言った。

「そうですね。―それより、お疲れのところ、長々と話してしまいまして。身体が良くなられましたら、また詳しく話してください」

カズゥは言った。

「いえ、私達の方こそ。ご迷惑を。見知らぬ星の者であるのに、助けていただいて」

ラジューシャが言った。

「お気になさらずに。―なにかあれば、呼んでください」

そう言って、カズゥ達は部屋を後にした。



 ベッドに座り、ラジューシャは窓の外を見た。

「美しい都だ。このまま平穏な文明であって欲しい」

と、呟いた。





 王女レムリアは、報告を聞いてから、居ても立っても居られない感じだった。

「異国の星から来た方々の具合は、どうかしら? 亡くなってしまった方もいるのでしょう? それに、メガラニカという星の話しを聞かせて貰いたいな」

と、部屋の窓から見える、大神殿の彼方を見て言った。

「今は、そっとして置いて欲しいでしょうから。せめて、彼等の傷が癒えた時にでも。いくら、王女だからといって、無理を言わないで下さい。レムリア様」

スシャは、溜息混じりに言う。

「それは解っている。だけど、『異国の星』と『ムー大陸』の神話」

「それが、何か?」

「ムーに伝わる神話で、レムリア神話・クナーア神話には、『星の主神』や『宇宙の神々』の事が書かれている。それに『異国の星』の物語にも。でも今まで『異国の星』は神話や伝説から創られた『物語』だとされた。だけど、実際に存在していて、ムーへと来た。理由は複雑みたいだけど。カズゥの話だと、メガラニカ星でも『宇宙の主神』とか『星の教え』が存在していたと」

レムリアは、瞳を輝かせて言う。

「神話も伝説も、本当だったのよ。あーでも」

そこで、少し溜息を吐く。

「なにか問題でも?」

「イアノークお祖母様が、生きていらしたら。どんなに良かったか」

と、悲しそうに言う。

「お祖母様は残念でした。それも人の生ですから。そういえば、イアノーク様は、神話や伝説に精通して、ムー大陸の古の文明とかも研究なさられていたとお聞きしました」

スシャが言う。

「うん。小さい頃から、色々なお話を聞かせてもらったよ。だから、その物語に『真実』があった事が嬉しくて。でも、もし、全てが『真実』だったら、少し怖い」

言って、レムリアは、月の光に照らされ、白く透明に輝く大神殿を見つめた。





 墜落現場では、ヒラ二プラの艦を回収する作業が始まっていた。

「ムーの舟とは、まったく違います。この様なカタチで飛べるとは、不思議な技術」

作業を始めた技術者達は、直方体に似たカタチの艦を見上げて話す。

「小さな箱型のモノは、脱出用の舟だとか」

「つまり、星の海を渡るには、この様なカタチの艦が一例になるのか。ここまで大きいと、小型の舟を積み込んでいて、何かあった時には、その舟を使う。小型だからシンプルな造りでいいし、強度さえあれば―」

と、互いに議論しあっていた。

「気持ちは解るけど、早く作業を。ヒラ二プラ大神殿・天の港に運ぼう」

カズゥが言う。

「技術の話は、そのうち聞かせて貰えるだろうから」

と。

「異国の星、星の海。いつかきっと」

技術者達は言って、作業に係る。



 この時代、鳥か蜻蛉型の舟。羽が左右にあり、船体は水面を駆ける船のカタチに似ていて底は丸みを帯びている。船体の中央には、帆に似た舵取り風取りの様なモノがあった。

だから、ヒラ二プラの艦は驚きだった。いかに、宇宙へ翔たける舟を造るかを、学者や技術者は考えていたのだ。



 ヒラ二プラ別宮殿。

キンナは、窓の外を見つめていた。

「最後に、星の自然を見たのは何時だったでしょう」

夏の帝都は、色鮮な花々が溢れていて、小鳥や虫が歌っていた。

夏の日差しが、緑の大地に彩りを輝かせている。

「メガラニカを出て、数百年。始めて、命に出逢えましたが」

キンナの肌に、日差しが当たると、銀色を帯びる。

「我らに命があり、こうしているのには意味があるはず。この星の文明が、我等の星や他の星の文明の様に、『星の教え』から外れて滅びに向かわないように、その事を語り継ぐ事だろう。もう、我らには還るべき星は無いのだから」

ラジューシャは、キンナの隣に立つ。

「私達は、再び翔く事が出来るのでしょうか?」

キンナは、白く透明に輝く大神殿を見つめた。

「―それは、地球の主神と神々にしか、解らぬことかもしれない」

ラジューシャは、そう言って、大神殿の彼方を見つめる。



  季節は、移ろって秋になっていた。

ヒラ二プラの街が見下ろせる丘に、役人頭カズゥは、メガラニカの五人を伴って来ていた。

ここは、共同墓地。あの時、命を落とした五人を葬っている。

「同朋よ。残されし我らで、戒めの記憶を引き継ぎ伝えよう。そして、何時か宇宙の一部となりし時に、再び逢おう」

ラジューシャ達は、その墓前に花を手向けた。

キンナをはじめ、メガラニカの者達は、自分達の作法で弔った。

 丘からは、天空へと聳える、ヒラ二プラ大神殿がよく見える。

ここに共同墓地を造ったのも、宇宙へと翔く時を見つめるためだと云わる。

魂は巡る。でも、想いは地に宿るから。想いとして、見つめたいたいうことらしい。

「どうか、お気を落とさずに。もし、よろしければ、このまま、この地に留まり暮らしてください」

カズゥは言った。

「―そう言っていただけて、ありがたいです」

メガラニカの五人は、礼を言う。

「本当に、何から何まで色々と。私達は、行くべき場所も帰るべき星も無いので。どんなにありがたいか。私達の星の技術が、ここで役立つかは解りませんが、宇宙へ翔く為の力になれるといいです」

と、ラジューシャ。

「ああ。伴に、宇宙へ翔たけるといいですね」

カズゥが答えた時、彼の目に一人の人物が映った。


 花束を抱え、一人歩いてくる、レムリア王女の姿だった。

その存在に気付いた、カズゥの部下も驚く。

「異国の星の方々、お身体の具合は大丈夫ですか?」

微笑んで、レムリアは言った。

「はい。貴女は?」

カズゥ達の慌てぶりに、なんとなく察した、ラジューシャは少し躊躇いながら問う。

「レムリアと申します」

ラジューシャ達に一礼し、墓前に花を手向ける。

「遠き星より、この星へ来られたのも『宇宙の主神』の導きでしょう。以後、お見知りおきください」

ラジューシャ達に向かい、言う。

「レムリア王女。伴の者は?」

呆れ半分、カズゥが言う。レムリアは、にっこり笑う。

カズゥ達は、何時もの如く溜息を吐く。

「ムー帝国の、王女レムリア様です」

カズゥは、紹介する。

「これは、不躾で申し訳ありません」

ラジューシャ達は、一歩下がって一礼する。

「いいの。私は、あなた方に会って、お話をしたかったのだから」

と、言う。

「ですが……」

ためらう、メガラニカの者達。

「王家の方に、何か無礼があれば」

キンナが言った。

メガラニカでは、絶対王政の国があったので、彼等は躊躇ったのだ。

「ここでの王家は、象徴にすぎません。私は、対等に接したいの」

ラジューシャを見つめる、レムリア。

二人のあいだに、不思議な空気が漂う。

「―はい。では、まず。墓前に花を手向けて弔いをして頂き、ありがとうございます」

ラジューシャは、少し照れくさそうに言った。




  それから、月日は流れて数十年後。



 蒼い光と暗黒の空間が広がる狭間―星の岸辺。

そこに浮かぶ、巨大な艦。円形と直方体を合わせたような、不思議なカタチ。

「やっと、宇宙へと戻れる時が来ましたね」

メガラニカのキンナは、広がる空間を見つめて言った。

「ああ。でも、これからだ。ここは、星の港とでも呼ぼうかな。この艦・ゴンドアナの完成が、宇宙へ翔く翼となる」

ラジューシャは、スクリーンに映し出された、巨大な艦の全景を見つめた。

 ヒラ二プラ大神殿を、星の汀まで造り上げ、星の港を築けたのは、メガラニカ人の知識と技術をムー文明で、存分に活かすことが出来たらか。

星の汀は、人間が生身でいける場所で、最も高い場所。

星の岸辺は、地球と宇宙空間の狭間で、星の汀から舟で向かうことしかできない。

そこに、宇宙へと翔く為の港を造り、地球との中継地点とした計画だった。

「ラジューシャ。宇宙空間とは、凄い世界ですね。暗黒に見えながらも、様々な力や色で満ちていて。早く、ラ・ムーにも見せてあげたい」

一人の地球人女性が、窓の外に広がる空間を見つめて言った。

「ここへ連れてくるには、まだ幼い。ここもまだ、建設途中だ。ラ・ムーが大きくなったら、ここも完成している。その時には、三人で来よう」

ラジューシャは、その女性の肩に手を置いて言う。

「レムリア、ラ・ムーと私の三人で、宇宙を眺めながら話そう。あの娘には、聞かせたい話がたくさんあるから」

「そうね、あの子には色々と伝えなければならないコトが、あるのよね。何時の日にか、自分の存在について悩んでしまう、その時の為にも」

レムリアは、宇宙の彼方を見つめた。

「明日には帰れる。きっと、待っているだろう」

「ええ。リィの手を焼かせていなければ、いいのだけど」

レムリアは、苦笑いを浮かべた。

「そうだね。そういうところは、昔の君と似ているから」

言って、ラジューシャも笑った。



 あの日以来、地球人のレムリアと、メガラニカ人のラジューシャは、お互いに惹かれ合う仲になっていた。その頃には、『異国の星』の民がムーに来たコトも周知されて、宇宙へ翔く時も遠くないという雰囲気が漂っていた。

それも、今、考えると『そういう』筋書きか宿命だったのかもしれない。

異なる星の『人種』のあいだ、子は出来ないと思われていたけれど、レムリアとラジューシャのあいだには、一人娘が生まれた。メガラニカ人同士のカップルのあいだにも、子供が生まれたが、その子供は最後のメガラニカ人となった。それに、地球人とメガラニカ人のカップルは他にもいたけれど、その二人のあいだに子供は生まれることは無かった。

生態的に似ていた為か、それとも大いなる宇宙の思召しなのかは、解らないまま。


 ムー帝国・帝都・ヒラ二プラ王宮殿の空中庭園。

宮殿の中庭に浮いている庭園。地質と磁場と星の力を利用して、造られた庭園。もともとは、星の港ゴンドアナの試作品である。中に浮かぶ庭園。予備としての支柱からワイヤーで吊るされてはいるが、反重力的に浮いている。

「凄いね。この中庭よりも、凄く大きな艦があって、それが宇のずっと高いところに浮いているなんて。父様と母様は、そこでお仕事しているのでしょう?」

あどけない顔で問う、少女。姿は地球人とメガラニカ人の間。肌は地球人の色だけど、光の指す角度では、銀色を帯びる。羽に似ているものは小さく伸びている。

ラ・ムーは、乳母に問う。

「ええ。そうですよ。もう間もなくすれば、お戻りになられるそうです」

リィは、優しく答える。

「帰ってきたら、たくさんお話してもらうんだ」

ラ・ムーは嬉しそうに言って、庭園を駆ける。

 空中庭園には、ムー大陸全土の植物が植えられていると言ってもいい。とりわけ花を付ける植物を中心に、一年中花を咲かせている。人工的に、ムーの自然を再現し、それを庭にしたのだ。ここは、宇宙へ翔く為の技術を集めた実験的な場所でもあり、幼いラ・ムーの遊ぶ場所でもあった。

「ねぇ、リィ婆。レムリア母様の名前って、レムリア神話と同じだね」

ラ・ムーは、小川を眺めながら言った。

「はい。レムリア様のお祖母様であられる、イアノーク様がつけられたそうです。イアノーク様は、神話や伝説に大変精通しておられた方。ご自身の孫娘には、神話より選んで命名されたそうです」

一人遊びをしているラ・ムーを見守りながら、リィは答える。

「レムリア神話に出てくる国は、宇宙の国だったの?」

リィを見つめ、ラ・ムーは問う。リィは少し迷って

「詳しくはあんりませんが、とても大きな国であったとされていますよ」

と、答えた。

「ふーん。母様に聞けば、教えてくれるかな」

「そうですね。きっと、お話ししてくれますよ」

リィは答えて、水に濡れたラ・ムーの手足をタオルで拭いた。

「うん」

ラ・ムーは、嬉しそうに頷いた。


 それから暫くして

「ラ・ムー様は、こちらでしたか」

若い侍女が、庭園へと入って来た。それに、気付いた、ラ・ムーは

「シャシャ。なにか、あったの?」

と、問う。

「御両親が、お戻りになられたので、お連れしました」

侍女の後ろに、レムリアとラジューシャが立っていた。

「母様。父様。お帰りなさい」

ラ・ムーは立ち上がり、嬉しそうに二人の側に駆け寄った。

「ただいま」

二人は、優しく微笑んで、ラ・ムーを抱きしめた。

「いい子にしていましたか?」

レムリアは、ラ・ムーの頭を撫でて言う。

「いつもと、同じだよ。それより、お話を聞かせて」

屈託のない笑顔で、ラ・ムーは言った。

「それでは、お茶を飲みながら、お話しましようね」

レムリアが言うと、侍女達は一礼し準備を始める。


 ムーでは、お茶の時間を大切にしていた。それは、同じ時間と空間を共有するためでもあって、それを共有するコトは『星の教え』にもあったコトだった。

空中庭園にある東屋。ハーブ香茶に紅茶。コーヒーの一種など、お茶の種類は豊富。自然の恵みと人の知恵を最大限に活かして、時を楽しむ。それが、生活の中に存在していた。


 テーブルには、空中庭園で収穫された果物やハーブでつくられた菓子が、並んでいる。

また、ムー大陸全土から取り寄せされた茶葉もある。

「カラの都で飲まれている、お茶よ。若葉の香りが爽やかよ」

レムリアは、ラ・ムーの茶器に注ぐ。

「うん。ハーブの葉っぱとは、違ってる。でも、紅茶でもない。始めて飲んだよ」

ラ・ムーは、一口飲んで言った。

「カラの都は、遥か北西。この大陸の果にある、独特の土地。そこでは『星の教え』を護り継ぐ寺院があって、古の神々に仕える者達が日々、星の為に祈っている」

ラジューシャが言った。

「それは、ヒラ二プラみたいな?」

「少し違うかな。カラの都は、クナーアをもとに築かれたらしいから」

「クナーアって、あの神話の?」

ラ・ムーの問に、二人は頷く。

ラ・ムーは、瞳を輝かせて

「神話。―母様の名前って、レムリア神話と同じ名前よね?」

「ええ。お祖母様が神話に詳しくてね。中でも『レムリア神話』が好きだったそうで、私に名付けてくれたの。レムリア神話は複雑だから、もう少し大きくなったら、話してあげる」

母は答えて、微笑んだ。

「レムリア神話。もしかして、あの超時空文明のことかい?」

ラジューシャが問う。

「ええ。ムーよりもクナーアよりも、遥かな時から伝えられている文明の神話。もしかしたら、伝説かもしれないし。レムリア文明は、宇宙と密接に関わっていた文明で、この星の何処かに存在していた、大陸に築かれていた文明よ」

レムリアは、ラジューシャの器に、緑茶を注ぎながら語った。

「私、その国に行ってみたい」

お茶を飲み終えた、ラ・ムーは言った。

「ははは。それは無理だよ。ラ・ムー」

苦笑して、ラジューシャは言った。

「もう無理なんだよ、ラ・ムー。この地球には存在しない、大陸。だけど、存在しているかもしれない、大陸。その神話の話しが本当なのか、まだ誰も確かめたコトがないのだから」

「うむぅ〜」

ラ・ムーは難しそうな、表情でしばらく黙り込む、そして

「私、大きくなったら、探しに行く」

と、力強く言った。

「そうかい。それじゃあ、その時の為に、新しい舟を造ってあげよう」

「ありがとう。父様」

ラ・ムーは、満面の笑みで言った。

「楽しみにしているね。それより、星の岸辺とかゴンドアナ、宇宙ってどんな感じなの?」

ラ・ムーは、両親に話を求める。

「そうだな。まずは、この星・地球は、暗黒の中で、蒼く輝いている宝玉のようなものだ」

ラジューシャは言って、空を見上げる。ラ・ムーも見上げる。

「この空の色を、何倍にも美しくした色なの。暗黒の空間に思えるけれど、他にも色々な星が在リ、月や太陽がある。その空間の何処かで、創まりの命が誕生したそうよ」

と、レムリア。

「いいな。お話聞いていると、早く宇宙に行きたくなるよ」

言って、ラ・ムーは、拳ほどの宝玉を見つめた。

「それは、もともとは星の欠片。それを加工した物だね。それを、太陽にかざしてごらん」

ラジューシャが言う。ラ・ムーは言われた通り、宝玉を太陽の光にかざした。

太陽の光を受けると、宝玉は美しい蒼き輝きを放った。

「きれい」

ラ・ムーは、はしゃいだ。

「星の欠片は、星の種とも呼ばれているんだよ」

ラジューシャは言った。

「命の種?」

ラ・ムーは、不思議そうに首をかしげた。

「命の種は、次の命を創りだすことができる。すべての星は、いつか星の欠片となってしまう。欠片となって、宇宙を漂い旅をする。そして、新しい星を生み出す『種』となる」

父ラジューシャは、語る。

「私達の星も、星の命達も、その欠片から生まれた。種より芽生えて咲いたのよ」

母レムリアが言う。

「星の寿命が終わる時、同時に星は『命の種』を蒔く。それが、星の欠片。小さい物から巨大な物まで。色も形もたくさんある。それらは、無限に近い宇宙空間の中を、いつか新しい星を生み出すために、旅をしているんだよ」

言って、ラジューシャは、小指ほどの小さな石を幾つか取り出して

「父様の故郷である星の欠片。ラ・ムーにあげよう」

と、ラ・ムーの小さな掌の上に、数個の小石を並べた。

「ありがとう。この石は紅く輝いて、こっちのは緑に輝いている。綺麗だね」

ラ・ムーは、小石を陽光に照らしては、はしゃいでいる。

そんな娘を見守り、優しく微笑んだ。

「夜空で輝いている、小さな星々も元々は、星の欠片。命の種になるんだよ。暗黒の宙で太陽の光を反射して、輝く。それが、地上からは、夜空に浮かぶ小さな光に見えるんだよ」

ラジューシャは言って、器に残っていた茶を飲み干した。

「父様。いつか父の生まれた星の話を聞かせて」

「ああ。そうだな」

そう答えたけれど、ラジューシャの瞳は少し悲しげだった。

「約束だよ。あ、それより、ラトゥリアは?」

ラ・ムーは父と約束を交わし、友人の事を問う。

「ラトゥリアは、ゴンドアナで、宇宙や他の星について勉強しています。ラ・ムーも『星の教え』や『星の命』その恩恵について、色々と学ばなければなりませんよ。ムーの未来の為、この星の為に」

母レムリアは、ラ・ムーの手をとり、ゆっくりと言い聞かせた。

「はい。私、頑張る」

ラ・ムーは、子供らしく答えた。両親は、顔を見合わせて微笑む。



 親子水入らずの時間は、あっという間に過ぎてしまった。

ヒラ二プラの空が紅に染まる頃、ラ・ムーの両親は執務へと戻って行った。

空中庭園の展望台で、ラ・ムーは独りで空を見上げていた。一番星・二番星が輝き始める。

手にしている、星の欠片をギュッと握ると、石どうしが重なり触れて擦れる。その音は、独特の澄んだ音。その音色を気に入ったのか、ラ・ムーは何度も音を出して聞いていた。

夕闇が深まり夜の帳に包まれると、満天の星空が広がっていく。

「あれ全部が、次の星を創る命の種なのかぁ」

独りで呟く。独りで星空を眺めていたラ・ムーのモトに、侍女のシャシャが迎えにきた。

「ラ・ムー様。戻りましょう。夕食の時間ですよ」

展望台に立っている、ラ・ムーに階下から声をかける。

ラ・ムーは、小さく息を吐いて、星の欠片をポケットにしまうと「うん」と答えて、シャシャと一緒に、空中庭園を後にした。

夜闇の空を、幾つもの流星が駆けていった。



 それから、更に数年後。物語は、大きく動き初めていた。

ムー文明は、ついに宇宙へ翔く。その直前まで辿り着いていた。

ヒラ二プラ大神殿のにある、大図書館。ここには、ムー最大の蔵書がある。一般的な書物から、古文書。魔導書の類までが収められている。

「ラ・ムー。レムリア神話を記した古文書を、見つけましたよ」

銀色を帯びた肌。肩の辺りからは羽の様なものが伸びている。年の頃は、ラ・ムーより随分と年上に見える。メガラニカ最後の子・ラトゥリアである。彼は、古ぼけた分厚い書物を抱えていた。

「本当、ラトゥリア」

黒く長い髪の毛を、幾つにも分けて結っている。ムー古来の髪型。ラ・ムーとラトゥリアは、なんとなく似ている。ラトゥリアは、ラ・ムーの従兄弟に当たる。ラ・ムーの父ラジューシャの妹キンナの子である。

「そんな書物、どこにあったの?」

ラ・ムーが問う。

「古宮殿の地下にある、古書庫の奥に埋もれていました」

答えて、机の上に置いた。二人は、覗き込むようにして書物を見る。

表紙は、近代の言語で書かれていた。その言葉は、現代語ではない。

「あ、凄い。中身は、古代文字だよ」

ラ・ムーは、びっしりと綴られている言葉を見て言った。

「みたいですね。表紙が、なんとか読めたので持ってきたのですが。この文字は、私には解読出来ません」

苦笑して、ラトゥリアは言う。

「うーん。クナーア神話と同じ文字だから、クナーア文字? え、でもそれなら、クナーアは本当に存在していたってこと?」

ラ・ムーは、胸の高鳴りを感じた。

「クナーアですか。あの土地は、かなり異質なモノを含んでいて、調査に入りたいけれど入れない土地。なんていうか、とてつもなく大きな力が動いていると。それが、今の調査結果らしいです」

と、ラトゥリア。

「リィ婆の話だと、クナーアには、太古の聖戦で暴走した神々の力が残っていて、迂闊に立ち入ったりすると、その力によって、かき消されてしまう。でも、星の主神に仕えていた一族の血を引いている者なら、主神の加護のもと立入れるって」

「そういう話を聞くと、クナーアは史実だと思えてきます。それに、ゴンドアナから地上を見下ろした時、クナーア台地の周辺から宇宙へと、謎のエネルギーが溢れているのが見えるのです。他にも、良いエネルギーも悪いモノも、クナーアに蠢いている」

ラトゥリアは、言って考え込む。

「それらの、正体を確かめたいけれど、恐ろしいよ」

と、呟く。

「クナーア台地に聳えている、霊峰ヤティスは、その昔、宇宙の主神が降り立った場所とされているけど、本当なのかな」

ラ・ムーが、書物を読み進める。

ラトゥリアは、辞書を手に解読を進めた。

「あ、書いてあります。霊峰ヤティス、その頂きにて、全てを視て識る」

「主神ではなくて? どういう意味かな」

ラ・ムーは、古代文字を指でなぞりながら考える。

「えっと、宇宙の久遠と永遠を識る事が出来た者もいた。―それって、アカシックレコードが存在している場所って、こと」

ラトゥリアは、驚きの声を上げた。

「アカシックレコード?」

「はい。それは、宇宙の創まりから終焉までを記録しているという『宇宙の記憶』です。実態は無く、一種のエネルギーだとされていますが。特定の場所で、ソレに触れることが出来る。地球だけでなく、宇宙のどの星にも、ソノ様な場所が存在していると。断片的なモノを読み取れた者が、預言者とか賢者・時代の王になったとか。諸説ありますが、その全貌を読み取れた者は存在していない」

「そのような話は、クナーア神話にあったような。でも、全てを識ったら、怖い」

ラ・ムーは、その一文を見つめる。

「それより、レムリア神話。超時空文明と呼ばれた、レムリア文明について調べてたんだ」

ラ・ムーは、気を取り直し、古文書のページを捲った。


 レムリア神話についての古文書には、現ムーの源と思われる一文が記されていた。

「簡単に訳したけれど、まるで『星の教え』みたい」

ラ・ムーは、しみじみと古文書を見つめた。

「本当だ。これが、クナーア以前の物だとすると『星の教え』は、遥かな時を越えて受け継がれているモノで、ソレは、もしかしたら、すべての命ある星に伝えられているモノかもしれないって、ことだよね」

ラトゥリアは、気分の高鳴りを感じた。

「全ての星に伝わる、伝わっていた」

「メガラニカにも、もっと他の惑星にもってことだよね」

と、ラ・ムー。

「はい。共通点の一つだと。ああ、これを読み進めれば、もっと色々と解るはず」


 二人は、再び古文書を読み進めていく。


 ―レムリア神話。超時空文明レムリア。

ムー大陸の遥か西方に、存在していたという大陸に栄えていた文明。超越文明とも。

大いなる叡智と技術を持っていた。宇宙へと翔くだけでなく、宇宙と交わり戦ったとされる。レムリアの民は、ムー大陸に人類が誕生する以前より、この星に暮らしていた。地球人だけではなく、他の惑星人も共に暮らしていた。あるいは、地球人との混血人も存在していたとされる。しかし、宇宙を目指した力は、欲望を刺激した。その為、覇権を巡って何度も争いが繰り返された。やがて、その力は他の大陸に向けられた。それを阻止しようとする者達との大いなる戦い。覇権に狂った者は、宇宙へと翔く為の技術より、大いなる破壊をもたらす武器を造り上げ、それを使ってしまった。それにより、星の生命と未来は、危機を迎えてしまった。造り使った者も、その威力と罪に畏れをなしたという。

その技術と製法は『星を護る』者達によって、封じられた。

もし、その『製法』が広まって使われたなら、星は終わる。故に、記録する。

『星を護る』為に、記録とする。ゾンザマック―



「なんだろ。口伝から書き起こした感じがするけど。訳し方が違う? なんていうか、『星の教え』の源的な話みたいなんだけれど」

ラ・ムーは、指で文章をなぞりながら考えた。

「間違っては無いと、思いますよ。それにしても、宇宙へ翔く為の力を、武力にですか。それも、凄まじい力の……」

ラトゥリアは、その一文をじっと見つめて考え込む。

「どうかしたの?」

「メガラニカで、文明を星を壊滅へと追いやった話と似ていると」

「父様の話。つまり、強すぎる力は扱いが難しく、人の心を狂わせる。それは、そういう意味だったのね」

二人は、しばし沈黙した。

「この文章を書いた人は、クナーア人で、もしかしたら、レムリア文明を実際に見てきたのかな? それとも、レムリア人」

と、ラ・ムー。

「確かに、クナーア文字ですし。実在した人物なら、他の書物にも同じ名前があるかもしれないし、本人が書き記した書物もあるかもしれない」

ラトゥリアの言葉で、ラ・ムーは立ち上がる。

「古宮殿の書庫に行けば、あるかもしれない。そこに、この書物もあったのでしょう?」

「はい。確かに。探してみる価値はありそうです」


 二人は、帝都から少し離れた場所にある、古宮殿へ向かう。帝都が完成する以前に、使われていた建物。『星の民』が暮らしていたとされている。その地下には、巨大な書庫がある。帝都の大図書館に移したのは、写本が多い。原本は、その無数とも思える書物の中に埋もれているといってもいい。

「何時来ても不思議。ここの書物って、何時の時代から集めてきたものなんだろう」

すべてが書物、壁にもびっしり書物が並べられていて、それは天井まである。そのような通路が何列もある。陽の光が入り込まない部屋なのに、程よい明るさがある。太古から利用されている、仄かに白い光を湛える石材から、壁や床が造られているから。

「この中から、見つけたんだよね?」

「はい。たまたま、崩れていた書物の中に」

二人は、無数に近い書物を見つめて立ち尽くす。

「見つけたあたりに、あるかもしれない」

と、巨大な書庫の一番奥へと行く。

本棚に収まりきらなかった、書物が無造作に積み重ねられ、埃を被っている。

二人して書物を探しているが、書物が散乱するだけだった。

どのくらい探していたのか、諦めようかと話していたところに、カズゥが呼びに来た。

「ラ・ムー様。ラトゥリア殿。御両親が、お戻りになられましたので、帰りましょう」

と、書物に埋もれている二人に言った。



 ヒラ二プラ宮殿に戻ると、ラ・ムーの両親と、ゴンドアナの学者達が地上に戻っていた。

その中には、ラトゥリアの両親もいた。

ラ・ムーと両親は、空中庭園で久しぶりのお茶をする。ここ数年、月の大半は、星の岸辺とゴンドアナ、星の艦を行き来していた。十数年を費やして、ゴンドアナで星の艦を建造し試験航海を繰り返していたのだ。

「相変わらずですね。ラ・ムー。また書庫で、なにか見つけたのですか?」

母は、何時もと変わらず優しい笑顔と口調で、娘を迎えた。

「母様。お帰りになられるなら、先に教えてよ」

ラ・ムーは、頬を膨らませた。

「あ、それより。母様は、レムリア神話に詳しいの?」

「まあ、それなにり。どうしたの?」

「ラトゥリアが見つけた古い書物。クナーアで書かれた物みたいなんだけど、それを書いた人物ゾンザマックって名前の人。レムリア神話は伝説で事実みたいなことを、書いていたんだけど」

ラ・ムーは、例の古文書を渡す。

「名前は、聞いたことあるような無いような。でも、レムリア神話は実在した文明だとされる説は高いです。古代のムーに、レムリア大陸から来た人達がいたという伝説もあるくらいだし。お祖母様の話によれば、レムリア文明は、宇宙への文明であって、時に宇宙よりきたしり存在と闘ったり、仲間内で戦ったりした。宇宙を駆けることのできた技術は、巨大な力。星すらも飲み込むほどの力、だったとされる。その力を持て余し欲望を果たす為に使ったために、滅んだとされている。超時空と称されるだけの、力と影響力が存在していたの。でも、そう伝えられているだけで、誰も知らない。その大陸が消滅しているという説を信じたなら、調査さえも出来ない。だけどね、『星の記憶』の何処かに記憶は残されているの。それをいつか見つけるのも、一つの方法ね」

母は、ラ・ムーに言って聞かせる。

「それって、結局、あやふやだね」

と、ラ・ムー。

「でも、こうして書物が残っていることだし。この先、このムーもどうなるか。レムリア神話にて滅びをもたらした『力』は、今のムーにも存在しています。ただの物語とは思えないのですが」

同席していた、ラトゥリアが言った。

「そうね。確かに存在しています。その様な『力』はあらゆる神話や伝説の中で、滅びをもたらす力として登場している。それは、きっと戒めなのかもしれません。『星の教え』と同じ様な。忘れてはいけないモノとして」

レムリアは答えて、古文書をラ・ムーに返した。

ラ・ムーは何か言いたげに、母を見つめる。

「―そうだよね。星の教えは、忘れてはいけないよね。…‥ねぇ、母様。あの話は本当なの? 父様達と一緒に行くって、宇宙へと旅立つの?」

古文書を受け取り、ラ・ムーは寂しそうに問う。

「ええ。それが、私の選んだ道ですから」

母は、ラ・ムーの両肩に手を置き、まっすぐに瞳を見つめて答えた。

「ラジューシャと伴に在り続ける。そう心に決めた時から、その道を選ぶと。だから、私は、行きます」

と、告げる。ラ・ムーは、母親を見つめる。

「それでは、ラ・ムーは?」

ラトゥリアが、横から問う。

「この先、別の道を歩む事になります。ラ・ムーは、このムー帝国の象徴として生きなければなりません。そして、その架せられた宿命と伴に在り続けなければ」

答えて、母レムリアは涙を零した。

「どうしてです、レムリア様?」

ラトゥリアが、抗議した。

「―大丈夫、ラトゥリア。母様が決めた事だから。私は、平気。この先、ムーを導き見守る事が、私の使命。母様と父様は、新天地を求めて、星の海へ旅立つ事が宿命なの」

ラ・ムーは、なんとか感情を抑えて言った。

ラトゥリアは、黙って俯く。

「ラトゥリアが言うのは、よく解っている。親子は一緒にいるべき。でも、決まっていた事。星の海に再び漕ぎ出すことが出来たなら、その時は伴に行くと。もっと先になるかと思っていた、ソレが早くなっただけ」

レムリアは、ラ・ムーを抱きしめた。

「解っているよ、母様。父様達と一緒に行く事、それが母様の選んだ答え。父様の事を愛しているのなら、そうするべき。私は、ムーに残って見守る。そして、ムーが再び宇宙へ翔く時が来るのを待つ。新天地が見つかるように、私、祈っているから」

ラ・ムーは、精一杯の笑顔を作って言う。

「ありがとう、そして御免なさい」

レムリアは、もう一度ラ・ムーを抱きしめる。

「数日中に、地球を発ちます。その前に、ゴンドアナにいる、父様に会っておいてね」

母レムリアは、涙を浮かべて言った。ラ・ムーは、自分の涙を拭うと

「はい」

と、答えた。


 ヒラ二プラ大神殿。その最上部は、星の汀・星の岸辺と呼ばれている。地上より、約八十キロメートルの位置だとされる。当時の、超越した謎技術を全て集結させて造られた。高速エレベータみたいなもので移動する。階段が地上より続いていて、各階に色々なモノがあった。それは、すべて宇宙への渇望だったのかもしれない。

その場所から、専用の舟でゴンドアナに行く事が出来る。

 ゴンドアナは巨大な艦であり、星の港でもあった。小型の宇宙舟なら、停泊出来た。

そのゴンドアナには、かつて墜落したメガラニカの艦が修理改造を終えて停泊している。

メガラニカの艦を修復するのに、当時は十数年が必要だった。

ゴンドアナは、宇宙空間。そこからは、地球が見渡せた。星の岸辺と宇宙の狭間で、美しいコントラストの光がある。それは、惑星の輝きでもあった。

「お久しぶりです、父様」

ゴンドアナの一室で、父ラジューシャは、旅立つ準備と計画の最終確認をしていた。

「ラ・ムー、我が娘よ。少し大きくなったかな」

と、父は優しく迎えた。

「父様。行ってしまわれるのですね」

寂しそうに、ラ・ムーは言った。

「ああ。再び、宇宙へと翔く事が出来る。一度は諦め、この星に残ろうかと考えていた。だが、心は迷っていた。やはり、母星メガラニカを旅立った時、自分達の新天地になるべく星を見つけるという使命。果たせないのは、心残りだった。命が存在しているが文明の存在していない星を、見つける。母星はすでに消えているが、その想いは残っている。こうして再び、星の海へ辿り着き漕ぎ出すことが出来る。だから、あの時の使命を果たそうとおもっている。あてがなくても、な」

父は、静かに語る。

「同朋も知れず。だけど、行かなければならない。―地球は良い星だ。だけど、メガラニカでは無いし、新天地でもない。ここは地球人の星だ。でも、地球をもう一つの母星と思いたい。難しい感情だから説明しにくい、だから行かなければならないんだよ」

と。

「だったら、ここに」

ラ・ムーは俯く。

「私は、果てしなく無限に広がる宇宙に、希望と可能性を求めている。存在と理。星の行先。ソレらを解き明かしたい。それは、メガラニカに居た頃から変わっていないし。お前の母レムリアと出逢ってから、ソレは強い想いとなった。彼女に話す度、話し合う度に強くなった。だから、伴に行く」

ラ・ムーを見つめて、ラジューシャは言った。

ラ・ムーは、父親を見つめ

「ねぇ。父様。何時だったか、父様の生まれた星の話をしてくれる約束だったよね。その約束、覚えている?」

泣きそうな顔で、問う。

「ああ。覚えているよ。少し長くなるかもしれないけれど、話しておこう」

ラジューシャは、ラ・ムーを椅子に座らせると、遠い思い出を紐解くように語り始めた。


 ―緑紅の星メガラニカ。かつては、美しいコントラストの星だったと聞いている。紅い大地と緑の海。色は違えど、どことなく地球と似ている。星の恩恵のもと『星の教え』を守って暮らしていれば、滅びの道に進む事は無かったのかもしれない。だけど、メガラニカでは、大いなる力を手にして、星の覇権を求めるもの同士の戦いが何度も起こっていた。星の覇権を手にして、全てをしたがえるために。星の命も恩恵すらも、忘れてしまった。欲望さえ満たせればいい。そんな世界になっていたのだ。暴利と憎しみが増すなか、星そのモノに危機が迫っていた。星の寿命と言うべきか。際限なく星の命を刈り、欲望を暴走させたのが、寿命を早めたのかもしれない。星に暮らしていた人間以外の生物は、瀕死。星のエネルギーすらも吸いつくされていた。

 そこにきて、危機に気づく、気付いていたけれど、そこに目を向ける余裕が無かったのか。その滅びかけた世界と星の中で、三つの派閥が出来た。

ひとつは、まだ残る星の中に埋もれている、莫大なるエネルギーを取り出し利用する。

ひとつは、宇宙へ旅立ち、『星の教え』を継ぐために新天地を探す。

そして、ひとつは、滅びゆく星と共にあり滅びに殉じる。

私が、そのひとつ、新天地を探す使命を受けた一人。

メガラニカの大半が、星の命を吸い上げて利用する案に同意していた。だから、私達はなかば逃げるように旅立った。その後、定期的に母星と連絡していたのだが、ある時を堺に連絡は途絶えた。遅れてきた母星からの連絡では、星の核にあるエネルギーに手を出したと、いうものだった。仲間の艦の中には、メガラニカに戻ったものもいたようだけど。やがて、艦同士の連絡も途絶え、一度メガラニカに戻る事にしたのだ。

私達の不安は、的中してしまった。

メガラニカの星域に戻った時、そこには、あるはずの母星は無く、代わりに無数に散らばる『星の欠片』だけだった。つまり、メガラニカという星は終わってしまった。おそらく、星の核に触れたことによって、星の力が暴走してしまい砕け散ったのかもしれない。それとも、自分達の造り上げた『破壊の力』によって、星ごと砕け散ったのかもしれない。そこは解らないまま。でも、ソレも『宇宙録』には記されているはず。

私達には、帰る星は無い。ここは、寄港地。

母星を失い、無限に近い宇宙を彷徨っていた、そんな時、地球がある星域に入り込んでいた。その理由は、おそらく『出逢う』為だった。

そして、お前が生まれた。本来なら、ありえない事なのかもしれないけれど。

 失望の中で、ここに辿り着けたのは導き。

メガラニカの星『その記憶』は、ラ・ムーお前に託す事が出来た。

その為に、生まれた存在なのかもしれない。

冷凍睡眠で百年程、メガラニカを発って百数年は過ぎただろう。我々メガラニカ人が、数百年は生きれる長寿だったのが救いだったのかもしれない。

地球にて、メガラニカの記憶を引き継ぐ事が出来た。

二つの星の子も、生まれた。もしかしたら、この先も可能性はあるかもしれないが。

ラ・ムー。どうか、覚えていて欲しい。

メガラニカの様に、自ら星の命を削り取る様な事をしないようにと。

『星の教え』の重要さを。『星の命』とともに在ることを―

 


 父ラジューシャは、物語をラ・ムーに授けた。

「父様」

ラ・ムーは、悲しそうに父を見上げた。

「人間は、星の命を貪り互いに傷つけ合う愚かな存在なのだろうか? メガラニカが滅んだ原因が、ソコにあるのか、未だに答えが見つからないでいるんだ。数ある神話が、語るように、人間が愚かであるという話は、真実なのかもしれないな」

父は、悲しげに言う。

「レムリア神話も、その様な結末だったのかもしれないの?」

「ああ。そうだよ、ラ・ムー。大きな叡智と力は、人間の暮らしを便利にし文明を高度に成長させる事ができる。それが、宇宙へ翔く力だったとしても、使い方を間違えれば取り返しのつかない『禁断の力』となってしまう。そのことを忘れないで欲しい。今のムーも、この先のムーには、きっと『その様な力』が存在しているから。我が愛する娘、ラ・ムーよ」

ラジューシャは、何度も何度も言い聞かせる様に、ラ・ムーに語りかけた。

ラ・ムーは、ただ黙って頷くしか出来なかった。


 宇宙へ翔く力と技術は、ムー大陸全土に伝わっていて、各地で技術競争的な事が起こっていた。それは、ひとときのブームみたいなものであったけれど、『その力』を変様すれば別の『大きな力』となる事を知ってしまった。だから、ラジューシャは、その事を危惧していたのだった。現在のムー文明が、崩れ始める前のメガラニカに似てきていたから。



 それから、地球を旅立つ数日間は、親子水入らずで過ごした。

旅立ちの日、星の港ゴンドアナに、ラ・ムーの姿があった。

「お元気で。ラ・ムー。健やかな成長を願っています」

メガラニカのテラトが言った。ラトゥリアの母である。

「どうか、この星の命と未来の為に、正しき叡智と技術を伝えて下さい」

キンナは、ラ・ムーの手をとり言った。

「はい。キンナ叔母様」

ラ・ムーは、キンナの手を握り返した。

「ラ・ムー。どうか、元気で。何時の日か神話の謎が解けると良いね。そうしたら、また語り合いたい」

ラトゥリアは、ラ・ムーに手を差し出した。

「そうだね。その時には、ムーの技術で宇宙へ翔く事が出来ていると良いね」

二人は握手をして、抱きしめ合った。


「ラ・ムー。ムーの象徴として『星の教え』を護り伝えていくのですよ。ラユタ、『星の民』の皆様、どうかラ・ムーの力になって下さい」

レムリアは、ラ・ムーの側に控えていた、青年に言った。

「はい。すべては『星の教え』のもとに。皆様方の行先に、『宇宙神ウォンジナ』の加護がありますよに」

銀髪の青年ラユタは言った。ムーには様々な人種がいて色も様々だけど、金髪は大勢いても、銀髪は珍しかった。

「母様・父様。私、頑張るから。また、会えるよね」

ラ・ムーは、涙声になっていた。

「ああ。常に心は共にある」

「さようなら、ラ・ムー。巡りゆく果てで逢えると願うわ」

両親は、ラ・ムーを抱きしめた。


 出発を告げる合図が、響いた。

『宇宙の翼』と名付けられた艦は、メガラニカの艦をベースに造られた大型の艦。その鉄の扉の中へ、両親を始めとし、メガラニカの者が入っていく。そして、ムーより旅立つ『星の教え』を護り継ぐ者達も数名同行した。

ラ・ムー達は、ゴンドアナの波止場から見送る。

行先すら解らない宛の無い航海へ、旅立つ艦を。

「大丈夫ですよ、ラ・ムー様。きっと、旅立つ事が宿命だったのでしょう。何時の日か、ラ・ムー様にも、宿命とかについて解る時が来ます。その時、それに向かう姿勢を誇らしく思ってください。私達は、ラ・ムー様を生涯、お支えいたします」

ラユタは、ラ・ムーに優しく言い聞かせた。

ラ・ムーは、暗黒の星の海に消えていった艦を、じっと見つめていた。

「大丈夫。私、頑張る」

ラ・ムーは言って、涙を拭いた。




    月日は巡る 

 ラ・ムーは十八歳となっていた。

あの日から、ムーの象徴として在った。まだ、幼かったラ・ムーを見守り育てたのは、『星の教え』を護り継ぐ一族だった。その者達は、クナーアより、ずっと『星の教え』を護り継いで来たのだ。ラ・ムーの存在は、一族にとって重要なモノでもあった。

 春爛漫のムー大陸では、各地で祭りがあり賑わいをみせていた。

『常春の楽園』と呼ばれる大陸だけあって、春は特別な季節。いろいろな命が目を覚まし、彩りを広げていく。星の命を感じられる季節として、特別な意味を持っていた。


「ラ・ムー様は、今日も遠乗りですか?」

侍女シャシャは、乳母リィに問う。

「その様に聞いておるが。まあ、今に始まったことではない。幼少の頃から、お転婆であられたから。そう簡単に落ち着くことは、難しい」

乳母は、溜息混じりに答えた。

「星の彼方へと旅立った、御両親から送られた『天ノ舟』を自在に操られ、ヒラ二プラだけでなく、最近は大陸を駆け巡っているそうな。まあ、遠巻きにラユタ達が見守っているから、大丈夫だと思うが」

と、乳母。

「私達が、心配していることを解っておられるのでしょうか?」

「まあ。それでも、部屋で鬱いでいた頃に比べると、良いと思わなければ」

リィは、孫娘でもあるシャシャに言った。

ラ・ムーは、両親が旅立った後、一月以上、自室に籠もった。その間、殆ど口を聞かず、食べ物も食べなかった。

ラユタが、ラ・ムーの両親から預かっていた『天ノ舟』を引き渡すと、舟の操作を、タユタから習い、それから時々、一人で乗っていた。

周りの者の心配をよそに、ラ・ムーは公務時間以外は、一人で過ごすか、天ノ舟に乗っているかだった。



 ムー大陸を南北に走る、大山脈。その東側は、禁足地とされている。

飛行技術が進歩しても、その大山脈を超えるのは難しく、東へ行ったという話は聞かない。

聞かないだけで、立ち入った者、その土地で暮らしている者は存在するのかもしれない。

ちょっとそこまで、というなら小型の舟で。貴族なら一台は所有していた。

さすがに、大陸を大きく移動する舟は、大型なので個人で所有している者は少ない。

その様な大型の舟は、公共のもので、航路も細かく決められていた。


 大山脈を越えると、原生林の樹海が広がる。その中に、広大な台地クナーアがある。

その台地には、霊峰ヤティスが聳え立っている。

ゴンドアナからは、クナーア周辺は霞んで見える。学者の説では、『未知の力』の影響ではとある。未だ、聖戦時の力が残っている。

それが、『星の民』の説であるが。


 ラ・ムーは、このところ不思議な夢を続けて見ていた。

何者かが、自分をクナーアへ来るように、呼んでいる。夢だ。

天ノ舟で、大山脈を目指す。

「夢。クナーア神話と、私が関係しているのかな。この際、クナーアへ行って、神話や伝説を突き止めてみよう。実際、現地に行けば何か解るかもしれない。。―それにしても、夢の中の影は、誰だろう」

ラ・ムーは、天ノ舟を操りながら考えていた。

「どうして、クナーアは禁断の地とされているのだろう。禁足地には意味が、ある。例えば、神様と関係しているとか。単に物理的に危険だとか。真意を知りたい」

大山脈を超える高度になると、星の岸辺が見えてくる。

「いつか、私も」

ラ・ムーは、そう呟いて、大山脈を越えた。気流の乱れが少し気になったけれど、練習の成果で、難なくこなせた。

「ラユタがいたなら、叱られたかも」

と、呟いて。


 大山脈を超えると、原生林の樹海が広がる。暫く飛行すると、霞の彼方に巨大な壁の様なモノが見えた。舟の地図は、クナーア台地を指している。

「あれが、霊峰ヤティス。ヒラ二プラ大神殿のモデルになった、神話の霊峰。さすがに、この舟で山頂へ飛ぶのは無理だなぁ。まさに、星の岸辺に繋がっているみたいだ」

近づくにつれて、その稜線が鮮明になり、クナーア台地が広がった。大きく霊峰の裾を周り、台地へと出る。

 台地には、草木が生い茂っていた。それでも、草木の間に人工物が埋もれて見えていた。

ラ・ムーは、胸の高鳴りを感じならが、舟が着陸出来そうな場所を探した。

暫く探していると、舟一台が着陸出来そうな広場を見つけた。その場所だけ、いかにも舟を着陸させる為にある様に思えた。不思議に思いながら着陸する。

 舟から降りると、春の香りがラ・ムーを包んだ。その香りが、自分を迎えていると感じた。辺りを見回すと、花に覆われた石造りの建物があるのに気付いた。

近づくと、かつては巨大な神殿であったのだろうと思わせる。草木に埋もれていて、表面は風化しているが、今なお建っている。ラ・ムーは、神殿を見つめ頷く。

草木の間から中へ、入り込む。

 神殿内は、思ったより綺麗だった。風化し退色していたが、大きな神殿だった事をおもわせる。興味本位で、奥へと進む。

すると、地下へと続く階段を見つけた。覗き込んだけれど、闇の深さで先は見えない。

「この地下だ」

直感で、そう思った。

「私を、呼んでいるモノは、この先にいる」

暗闇を見つめ考える。

「舟に、月光石があったはず」

一度、舟に戻ると、杖の先に丸い白い石が付けられている物を取り出した。

それを手に、先程の場所に戻る。

月光石は、ムーでは照明の一つとして利用されていた。

灯の強さは満月程だったけれど、何も無いよりましだと思った。


「この先、どれくらい」

階段を見つめていたけれど、ラ・ムーは意を決して降りていく。

階段を下るラ・ムーの足音が、響く。階段は、ラ・ムーが思っていた以上に長く、地下深くへと続いていた。どれだけ続くのか、不安になりかけた時、夢の中で出逢った気配が近くなるのを感じて、大きく呼吸をして、歩みを進めた。

辺りは静寂。自分の足音だけが、その空間に響いている。音は、足音だけ。

あとは、自分の呼吸音。

気配は強くなる。その気配の正体が、もしかして神話に語られる神々ではないかと、思い始める。クナーアが禁断の地とされるのは、今なお神々が存在しているからでは?

もし、その神々の力に触れたなら。消えてしまう。

という言い伝え。

だけと、ラ・ムーは進み続けた。自分を呼んでいる存在を確かめる為に。

階段を降り続けて、どれくらいたったのか、ふと先をみると灯の様な光が射しているのが見えた。そして、階段は終わり、細い回廊が暫く続いた。

回廊には、薄っすらと灯があった。壁や床からの光。

神殿などで今も使われている、石材が持つ光と同じだった。

ラ・ムーは、その事に関心していた。

乳母や『星の民』から聞いた話によれば、クナーアが存在したのは数千年前だから。

もしソレが事実なら、この壁は数千年間も光を湛えているということに。

「やっぱり、ここは」

回廊を歩きながら、ラ・ムーは核心に触れた気がした。

回廊の先には、一段と明るい光が漏れている。気配は、その先から。

そこには半開きになった、石扉があった。光はそこから。石扉には、超古代文字と呼ばれているモノが刻まれていた。

「なんだろう、この不思議な気配」

ラ・ムーは、警戒しながら扉に触れた。すると、扉は静かに開いた。

すると眩いばかりの光が溢れた。眩しくて瞳を閉じる。少しして、光に慣れてくる。

瞳を開くと、そこが巨大な空間であることを知った。

先程までの回路は、遥か遠くに見えた。

周りのものすべてが、白い透明な光を放っている。

「―ヒラ二プラ大神殿みたい。同じ素材なのかな?」

導かれる様に、ラ・ムーは歩いていた。

「夢の中と、似ている。不思議な気配は、ここから漂っているの? その気配も、ここも、星の岸辺と雰囲気が似ている。地下深い場所のはずなのに」

ラ・ムーは、辺りを見回す。

「もしかして、クナーア神話の中心?」

呟くと、自分のすぐ近くに、とても大きく不思議な気配がいることに気付いた。

姿は見えない。だけど、すぐそこにいる感じ。

「誰か、いるの?」

視えない気配に向かい、言う。

その言葉に反応するかのように、空間が一瞬にして変わった。

瞑ってしまった目を開いて、驚く。


 そこはまるで宇宙空間のようだった。

「え?」

ラ・ムーは、困惑した。

「なるほど」

と、声がしたと同時に、ミスティブルーの不思議な姿の者が姿を現した。

「誰」

ラ・ムーは、その力の強さに本能的に数歩下がった。

ミスティブルーの者は人の姿へと変わる。

「稀有なる者よ。二つの惑星の血を引く存在が現れるとは」

ラ・ムーを見つめて言う。

「私は、ラ・ムー。地球とメガラニカの間に生まれた。あなたは、クナーアの神様?」

「私は、ヴァルヴァドス。星の主神」

「え、『星の教え』の? まさか、本当に存在するとは、では神話は」

ラ・ムーは、驚きを隠せなかった。

「そう。すべての神話は、我と伴にありし民達の物語。そして『星の記憶』。すべての物語は史実であり、我と伴にありし民は、それらを語り継ぐことを宿命としている」

「それって、『星の教え』を護り語り継ぐ者達のこと?」

「そう。そして、その者達は常に、汝の周りにいる」

ラ・ムーは、心が波打つ様な感覚になる。

「ここに、汝を呼んだのは、汝が背負うモノについての話をしておきたかったからだ」

「二つの星の血を引いている。それだけで稀有。生命の神秘。それと同時に、魂が巡らない存在になってしまった。なぜ、その様に、魂が輪廻できないのかは、我にも解らぬが。それは、汝だけに与えられし宿命の為故にだ」

主神は、淡々と話す。

「どういう意味ですか?」

ラ・ムーは動揺する。魂は必ず輪廻するモノだと、されているから。

「二つの異なる星の人間。異なる文化。だけど、同じ答えを求め望んだ。どうして、ソノ答えを求めるのか。ソノ答えを見つける為に、二つの星の間に生まれた存在。汝の宿命。この先も、この星と伴に在リ、答えを見つける事が出来るまで、汝は存在し続ける事となる。器が死しても、精神体となり、星の行く末を見届けるまで在り続ける」

主神は、ただ語る。

―つまり、自分は、星の終わりまで在り続けると、いうこと?

ラ・ムーは、言葉にならない問いをする。

「そういうことだ」

「私が、二つの星の間に生まれてしまったから? 母様と父様はお互いに愛し合っていたし、私も愛してもらった。現ムー帝国では、王家は象徴でしかない。宇宙へも翔く事をした。でも、私の生まれた理由が、星と伴に在り続ける存在ということ? 輪廻もなく、精神体となって、一人で星を彷徨うの?」

自分でも、解らない感情があった。星の主神に告げられている事が、人知を越えたコト。

そして、唯一無二の存在である自分が、生まれた理由。

―未来永劫、独り? 星が終わるまで?

「星が選んで生み出したと、でも言おうか。汝が精神体となっても『星の民』は伴に在る。それに、もう一人、似たような宿命を背負ったモノ魂がいる」

主神は、続ける

「創まりの魂。その魂は、輪廻を続ける。終わり在る輪廻ではない。輪廻の果ては、星に還ることだ。それが叶わない魂、それが『創まりの魂』だ。星の終わりまで、輪廻の中を彷徨い続け、暴走した文明に終焉をもたらす。ここクナーアも、創まりの魂なる者が、暴走した文明より『星』を護る為に、終焉をもたらした」

―それって、まさか。

「そう。『創まりの魂』は輪廻の中で文明を見つめている。普段は普通に輪廻転生をするが、文明が暴走し『星の命』を脅かすコトになった時、その文明に終焉をもたらす人物として生まれる。汝は、その者を見つけ出して伴に終わりを迎える。終わりを見守るのだ」

ラ・ムーは、言葉が出なかった。聞きたいコトはたくさんあるのに。

「星の命を護る為、他の幼い文明を護る為には、仕方の無いコト。そうすることで、護られるモノの方が遥かに多い。それを繰り返した果にある『答え』を見つけるのだ」

ラ・ムーの目の前に、掌ほどの光を湛えた珠が現れた。

「これは?」

「星に眠る力を呼び覚ます『星の鍵』だ。星の命と未来を護り救う時に、封印を解く為の鍵になる。汝が持ち『創まりの魂』と出逢った時に、渡せばいい。すべては『創まりの魂』なる者が識る」

「意味がよくわかりません。これを使ったら、文明が神話の様に滅ぶというコトですか?」「神話は史実でもある。―そういう意味だと受け取っていればいい。詳しいことは『星の民』、我と伴に在る者達が、話してくれるだろう」

―神話は史実? 

ラ・ムーは、ふと疑問に思った。

「史実だとしたら、邪神もまた、この土地に存在しているのでしょうか?」

考えると、別の意味で恐ろしかった。

「あやつは、原初の地球に生命が芽吹き初めた頃、外宇宙の彼方から飛来したモノ。この星の営みとは異なるモノで、生存とは真逆のモノ。滅びの力の化身とでも言おうか。ずっと底でナリを潜めていたのだが、文明を築いた人間の『欲望』に触発されて、目覚めた。そして、邪神として邪道なる人間達が欲望を叶える為に崇めたのが始まり。今は、更に深い深淵の彼方、時空の狭間の様な空間に封じられている」

答えて、主神は溜息を吐く。

「人間は、欲望によって文明を築き発展させて、自分達の生命を繋ぐ。だから、何時の日か再び、滅びの邪神は目覚めてしまうだろう。『創まりの魂』は、ソレを終わらせる者。そして、汝は見届ける」

「いつか、滅んでしまう時が、来ると?」

ラ・ムーの問いに、主神は答えず

「―迎えの者が来た。戻るがよい、汝が在るべき場所へと。姿が無くても気配が無くても、我は汝の側にいる‥‥」

星の主神の声は、徐々に遠くなる。そして、不思議な空間は元の白い空間に戻った。


 ラ・ムーは、その広大な空間に独り。

静寂の中、視てしまった己の未来を抱えきれす、唯一人、泣き続けた。

やがて、落ち着きを取り戻して、扉を出る。

眩しい光で思わず瞳を閉じた。次に瞳を開いた、そこは外だった。

崩れかけた神殿の入り口だった。ここには、まだ太古の魔法の欠片が残っていて、瞬間移動したのか、それとも星の主神の謀らいだったのかは誰も知らない。

 外の空気、春の香りに包まれる。草木の間から差し込む陽光が眩しかった。

その陽射に慣れると、舟に向かって歩き始める。

ラ・ムーが舟を着陸させた場所には、大型の舟が泊まっていた。

その側には、ラユタが立っていた。ラ・ムーに気づき

「お探ししましたよ。まさか、クナーアに来ていたとは」

と、言って駆け寄った。

「どうして、解ったの?」

「リィ様が、ここに来ているだろうと。あまり心配をかけないでくださいね。ラ・ムー様の事は何があっても、我々が支えますので。無茶な事はしないで下さい」

ラユタは、優しく言った。

「あ、うん。解っている。ごめんなさい」

ラ・ムーは、疲れた声で言う。

「大丈夫ですか? ここは大きな力が溢れています。長くいると、少なからず力の影響を受けてしまいます。さあ、帰りましょう。ラ・ムー様の舟は収納させて貰いました。ヒラ二プラまでは、少し時間がかかりますので、お休みになられてください」

と、ラ・ムーを優しく促して舟に乗った。


 大型の天ノ舟が、クナーア台地を離れていく。

窓から見下ろすと、クナーア台地は蜃気楼のように揺らめいて見えた。

「クナーアに存在している、大いなる力の影響で、クナーアは蜃気楼や霧に覆われているように見えてしまう。星の主神の加護がなければ、その力に飲まれてしまう。ゆえに、禁断の土地とされているのです。この先、舟の技術が進めば、この地へを目指す者も出てくるでしょう。その時、なにも怒らなければ良いのですが」

ラユタは、舟を操りながら言った。

「神話は史実って、クナーアでの出来事はすべて?」

「はい。星の主神にお会いになられたのなら、お聞きになったかもしれませんが。クナーアは、主神と邪神との二つの力が衝突してしまった結果、終わりを迎えたとされています。ですが、神々を含めた万物は滅びと再生を繰り返しているモノだと、私は考えています」

「―あなた達は、何者なの? 神話や伝説、『星の教え』に精通している。あなた達が、星の主神ヴァルヴァドスが定めた一族なの?」

ラ・ムーは、問う。

「私達は、クナーア文明において、星の主神ヴァルヴァドス様に導かれた、神司達の末裔。いわゆる『星の民』です。私達に架せられた事は、『星の教え』と伴にあること。『星の命』を護りながら『星の教え』を語り継ぐ。星の命達を見つめながら、宇宙の果てを夢見し者。リィ様は、私達の長でございます」

淡々と答える、ラユタ。

「なるほど、そういう、意味だったのね」

溜息を吐いて、ラ・ムーは瞳を閉じた。

―星の行く末まで。

ヴァルヴァドスの言葉が何度も心の中で響く。

「少し、お休みください」

ラユタは言う。

「うん」

ラ・ムーは答えて、再び瞳を閉じた。



 少女が、多くの者達を前に何かを告げている。

「邪神ガタノアージャが目覚める。そのことによって、クナーアは滅びてしまうでしょう。絶望と悲観してしまうけれど、ソレもまた万物の理なのかもしれません」

星の主神ヴァルヴァドスの神子イースは、神司達へ告げる。一瞬、静まり返り、ざわめきが起こる。

「それは、聖戦に敗北するということですか?」

神司の一人が問う。

「いえ、敗北ではないです。だけど勝利でもありません。大いなる宇宙の理、その一部でしかありません」

イースは、淡々と答える。

「私達は、この文明が終焉を迎えた時、本当の使命が創まります。宇宙と星の記憶とともに。星の民達に、宇宙神ウォンジナと星の主神ヴァルヴァドスの加護があらんことを」

イースは言って、最長老を見た。

「若き者達よ。これより、クナーアを離れて大山脈を越えた西の大地へと迎え。そして、その地にて、伝えよ。『星の教え』と『星の記憶』を」

最長老がイースに代わり、伝える。

「いいえ、我らも主神とともにあります」

若い神司達は、反発した。

「それはならぬ。すべては、主神の御意志と勅命。そなた達は、記憶と血脈を護り伝えなければならない。星の主神の双子神スーロンティより、賜りし『血と力』を」

「スーロンティ?」

神司が問う。

「今は亡き、星の母神。殆ど記憶には残ってはいないが。我らを初めとした命達を生み出した母神の真名」

と、最長老。

集まっている神司―『星の民』達は、残りたい者と旅立つべき者とで、意見が割れていた。

「気持ちだけ、残して。皆様は、西へと旅立って下さい。志を伴にする者達とともに。そして、西の土地にて『星の教え』を語り継いで下さい。そして、何時の日にか、私の『魂』と再開した時に、その歴史と記憶を語って下さい」

イースに、感情はなかったのかもしれない。ただ、淡々と告げるだけだった。

「クナーアが終わる前に、この地より旅立ってください。それが、あなた方に架せられた宿命です。私は、霊峰ヤティスにて、すべてを悟り受け入れました。あなた方が血脈を続けていてくれる限り、私は、あなた方の近くに何度と無く転生を繰り返す。それは、星の終わりまで続く、魂の旅。『星の教え』を護る『星の民』は、主神の加護のもとに在り続ける。だから、お願いします」

そう言って、イースは奥へと消えていく。

沈黙が続く。動揺の声は、もう聞こえない。別れる声も無い。

「さあ、イース様を思われるのなら、旅立つのだ。見届ける者は、私を含めた長老達だけでよい。伝えるのだ『星の教え』を」


 大山脈の西の大地は、ムー大陸の四分の三を占める広大な土地。大山脈の東は、大陸の東の果てとなる。大山脈を越えて、『星の民達』は、大地へと散っていった。

そして、数千年の時が過ぎ、ムー帝国となった。その中心、ヒラ二プラ。

そこに『星の教え』は根付き『星の記憶』となりはじめた。

そして、念願であった、宇宙へと翔く事を成し遂げたのだった。


 ―現ムー。ヒラ二プラ大神殿にある、空の港。ここには、宇宙へと向かう舟も停泊している。ここで、乗り換えて宇宙へと向かう。だけど、今は地球周辺しか飛ぶ事が出来ない。

大神殿の港を使えるのも、限られていた。この数年で、いわゆる『飛行する』舟は増えてはいたが、技術は止まったままだった。

「ラ・ムー様。ヒラ二プラに到着しましたよ」

座席で眠っていた、ラ・ムーに、ラユタは優しく声を掛けた。

「え?」

間の抜けた声で

「ひ、ヒラ二プラ?」

と言う、ラ・ムー。

「随分とお疲れのようですね。ラ・ムー様。とりあえず、お部屋に戻られたら、ゆっくりお休みください」

ラユタが笑いを噛み殺しながら言ったので、ラ・ムーは紅くなってしまった。

夢が現実か解らない。そんなことを考えながら、通路を歩いていると視界に入ったモノがあった。

「どうして、ここに、ゴンドアナがあるの?」

驚いて、ラユタに問う。

「少々不具合が見つかりましてね、ここで修理する事になりました。幸い、部品の交換で済みそうなので、また星の岸辺へ戻れますよ」

「そう。星の岸辺へ戻れるなら、良いのだけど。なんだか、また宇宙が遠くなってしまうかと。―母様父様やラトゥリア達は、今頃どうしているのだろうね。無事だと良いのだけど」

ムー・地球を発って数年、初めの間は連絡がとれていた。しかし、それも無くなった。地球から遠くへ行ってしまうと、連絡は二度と取れないというのは、出立前に聞かされていた。

だけど、数年も経ってしまえば、不安になってしまう。

飛び立った者はいるのに、自分達は飛び立つことが出来ないことが。

「大丈夫ですよ。メガラニカの技術は高い。もしかしたら、もう新天地を見つけているかもしれません。そして、私達を待っているのかもしれませんよ」

ラユタは、あえて明るく振る舞った。

「そうだね、そうだと良いね」

ラ・ムーは、呟いて、悲しそうに笑った。



 王宮殿に戻ると、乳母リィが安堵した表情を浮かべて出迎えた。

「ただいま、リィ婆」

ラ・ムーは、申し訳無さそうに言った。

「心配しましたよ。ラ・ムー女王」

幼い頃より変わらない口調で、言う。

「ごめんなさい」

ラ・ムーは、涙ぐんで謝った。そんな、ラ・ムーの手をとる、リィ。

「星の主神ヴァルヴァドス様に、お会いになられたのですね」

穏やかだったけれど、その瞳は深刻だった。

「ええ。意味が理解出来ないけれど、私には『大いなる宿命』があるそうです」

ラ・ムーは、主神に言われた事を、リィを始め側近に説明する。

「―やはり。そのような『宿命』のもとに。主神も、残酷な」

リィは、溜息を吐く。

ラ・ムーが『特別』な存在なのは、生まれた時に気付いていた。

その『特別』が、これほどもまでに大きく重いモノだとは、思わなかった。

話を聞いた者達は、言葉を失った。

 二つの星の間に生まれた子。それだけで、稀有。

そして、地球人とメガラニカ人の両方の姿であること。

当時のムーが、『そういうこと』に寛容かつ求めていた。

だから、ラ・ムーは歓迎された。そして、ムー帝国の象徴として受け入れられたのだ。

『万物には理由がある。理由があるから万物である』

と、いったかんじに。

ラ・ムーは象徴であると同時に、崇拝される存在としても、ムーでは有名だった。

成長し物心がついた時には、その様な『存在』として扱われていた。

それは、両親が旅立った後になって、ラ・ムーを悩ませた。

どうして、自分は生まれたのだろうと。

でも、その答えが『星の終わりまで、星とともに在り続けて見届ける』ことだった。

それをすべて説明した。

側近は『星の民』が中心。それを『理解』してくれれば、いいのだけど。

説明を終え、内心、思っていた。


 自室に戻った、ラ・ムーは

「ねぇ、リィ婆。ヴァルヴァドス様から、頂いた物で『星の鍵』とか仰っていたのだけど。どういうものか、解る?」

と、先程の宝玉を取り出して見せた。

「―それは、星に眠る自浄作用を引き出すモノだと聞いています。つまり、暴走した文明なりを終わらせる為のモノです」

深刻な顔で、リィ婆は答えた。

「主神は、文明を終わらせる為に使えと。でも、そんなことは出来ない」

「ラ・ムー様。我ら『星の民』は、何度と無く文明の終焉に立ち会ってきました。その鍵を託されたというなら、文明が『星の命と教え』を忘れかけているからだと、思います。今は、まだ大丈夫ですが‥‥」

リィは、『星の鍵』を、ラ・ムーに返し

「ヒラ二プラ大神殿の地下深くには、クナーアのヴァルヴァドス神殿を再現した空間と、祭壇が創られています。それは、数千年前に創られたモノ。そして、もし現文明が、『星の命』を脅かす事を続け『星の教え』が忘れられてしまったら、その時は、その神殿の祭壇

『星の祭壇』に、『星の鍵』を掲げてください」

と、リィ婆。

「その時は、来てしまうの?」

「それは、解りません。私の口からは言えない。クナーアにて、ラ・ムー様が見聞きされた事が、すべてだと思います。それに、今一度『星の教え』を民に伝えれば、避けれる未来も在るかも知れません」

「大丈夫。私が民に『星の教え』『星の命』について、語ってみるから。星の恩恵のもとで、私達は生かされているって。伝えてみるから。終わりだけは、まだ―」

ラ・ムーは、なんとか笑顔を作って、リィ婆に言った。

「解りました。ならば、『星の民』も力添えいたしましょう」



 それから、ラ・ムーは積極的に大陸各地を廻り『星の教え』『星の命』について語った。

大陸各地には『星の民』が暮らしていて、ラ・ムーの行動に賛同し共に語った。

それでも、文明は高度に成長していき、それぞれの都は独自に発展していった。


    幾年もの歳月は流れていく




 ラ・ムーがムー帝国象徴として、『星の教え』を説いて廻り、その意志は『星の民』の若者に引き継がれて、伝えられていた。

新天地を求め、宇宙へと旅立ってから、百年余り。

不老の力を持っていたラ・ムーは、自身の天命と宿命を想いながら過ごしていた。

 豊かで限りのない恵みで溢れていた、大陸。無限とも思われていた資源に、限りが見え始めていた。そのことで、一部の者達による争い、他の大陸に手を伸ばそうとする者で、平穏だったムー文明に、陰りが見え始めていた。

「私は不老ではあったけれど、不死ではない。この先、『星の教え』を忘れつつあるムーに対して出来る事はありません。もう、私の声は届かない。このままでは、いずれ……」

ラ・ムーは力なく言う。

窓の外には、透明に輝くヒラ二プラ大神殿が見えている。

ラ・ムーは今際の際。

部屋には、『星の民』の末裔が集まっていた。

「ラ・ムー様は、明るく元気の象徴でもあったと、聞いています。どうか」

生前ラ・ムーに仕えていたラユタ、その孫トーラが言った。

「―あの頃には、もう」

深い溜息を吐いて、窓の外の大神殿を見つめる、

「母様父様達は、今は何処にいらっしゃるのだろう。なんの連絡も無い。それに、私達は二度と、宇宙へ翔くコトは出来ないのだから。ゴンドアナは星の岸辺から漕ぎ出すコトは出来たけれど。ソレは、星を見守るため。宇宙は、遥か遠くのモノとなってしまった。私達の夢見た宇宙は、夢になってしまった」

疲れ切ったラ・ムーの顔には、哀しみが宿っていた。

「だとしても、何時の日にか再び翔くことが出来ると信じています」

トーラは、必死にラ・ムーを励まそうとする。ラ・ムーは微かに笑い

「最長老オリィエ、ひとつお願いがあります」

側に控えていた老人に声を駆ける。

「はい。なんなりと、申し付けください」

声は見かけより若い。

「私は、ヴァルヴァドス神より架せられた宿命の為、永遠の旅を始めます。ソレは、この星の終わりまで続く旅」

「はい。リィ様より、お聞きしています。魂の旅ですね」

「いいえ。肉体を離れた精神体です。魂を抱いたまま。巡ること無く、星の終わりまで。ラ・ムーという精神体で、旅を続ける―」

ラ・ムーは苦しそうに言う。

「後を継ぐ者を決め、ムーを『星の教え』を、継いで」

ラ・ムーは、部屋に集まっている『星の民』を見つめる

「退廃していくだけのムーを、ムーが終わる日まで。ソレを受け入れられる者を。そして、どうか、私が『創まりの魂』と巡り逢い、ヒラ二プラに導く時まで。私の『名を継ぎ』、ムーの終焉を迎える者を」

か細い声で言うと、ラ・ムーは瞳を閉じた。

最長老は、ラ・ムーの手をとり項垂れた。

 

 静寂が部屋を包む。

集まっていた『星の民』達は、涙する。

それから、葬送の準備と後継者を決める会議が行われた。

ラ・ムーの後継者は、『星の民』の中から、順に決められた。

称号としての『ラ・ムー』。これは、カタチだけのモノとして、ムーの民達に説明された。

それを引き継いだのは、ダーナという若者。

しかし、ラ・ムーの死後、ムーは大陸の中で対立するのが目立って来ていた。

そこには『星の教え』も『星の命』も、省みるコトは無かった。

『他の大陸。外の文明に干渉するコトを禁ずる』

それすらも、危ぶまれていた。

称号ラ・ムーを継ぐコトは、ムーと未来を背負うということ。

それは、『星の教え』を護り継ぐ事を根幹に抱いていても、途方も無い苦行だった。

 ラ・ムーの死後、ヒラ二プラ大神殿には『星の民』が大陸各地より、集まっていた。

帝都であるヒラ二プラは、繁栄を極めきったのか、他の都にくらべ衰退を見せていた。

この頃になると、宇宙を夢見ていたムーの民も、それぞれの都同士の覇権争いに気持ちが移っていった。

争いを恐れる者は、何故かヒラ二プラに集まり、覇権を手にしようとする者は、地方へと散っていった。

『星の命』は、欲望に支配された人の心から、消えかけてしまっていた。

称号ラ・ムーのこと、ダーナは悩まされていた。

選挙で決まったとはいえ。

余りにも重い。ラ・ムー様は、こんなモノを背負っていたのかと。

愚痴をこぼせる相手は、最長老しかいなかった。

「星の教えは、忘れられたも同然。この先、どうしても結果は同じではないのでしょか?」

ダーナは、深い溜息を吐いて言う。

「せめて、若き『星の民』の支えになり、『星の教え』に耳を傾けてくれる者がいる限り、我らは語り継がなければならない」

最長老オリャエは、諭すように言うが

「例え、称号ラ・ムーが肩書であっても、重い任です。民達をまとめることは、できない」

ダーナは、大陸各地から伝わる諍いの声に、戸惑っていた。それは、最長老を始めとした者も理解していた。

「我らの声が届かない。でも、ラ・ムー様が『創まりの魂』なる者を連れて戻られるまで、衝突は送らせなければならない。このヒラ二プラを死守しなければならない」

最長老は言って、窓から見える、白く透明に輝く神殿を見て

「ダーナよ。あの透明なる大神殿の真意を知っておるか?」

と、問う。

「宇宙へ、近付くために二千年の歳月をかけて造り上げたと、聞いておりますが」

「それは、表向きの話だ。真意は違う。霊峰ヤティスを知っているだろう?」

「はい。クナーア台地に聳える、大陸で最も高い山。その山頂に、宇宙の神々が降り立ったとか伝説のある」

ダーナは、たどたどしく答えた。

「そう。霊峰の再現、それがヒラ二プラ大神殿。宇宙を夢見ているのは、かつて霊峰に降り立った、宇宙の神々との再会。その為に建てられた。その意味を込めて、ヒラ二プラ大神殿は守り抜かねばならない」


 ヒラ二プラ大神殿は、太陽の光を受けてかがやいている。

最長老は、古い記憶を辿るように

「待っているのだ。再び、宇宙の主神ウォンジナが再臨するのを。そして、全宇宙を司りし存在を」

「万物を生み出しし、両性具有の神のコトですか?」

ダーナが問う。

「そうとも呼ばれているし。そうでもないかもしれぬ。だけど、我らは待っている」

と、最長老

「―我々は再び、神々と伴に暮らせるのでしょうか?」

ダーナの問いに、最長老は沈黙する。

「その時が来たならば、きっと『星の楽園』になっているであろう。それが、遥かなる未来であったとしても。今はその時を、待ち続けるだけ」


 それから、数年。ムー大陸各地で、戦乱が起きていた。

なかには、禁断の兵器を持ち出してくる者達もいた。宇宙へ翔く為の『力』を、武器として利用した。それは、一瞬にして瓦礫と化す力を持っていた。宇宙への『力』を使うのは、禁忌であり、『星の命』を危機に晒すとして、利用を禁じていたが、宇宙へ翔くコトを諦めた時から、一部の者達の間で悪しき研究が進められて、開発された。

『星の教え』はおろか『星の命』さえも忘れ去ってしまった。

そんな時代となっていた。

この頃になると、もはや誰がムー帝国の象徴なのか、どうでもいい風潮になっていた。

ダーナも称号ラ・ムーから降り、代替わりしていた。

ヒラ二プラにも、各地で『覇権』を求める動きは大きくなり、今まで抑えていた欲望を解き放ったかのように、ムー全土は荒れていた。

文明が極まった結末がに、なりつつあった。

ヒラ二プラも大神殿と宮殿を除いて、退廃の色が濃くなっていた。

 称号ラ・ムーのもと、『星の民』達は、神名ラ・ムーの帰還と『創まりの魂』なる者を待っていた。

暴走しはじめた『超古代文明ムー』に終焉をもたらす者『創まりの魂』を。

『星の教え』それが、忘れられた時、『創まりの魂』を持つ者が生まれる。

『私』は、そのような存在だったから。

当時、待ち望まれていたのだろう。



  称号ラ・ムーが代替わりし、数年。

ヒラ二プラでは、神名ラ・ムーが戻るのを祈っていた、ある夜のこと。

大神殿に、精神体となったラ・ムーが現れた。

称号ラ・ムーを継いでいた、若き星の民トーラは、驚いた。

「ラ・ムー様? お戻りになられたのですね」

彼女は、半透明のラ・ムーを見て言った。彼女は、言い伝えの中でしか、ラ・ムーを知らないけれど、すぐにラ・ムーだと解った。

「ようやく、『創まりの魂』を見つけました。その者を、ヒラ二プラへ連れて来て下さい」

ラ・ムーは、トーラに告げる。トーラは、すぐに最長老ダーナを呼んだ。

「ああ、ラ・ムー様。お待ちしておりました。あれから、幾年待ったことか」

すっかり歳をとったダーナは、懐かしそうにラ・ムーを見つめた。

『星の民』の寿命は、平均百五十歳。

ラ・ムーが旅立ち、百年近かった。

「皆様には、苦労をかけました」

ラ・ムーは、申し訳なさそうに言い

「創まりの魂を持つ者は、西の最果てにある都市カラに居ます。その地にある、『星の神殿』にいる、オラクルという名の少女です。どうか、迎えに行って」

ラ・ムーは哀しそうに言う。

話を聞く『星の民』は、その意味を識っている。

そう言い、ラ・ムーは消えていく。

ラ・ムーの消えた空間を見つめていた、ダーナは

「アシュー。トーラ。サラ。使者としてカラへ。ラ・ムー様の言われた者を、お連れしてくれ。ヒラ二プラは、我らで護るから」

その言葉に、若い三人は頷き、天ノ舟で飛び立つ。

「若き者は、これよりムー大陸より離れ行ってくれ。そして、各地に『星の教え』と『星の記憶』を語り継いで欲しい。三人が、オラクル様を連れて帰る前に、大陸を出るのだ」

その言葉には、言い切れない哀しみが含まれていた。


 若き『星の民』達は、少人数に別れ天ノ舟にて、ムー大陸を後にする。

これは、ラ・ムーが再来したら、そうすると決まっていたから。

そして、ソレが『星の民』に架せられた使命でもあった。



 ムー大陸の西北の果てにある、カラの都。七つ都市の中でも、最も古き都だとされる。

文化も他の都と変わっていて、今なお古き神々を祀り伴に暮らす民が多い。

一説では、レムリア文明の欠片ではとあったが、ソレは近年、異なるとなった。

むしろ、クナーア文明の残り香を含んでいるというのが、成り立ちに関係している。

それも、大陸に散らばる戦火により、各地に古より伝わる文化も燃えてしまっていた。

 カラの都を目指して、天ノ舟は夜の空を駆ける。最後に残された天ノ舟。

ヒラ二プラに残されていた天ノ舟は、既に大陸を後にした。

暗い夜空に星は見えない。代わりに、大地には揺らめく炎が煌々としていた。

それは、終焉を彩るモノに見えた。

「生命の炎は、憎しみの炎となってムー大陸を飲み込んでいくんだわ。私達が手にした力は、宇宙へと翔く為のモノだったのに。どうして、破壊の武器となってしまったのでしょうか?」

サラは、悲しげに呟いた。

「人間は愚かな存在だ。レムリア神話が語るように」

アシューは、舟を操縦しながら言う。

「レムリア神話。超時空文明とも呼ばれる、幻の文明ね」

トーラは、窓の外を見つめ呟く。

「……宙の神々は嘆く。生まれた星を旅立つ時。夢見た理想郷が滅んでしまったから。なにが、いけなかったの? ―忘れてしまったから。『何を?』生命を、星の生命達を。我が身の為に、星の生命を忘れてしまったから。どうして忘れてしまったの? 解らない、気付いた時にはもう、戻ることが出来なかった。旅立って行く神々は嘆きながら『種』をくれた。そして、遠き果てなる世界へと消えていってしまった。私達は『種』が芽吹き成長する日まで、償い続ける。その『種』が実った時、私達は赦されるでしょう。そして、再び翔たける時がくるでしょう。私達は、忘れない、この星に神々が存在していたコトを……」

アシューは静かに謳った。

「レムリア神話の中にある、レムリア哀歌ですね」

と、サラ。

「ああ。レムリア神話は、きっと真実。ただ星の記憶の奥底に埋もれてしまって、忘れられてしまった文明なのかもしれない。あるいは、他の星の文明の物語が伝わって神話となったか。誰も真実を知らない。星の主神や神々ですら。ただ、どの神話も伝説も、終焉を嘆くのは同じ。過ちに気付いた時には、遅い。この先も、同じ道を辿るのかもしれない。―超時空文明レムリアは、もしかすると遥か遠い未来の文明なのかもしれない」

アシューは言う。

「それって、未来の『記憶』が神話になって伝えれている? まるで何処かで時空が捻じ曲がっているって事ですか?」

サラが問う。

「どうでしょう。もしかしたら、何者かが、霊峰ヤティスにて視たのかもしれませんね」

トーラが答えた。

「宇宙の創まりから終焉までを、記録したモノを視るコトが出来る場所にして、大いなる宇宙の主神ウォンジナが降臨したとされる聖地。すべてを見透せる者など、存在しないと思う。だけど、ヤティスと何か関係が在るはず。―今となっては、ソレすらも識る由も無い」

アシューは溜息混じりに言った。

「大きな力を手に入れるというコトは、同時に滅びへと近づくコトなのかもしれませんね」

トーラは、窓から地上を見下ろし言う。

地上では、あちらこらで光が上がり炎が広がっていた。トーラは黙ってカーテンを締めた。

アシューは、舟の速度を速め高度を上げた。

それは、地上が霞む程の高さ。

 カラは西北の果て。手付かずの原生林と古代の街道しか、カラへの道は無い。天ノ舟が開発される前は、地上を行くしか交通手段はなかった。だから、カラでは、古代のモノが残されている。途中までは、集落が点在しているが、海峡を越えたら集落は無い。

 

 大河程の狭い海峡を超えると、ムー大陸の西の果てと同時に北の果てでもある、古の都カラがある。カラは、他の都市と比べると小さく人口も少ない。そして、古のモノを大切にし、無闇な発展を嫌っている民が多い土地だった。



   カラの都 星の神々を祀る寺院



 『創まりの魂』を持つ少女・オラクルは、寺院の奥院にある、星の神々を祀ってある祭壇を見つめていた。もうすぐ終焉を迎える。自分は、その為に生まれ存在している。

物心つた時から、解っていたコトだ。周囲の者も解っていて、大切に育ててくれた。

自分という存在は、『星の教え』を忘れてしまった文明を終わらすモノ。

自分が生まれた時、文明は終焉を迎える。

そうと知りながら、『星の民』達は、静かに諭してくれた。



 カラの都は闇の中にあった。街の灯は消えていた。家から漏れる光のみ。

そのなかで、最古の寺院だけが、灯の中にあった。

アシューは、天ノ舟を寺院前の広場に着陸させた。

舟の到着を待っていたかのように、神司達が出てきた。

「神名ラ・ムー様の命により、お待ち申し上げておりました」

初老の男神司が、丁重に礼をとり言った。

三人も礼をとり

「『創まりの魂』なる者を、お迎えに参りました」

アシューが言う。

「どうぞこちらへ」

三人を奥院へと案内する。

寺院の拝殿内には、近隣の人々が集まって来ていた。せめて、最後の祈りをと。

通路を奥へ。

壁には、古よりの神話を描いたタペストリが飾られていた。

星の神々と大地の神々、そして星の命達の物語。

 奥院の扉を開くと、祭壇の前に一人の少女が座っていた。

「お待ちしておりました。寺院を取り仕切るナギです」

老僧は立ち上がり、三人を迎えた。

「こちらが『創まりの魂』たる者、オラクル」

言って、オラクルを見た。

「はじめまして、オラクルです」

年の頃は十代前半。額には蓮の聖痕。独特の化粧眉。

古代より伝わる『星の民』として、星の主神に仕える者のみが入れる徴。

オラクルは、重そうな法衣をまとっている。ソレはすべて、星の教えを刺繍した法衣で時別な意味を持っている。

「私は、ヒラ二プラより、お迎えに上がりました、アシューと申します」

と、最高位の礼をとり言った。

「よろしくお願いします」

オラクルも丁重な礼をする。

「星の主神ヴァルヴァドスの命とはいえ。そのサダメは、あまりにも」

老僧は涙を流す。

「大丈夫、私はすべて受け入れています。それより、残っている『星の民』は、ムーを出て下さい。そして、伝えてください『星の教え』を、このムーの結末を。残る者は、民達と最後の祈りを伴にしてあげてください」

オラクルは言った。

「―解りました。すべては『星の記憶』の中で」

老僧を始めとした、僧や神司達は、深々と礼をしてオラクルを見送った。

始めは舟まで見送ると言っていたけれど、民達に気を使い、奥院で別れを告げた。


 天ノ舟が去っていくのを見つめながら、

「すべては、『星の記憶』として伝えれれるコトだろう」

と、老僧は呟いた。



 天ノ舟に乗った、オラクルは

「こんな大きな舟に乗ったのは、クナーアに行った時くらいかな」

と、少し嬉しそうにしていた。

「中は自由に見て回って、良いですよ。お部屋は、こちらに用意しています」

サラが、オラクルを客室に案内する。

「えっと、」

オラクルは、サラの顔を見る

「ああ、申し訳ございません。名乗っていませんでしたね。私は、サラ。あちらで書物を手にしているのが、称号ラ・ムーを継いでいる、トーラです」

「短い間だけど、よろしく」

オラクルは、笑顔で言った。サラは、一瞬、言葉に詰まった。

「はい。では、ヒラ二プラまでの数時間、ごゆっくりしてください。何かあれば、お呼び下さい」

そう言い、サラは操縦室に戻る。


 客室に一人になった、オラクルは興味深そうに辺りを見回していた。

クナーアに行ったのは、『創まりの魂』として目覚めた時に、ヴァルヴァドス神殿へ参拝した。その時は、ヒラ二プラの神司が用意してくれた、小型の天ノ舟だった。

カラの都から直接、クナーアを往復したので、ヒラ二プラには寄港しなかった。

ほんの数年前だけど、随分と長く感じる。その数年で、ムーは滅びへ向かったのだった。

客室の窓から、外を見る。

夜の闇、大地には幾つも炎が揺らめいていた。

「もうすぐ、終わる」

哀しみに満ちた呟き

「古い古い文明のように、燃え上がって終わってしまう。大いなる力は、星の命すらも脅かした。なにかの物語のように、玉座を取り合って戦って戦って、炎の嵐の中で国は滅びてしまった。それが、今のムー」

溜息が溢れる

「私は、この星が終わるまで旅を続ける魂。輪廻を終えて、星の一部になるコトの出来ない魂。生まれる前に、主神に言われたけれど。解らない。どうして、私なのか。寺院の皆は、答えてくれなかったなぁ」

法衣を脱いで、ベットに寝転がる。

「終わりの日か」

呟き、瞳を閉じた。

虚しく悲しかった。『創まりの魂』である宿命を運命を、受け入れたはずなのに。

暗闇の中で、一人。そこに、ラ・ムーが呼びに来た。

ラ・ムーの方が、悲しいはずなのに……。


 空が少し白んで来る。カーテンの隙間から、幽かな光が差し込んできた。

少し眠っていたオラクルは、身体を起こして窓の外を見た。

前方彼方に、天空へと聳える輝きを放つモノが見えた。

「あれが、ヒラ二プラの透明なる大神殿?」

天ノ舟は、朝日を受けて輝く。大神殿も、眩いばかりに透明なる輝きを放っていた。

何時もと同じ夜明け。だけど、戦火は確実にヒラ二プラに迫っていた。

その様ななか、オラクルを乗せた天ノ舟は、ヒラ二プラ大神殿内にある港に、帰還した。

「オラクル様。お目覚めですか、到着いたしましたよ」

サラが、呼ぶと、

「はい。いま」

オラクルは法衣を羽織ると、部屋を出た。

「あまり、お休みになれませんでしたか?」

サラが問う。

「大丈夫です。少し考え事をしていたもので」

オラクルは、内心を悟られないように答えた。

「―そうですか。皆に紹介した後、ごゆっくりお休み下さい」

サラは、オラクルを連れて舟を降りた。

 

 ヒラ二プラ大神殿内にある、専用の港。

乗ってきた舟の他に、数隻の天ノ舟が停泊していた。

「凄い。これが、宇宙を目指して造られたという」

オラクルは瞳を輝かせながら、辺りを見回す

そして、あるモノに目を留めて

「あれは、あの大きな舟は?」

と、指を指し問う。

「ゴンドアナです。星の港の役目をするため、かつては星の岸辺に浮かんでいました」

サラは、答えた。

「星の岸辺、宇宙との境目。星の汀。色々呼び方がある場所、行ってみたかったな」

オラクルは、独言の様に呟いた。

「そうですね。ゴンドアナは、この後、再び星の岸辺に戻ります。そして、その場所から地球を見つめ続ける任務に就くのです。星の行く末を見つめるために」

サラは、寂しそうに言った。

それから、言葉を交わすこと無く、大神殿内にある大聖堂に向かった。

 

 大聖堂には、最長老を始めとした『星の民』が集まっていた。

「オラクル様、よくおいでくださいました」

最長老ダーナは、丁重に迎えた。

オラクルは、皆の前で一礼する。

「私達は、貴女様に架せられし宿命に従います」

最長老ダーナが言った時だった

虚空に、半透明に輝くラ・ムーが現れた。

「あ、ラ・ムー」

オラクルが言う。その言葉に、注目が集まる。

ラ・ムーを目にした者達は、ざわめいた。

「オラクルを連れてきてくれて、ありがとう。ここから先は、私達だけで」

言って、オラクルの横に立つ。

「民達を見捨てるのは、気が引けるかもしれません。ですが、クナーアより続く『星の教え』を語り継ぐ者を失うわけには、いきません。だから、旅立って下さい」

オラクルは、精一杯の声を出して言う。

「しかし、それでは」

最長老は、反対する。

「いいえ。そうして下さい。かつて、クナーア文明で、そうしたように」

オラクルは言って、瞳を閉じた。

記憶の何処かで、あの時のコトを思い出す。

「もう術は無いのです。お願いです、ヒラ二プラ大神殿が在る間に、大陸を出てください。そして、ムー文明の結末を伝えてください」

哀しみを湛えて、ラ・ムーは言う。

「それは―」

一同は沈黙し項垂れる。

「解りました」

最初に言ったのは、アシューだった。

「心苦しいですが、クナーアの末裔で『星の民』である、私達の努め」

なんとか、言葉を絞り出す。

「ありがとう、アシュー。トーラとサラも一緒に行ってください」

オラクルが言った。

「……」

三人は、無言で頭を下げると、空の港に向かった。


「さあ、行ってください。ここに残るのは、私とオラクルだけです」

ラ・ムーの言葉に

「私達は残ります。そして、クナーア台地より見届けます」

長老達が言う。

「クナーアの終焉を、祖は見届けた。だから、我らも同じ様に見届けます」

と。

「でも、それじゃあ。大陸は―」

オラクルは、哀しそうに言った。

「いいのじゃよ。共に滅びる。そして『星の記憶』に刻まれる」

長老達は、互いに終末を話し合う。

「―終焉の為に、ヒラ二プラ大神殿を築き上げた様なモノ。もう、宇宙へと翔くコトどころか、再び、空を駆けるコトも無いだろうね」

「お互い、星が果てる前に再会出来るコトを願うのみ」

すすり泣く声

「結局、宇宙の主神も神々も降臨しなかった」

力無く、呟く

「私達が忘れない限り、何時の日にか出逢えますよ」

オラクルは、励ます。

「ああ。そうだな」

長老達は、ラ・ムーとオラクルを見つめ

「どうか、赦して欲しい。何も出来ない我らを」

深々と頭を下げると、大聖堂を後にする。


 広い大聖堂に、半透明のラ・ムーとオラクルだけ。

「これで、いいよね」

ラ・ムーに言う。

ラ・ムーは、頷く。

「星の祭壇へ」

大聖堂の奥へ向かう。

重厚な扉を開き、更に奥へ。

狭い回廊を進んだ先に、もう一つの扉。

扉の向こうには、広い空間があった。

その空間は、薄暗い。壁には大きな絵が飾られている。

「星の世界図。宇宙の星々を地図にしたモノ」

ラ・ムーは、呟く。

オラクルは、黙って見つめていた。

「ラ・ムーの持つ『星の鍵』と、私が持っている『星の鍵』を、星の祭壇に捧げれば、すべてが終わる。ソノために、私は生まれた」

オラクルは、呟く。

「私は、文明の終焉が近づけば目覚める。魂は星へ還るコトが出来ない。星の終わりまで。ラ・ムー、この先、何度も巡り逢うよね?」

と、問う。

「っ、ええ。ソレが私達に架せられた宿命。何時、星の終わりに出逢えたなら、その時には、ゆっくりと話したいわ」

ラ・ムーは答え、少しだけ笑う。オラクルも、幽かに笑った。

『もう戻れない』

二人の声が重なる。


 絵の後ろに通路が現れる。地下深くにある、星の祭壇まで続く。

二人は、通路に入り地下深くへ。暗闇の通路を、星の祭壇に向かい進む。


終焉を創めるために。


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