最終話:福岡県民は幸せである。
「ハァ、幸せだな?」
「ん、そうやねぇ」
二人ベッドで寄り添い、乱れた息を整える。
年甲斐もない行為……かもしれない。
だけど、愛し合っている証拠でもあると思う。
ロイの額に汗で張り付いた前髪を手櫛で掻き上げる。
歳をとったなとも思うけれど、体力の衰えは一切感じない。相変わらずの色気がダダ漏れで、ちょっと渋くなって、更にどストライク。
「はぁぁ。ロイは、無駄にカッコ良かね」
「無駄? 無駄の意味がよく分からないが……」
「んー…………凄く……格好良い、って意味ー」
「カリナ…………なぁ、カリナ……」
カリナ、カリナと耳元でロイがうるさい。
私は程よくを通り過ぎて、物凄く疲れたので眠りたいのだ。
物凄く疲れさせたやつが妙に元気なのがイラッとするが、今は取り敢えず眠りたい。
そんな感じで、毎日ある程度平穏に暮らしていたら、いつの間にやらルシアナが十一歳になっていた。
来年には学園を卒業して、どこかで働いたり、更に進学したりという選択をしなければならない。
数年前は騎士団がいいとか言っていたが、最近はどうなのだろうか。
「どげんしたいとかあると?」
「んー、お母様のお店を一緒にしてもいいかなぁ? でも騎士団でウハウハも捨てがたいのよね」
ウハウハしたいのか娘よ。まぁ……その気持ちを否定はしないが。ウハウハ出来るがっ。
「真面目な話だと、ハンスとマルティーナがルシアナに嫁に来てほしいから、王城で淑女教育を受けないかと言っていたが」
「えー、レイナルドはキープなんだけど……」
副団長とマルティーナの子供は、ルシアナと同じ歳の男の子で、レイナルドと名付けられていた。
そして、ルシアナの手のひらでコロコロされている可愛らしい男の子でもある。
見た目は完全にちびハンス副団長。
垂涎ものの美麗さである。
「王族をキープすな」
「えー。だってレイナルドって可愛いだけなんだもん」
「ちょっとそこに正座っ!」
ルシアナを椅子の上に正座させて説教。
先ず、可愛いは正義である。
そして、その年代の男の子特有の可愛さは、とてつもなく儚いのだ。
もう数年でモサモサになってしまう。
お前の兄を見てみろ。
モサモサとは言わないが、ムキムキになってしまっただろう!
「エリアス、ムキムキよね。兄という欲目なしにしても格好いいよ?」
「レイナルドくんも、騎士団志望です」
「え、そうなの?」
ルシアナのレイナルドくんに対する興味のなさがエグかった。
私がレイナルドくんを推すには理由がある。
彼、驚くほどに純愛なのだ。初恋であるルシアナにどんなに雑に扱われようとも、未だに好きだと頬を染めるのだ。
――――可愛いが過ぎる!
「ルシアナが言う、地位も家系もしっかりしてて、将来性もあって、顔も、体型も、性格も、財力もって無茶振り、完全クリア出来るのはレイナルドくんだけだと思うんだけどね?」
「っ…………そうなんだけどぉ」
レイナルドくんの、優しすぎて煮えきらない態度が気にくわないらしい。
確かに彼は優しい。甘々に優しい。ドン引きするほどに優しい。…………ルシアナにだけ。
興味ない女の子から声をかけられたり、アプローチされても、やんわりと断って二度と近寄って来ないように、遠回しに伝えている。
巷では『氷の王子』とまで言われている。
ルシアナにデロ甘だから、ルシアナは変な噂もあるもんだとか勘違いしている。
「もっとさぁ、グイッてリードしてくれたらいいのに……」
「おおん」
それをレイナルドくんに、こっそりと伝えたら、どうなるんだろうか?
そんな考えが頭をチラリと過ぎったが、考えなかったことにした。
「お母様っっ!」
ルシアナが玄関を勢いよく開け放ち、ヒステリックに何かを叫んでいる。
私はクッキー捏ねるのに忙しいのに、全員が『行けよ』という視線を投げてくる。
渋々と玄関に向かうと、真っ赤な嘘顔のルシアナがいた。
どうやら、レイナルドくんがグイグイ来たらしい。
それはそれは、グイグイだったらしい。
「話したでしょ!」
「言っとらん。知らん!」
「グイグイ来られたいんだってね? って言われた!」
「おお?」
私は言っていない。使用人たちも言わない。ならば?
まぁ、知らないで通しておこう。
「とにかく、知らん。そもそもウチ、こないだから今日まで、外出しとらんし」
「……お母様って引きこもりよね? 楽しいの?」
失敬な。家ですることがいっぱいなんだよ。楽しいよ。
製品開発とかしてるんだよ。忙しいんだよ。
そんなこんな言い合いをして、『レイナルドくんグイグイ問題』は有耶無耶にしておいた。
「あ、やっぱロイが話したったい?」
「ん。伝えたほうが早いだろ」
「そらそうやけど……」
ルシアナがちょっとだけ不憫だ。
まぁ、今後は静観しておこうということになった。
「子供が生まれてから色々あったし、色々あるねぇ」
ふと、そんなことを考えた。
結構バタバタとしていたし、のんびりもしていた。
「ふはっ。そうだな。本当に色々なことがあったなぁ。『やられたらやり返せ』というカリナの言葉でルシアナが殴り合いのケンカをしたときは血の気が引いたが……」
「あの子、脳筋よね?」
「ぶふっ…………んっ、ふはっ…………ああいうところは、騎士向きなんだがな」
ツボに入ったらしく、ロイがベッドの上でのたうち回っていた。
「あはは。ね、ロイ」
「ん?」
「ウチと出逢ってくれて、ありがとね」
転移して直ぐロイと出逢えたことは、今でも奇跡だったと思っている。
本当に色々なことがあった。
もしあのまま路頭に迷っていたらどうなっていただろう。
「どうした、急に」
「んー、なんか愛おしくなってね」
「ふぅん? 存分に愛でても良いぞ?」
ロイが起き上がり、私を膝の上に乗せた。
下から見上げて来る。キスをしろ、という目で。
「ん……」
両頬を包んでキスをすると、幸せそうに微笑まれた。
――――あぁ、ほんと、幸せ。
エリアスの将来とか、ルシアナの今後の人生展開とか、色々と気になることはあるけれど、きっとこのまま平和に楽しく過ごせるんだろうな。
「ロイ、すいとぉよ」
「ん。俺もだ」
―― fin ――
10万文字、お付き合いありがとうございました。
楽しかった。面白かった。笑った。そう思っていただけたら、幸いです。
ではでは、また何かの作品で。
笛路
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