44:福岡県民、真相を知る。
ベッドから出て、立ちすくむロイの横を通り過ぎ、ソファに座った。
横をテシテシと叩いて座るように言うと、ロイがこくりと頷き座ってくれた。
「そんなに酷いガヴァネスだったの?」
「っ……ああ」
幼いロイは、端的に言って天使だった。
クリクリの頭に、零れ落ちそうな宝石のような瞳。
聡明かつ素直だったと聞いている。
「毎日、可愛い可愛いと……撫でられ、抱きしめられ、体中にキスをされていた」
乗っけから聞いていない情報が満載すぎる。
私が聞いたのは、『十歳の頃、ガヴァネスに酷い折檻を受けて、三ヶ月入院した。身体的にも精神的にも、浮上するまでに一年以上掛かった。ガヴァネスがローザリオと呼び続けていた事から、名前を呼ばれることに恐怖を覚えるようになった』、ということだけだった。
「確か三十手前で、子供が出来ない身体だから、俺を我が子のように思っているとか言っていた」
初めは、だからこそ教育に熱心なのだろう、と思うようにしていたらしい。
何か失敗をする度に、鞭で背中やお尻を叩かれていた。
手の甲を叩かれたという学友はいたが、そのガヴァネスは『見えるところに傷を付けるのは、可哀想だから』とのたまったそうだ。
「可哀想…………ぉん」
背中やお尻はもちろん、時には太股や胸を叩かれることもあったらしい。そんな日々を三年ほど耐え、ロイは思春期を迎えた。
「段々と、学友たちから聞くガヴァネスとなにかが違う、と気づき出したんだ。そして、反抗した。それからだった……」
目付きが悪いと殴られる。
言葉遣いが乱れていると殴られる。
遊びに行く暇があるのなら学べと殴られる。
一問でも間違うと殴られる。
「ある日、ダンスの授業で……胸を押し付けられ、身体中を触られた。気持ち悪くて、少し後退りして離れたんだ」
不躾すぎると、顔を殴られたらしい。鞭の持ち手で。
跪け、靴にキスをしろ。そんな要求をされ、飲めないと断ると、更に殴られた。
押し倒され、服を脱がされ、全身を鞭で打たれ、腹を蹴られ、手をヒールで踏み潰され、足は変な方向に曲げられたそうだ。
「っ……酷い」
「ん」
ロイが俯き、ブルリと震える右手を、自身の左手で押さえ付けていた。
「何で…………そこまで耐えたんね?」
あまりにも理不尽すぎる。
その頃のロイならば、本気で反抗できる体力も知識もあったはずだ。
「あの女は、王族の一員であり…………ハンスの教育係も担当していた。俺が無抵抗ならば、ハンスには丁寧に接してくれると約束していたんだ」
「ロイ……」
「陛下の妾だから、誰も逆らえないものだと思っていた」
――――おっふ。陛下、女の趣味悪っ。
かなり失礼なことを考えていたら、ロイがクスリと笑った。
「あぁ、俺もそう思う」
「…………口から出とった?」
「ん」
「ご内密にお願いシャッス」
ロイが楽しそうにクスクスと笑い出し、抱きついてくる。
私の肩に顔を埋め、「ありがとう」と呟いた。
「どーしたと?」
「カリナのそういったところが、とても愛おしい。カリナの強さが羨ましい。聞いてくれて、ありがとうな」
「よくわからんけど、どういたしまして?」
「ん」
未だに『ローザリオ』と呼ばれると、吐き気と身震いがするけれど、いつか平気になったら私に呼んで欲しい、と柔らかな笑顔でお願いされた。
私は、そう遠くはない未来に、その日が来る気がしている。
次話は明日のお昼頃に投稿します。




