32:福岡県民、異世界を学ぶ。
「カリナ、行ってくる」
「いってらっしゃい!」
玄関ポーチでロイの頬に柔らかな口付け。
出勤前のルーティン。
口にすると碌なことにはならないと学んだので、頬に。
彼が乗った馬車を見送り、屋敷内に戻る。
結婚すると決めて、ロイが住む屋敷に引越して二ヶ月。
貴族の事をしっかりと学ぶため、仕事は半分に減らしてもらっている。
本当はスッパリと辞めようと思っていたのだけれど、全員に引き止められた。
書類整理の手助けを続けてほしい、と。
騎士さんたち、脳筋多いもんね、とか軽くディスってしまったものの、実はちょっと嬉しかった。
「さ! 今日も頑張るぞー!」
両手を拳にして、天に突き上げて伸びをしていたら、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。
老齢の執事――フランクさんだ。
「あ……」
「はい、頑張りましょうね?」
「ふぁい」
基本はフランクさんが先生である。とても厳しい。
机に突っ伏し、ドゥハァァと溜め息を吐いていると、後ろからクスクスと笑い声。
しもた! と慌てて起き上がると、可愛らしい声が聞こえてきた。
「カリナ様、冷たいお茶でも飲まれますか?」
「エマちゃぁぁん!」
私と変わらないくらいの身長の女の子に抱きつく。
ロイ付きの侍女さんの娘であるエマちゃん十二歳。
私専属の侍女をしてくれることになった。
「カリナ様、離してくださいぃ。お茶が用意できないです」
「うあぁぁ、ギャワイイィィ」
高速で頬ずりして、プニプニほっぺに癒やされた。
「午後からはダンスの予定でしたが、大奥様にご予定が入りましたので、歴史の続きをします」
お昼ご飯の席で、フランクさんから絶望的な報告を受けた。
お義母さまのダンスレッスンは楽しい。
午後いっぱいを使って、ダンス半分、おしゃべり半分なのだ。
「おやおや。そのように喜ばれると、俄然指導に力が入ってしまいそうですなぁ」
――――喜んどらぁぁん!
「お手柔らかに、お願い致します」
ニコニコ好々爺の笑顔をしているが、かなりのスパルタ教師である。
そして、向こうの世界でもこちらでも、歴史の授業は大の苦手だ。
「――――さて、ここまでで何か質問は?」
「うーん。うーん」
「眠っておられます?」
「起きてますっ。各国の特産品とかってありますよね?」
「ええ、ございますよ」
国名や王族名を言われても、脳内に情報や国の歴史がパッと浮かんで来ない。
特産品とかあるなら紐付けした方が覚えられそうな気がした。
「なるほど。少々お待ちくださいね」
フランクさんがほんの少し席を外した。
プハーッと紅茶を一気飲みしている間に戻ってきて、軽やかに怒られたのはいい。
厚さ十センチの教材が追加されたことに絶望だ。
机に突っ伏して再起不能になった。
次話は夜の21時頃に投稿します。




