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レイアの日常


昨夜は早めに就寝したせいか、目覚ましが鳴る前に起きることができた。

すっきりと、目覚めも良い。


レイアの1日は太陽が昇ろうと準備している早朝から始まる。


起きて身支度を整えたら、今日は忘れずに目薬を打ち、外へ出る。


まずは、オルゼット家から少し離れたところにある西方の小丘へ行き、薬草を採集する。

小丘の上から眺める、日が昇る前の空は幻想的でとても美しかった。

青みがかった夜空の紫と太陽に照らされ始めたオレンジのグラデーションが織りなす朝焼けの空を見上げながら、異能者たちの瞳の色みたいだな、なんて想像していた。


そんな美しい景色に感化されて一旦立ち止まり、辺り一面の空気を肺一杯に吸い込み、深呼吸をしてみた。

新鮮な澄んだ空気は自分自身の中に疼くまるモヤモヤとした感情を一掃してくれるようだった。

おかげで、"私は生きている" という実感を持てるような気がする。


さぁ今日も一日頑張るぞ、と前向きな気持ちになれるこの時間が好きだった。



そして薬草を摘み終わると帰宅して、自宅裏にある野菜や薬草が植えられた畑で水やりと収穫を行うのが日課だ。

日々成長していく植物を愛でるのは、心が癒されるひと時であると同時に、種や苗から丹精込めて育てた植物たちはとても愛らしく、摘んでしまうのがもったいなくなってくることもしばしばだった。


「あなたは今日が1番良い収穫期なのよ……ごめんね。」


と冗談混じりに独り言を呟きながら畑いじりをする。




食べ頃の野菜を収穫した後は、畑に隣接する鶏小屋へ向かった。


「みんな、おはよーう。」


そう言って、扉を開けると鶏たちはコッココッコと忙しなく小屋内を動き回るが、餌を撒き与えると動きはより一層速くなる。

その様子を見ると、“そんなに焦らなくてもいいのに“ と、つい可笑しくて笑みが溢れてしまう。


そして鶏小屋で餌撒きを終え、鶏たちが産んでくれた卵をありがたく頂戴した後は、隣の馬小屋へと向かう。

厩舎に行くことは、日々の楽しみのひとつでもあった。


「おはよう、マックス。相変わらず今日も素敵ね。」


オルゼット家の移動手段として、乗馬のために飼育されている“マックス”と名付けられたこの馬は、焦茶色の毛並みと黒いたてがみで、額には白い線が入っている雄馬だ。

ブラッシングの甲斐あってか、ずっと撫でていたくなるような艶やかな毛並みはとても美しかった。


「マックスは本当に、馬界の中ではかなり美形な方だと思うわ。」


親バカな発言を挟みながら、餌の干草を補充する。


レイアが最近の出来事や悩み事を一方的に話すと、マックスはいつも静かに聞いていてくれるような気がする。

レイアの都合の良い解釈にすぎないが、マックスは良い聞き役であった。


だから、昔からレイアはマックスに日々の色んなことを語りかけており、いい相棒だと勝手に思い込んでいる。

そんな穏やかな時間が好きだった。




そして一通り働き終え家の中に戻ると、今朝収穫できたものを使って、適当に2人分の朝食を作ってゼリスと食べる。

早朝の一連の仕事はゼリスと分担して行っていたのだが、高齢のゼリスは体調を崩すことが多くなり、レイアが全て一人でこなすようになった。


もう慣れてしまったので、全く苦だとは思っていない。

むしろ、休んでいるより何かしていたいタイプなので、仕事があるのはありがたいとさえ思っていた。




ーー




日中はゼリスと自宅裏の工房に籠り、薬作りをしていた。

そして昼過ぎ頃になると、外から声が聞こえてくる。


「こんにちはー!ルイスでーす!」


栗色の短髪に褐色の瞳、すらっとした体型に高身長の男性が工房の入り口からひょっこりと顔を出した。


「ゼリスさんもレイアも元気してる?」


ルイスは、ゼリスたちが作った薬を小売店へ持って行ってくれる受け取り業者だ。

なので彼は、週に1度この家に訪れる顔馴染みの人物となっている。


「おぉ、いつもご苦労さん。おかげさんでピンピンしとるわい。」


「それは良かった!あ、そうそうこれ、今流行りのチョコレート菓子なんだって。お得意様が大量にくれたから、ゼリスさんとレイアにもお裾分け。良かったら食べてみてよ!」


「わぁ嬉しい!ありがとう!」


ルイスは集荷に来る度に、最近の世間話をしたり、街で流行っている物を持って来てくれたりする気さくな青年だ。


「これは美味そうじゃな。いつもすまんのぅ。そして今日の出荷なんだが、少し多くなってしまってのぉ。」


「了解です!そこに積んである箱、全部持って行っていいんですよね!」


「そうじゃ、よろしく頼む。」


4段の木箱には粉薬やら軟膏やら沢山のものが詰まっているため、かなりの重量があると思う。


「私も運ぶの手伝うね。」


「これくらいの重さなら、1人で十分持てるから大丈夫だよ!ありがとうね。」


彼は気持ちのいい性格の持ち主である。

しっかりとその場に適した挨拶ができることや、人を気遣う優しさは彼の良いところだなとレイアは思っていた。


そんなことを考えながら、薬作りを続けていると軽々と荷物を荷馬車に積み終えたルイスが戻って来た。


「積み終わりました!えぇと、金額は…」


レイアはルイスに言われた配送料とチョコレート菓子のお返しに漢方茶を手渡す。


「今日もご苦労様でした。はい、これ、漢方茶のお裾分け。いつもありがとう。また来週の集荷も、よろしくね。」


そうルイスに微笑んで告げた。


しかし今日のルイスはすぐに帰ろうとしなかった。

何かを言いたそうな顔をして、目をキョロキョロさせている。


いつもは荷物を積み終わったらすぐに帰って行くのに、今日はどうしたんだろう?とレイアが不思議に思い始めた直後、ルイスが口を開いた。


「あ、あのさ、突然なんだけど、レイア明後日って空いてたりする…? その、いいお店があって、一緒に食事なんか、どうかなって思うんだけど…。」


いつものハキハキとした口調ではないのが気になったが、それは置いておいて…レイアは明後日の予定を思い出そうと思考を巡らせた。

そういえば明後日は、コルネールが返事を聞きに来る日であることを思い出した。


「ごめんなさい。その日は友人と約束があるの。」


「そっ、そうだよね。友人との約束は大切だ!!…あの、急だけど、なんなら今夜でも俺は良いんだけど…レイアの都合は空いてたりしないかな…?」


目線をあちこちに向けながらルイスは言った。

ルイスが提案してくれたのは嬉しかったが、今夜は外せない予定が入っていた。


「今日は夕方からゼリスさんと学会に行かなくてはいけないのよ。せっかく誘ってくれたのに、本当にごめんなさい。」


誘ってくれたのに断らなければいけないのが申し訳なくて、レイアはペコリと頭を下げる。


「いや、いいんだ。レイアは忙しいもんね、仕方がないよ。でも働きすぎは体に毒だから、ちゃんと休むんだよ!…じゃあ、また今度誘わせてもらうよ!」


「うん。ありがとう!」


ルイスは笑顔でそう言って去って行った。

その後ろ姿を見つめながら、申し訳ない気持ちと同時に重ねて誘いを断られた相手に気遣いの言葉を贈れるのはさすがだなとレイアは感心していた。


そしてレイアがルイスと別れて工房に戻り、作業の続きに取り掛かろうとすると工房で仕事を続けていたゼリスが言った。


「今日の学会はすぐ近くの街じゃ、だからわしは1人で行けるでの。レイアはルイスと出かけてくれば良いのに。」


「あら、聞こえていたんですね。でも、先に決まっていたことだし!いいんです。」


そう口では言ったものの、約束の順番がどうであるかよりも、体の不調が多いゼリスを1人で行かせるわけには行かないとレイアは思っていた。


そして、レイアの考えを察したであろうゼリスが申し訳なさそうな顔をしたのが見えた時、ゼリスに自分のせいだとは思ってほしくないな、と思ったレイアは話の方向を変えようと口を開いた。


「ルイスは多分、よほど美味しいご飯のお店を見つけたんでしょうね。あ、今度会ったら、店名を聞いておきますね。そしたらゼリスさん、一緒に食べに行ってみましょうよ!」


「そ、そう、じゃな…。」


フォローのつもりで言葉を紡いだが意外にもゼリスは苦笑いで、歯切れ悪くつぶやいた。


そんなゼリスの苦笑いに特に注目することなく、レイアはルイスが見つけたお店はどんな料理屋なのだろうか、店名を聞いておけば学会帰りに行けたかもしれないなぁと呑気に想像を続けていた。


(この子にはお前の好意は伝わっておらんようじゃ……。先は長いな。ルイスよ。)


何やら違うことを考えているようなレイアを横目に、ゼリスは内心でルイスを少々気の毒に思っていた。





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