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レイア、侍女に勧誘される?!



「レイアが淹れてくれる紅茶って本当美味しいわよね。もはや新手の異能よ。」


コルネールはレイアが淹れた紅茶をいつも大げさに褒めてくれる。


「ゼリスさんの漢方茶が美味しいからよ。もう〜、私が異能持ちじゃないの知ってるでしょう?」


「異能のは冗談よ、本気にしないでよ生真面目さん!」


“淹れ方ではなくて、漢方茶自体が美味しいからだ“というくだりは、ほぼ毎回あるので、またかというように呆れ口調になってしまった。


そんなことはさておき、コルネールが言っていた“レイアにとって良い話”とは何なのかが気になり、紅茶をひと口飲んでから本題に迫ってみることにした。


「それで私に関係がある話ってなあに?」


「あぁそうだったわね。…突然だけどレイア、侍女やらない?」



(…ジジョ?…じじょ…お金持ちや貴族の家で家事とか雑務をこなすあの“侍女“?)



予想の斜め上を飛び越えた言葉が出てきたため、レイアは理解するのに少々時間がかかった。


「え?私が侍女…?」


「そうそう!職場で新しく侍女を雇うって話になった時に私、1番にレイアが思い浮かんだの!」


「…えっと…まず、事の経緯が掴めないのだけれど…。」


コルネールはどんどん先に話を進めようとするけれど、レイアの頭の中はハテナでいっぱいだった。


コルネールは王都付近の貴族邸宅で侍女として勤務しているのは知っている。

どの家か詳しくは知らないが、同僚や先輩などの恋愛話やら愚痴やらを楽しそうによく話していることから推測すると、比較的位の高い家なのではないかと思っていた。


「最近、ご主人様のいる本館で働く侍女が、高齢を理由に数人退職しちゃったみたいでね、人手が欲しい時は医務班の私まで駆り出される始末なのよ!」


事の経緯を説明する気が無さそうなコルネールは、業務が増えてやってられない、という表情で呆れたように怒っていた。


コルネールは治癒魔術が使える異能持ちだ。

その力を生かし、基本は貴族家お抱えの騎士団の治癒・回復業務に当たる医務班に所属しているらしい。

しかし、人手不足の際は業務範囲外のことを任されてしまうとのことだ。


「貴族様の侍女なんて募ればいくらでも応募者は来るでしょう?なのに、どうして私に…?」


レイアは純粋になぜ自分なのかを聞いてみたかった。

外で働いたことも、外泊したことさえもないような世間知らずに、到底任されるべき話ではないと思ったからだ。


「誰でも良くないから公募できないのよ。確かに、デクスター侯爵様はカッコイイし、聡明だし、騎士としても申し分なく強いし、完璧な人って感じじゃない?だから社交会では割と人気な方なんだしね。けど…その…多くの人が近づきたがらないでしょう?色んな噂も出回ってるし…。」


コルネールによると、様々な噂が常に世間に流れるデクスター家という貴族屋敷では、使用人を雇うことに関しては基準がかなり厳しいらしい。

そのため公募は行わず、現在デクスター侯爵家に従事している者からの紹介制のみで粛々と採用を決めているそうだ。


「デクスター侯爵家…?」


そういえば女学生時代に、見目の美しさを熱く語る同級生たちの会話の中で名前のみは耳にしたことがあった気がしたと、レイアは記憶を遡っていた。

庶民の女学生たちにとって社交界とは憧れの世界であり、誰がかっこいい、どの令嬢が美しいなどと、手の届かない存在として貴族たちを崇め讃えている風潮があった。


しかし、語り合う友人もいなければ、そういったことに興味が無かったレイアは貴族の顔なんて一人も知らないくらいの無頓着さであった。

正しくは“興味を持たないように”していたのかもしれないが。


同級生がキャッキャと色恋話に花を咲かせている間、レイアの頭の中は“あの薬草はどこにあるのか、どの薬草を組み合わせれば効力が最大化されるだろうか“ということばかりでいっぱいだった。

意識的にか無意識なのか、他の事は考えないようにしていた女学生時代だったと思う。

今もそれは大して変わっていない。


だからこそ、デクスター侯爵様の顔も噂も全く知らなかったし、噂の内容に関して特に深入りしようという気持ちも湧かないレイアだった。


けれどコルネールの話を聞いて、デクスター侯爵様はとても気の毒だろうなとは思った。


「ごめんなさい、正直その“デクスター侯爵家?”の噂とか何も知らなくて……。でも、噂って本当に厄介なものよね。実際に見たわけでもないのに、面白おかしく話を広めるような人が居なければ、きっと世界は平和なのにね。まぁそれは難しい話なのだろうけど…。」


見知らぬ者にあることないこと言われるのは相当に精神が削られることだと思う。

こうありたいという自分自身を他人によって歪められてしまう。

きっと、いくら気にしないようにしていても、気にしてしまうのが人間なんだろう。


そんなことを考えながら、少しだけ幼い頃の記憶を思い出し始めていた。


その思考を遮るようにコルネールが叫んだ。


「そう!!その感じ!!レイアのその優しさが好きなのよ私!!」


「えっ? あ、ありがとう?」


いきなりのコルネールからの告白に少々恥ずかしくなって、どんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまったので、とりあえず紅茶をひと口飲んだ。


「レイアは人の心の痛みにすごく敏感。かといって、土足でズカズカと踏み込むようなことはしないじゃない。なのに、私が居るよって寄り添ってくれてるのが伝わるのよね。初めて会った時からそうだった。その気遣いの繊細さに私は救われたんだから…。他人の気持ちをよく考えていてくれるんでしょうね。」


昔のことを思い出すように、窓の外を見ながらコルネールはしみじみと語っていた。


(なんだろう、めちゃくちゃ褒められてる気がする…)


とても嬉しいけれど、さては何か裏があるのか?とつい疑ってしまう。


「それとおまけに、色男への興味の無さ!!侯爵家が求める侍女象にぴったりよ!」


「…どんな条件なのよそれ。」


これは褒められてないな、むしろ揶揄われてるのかしら…?と考えようとしてやめた。


「ひとたび社交界に出れば、見た目と地位に寄ってくる貴族たち令嬢たちで溢れてるみたいだからね。色目使われるのにもうんざりされてるのよきっと。」


モテる人ってのは生きてるだけで色々大変なのよ、コルネールは呆れ気味に言った。


加えて、


「あの冷たい視線と態度を向けられたら、片思いもすぐに冷めるでしょうに。」


という小さな呟きもレイアの耳に届いた。



ーー



その後、諸々の話の脱線があったが、とりあえずコルネールの話をまとめると、

・侯爵家は従事者欠員のため新たな者を雇いたい。が、信用できる者を秘密裏に雇いたいため公募はしない。

・大勢の応募者から選別する手間を省きつつ、信用できる人物を採用する期待値は上げる。

・求める人物像としては、世間の様々な噂に左右されず、噂を広げることもない口の堅さと誠実さ。あわよくば侯爵様の懐に!なんて考えていない真面目な者。


一通り理由は理解したが、まだ腑に落ちない部分が幾つかある。

そもそもレイアには薬を作る仕事があるし、片手間に侍女をするほど暇はないし、器用でもない。


「色々鑑みて、私は執事長に全力でレイアを推薦してきたわ。そしたら、ぜひ一度会ってみたいって!」


「えぇ?!ちょっと、なんで話を勝手に進めてるのよ!!」


コルネールの行動が早すぎて驚き、つい強めの口調になってしまった自分の声にも驚いた。

しかも、自分のことを何て紹介したのかも気になる。


「私は一応薬師なのよ。ゼリスさんとの薬作りも、この喫茶店も手伝わなくちゃ…。しかも侯爵家って王都の方でしょう?此処からは距離があるから、侍女になるなら住み込みで働かないといけないじゃない?…そんなの無理よ。」


レイアは、できない理由を一通り並べて反論した。

しかしコルネールからの言葉は、意外にも落ち着いた口調だった。


「レイアが薬師の仕事もこの家もゼリスさんのことも大好きなの知ってるわ。でもね、レイアにはもっと…こう…外の世界を知ってほしいって思ったの。もちろん、手に職があることは素晴らしいことだと思うわ。でも残りの人生あと何十年をここでずーっと生きていくのは何か、もったいない気がするの。」



“もったいない“ か。 



思いがけない返答に、言葉が詰まってしまう。


正直なところ何がもったいないのか、レイアには分からなかった。


幸せなんて考えてはけない身だと理解しているが、私は今のままで十分なくらい幸せだ。

特にこれ以上望むものはないし、望むべきではないはず。


ふと、カウンターにいるゼリスの方を見た。

ゼリスはカウンター横のロッキングチェアに凭れており、顔に読みかけの新聞が優しく乗っている。

お客が来ないので、新聞を読みながら寝てしまったのだろう。




昔からレイアは、ゼリスの力になりたい一心だった。 

血の繋がりが無いのに愛情を持って育ててくれた恩を返したいという思いが、とても強かったからかもしれない。


薬師になれば、ゼリスの力になれる。人々を助けることができる。

そうすれば、自分が生きていていい理由になる。

人のために生きることに一切の私欲は必要ない。

ここで生きて、ここで死ぬ。そう思っていた。


これが自分にできる罪滅ぼしなんだと思うと、生きていることが許される気持ちになった。


「外の世界か。」


私にはこの道しか無く、この森の外に出ることは無いのだと思っていた。

多くのものを望むべきではないとも。


知見を広めて、別のものに興味を持ってしまうのが怖かったのかもしれない。

夢とか希望とか、生きていたいという我儘が芽生えてしまうと、きっと死ぬことが怖くなってしまうから。


でもコルネールは言ってくれた。

“もっといろんなものを見て、たくさんの選択肢があることを知って…そして、自分の人生を歩んでみようよ。“ と。


私が自分の心に蓋をして生きようとしていることに、コルネールは気づいていたのかもしれない。


優しいコルネールはいつも、一人で先には進まない。

自分が良いと思ったもの、良いと思った道を私にも教えてくれる。まるで私が引きずり続ける“足枷“を少しずつ解こうとしてくれているみたいだった。


「私のこと、そこまで考えてくれていたのね。ありがとう、コルネール。でも、今すぐに答えを出すのは難しいから…。少し考えさせてくれないかしら。」


「もちろんよ!きっぱり断られることを覚悟してたから、悩んでくれるだけでも嬉しいわ!私、次の休みが3日後だから…3日後にまた来ても良いかしら?答えを聞きに来るわね!」


「分かったわ。ありがとう。」


自分の人生について、少し考えてみるだけなら良いのかなと思った。

そう思ったら、何だか心が高揚してくるが、どうしても頭の隅にある罪悪感は消えてくれなかった。


「で、この話はこれで終わりなんだけど!!ついでに、レイアに聞いて欲しいことがあるのおぉ〜!」


コルネールは、パンッ!と手を叩き、これまたいきなり話を変えた。


「さては、浮気された話ね?」


先ほどゼリスに聞かせていた話を思い出し、きっとこの話の方が喋りたかったのではないかと思うと、少し笑えてきてしまう。


「そうなのよーう!!もーうそれがね、ほんっとうんざりしちゃうんだけどね…」


それから小1時間、コルネールは息継ぎしているのか心配になるくらい喋り続け、満足したというように上機嫌で帰っていった。





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