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唯一の友人との出会い



「もう〜ゼリスさんったら、レイアに甘いんだから!でも、普段は淡々としたしっかり者がたまにこういう失敗するのって男から見たら可愛いギャップよねぇ!」


「コルネールったら、何を言っているのよまったく…。」


すぐ恋愛思考に当てはめようとするんだから、とレイアは内心で彼女に呆れていた。


けれど、意外と周りへの気遣いができるコルネールのことだ。

気落ちした私を励ますための彼女なりのフォローなのかもしれないとは思った。


コルネールは胡桃色のショートボブヘアで瞳は京紫色(アメジスト)、上品な顔立ちとは裏腹に天真爛漫な性格をしている。

よく喋る口に加えて、表情が豊かでコロコロ変わる喜怒哀楽は見ていて飽きないし、一緒にいてとても楽しい大切な友人だ。



コルネールとの出会いはこの喫茶店だった。


数年前の閑古鳥の鳴いていたある日、レイアが店番をしていた日の夕刻に一人の女性がこの喫茶店にやって来た。

初めて彼女を見た時は綺麗な人だな、自分と同じくらいの歳だろうか、と思った記憶がある。


カウンターで漢方茶の支度を済ませたレイアは、そろそろ注文を伺いに行こうかと窓際の席に座った彼女を見た。

すると彼女は悲しそうに外の景色を眺めていた。

その横顔が印象的だった。


外はもう暗いから景色なんか見えないだろうにどうしたんだろう。

窓に反射する自分自身も視界に入ることなく、思考の渦に浸ってしまっているのかな。


悲しい思い出を遡り続ける思考の渦は、中々逃してくれないことをレイアは知っている。


(きっと何か悲しいことがあったんだろうな。)


直感でそう感じたレイアは、紅茶とお茶菓子を持って近寄って行った。


「こんにちは、いらっしゃいませ。」


レイアがそういうと、女性は急いで取り繕った微笑みを返してくれた。

それは心の荒海を悟らせないような淋しい笑顔に見えた。


「この漢方茶は自律神経を整えて、体をリラックスさせる効果があるんですよ。とっても落ち着くから、私のお気に入りなんです。よかったらぜひ飲んでみてください。」


「えっ。良いんですか…?」


「はい。自分が飲みたくて淹れたのですが茶葉の出が良くて、多めに作ってしまって…。飲んで下さると助かります!」


できるだけにこやかに、ゆっくりと、ゼリスのような心に染みる優しい口調を真似て、女性の前に紅茶をそっと置いた。


相手を心配するのは自由だけれど、人の心の傷には勝手に踏み込んではいけないような気がする。

相手のために何かできるなどと驕ることは自己満足でしかなく、相手にとってはありがた迷惑にしかならないことの方が多いと思うから。


レイアは女性の心の傷に近づきすぎないよう意識しながら、少し遠いところから寄り添ってあげたいと感じていた。


「美味しい……ありがとうございます。」


女性はひと口紅茶を飲むと、少し口角を上げて呟いた。

その微かな笑顔は、先ほどの取り繕ったようなものではなく、心から滲み出たもののように見え、レイアは少し安心した。


「よかったです!では、何かありましたら遠慮なくお声かけください。ごゆっくりどうぞ。」


レイアは女性に微笑みながらそう告げて、カウンターの方に体の向きを変えようとした。

しかし、その時、女性がいきなり声を上げた。


「…あの!、すみません。今、すごく悲しい気持ちで…一人で抱えてたら、もっと悲しくなりそうなんです。だから…もしお手隙でしたら、私の話…聞いてもらえませんか…?」


今にも泣きそうな顔で女性は訴えてきた。

レイアは、初対面の相手に助けを求められる彼女の強さに胸を打たれると同時に、そこまで切迫しているのだろうと察した。

“話を聞く“ そんなことで良いのなら、いくらでも力になりたかった。


しかも、女性の他にお客さんは誰もいない状況で、お手隙でないわけがない。


「もちろんです!私なんかで良ければ、いくらでもお話を聞かせてください!」


そう告げて、閉店時間には少々早い時間だが、急いで入り口の扉に"営業終了"の看板を立てて女性の元へ戻った。



ーー



話を聞くと、女性には愛する恋人がおり、その恋人は騎士であったそうだ。


騎士であるからには、戦争時は戦地へ赴かなければならない。

恋人の騎士は数週間前、隣国同士の戦争が勃発した際、片方の同盟国の援護をするため戦地に向かうことになったそうだ。


そして、その別れ際に “必ず帰って来るから、帰って来た暁には婚約しよう“ とプロポーズをされた。

女性は快く承諾し、明るい未来を夢見て、彼は帰って来るのだと信じて待っていた。


だが、待てども彼は帰って来なかった。

そして今日、つい先ほど、戦死通知が届いたのだという。


紙切れ一枚に自分のこれからの人生全てを奪われてしまったようで、混乱して。

幸せという崖から地獄へ蹴落とされたような絶望を感じて。

現実を受け止めたくないから、悲しさを紛らわせたいから、どこか遠くへ行きたくて。


だから何も考えずに歩いて、薄暗い森を彷徨ってしまいたいと思っていたところに見つけたのがこの家であったそうだ。


なんて悲しすぎるんだろう。


どう願っても、もう二度と会えないという虚無感に襲われること。

何をしても死んだ人は戻ってこないと分かっているのに、“もしかしたら“と現実を見ようとしない自分が嫌になること。

死に目にすら会えなかった後悔に襲われること。

なぜ自分は生きているのかと腹が立つこと。

全てが痛いほどわかる。


“私も同じだから。“


話を聞けば聞くほど、涙が溢れてくる。


話を聞いていたレイアの止まらない涙を見て、女性は余計に泣く。そんな女性を見てレイアも、もっと涙が溢れてくる。

話すつもりは無かったが、愛する人を失ってしまった境遇が似ていたので、レイアも自分自身の生い立ちについてを話した。


幼くして両親と兄を亡くしたこと。

訳あってお葬式にも出られなかったこと。

ずっとお墓に手を合わせられていないこと。

話せる限り話したと思う。


二人で泣き合い、悲しみを分かち合った。

その日が、コルネールとの出会いであり、厚い友情が生まれた日だった。



ーー



それからコルネールは、自身の仕事の休日によく此処に来てくれるようになった。


ただ紅茶とお菓子を摘みながら喋る。

8割喋っているのはコルネールでレイアは大概聞き役だが、話を聞いているのはとても面白かったし、そんなことがあるのかと学ぶことも多かった。


そもそも、コルネールと一緒に笑い合うその空間が好きだったのかもしれない。

レイアがコルネールの休日に合わせて家業を休ませてもらい、二人で近くの街へ出かけることもあった。


レイアは、幼い頃から家業である薬屋の手伝いばかりしていたため、友人もいない世間知らずだったがのだが、色んな場所に連れ出してくれたコルネールはレイア自身に様々な影響を与えてくれていると思う。


「そうだ、コルネール。今日はどうしたの?薬を買いに来たのかしら。」


コルネールが店に来る時は、薬を買い求めに来るかレイアと喋るために紅茶を飲みに来るかのどちらかだ。

圧倒的に後者の方が高い割合だが。


「コルネールはレイアに大事な話があるそうなんじゃ。」


「そうなんですね。彼氏に浮気されたことの愚痴を言いに来たのかと思いました。」


先ほど少し聞こえた話から察するに、また恋愛の失敗談やら仕事の愚痴を語り出すのかと思っていたことを告げる。


「あら、聞いてたのー!盗み聞きなんて趣味よく無いわよ!ついでに、いつも私がそんな話しかしない人みたいに言わないでよね!今日はね、レイアに関係する良い話なのよ!」


コルネールは怒ったり笑ったり、一人楽しそうに言った。

そして彼女は何かを訴えるようにゼリスにチラリと視線を向けた。

すると何かを悟ったゼリスはわざとらしく息をついた。


「まだ暫くお客さんは来なそうじゃし、そっちに座ってゆっくり語り合ってるといいじゃろう。」


「さすがゼリスさん最高!!仏さまだわぁ〜。」


ゼリスの提案に食いつくようにコルネールは大喜びではしゃいでいた。

自分が提案させたのだろう、とレイアはコルネールの調子の良さに呆れていた。


「万が一、混んできたら手伝っておくれ。ほっほっほ。」


まあ今日もそんなに混まないだろうけどなぁ、とゼリスは軽く笑って言ってカウンターへ向かった。


「ありがとうございます。お言葉に甘えます。」


ゼリスの気遣いに素直に甘えることにしたレイアは、コルネールと飲む紅茶の準備をすることにした。





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