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ハインズとのご対面

とうとうご対面ですね…!

ドキドキッ





王都を通り過ぎて、少し経つと侯爵家が見えて来る。


「あそこがこれから私の職場になるところ…。」


あんなに立派なお屋敷で働くことができるなんて、人生何があるか分からないものだなとレイアは思った。

そして同時に、実家を出て離れた土地で働くために馬車に揺られているという事実が“自立した働く女性って感じでかっこいい“と気持ちを昂らせていた。

心の底には、そんな憧れがずっとあったのかもしれない。


貴族の館で働く侍従者は、低階級貴族の令嬢や商家の子供、代々執事として仕える家系のものが一般的だ。


平民出身は侍従者になれない訳では無いのだが、生まれ育った環境からどうしても教養や礼儀の差が出て来てしまうため、貴族の階級が上位になる程狭き門となってくる。


そのような事実を踏まえると、田舎からひょっこり出てきた平民の少女であるレイアは、実に運が良いとしか言いようがない。


「お役に立てるように頑張らなくちゃ。」


屋敷に近づくにつれ、期待と緊張でいっぱいの胸を弾ませた。


私は生きると決めた。自分の人生を生きていきたい。


過去に囚われた自分を振り切ることはできないが、そんな過去ともうまく付き合っていこうと決めたんだ。

失ったものばかりを見つめず、少し前を見つめられるような、そんな生き方をしたい。


そう心に誓って、新しい生活への一歩を踏み出したのだった。



ーー



広い庭を通り抜けてしばらく経つと、馬車が停車した。

前回と同様に正面玄関の前に到着したようだ。


するとともなく、馬車の扉が開かれた。


「あら〜!もう本当によく来てくれたわね。いらっしゃい、レイアちゃん!」


そこには、前回も馬車から屋敷内へ案内をしてくれた中年侍女が立っていた。


レイアは急いで馬車を降りると、丁寧に頭を下げて言った。


「こんにちは。前回は案内をして頂きましてありがとうございました。改めまして、レイア・オルゼットと申します。これからよろしくお願いいたします。」


「あら、そんなにかしこまらなくて良いのよ!私はエリノア、よろしくね。皆はエリーって呼んでくれてるわ。私、あなたが来るの楽しみにしてたのよ?さぁさ、中へ入りましょ!」


怖い上司だったらどうしようと不安を抱いていたレイアだったが、気さくで明るい性格のエリーに迎えられて、少しホッとしていた。

レイアは御者にペコリと頭を下げて、エリーの後をついて行った。


数段の階段を上り切ったところに、大きな観音開き戸の玄関がある。

その両脇には、前回置物と間違えた鉄仮面の騎士が居たが、前回の失態を踏まえて、騎士が礼をするのと同時にレイアも礼をした。


扉の内側から別の侍従者2人が観音開き戸の扉を開けてくれ、中へ入ったのだが、わざわざ誰かに開けてもらった扉の中に入っていくのはおこがましくて恐縮してしまった。


「ここは正面玄関よ。ハインズ様やお客様が出入りするところだから、基本的に私たち使用人はここは使用しないわ。後で使用人が出入りする勝手口を案内するわね。」


「そうなんですね…。承知いたしました。」


レイアは、馬車での送迎に加えてこんな豪華な扉をくぐらせてもらえるなんて、早速滅多にできない経験をしてしまった、と心の中で感動していた。


「そしてここはサルーンと言って、来客の応接や談話が行われる玄関ホールになっているわ。」


屋敷に入ると広いスペースが広がっており、天井には豪奢なシャンデリア、中央には座り心地の良さそうなソファや艶光る机、壁には絵画や花、周囲にはいかにも高そうなアンティーク調度品が置かれていた。


前回の面接時にも通ったはずだが、その時は緊張して俯いて歩いていたため周りを静観する暇など無かったから、改めて室内を見渡すと格の違いに圧倒される。規模の壮大さに早くも眩暈がしてきそうなレイアであった。


「あらあら、大丈夫?」


レイアが真顔で目線をキョロキョロさせているのに気づいたエリーは少し驚かせてしまったかしらと笑いながら尋ねてくれた。


「あ、はい、すみません。煌びやかな空間には慣れていなくて、少々驚いてしまいました…。」


「そうよね、普通のお家とは大違いすぎてびっくりしちゃうわよね。でも、暫くすれば慣れてしまうから大丈夫よ。」


いつかこの環境に慣れてしまう自分が怖い気もしたが、いちいち驚いては仕事にならない。

ここはそういうところだ、異世界なんだ!と割り切っていこうと気持ちを切り替える事にした。


「じゃ、まずはレイアさんのお部屋に案内するわね!」


そう言って案内されたのは2階を少し上がったところの、3階とまではいかない屋根裏のような場所にある一室だった。


「えっ、お部屋を与えて下さるんですか?」


使用人は数人で一つの部屋を共有するのだと勝手に思い込んでいたが、1人1部屋与えてくれるようだ。


「もちろんよ!でも、ここの使用人は私みたいな年寄りばっかりで、みんな階段のぼりたがらないもんだから低層階の使用人室は埋まっちゃってるの。ごめんね上の階で。」


「とんでもないです!とってもありがたいです!」


しかも、案内された個人部屋は割と広かった。オルゼット家のレイアの部屋は6畳ほどの広さであったが、その部屋よりも広いということは10畳くらいあるのではないだろうか。


「そのうちバロンさんがここへ来ると思うんだけど、それまで荷物の整理をしながら休んでて!」


そう言って、エリーは去っていった。


改めて与えられた部屋を見渡す。

クリーム色の淡いフラワー柄の壁紙に薄い杏子色のカーテン。木製のシングルベットにはふかふかのマットレス。小さな暖炉・木目のチェスト・木の机と椅子。本棚とドレッサーまで。


屋敷内の豪華さと比べてしまうと随分簡素すぎるが、レイアは比べようとは思ってさえいなかった。


むしろ予想を遥かに超えて暮らしやすそうな温かみのある可愛らしい部屋で、レイアはとても気に入った。


使用人にもなんて手厚いご対応、これが貴族様のお力なのかと感激していた。



ーーー



レイアが屋敷へ到着する少し前のこと。


執事長のバロンはハインズの執務室の扉をノックして言った。


「失礼致します。ハインズ様、バロンでございます。少々お話がございまして…」


「入れ」


その男はバロンが全て話し切る前に、無機質な声で言った。


「お仕事中失礼致します。本日、新しく本館の侍女として雇うことになった女性がいらっしゃいます。その際にハインズ様にご挨拶をさせて頂こうと思いまして。昼過ぎ頃になると思われますが、お連れしてもよろしいでしょうか?」


「あぁ。」


今日から働くことになるレイアを紹介しておきたいとバロンが申し出たのだが、ハインズはバロンに目も向けず、書類に目を通す手も止めずに、全く興味が無いというように言い放った。


けれど、それがハインズの通常運転なのでバロンは何とも思っていなかった。


「ありがとうございます。では、ご承知の程をよろしくお願いします。」


そう告げて、バロンは執務室を後にする。



(ハインズ様の冷たい態度に傷つかないと良いのだが…)


そっけなく冷たい態度をされたら、レイアが気落ちしてしまうのではないかと、バロンはとても心配していた。


そして、レイアはハインズのことを何も知らないと言っていたが、初めてハインズを見たらどんな反応をするのだろうか。

と別の杞憂も抱いていた。



ーー



「レイアさん、バロンです。入っても良いですか?」


レイアが部屋で荷物の整理を終えて、部屋の窓から外の景色を眺めていると、バロンが訪ねて来た。


部屋の扉を開けるとにこやかに微笑むバロンが立っていた。


「あっ。バロンさん。お久しぶりです。これからお世話になります。」


「はい。こちらこそよろしくお願いしますね。なにか不明なことがあったらなんでも聞いてくださいね。」


やはりゼリスさんにどことなく似ている落ち着いた優しい声色は、レイアを安心させてくれる。


「まずはこちら、“制服“をお渡ししますね。サイズは合うか着てみて頂けますか?私は扉の外にいますので、着替え終わったら呼んでくださいね。」


そう言ってバロンに渡された箱の中から使用人の制服を取り出し、早速着てみる。


白いシルクのブラウスに深緑色の丈の長いAラインワンピース。その上から白いエプロンを纏い、足には黒いローファーを履いて鏡の前に立ってみた。


サイズはぴったりのようだが、着方はこれであっているのだろうかと不安を抱えつつ、バロンに身支度ができたことを報告する。


ドアの外で待っていてくれたバロンは、着替えたレイアを見て言った。


「うむ。とても似合っていますよ。サイズもちょうどのようで良かったです。それでは、主人のハインズ様にご挨拶へいきましょうか。ご挨拶を終えたら、軽く館内を案内しますね。」


「承知いたしました。よろしくお願いいたします。」


そう言って、初めて会う主人はどんな人なのだろうかと緊張しながらバロンの後についていった。



ーー



「失礼いたしますハインズ様。バロンでございます。新人侍女のご挨拶をさせて頂きたく…」


「入れ。」


バロンが言葉を言い終えるに、無機質な一声が聞こえた。

レイアはその一言を聞いただけだが、なんだか少し怖そうな人だなと勝手に思ってしまった。


勝手な想像も相まって、緊張で強張ってしまった身体を叱咤しながら、バロンの後に続いて侯爵の執務室へ入室する。

レイアは執務室に入室すると一瞬だけ主人となる男の方を見てすぐに頭を下げた。


チラッと見えただけだが、髪色は白のような銀のような。

そして予想していたよりも若そうな男性だと思った。


主人となるデクスター侯爵は俯いて書類に目を通し続けたまま、書き物をする手を中々止めようとしなかったので、顔をよく見ることはできなかった。


(とっても忙しそう。手短に済ませて早く退室しないとご迷惑だわ。)


レイアを歓迎していない様子がひしひしと伝わることから、仕事の邪魔をしているようで申し訳ない気持ちになってしまう。


「ハインズ様。先程お伝えした通り、新しく侍女として雇うこととなったレイアさんです。レイアさん、簡単にご挨拶をお願いします。」


「はい。本日より侍女として雇って頂く事になりました、レイア・オルゼットと申します。精一杯頑張りますので、これからどうぞよろしくお願いいたします。」


淑女の礼をとった格好で、頭を下げて俯きながら言った。


しかし、侯爵からの返事は無かった。


聞こえていなかったのかなと不安になったが、勝手に頭を上げるのは不作法かもしれないと思い、俯いたままでいる事にした。


いや、顔を見るのが怖かったのかもしれない。


「ハインズ様、しっかりとお見知りおきくださいね?くれぐれも屋敷内に見知らぬ者がいると斬りかかったりは致しませんように。レイアさん、頭をあげて良いですよ。」


レイアの不安を汲み取ったのか、バロンが慣れた口調で間を取り持ってくれた。

多分冗談を交えてくれているのだろうが、笑える空気ではない。


直って良いと言われたため、レイアはスッと顔を上げた。

すると、眺めていた書類からチラリと目線を上げたハインズと目が合った。



その瞬間、首元の頚椎から脊髄を伝って全身がガチガチと固まっていくような衝撃に包まれ、息をするのも忘れた。


白銀の髪に色素の薄い肌、切長に鋭い目にスッと形の良い鼻。

左右対称に整った見目は美しいとは一瞬思ったが、レイアはそんなことを気にしてる場合ではなかった。


なぜなら、彼の瞳が吸い込まれるように美しい青だったから。


この人の瞳は、見つめたまま目が離せなくなるような美しい群青色(コバルト・ブルー)

こんな色の瞳は見たことがなかった。


その彼の煌めく宝石のような瞳と目が合った瞬間、兄の姿が重なった。

兄の美しい翠玉色(エメラルドグリーン)と少し似ている。


そう思ってしまったら、兄についての記憶が一気に流れ込んできた。



兄はその瞳のせいで、"悪魔の子" "人間じゃない" "気味が悪い"と言われ、仲間外れにされていた。


こんなに美しく神秘的なものに対して、有る事無い事を取ってつけて、蔑み、貶めるような言葉を言う人は思っているより沢山いた。

珍しいという少数派は根拠なく恐れられ、そして大多数に押しつぶされる。


瞳の色が違う、ただそれだけの理由で。


自分は褐色の瞳だけれど、身内の自分も兄と同類だと、冷たい言葉を投げかけられたこともあった。


優しくしてくれる大人は少なかったように感じる。


そしてふと思う。


もしかしたらこの方にもそんな過去があったのではないだろうかと。


もしかしたら、沢山後ろ指さされた経験があって、その度に沢山の悲しみを味わって、しかも侯爵という期待に押しつぶされそうになりながら。


自分自身を誤魔化しつつ、もういっそ消えてしまいたくなるような気持ちを懸命に堪えて、生きてきたのではないだろうか。


蘇る様々な記憶の中から、部屋でひっそりと悲しそうに背中を丸めていた兄の姿を思い出してしまい、徐々に昔感じた悲しみの渦に引きずり込まれていった。


「……イアさん、レイアさん。大丈夫ですか??」


バロンに呼ばれた声で我に返った。


そうだ、挨拶の途中だった。


すると、涙が頬を伝って顎に滴る感触を感じ、知らないうちに自分が泣いていることに気がついた。


その瞬間、血の気が引いた気がした。




状況を整理すると、私は勝手に昔を思い出して、突然泣き出している。


目を合わせた瞬間泣き出すなんて、自分は何をしているんだろう。

失礼極まりない上に、情緒不安定でとんでもなく変な奴だと思われたに違いない。そう思って、必死に涙を拭った。


執事はオドオドと焦り、侯爵は固まっている。


「あっ、すみません…!つい、その、瞳の美しさに見入ってしまい…。そうしたら、なんだか急に昔のこと思い出したり、もしかしたら、その、お辛い経験をなさってきたのかななんて、勝手に思ったら… 。だって、こんなに綺麗な……いえ、あの、本当に、すみません。」


上手い嘘が思いつくほど、頭は働いていなかった。だから並べた言葉はどれも頭に浮かんだ真実だった。


焦って言葉がうまく出てこなかったが、せっかく侯爵様に会わせて頂いたのに、状況に相応しくない態度をとってしまった無礼を急いで詫びたかった。


勝手に自分の過去と重ねて、可哀想な人だと決めつけて、勝手に心配して。

ありがた迷惑にも程がある言動だ。


その証拠に、侯爵から言葉は一切発せられなかった。


呆れられているか、引かれているか、傷つけてしまったに違いない。



とりあえず第一印象は最悪に映っただろう。


(あぁ、やってしまった。)


レイアの心は急降下して落ち込んでいった。



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