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ゼリスの回想



出発の日の朝。


レイアはいつも通り早朝に目覚め、薬草積みやら畑いじりやら、家畜の世話やら、いつも通りの家事をこなしていた。


いつも通りを意識していたけれど、内心では "今日で最後なんだ" という寂しさを抱えていた。


「しばらく会えないけど…。忘れないでよね、私のこと。」


そう言って、愛馬のマックスを抱きしめた。


「明日からは、知らない人が餌をあげにくると思うけど、人見知りしないでちゃんと食べるのよ? 」


明日からは新しく住み込みで働くお弟子さんが来るようなので、ゼリスの負担が増えないことに安心する反面、マックスが緊張して、餌を食べなくなってしまわないかは気掛かりだった。


そうこうしているうちに、迎えの来る時間になる。


約束の時間通りに、相変わらずこの家に見合わない豪華な馬車が到着した。


オルゼット家の近隣に家はなく、ご近所さんは居ないから良いが、もし居たら何事かと騒ぎになるくらいの見合わなさだ。


レイアの隣にはゼリスが立っている。

レイアは馬車に乗る前に、ゼリスの正面に立って向き合う形になった。

そして開口一番、感謝の気持ちを述べた。


「ゼリスさん、今まで本当にお世話になりました‥。えっと、その‥あぁ、もう、まだ何も言ってないのに‥ごめんなさい涙が‥」


レイアは感謝を口にしようとしたが、言葉を発した瞬間に意図せず感極まってしまった。


「まったく、ほんとうに泣き虫なんじゃから。ほっほっほ。」


そう言ってゼリスはレイアを抱きしめた。


「お礼を言いたいのはこちらの方じゃ。ありがとうレイア。君と過ごした時間は、わしの宝物じゃ。」


レイアを抱きしめたまま、ゼリスは優しくつぶやいた。


「やだ‥ゼリスさんたら、一生の別れみたいじゃない。時々帰って来ますから。…く、薬の補充も必要だし。」


ゼリスに会うためにという本音は隠しておくことにしたが、上手く隠せているだろうか。


「そうじゃな。薬が足りていても足りなくても関係なく、いつでも帰ってきていいんじゃからな。ここはレイアの帰る場所じゃ。」


抱き合っていた腕を解いて、レイアはポケットから手紙を取り出してゼリスに手渡した。


「私が見えなくなったら開けて下さいね。ちょっと恥ずかしいから。…じゃあ、行ってきます!」


レイアは馬車に乗り込んだ。

そして扉が閉められると、馬車は動き出した。


レイアは窓から顔を出して手を振っている。

ゼリスも振り返す。


「こんな日が来るなんてな。想像できたかい?エルウィンよ。」


ゼリスは独り言のように、そう呟いた。

めでたい日だと思いつつ、本当はとても寂しかった。


手を振り続けながら、ゼリスは昔のことを思い出していた。



ーー



レイアの父エルウィンはエリーフ男爵の嫡男で、若い頃は国立薬科研究所で働いていおり、ゼリスの後輩だった。


そして男爵位を継いでからは研究所を退職し、男爵として領地経営に奔走していた。


エルウィンは真面目で心優しく、勉強熱心な性格だった。


少しでも疑問や不安があるとすぐに解決したいと走り回るような無邪気な奴だったし、その度に自分を頼ってくれたのはとても嬉しかった。


おまけに、男爵位を持つ貴族であることを鼻にかけようともしない物腰の柔らかさや、誰に対しても真摯に向き合う姿勢は年下ながら尊敬すらしていた。


そんなエルウィンをゼリスは弟子のように可愛がっていた。



ある日ゼリスは、エルウィンに息子が生まれたことを耳にして、お祝いに行こうと思っていたところ、偶然にも彼の方からゼリスを訪ねてきた。


ゼリスはエルウィンを一目見ていつもとなにか様子が違うことに気がついた。

愛おしげに息子を抱いているのに、顔は晴れていないような気がしたからだ。


焦ったような、悲しいような声でエルウィンは言った。


生まれた息子の眼の色が緑色だと。

神話に出てくる冥還魔術を持つ者と同じであると。

神話と同様の結末になってしまったら、いつか息子は殺されてしまうのかもしれないと。


その可能性は無きにしも非ずだと。


彼の顔には愛情と焦りと不安が入り混じった苦しそうな笑いが滲んでいた。


その話を聞いた時ゼリスは驚き、すぐには信じられなった。

しかし、起きた赤子の瞳を見た時、現実が突きつけられた。


まるで宝石が埋まったような澄んだ翠玉色。


白くつやつやとした肌にエメラルドが光り輝くその子供は、神とか天使とかそういった類の者なのではないかと想像してしまうくらいだった。


本当に美しいものを見ると人は言葉を発することができないのだと実感した。


神話は単なる言い伝えに過ぎない、が、緑の目を持つ子供が生まれてしまったのは事実だ。

こんなにも美しくて愛らしい人間を、価値観や思考の違いを理由にして虐げる末路を選ぶのが人間だ。


そう思ったらエルウィンの焦りと不安が痛いほど理解できた。


けれど2人は、分からない未来を悲観して嘆くよりも、過去を教訓として、未来を変えようと語り合った。


「なんとかしよう。協力する。」


そう力強くエルウィンを抱きしめたことを覚えている。


(この子が人と違うのは瞳だけ。だから瞳を隠そう。違う色に変える薬を。この世には、科学では証明できない異能という摩訶不思議があるくらいなのだから、不可能はないはずだ。化学・薬学で立ち向かってやろうじゃないか。)


そう強く決心した。


そしてゼリスは、目の色を変える薬を作る研究に専念した。

周囲にバレないように、新しい薬品の研究に没頭していると適当なことを言って本務を疎かにしない程度に研究を続けた。





薬が完成したのは5年後だった。

だから、エルウィンの息子マーロンは8歳になってしまっていた。


8歳にもなれば、貴族の嫡男として社交の場顔を出さなければいけないことも多かったし、なにより、子供の成長にとって大事な時期に家の中に何年も軟禁しておくわけにはいかないとエルウィンと妻セレーナは決めた。

2人もマーロンも世間に受け入れてもらえることを信じていたのだ。


しかしゼリスの薬が完成しても、“もう自分の瞳のことは誰もが知ってしまっているし、今更隠すと逆に怪しまれてしまう“と言って、マーロンは薬を使用しなかった。


それは、マーロンが他人の目をよく気にしているからこそできる発言だとゼリスは思った。


つまり、(よわい)8歳で他人からの誹謗中傷によって、

悲しい思いをしているんだろうと察した。


ゼリスは力が及ばなかった申し訳ない気持ちでいっぱいだったし、マーロンが心配でたまらなかった。


そして遂にマーロンが10歳の時、彼は極秘で瀕死の国王様の元へ呼ばれた。


そしてなんと、国王を生き返させてしまったという。


それは国王に近しい人間とエリーフ男爵家族しか知らないことだった。


自分はエルウィンから相談をされていたので、このことについて唯一知る人物だったと思う。


とうとう息子が冥還魔術を使えてしまったと。

もしかしたら妹のレイアにも同じ力があるのかもしれないと。

これから、もしかしたら命を狙われてしまうことがあるかもしれないと。


エルウィンは怯えていた。


しかし妹のレイアには、生まれた時からゼリスにもらった薬を服用させているため褐色の目を維持させているが、実はマーロンと同じ翠玉色(エメラルドグリーン)の瞳であると教えてくれた。


ゼリスは自分が少し役に立てたような気がして、嬉しかったことを覚えている。


そして、もし万が一、自分や家族に何かあったら、娘をどうか気にかけてやってほしいとも、エルウィンに頼まれていた。


ゼリスは、万が一のことがないことを切に祈っていたが、歴史は繰り返されたようだ。


珍しい者は崇められか(さげす)まれるかの二択。

大多数の意見は正当化され、少数意見は異端とされる。

人間とはあまりにも愚かな生き物だった。


今回の火事は意図的だ。だれかの計画的犯行だ。

きっと集団だろう。手口も隠蔽も巧妙すぎる。


しかし偶然にも火災が起きたのは、レイアがゼリスの家に来ていた時だったため、レイアは生き残った。


これは運命なのだろうか。

きっとそうだ、単なる偶然なんかじゃない。

彼女は何としてでも守らねば。


エルウィンよ。任せてくれ。

だから、安心して見守っていてくれ。


ゼリスはそう誓い、有耶無耶に事故として葬られた真相を暴きたいという怒りを、

もしかしたらレイアの冥還魔術でエルウィンたちを救えるかもしれないという願望を、グッと堪えた。


目立つ動きをしていては、レイアが怪しまれるかもしれないから。


頼まれたからには、この子を何としてでも守らないといけない。

そしてどうか、この悲劇を味わってしまったこの子に安寧と幸福を、と。


ゼリスは一生懸命だった。




レイアの親代わりになったのは、マーロンに早く薬を届けてあげられなかった、エルウィンたちを助けてあげられなかったという罪悪感だろうか。


それは否定できない。


でも情けだけで引き取ったわけでは決してないし、むしろ私が助けられていたと思う。


若い頃に妻が天国へ旅立ってから、生涯孤独を覚悟していた。

しかし突然、1人の少女の父親役をすることになった。


子供なんて育てたことなかったから、分からないことだらけで日々アタフタしていた。


栄養のある食事を作ってやらねば、家事をしながら仕事もしなければ、人並みの生活、世間一般でいう普通の生活をこの子に。


片親で養子だということで虐められていないだろうか、学校では人間関係の悩み事はないだろうか…頭の中は心配事で尽きなかった。


どうにかして心の傷を癒してあげたいと、ゼリスの生活の中心はレイアになっていた。


でも面倒だなんて思ったことは一度もない。


誕生日には何を贈ってやろうか、女の子の好きなものって何だろうかと考える時はいつもワクワクしていたし、新たに覚えた薬学知識を披露してくれること、学校で学んだことを楽しそうに話してくれること…レイアとの些細な会話や彼女の笑顔を見ると疲れは吹っ飛んでいく。


目に入れても痛くないとはこういうことなのだろうと実感した。


男爵家の令嬢として生きていた頃のように煌びやかな暮らしはさせてやれなくて、本当の両親からの愛を授けてやれないのは申し訳ないと思う。


レイア本人も、寂しさを堪えて笑顔を懸命に作っていたのかもしれないと思うととても胸が痛い。


レイアの心に刻まれた深い傷は消すことはできないが、寄り添うことで少しでも傷を癒やしてやりたかった。


そして何より、レイアと過ごす毎日は本当に楽しかった。

心を癒してもらったのは自分の方だ。




しかし今日の、この選択を、レイア自身が決断できたということは、彼女が抱え続けていた"自分だけ生き残ってしまった罪悪感"という枷を少しでも軽くしてあげることができたということだろうか。


欲を言えば、もっと一緒に悲しんだり、喜んだり、笑ったりしたかった。

けれどそれは完全に親の我儘だ。


少しばかり涙脆くて、少しばかり周りを優先し過ぎてしまうところもあるが、心優しくて、努力家で、美しい自慢の娘だ。


たくさん笑って、新しい出会いを楽しんでほしい。


悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙を流せますように。



ゼリスは一筋の涙を流して、レイアが去っていった方向をずっと見つめていた。


 



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