桜の木の下には死体があるのか
「桜の木の下には死体がある。君はこの言葉をどう捉えるかね?」
まるで博士にでもなったかのように友人は言った。
俺はそんな事どうでも良いと思いながら、シャンパングラスに注がれた地ビールを飲んだ。
そんな堅苦しい言葉遣いの友人にも、ビールを注ぐのに無駄に小洒落てシャンパングラスを使っている、いわばおしゃれカフェバーにも俺は無性に苛立ちを感じていた。
「……なぁ、俺は花見をしようとお前を誘ったと思ったんだが??」
ビールと同じく、無用に小洒落たブルスケッタを摘みながら、友人を睨む。
友人は少しだけ目を丸くして首を傾げた。
「しているじゃないか、花見?」
「……コレのどこが花見だ。お前はどこの国の生まれだよ?!」
そう、俺は花見に誘った友人と、何故か小洒落たカフェバーのテラス席でセレブよろしく酒を飲んでいた。
俺が望んだ花見はこれじゃない。
缶ビール片手に地べたなりベンチなりに座って、服装も見栄もへったくれもなくこいつと喋りたかったのだ。
なのにどうしてこうなった?!
「何なの?!このお洒落空間?!日本の花見はいつからこうなった?!」
「さぁ?」
「俺はブルーシートに座って頭にネクタイを巻く伝統的な日本の花見がしたかったんだよ!!」
「お前、それは日本の伝統ではない。受け継がんでくれ。」
「だとしてもこれは違う!!何が悲しくてお前と小洒落たカフェバーでこんな花見をせにゃならん?!こういうのは女の子とするもんだろ?!」
「君が二人で話したいと言ったんだろうが?そこまで言うなら今から女性を呼ぶか?」
友人はそう言ってiPhoneをいじり始めた。
俺はそれを奪い取って、テーブルに置いた。
「嫌味か?!」
「何がだ?」
「電話すればホイッと来てくださる女性がいるって嫌味か?!」
「別にホイッと来てくれる訳ではない。そして嫌味のつもりはない。君がこういう店は女性がいた方が良いと言うから、呼ぼうとしてやっただけだ。」
「だからそれが嫌味だろう?!」
「何故だ?」
あ~、もういい。
こいつにこの手の話をしても通じる訳がない。
俺はグラスのビールをも一気に煽った。
それを先取りして、友人がウエイトレスに声をかけている。
「同じもので良いのか?」
「………いいです。」
何なの、このスマートな対応?!
嫌味?!これも嫌味なのか?!
そりゃモテるよな?!お前?!
これだけお洒落でスマートな対応できるんだもんよ!
そりゃ電話すれば駆けつけてくれる女の子もいるだろうさ!!
「もうヤダ~!!」
「……悪酔いする気なら帰れ。タクシー呼んでやる。」
どこまでスマートなんだよ、こいつ。
またiPhoneを手に取ったので、奪ってテーブルに置く。
スマートすぎてムカつく……。
「それで?」
「あ?!」
「桜の木の下には死体があるという話に対する君の見解を聞かせよ。」
「…………その話、まだ生きてたのかよ?」
「仕方あるまい。お前が何も話そうとしないのだから。」
そう言われ、言葉に詰まった。
花見をしようと誘ったのも俺。
二人で話したいと言ったのも俺。
でも俺は友人に何も話していない。
だって仕方ないだろう?!
こんな小洒落た店でお洒落に飲むとは思わなかったんだ!!
缶ビール片手にへべれけになって話すつもりだったのだ!!
結局、そのまま無言になる俺に、友人はため息をついた。
そして話し出す。
「ではまず、俺の見解を話そう。」
「何の??」
「桜の木の下に死体がある話だ。」
「どうしてもその話をする訳だ……。」
「花見だからな。」
花見だからと言って、桜の木の下に死体がある事を議論しなければならない理由が全く見えないが、こいつは昔からこういう奴だった。
「俺が思うに、樹皮のせいではないかと思う。」
「……は??」
全く意味不明だ。
どこからそんな発想が出てくるんだ??こいつは??
不審そうに顔をしかめるが、友人は気にも止めずに話していく。
「桜の樹皮を染色に使う場合、花が咲く前の季節に樹皮を採取する。」
「あ~、何かそんな話、教科書に乗ってたなぁ~。」
「そう、桜の赤い色は、根から樹皮を通り上に上がり、最後に花を赤く染める。」
「だから??」
「その時、樹皮を剥けば、当然赤色が微かに滲むだろう。そしてそれが根から吸い上げられたものだと人は気づく。」
「ほ~ん??」
「故に、桜の木の下に死体が埋まっていると言う話が、未だに根強く残っているのだろう。」
「死体から根が血を吸って、樹皮を通って花を染めるからってか??」
「そう俺は仮説を立てた。では、君の見解を聞こう。」
こいつは……真面目なのだろうか?不真面目なのだろうか……。
俺にはよくわからなかった。
ウエイトレスが新しいビールを持ってきてくれた。
そこに注がれた地ビールの色は、まるで花が咲く前の桜の樹皮から取り出したように赤かった。
それをしばらく見つめ、一口飲んだ。
「桜はさ……綺麗だけど……別れの花だからじゃねぇの……?」
そんな臭いセリフが出る俺は、恐らく酔っているのだろう。
しかし友人はそんな俺を小馬鹿にする訳でもなく、真面目に聞いていた。
だから俺の口も止まらなかったのだ。
「淡く淡く、優しく。でもすぐに散っていくんだ。そして全て何もなかったように終わる。殆ど1週間程度でな。」
「そうだな。」
そう言って俺達は桜を見た。
見頃の桜はその時美しさを謳歌しながらも、既に散り始めている。
美しく、儚く、花びらが大量に風に舞う。
「寂しい……その寂しさが、人の死を目の前にした感情に似てるんだ……。」
「……なるほど。だから桜の木の下、つまり桜という存在の下に、死体を感じざる負えない、と言うことか……。」
自分でも馬鹿な事を言っていると思う。
でも友人はクソ真面目に俺の話を聞いてくれた。
ビールを煽り、俺はテーブルに突っ伏す。
涙が止まらなかった。
「彼女が亡くなって……5年か………。」
「ああ……。」
「長かったのか、あっという間だったのか……。」
綺麗な淡い桜色。
風に揺れてその美しさを世界に誇る。
なのに花を咲かせたその時から、その花びらは散っていくんだ。
時を止めることなく、散っていってしまう。
どんなに見頃を誇っても、その美しさはその時もどんどん失われていくのだ。
友人は何も言わなかった。
大の男が肩を震わせて泣いているのを同じテーブルにつきながらも、何も言わずにただそうして側にいるだけだった。
本当にスマートでムカつく男だと、俺は泣きながら思っていた。