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5:心地よい響きだった(ギルバート視点)

お待たせしました。本日1つ目です。

ちょっと長めです。


2024.01.08 編集


魔力が途切れぬように、呪文を違えぬように。

緻密に練り上げられた魔法は、陣の上に人影が現れたことで成功したのだと分かる。


(今代聖女様は、どんな御方なのだろうか)


アルトレッド王国では、数百年単位で聖女召喚の儀を行うしきたりがある。

聖女召喚の儀………読んで字のごとく、王宮内に描かれた魔法陣の上に「聖女」と呼ばれる女性を召喚する儀式の事だ。

多くの宮廷魔導士や魔法騎士団団員が協力し魔法を紡ぐ内、私──ギルバート・オルティス──も、膨大な魔力を保有していることから、この儀式への魔力提供を余儀なくされている一人だった。


神官長の上擦った声を皮切りに、会場の中を歓声が包み込む。


「せ、成功したぞ……!!!!!」


確かに聖女召喚の儀は成功した。………本来なら1人だけ現れるはずの魔法陣の上に、2人(・・)現れるというイレギュラーを起こして。

魔法陣の中心から少し外れた部分に座り込んでいるのはレースを幾分も重ねて作られているであろうドレスを着こなした黒髪の少女だ。その傍ら──少女よりも魔法陣の中心にほど近い場所──で、横たわっていた身体を緩慢な動きで起こしたのは金髪の少年だ。2人は辺りを見回し、お互いに目が合うと再び困惑の表情で首を傾げる。

光が完全に収束し、最初に陣の中に踏み込んだのは神官長だった。


「まさに伝承通りのお姿……。黒目…ではないようだが、うむ、過去には茶色の瞳を持った者もいたようだしな。間違いない!この方こそ、我らが国を救う聖女様だ!!!」

「えっ………?」


神官長から聖女と呼ばれた人物は、16歳前後と思われる少女だった。肩より少し下までの黒髪に若干色素の薄い茶色の瞳。

横にいる金髪碧眼の少年は、少女と同い年くらいだろうか。

服は貴族然とした煌びやかなものだったが、腰に下げている剣は偽物だ。無駄な装飾がこれでもかというほどついている剣は、普通の貴族でも式典でもない限り使わないだろう。実戦用の剣ではない。

未だ戸惑う2人のもとに歩み寄るのはこの国の第一王子…グレイアム殿下だ。


「突然の事で驚くのも無理はない。私はこの国の第一王子、グレイアム・ディ・アルトレッド。君の名前は?」

「あ、私は、川口絵里奈です……」

「カワグチ、エリナ……エリナ、がファーストネームでよかっただろうか」

「!っはい、そうです」

「うん、今代の聖女は名前の響きも美しいんだね」


どことなく彼の方の婚約者殿に似ている響きを耳に刻む。

異国の地では姓と名が私達とは反対になる所もあると聞いていたが、この者たちはそういった国から召喚されたのだろう。顔立ちも、東の島国の者と似ている気がする。

困惑の色を強めた聖女様はもう一人の召喚者へと目を向ける。その視線を受けて少年は芯の通ったアルトボイスを響かせた。


「あの、すみません」

(…!?)


その声を聞いた瞬間、全身を駆け巡る己の魔力に驚愕した。

一声聞いただけで魔力が満ちていく。むしろ、普段は身体の中だけに留まる量しか生成されない魔力が、体外に染みだすくらい増えているのを感じる。

他人からの魔力干渉を受けているわけでもないのに自身の魔力が高まっていく感覚。

思い当たるのは、2つ。1つは違法な魔道具をこの少年が使っている可能性があること(しかし可能性は限りなくゼロに近いだろう)。もう1つは…


(”運命の恋人”だというのか。この少年が)



この国では魔力は声と魂に宿るとされている。魔法使いに美声を持つ者が多いのは、高い魔力は声に乗り、それは総じて美しい音色となるからだ。

とは言っても魔力を持っていない者の声が聞くに堪えない物というわけではない。そういう傾向がある、というだけの話だ。

ただ、ごく稀に、自分にとって他に類を見ない程、心地よい声色を持つ者が現れるという。それに出会った魔法使いは皆、口を揃えてこう言ったらしい。

──その人の声を聞いた瞬間、全身に魔力が漲る感じがした。

世界でたった一人、生きているうちに出会えるか分からないその存在は、かくしてこう呼ばれるようになった。………”運命の恋人(唯一無二)”と。魔法使いの力を最大限引き上げてくれるそれは性別問わず現れるため、この国の結婚法が異性婚のみから同性婚、果ては異種族婚が可能になるほどの影響を及ぼした。

魔法使いの力が上がる、つまりは国力が上がるという事だからだ。国や魔法の発展のため、我々魔法使いが暮らしやすいように法整備を繰り返したのは数百年前のことだった。


その話を嬉々として人々が話す度、何が運命だ馬鹿馬鹿しい、と思っていたのだが。


(これは、本当に、私の唯一なのか……………?)


そう私に思わせるほどには強い衝撃だった。


「……君は?」

「そちらにいる聖女様の同郷の者です」


心地よいアルトボイスは第一王子殿下に向けられている。冷たい瞳に晒されながらも、凪のような穏やかな声色で話す彼に、口元が綻びそうになる。


──その声が自分に向いたら、どんなに幸福なのだろうか。


さながら花の美しさに引き寄せられる蝶のように、少年の方へ足が向かいそうになるのを押し留めていると、グレイアム殿下の口から耳を疑う言葉が滑り出た。


「部外者はさっさと立ち去ってくれないか?」

「は…………?」

(何を言っているんだこの馬鹿王子は)


私の運命云々の話がなくても、どんな能力・知識を持っているか分からない聖女様の同郷の者を野放しにするつもりなのか、この馬鹿王子は。そもそもこうして聖女召喚の儀で強制的に連れてきてしまった以上、完全な部外者にはならんだろうに。

さっさと城の奥に引っ込もうとするグレイアム殿下のもとに、今まで静観を決め込んでいた騎士が動きを見せる。

少年から見えない位置で、私ににやけ顔を向けるのは、魔法騎士団騎士団長アレクサンダー・コックスフォードだ。…あぁきっとこの人にはすべて分かってしまったのだろう。あとで絶対揶揄われるな…。


「では私達の方で預からせて頂いても?」

「かまわん、好きにしろ」


普段の数倍は畏まった口調の上司に続き、少年の元へと歩み寄る。ぽかん、と口を開けて団長を見上げる彼の瞳の、なんと無垢なことか。


「ッ椿ちゃん……!」


エリナ、と名乗った少女は殿下たちに包囲され城の奥に連れていかれるさなか、同郷の少年へと声を掛ける。かけられた本人は、我が子を見つめるような慈愛の眼差しで、明らかに作り笑いと分かるものを浮かべた。


程なくして完全に聖女様の姿が見えなくなったところで、我々も移動を始める。








「突然この国に飛ばされたにしては、随分冷静だな」

「…………えっ、いえ、すごく驚いてますよ、これでも」


”これでも”、とこいつは言っているが、その表情は知らない国に突然連れてこられた者の顔じゃない。緊張に顔を強張らせているかと思ったが、庭園に咲く薔薇を眺めてふっと笑みをこぼしている余裕の表情だ。このくらいの年の子なら今頃は泣き喚いているころだろうに、随分と落ち着いた様子で私達のあとをついて来ている。


(……大人びた子だな)


それかただ呑気なだけか。どちらにせよ、日常会話に問題はない限り私の口からどうこう言う事ではないだろう。


「今向かってるのは騎士団の宿舎だ」

「騎士団……」


何やら考え込んでいる様子の少年は、私達の服装を確認した後、煌びやかな装飾の剣の鞘をひと撫でして尋ねてくる。


「お二人は騎士、なのですよね?」

(今更過ぎないか?)


そこではた、と思う。我々は名前はおろか自身の身分すら明かしていないのではないか、と。


「俺は魔法騎士団団長、アレクサンダー・コックスフォード。そっちの顰めっ面してんのが副団長のギルバート・オルティス」

「団長様と副団長様でしたか。先ほどは助けていただき有り難うございます。あのままでは、路頭に迷うことになっていたでしょうから」


あはは、と笑いながら話しているが、笑い事じゃ済まない。あのまま団長が保護すると名乗り出なければ、本当に城下へと締め出されていたはずだ。

何も知らない少年が着の身着のまま生きていけるほど、世界は優しくできていない。

熟しきる前の柔らかで細い体躯は、魔獣にとっても下種な思考を持つ奴にとっても、格好の()となる。捕まってしまえば抵抗する術もなく、一瞬で喰われてしまうだろう。

そのあたりの事を、こいつは分かっているのだろうか。…心配になってきた。


「…申し遅れました、柳本椿と申します。あっ、柳本がファミリーネームで、椿がファーストネームです」

「あぁ。よろしくな、ツバキ」

「…よろしく」




話してみるとなかなかに頭の回転が速い者だと分かった。そしておそらくこの世界とは別の……異世界から召喚されたということも。

曰く、魔法が使えない代わりに科学が発展しているようで、自動で洗濯をしてくれる機械や掃除をしてくれる機械、ありとあらゆる情報を知ることが出来る板状の機械などがあるという。

ツバキのいた国は世界的に見ても治安が良いほうで、子ども一人で夜遅くに出歩いてもさほど問題はないようだ(少なからず危険はあるので推奨はされていないが)。


変声期前らしいやや高めの声は、穏やかに言葉を紡いでいる。纏っている空気も相まって、平時ならばその声は他者をも穏やかな気分にさせるというのに、私は先程からこの者の声を聞いているだけで心臓が早鐘を打っていて、全く穏やかな気持ちになれそうもない。

溢れ出そうな魔力を押さえつけている所為もあるかもしれんが、一番はやはり運命の恋人が「恋人」と言われている所以にあるだろう。


運命の恋人は特定の相手にだけ作用する不思議な力を持っているとされている。その力は魔力と同じく声と魂に宿り、相手の魔力を増加するとともに多幸感と親愛の気持ちを相手に抱かせる。

かつて魂の半身…番と呼ばれていた魔法使いの大切な存在(唯一無二)は、この国でまだ同性婚が認められていなかった時代に起こった出来事より、”運命の恋人”と呼ばれるようになった。


「ここがお前の部屋だ。急ごしらえで悪いが、我慢してくれ」

「何から何まですみません。ありがとうございます」


しばらく歩いて辿り着いた先は、騎士団宿舎の空き部屋だった場所だ。

部屋の中に入っていくツバキを見送りながら、閉まった扉の前で蹲りそうになるのを耐える。全力で疾走した後のような激しい鼓動を何とかやり過ごし、いくらか落ち着きを取り戻した後にふと伝え忘れていた事を思い出した。


「それと、このあとの予定なんだ……が」

「えっ」


扉を開けると、そこには黒髪の女が居た。


(……………………は、?)


なぜここに女がいるんだ。

金髪の少年はどこに行ったんだ。

もしかしなくても私はノックをし忘れたんじゃないか。


数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは女の方だった。


「………とりあえず、扉閉めて貰えませんか?」


戸惑いの色が強く滲んだ声だったが、金髪の少年と同じ音色は、やはり美しかった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







まずは状況整理だ。



扉の向こうには着替え途中と思しき(というか完全に着替え途中の)女がいた。

黒曜石のごとく澄んだ黒色の瞳は驚きで見開かれていて、それを縁取る睫毛は豊かだった。丸いアーモンド形の瞳に薄っすらと上気した頬。唇は紅を乗せていないだろうに、薄紅色に色付いていた。

濡れ羽色の髪の毛は所々乱れているが、それがやけに扇情的で…………──いや、今のは無しだ。

そういえば先程までとは顔つきも違うように見えたが、魔法でも使っていたのだろうか。いやしかし異世界には魔法は無いのだったか。

扉越しの布ずれの音を聞きながら、彼女の顔を思い出す。


(可愛らしい顔だったな)


ぎこちなく笑った顔すら愛しさが芽生える。

そんな事を考えているうちに着替えが終わったらしいツバキを部屋に留めて、するりと中に入り込む。

もう一度、しっかり黒髪の女を観察する。

──……どこからどう見ても、黒髪黒目の乙女だった。


「はぁ…………」


思わずため息をついてしまったのは、仕方ないことだと思う。なんせ黒髪黒目は、この国で聖女と呼ばれる者の色彩なのだから。




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