4:聖女の条件
更新遅れました…!
今回は説明回になります。ちょっと長めです。
2024.01.08 編集
ここアルトレッド王国では、数百年に一度「聖女召喚の儀」を行うしきたりがあった。神託で定められた日時に行うこの儀式では、聖女と呼ばれる特別な力を持った女性を召喚する。……それは時として、異なる世界から喚ぶこともあったようだ。
──結界の効力が薄まる年。魔物被害が増大する年。それらが重なる年に「聖女召喚の儀」は行われる。
アルトレッド王国には、魔物から国を守るための結界が張られている。3代目聖女様が作り上げたその結界は、普段は神官や魔導士たちによって保たれているという。
しかし、その結界は聖女様が作ったこともあって、聖女の特別な力が加わらないと完全な結界にはならないらしい。
それゆえ、国にとって大切な存在である聖女は、国王と対等な立場になる。
──聖女は祈りを捧げ、民を守るためその力を使う。
魔物とはその名の通り「魔に憑りつかれた生物」の事を指す。
その瞳は濁りきっていて光を映さない。
魔物は「魔の森」から生まれ、その強靭な肉体で作物を食い荒し、時に人へと襲い掛かる。しかも普通の獣とは違い、肉が硬く素人の腕では捌けないらしい。実に厄介な存在だ。
「それで。なぜ、私が聖女かもしれないと言われているのでしょうか…………」
「それはお前が聖女の条件に当てはまるからだ」
その、聖女の条件とは。
1つ、聖女召喚の儀によって現れること。
1つ、黒髪黒目の乙女であること。
1つ、聖なる力を持つ者。
……だそうだ。たったこれだけ?と思ったのは言うまでもない。
しかも過去には黒目…に見えなくもない茶色の瞳をもつ聖女もいたため、2つ目の条件については「黒髪」であればOKみたいな割と緩い感じらしい。雑じゃないか?
聖なる力についてはよく分からないが、「召喚の儀で現れたなら聖なる力くらい持ってるだろう」と判断されるみたいだ。歴史上では聖女が同時期に2人以上存在したことは今まで一度もなかったから、そのせいもあると思う。
それも踏まえて、私の置かれた状況を考えてみる。
聖女召喚の儀によって呼び出された2人のうち、片方は黒髪の女、もう片方は金髪の男だったため、その場に居た全員が「女が聖女である」という判断をした。これまでも召喚の儀で現れたのは黒髪の女だったことから、皆、疑いもせずに黒髪の方が聖女だと認識した。
しかし、実際にはもう片方も女で、なおかつ黒髪黒目であったことからその判断を下すのは時期尚早だったことが一部の人間に密かに知られた。
召喚の儀で現れた、黒髪黒目の、(推定)聖なる力を持っている、私。
同時期に聖女が2人いたことは無いが、前例がないだけでもう片方が聖女ではないとは言い切れない。仮にもう片方も聖なる力を持っていたらこの国は聖女を追放しかけ………──
「これ、外部に漏れたら駄目な話では………?」
思わず呟いた言葉に厳しい表情で頷くアレックス団長。
…この話が本当なら、国にとってかなりまずい状況である。
私の格好が紛らわしかったとはいえこの国の第一王子、すなわち王族が、公衆の面前で私の事を『部外者』と呼び挙句の果て何の保護もせずほっぽりだそうとした。
”聖女に守られているこの国で、聖女かもしれない人物を追放しかけた。”
もし私が聖女様なのだとすれば、この国の醜聞に他ならない。というか聖女じゃなくても突然こっちに喚んだ異世界人を放っておくのは悪手だろうに。
三者三様、複雑な心情を抱えた中で、最初に沈黙を破ったのは私だった。
「えーーと、じゃあとりあえず『私が聖女かもしれない』ということを隠しつつ、聖女が誰なのか、それともどっちも聖女なのか判明するまでやり過ごせばいいんじゃないですかね?」
何を言ってるんだこいつ…みたいな目を2人から向けられたが、気にしない気にしない。こういうのは否定される前にごり押しするのが一番効く。…はずだ。
「この国にとって聖女ってすごく大切な存在なのでしょう?私が聖女でなければそのまま過ごすにしろ異世界人だと正体を明かすにしろ好きにすればいいはずですし、もし聖女なら”聖女様の切なる願いを聴いて、その身分を隠していた”とかなんとか言っちゃえば丸く収まるとは思いませんか?」
2人の瞳が揺れ出した。迷っているのが分かる……目は口程に物を言うとは言い得て妙だ。
無理があるのは百も承知だが、上手くいけば国の失敗を隠せて私という異世界人の監視も出来る。この人達にとっても悪い話ではないはずだ。
あと一押しで、落とせる。
「今の私はこの国の第一王子に見放され、あなた方に救われた身。誰がどう見てもあなた方を悪く言うことはできないはずです。………あなた方は異世界人を保護した人達にしかなり得ません。私の立場がどうなろうとも」
どっちに転んでもこの事実は変えようがない。
褒められることはあっても、魔法騎士団を悪く言うことは出来ない。保護者と被保護者の関係性は壊すことはできないからだ。
「その代わりと言ってはなんですが、私をここに置いてくれませんか。…お2人にはご不便おかけしますが、お願いします」
そう言い切って、深く頭を下げた。
はっきり言って、私のこの国の王族に対する心証はド底辺中の底辺だ。可能な限り関わりたくない。それに、あの時唯一見捨てないでくれたこの人たちに何か恩返しがしたかった。下働きでも雑用でも何でもやってみせる。
頭の上から降り注いだのは、大きなため息。次いで出てきたのは、私が欲しかった言葉だった。
「むしろ俺たちにしてみれば願ってもない提案だ。お前を保護すること、ここに誓おう」
「ありがとうございます!」
交渉成立だ!!よかった、断られたらどうしようかと思った。
ほっと一息吐けたところで、質問タイムとさせてもらおうじゃないか。
「質問良いですか?」
とりあえず一番気になってた事を聞いてみよう。
「聖女の条件の一つ、”聖なる力”って何なんですか」
「……それが、俺たちの中でも解釈が割れに割れてな………祈りによって顕現される力という者も居れば、光魔法と同じものだという者もいる」
「光、魔法…ですか」
「ん?…あぁ、聖女様達の世界には魔法自体無いんだっけか」
この世界には魔法が存在する。神様が人を創った名残、もしくは証と言われている。
この国では国民の半分くらいが魔法を使うことができ、なかでも貴族に多いんだとか。
魔法学校などもあり、魔法が使える民はそこで勉強することが義務付けられている。魔法は便利な反面、危険な力でもあるからだ。
魔法属性は炎・水・氷・土・雷・風・光の7属性。基本、一人一属性の適性を持ち、それに準ずる魔法(炎属性なら火を出せる等)が使える。
中でも光魔法は極稀少な属性で、今この国で光魔法が使えるのは両手で数えられるほどしかいないんだとか。
”聖なる力”は聖女様だけが使える力、というのが共通認識なのだが、その中でも「祈りによって効果が発揮される(非魔力)」派と「光魔法の上級魔法がこれに当たる(魔力)」派が有力らしい。
(じゃあ今の結界はどうやって………?)
「結界は神官と魔術師が保っているんですよね?どうやって保ってるんですか?」
「神官が祈りを捧げ、魔術師が結界を強化する形で保っている。」
国を覆うほどの結界には”聖なる力”が練り込まれており、神官の祈りでその力を高め、魔術師の魔法で結界そのものを強化しているという。
「だがまぁ、結界は万能じゃない。穴をついてすり抜けられたり力が弱まっている所を破られたり……それも最近はしょっちゅうだ」
年々脆く薄くなっている結界は、小さな魔物をすり抜けさせ、大きな魔物は力尽くで突破してしまう。
「この数年、魔物被害は例を見ない程増えてきている。今年は去年の10倍以上だ」
「…多いですね」
人に襲い掛かる魔物が10倍。元がどのくらいなのか分からないが、熊の出現率が10倍になったと考えると……これはなかなか大変そうだ。人の味を覚えてしまった熊は、生かしておけない。また人を襲う可能性が高いからだ。
試される北の大地出身としては、野生生物の危険性は身に染みて分かっているつもりだ。子どものころから森には一人で行くな、森に入るときは熊よけの鈴を鳴らしながら歩け、出会ったら背中を見せるな騒ぎ立てるな、死体のフリは逆効果…などなど、口を酸っぱくして言われ続けたから。
「では、王宮で私を引き取ってくれたのは何故でしょうか。あの時点であなた方にメリットがあったとは思えないのですが」
負担こそあれど、利点はなかったはずだ。そんななか引き取るなんて何か裏でもあるんじゃないのか、なんて、命の恩人に対して失礼過ぎる感情を抱えている私は思い切って聞いてみる。
アレックス団長は視線を右へ左へと動かし──途中ギルバート様と何かアイコンタクトを取って──何事もなかったかのように話し出す。
「あ~~、まぁ、なんて言うか……そっちのが面白そうだろ?」
「おもしろそう…ですか」
面白そう……………?
巻き込まれ異世界人がそばにいると何が起こるか分からなくて面白そう、という事だろうか。何かはぐらかされた気もしなくはないが、教える気は無いんだろう。まぁ臓器売買に使えそうだから、とかじゃないならいいや。
「じゃあ、私が居ることによって何か不利益を被るとかは?」
地味にこれが一番の懸念材料だったりする。さっきも言ったが私の立場は今の所「王族に目を付けられている異世界人」だ。私が居るだけで迷惑になるなら恩を返すどころじゃない。むしろ疫病神だ。
そんな心情を知ってか知らずかアレックス団長はないない、と笑い飛ばしてくれる。
「言い方はあれだが、第一王子は所詮第一王子でしかない。仮に王族への不敬があったとしてもそれを独断で裁けるような権限は持ってない。王太子に指名されてるわけでもないしな。それに比べて俺は魔法騎士団の騎士団長。権力で言えばこっちのが上なんだ」
「それなら、よかったです」
それに第一王子も「構わない好きにしろ」と言っていたはずだ。ならば、私がここに居てもいいのだろう。
「心配事はもうないか?」
「はい。…今のところは」
そんなこんなで私は聖女召喚に巻き込まれた異世界人、という扱いでしばらく過ごすことになった。
騎士団長室から用意してもらった部屋まで送ってもらう途中、私とギルバート様の間には一つも会話が無かった。しばらく無言で歩きあと少しで部屋の前に着く、という所で彼はギリギリ聞き取れる音量で呟いた。
「………悪かった」
「──それは、何についての謝罪でしょうか…………?」
さっきアレックス団長と一緒にこれまでの非礼(私的には何も非礼ではなかった)を謝っていただいてるし、本当に心当たりがない。
聞き返されると思っていなかったのかギルバート様は瞳を見開いた後、その眉間にぎゅっと皺を寄せて立ち止まった。美人は顔を顰めていても美しいな、なんて考えながらつられて立ち止まる私。
真正面に向き合う形になった私達はしばらく沈黙し合う。
(よくよく見ると紺色じゃなくて紫色かも)
何かと問われれば、ギルバート様の瞳の色である。綺麗な夜空色の瞳は光加減で微妙に色が変わるみたいだ。日本では見ることのなかった綺麗な虹彩を見つめていると、彼はその不機嫌を隠すことなく目を逸らした。
「先ほど、ノックもせずに扉を開けてしまっただろう。男だと思っていたとはいえ…着替え途中の姿を見て、すまないと言っている」
(たしかに、そんな事もあった気がする)
真の聖女 (かもしれない)と言われたことが衝撃的過ぎてすっかり忘れていた。
そのまま無かったことにしちゃえばいいのに。わざわざ謝ってくれるなんて、真面目なんだなぁ、この人。
「あー………いえ、こちらこそお目汚しを…すみません」
「…………お前が謝る必要はないだろう」
むしろ私なんかの下着姿を見せてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいだ。完全に事故…というか油断していた。そしてやっぱりと言うべきか。この国でも扉は開ける前にノックするのが基本だと分かって良かったと思う。
再び無言で歩き部屋の前にたどり着くと、ギルバート様は廊下の向こう側を指差しながら言った。
「私の部屋はこの角を曲がって突き当りにある。何かあれば声を掛けてくれ」
「はい。………いつでもいいんですか?」
「今日の所は、な。演習がない時は大抵あの部屋か副団長室に居る」
騎士団長室と同じように、副団長にも個別で執務室が与えられているらしい。
「夕食は一刻半後だ。それまで休んでいなさい」
閉められた扉の向こうに遠ざかっていく足音を聞きながら、ふらふらとベッドに吸い寄せられていく。横向きに倒れ込むとふかふかの布団に身体が沈み込んで、あぁこれは駄目だ。瞼が重くなっていく。
そういえば昨日から、ほとんど寝ていないんだっけか。
この1か月間、小道具を新しく作ったり音響整備を整えたり衣装係の手伝いをしたりと夜遅くまで作業をしていたし、昨日は演劇の主役代理に指名され、一日で立ち回りと台詞を完璧にするために睡眠どころの話じゃなかった。
そこまで思い出して、まだそれがつい昨日の事なんだと驚愕する。
(これでまだ一日も経ってないとか、やばすぎ)
襲い掛かる眠気には耐えきれず。私はベッドにダイブした状態で深い眠りについた。
次回はギルバート視点の話を掲載予定です。更新遅れると思いますが、お待ちいただけると幸いです。