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21:私と絵里奈とオムライス


絵里奈の食事を作る約束の日のこと。

若干残る眠気を払うように緩く頭を振り、ギルバート様と共に騎士団宿舎の食堂へと向かった。朝食の時間帯は既に過ぎていて、人が疎らな食堂を抜けた先にある厨房前室へと足を踏み入れた。


「お邪魔します」

「よう、待ってたぜツバキ殿」


腕組みをして私を待っていたコック服の男性は、騎士団宿舎の料理長──ダグラス・ヴィリエだ。

元・魔法騎士だったダグラスさんは、十数年前に怪我で引退してから騎士団宿舎の厨房で働いているという。というのも、元々料理が趣味だった彼が振る舞う野営料理があまりにも絶品だったため、団員達からの強い希望と本人も興味があったことから異例のジョブチェンジを果たしたのだとか。

たしかに、ダグラスさんの作る料理は全部美味しい。特に煮込み料理が美味しくて、羊肉を使ったシチューはいつもよりも多めに盛り付けて貰っているくらいだ。野営の料理は簡単な煮炊き位で済ませると聞くし、より美味しいものを食べたいと願うのは異世界でも共通らしいとほっこりした気持ちになった。


「本当にこっちの厨房で良かったのか?」

「はい、皆さんの仕事を中断させるわけにはいかないですし」


連れてこられたのは普段使っている厨房の横にある、小さな厨房だった。

絵里奈の食事を作るにあたり、宰相様から出された指示の一つが”調理中、関係者以外の立ち入りを制限すること”だった。つまり、調理する私と監視役のギルバート様、厨房の責任者であるダグラスさん以外の人は出禁にしろ、ということだ。

しかし、朝食の時間帯が過ぎたからと言って厨房内から人が居なくなるわけではない。むしろ、より利用者が多くなる昼食時に向けた仕込みやら調理やらで大変忙しくなるのがこの時間帯だ。

そのため、今の厨房が改築された時に残されていた方の厨房を使わせてもらうことになったのだ。小さいと言っても、今の厨房に比べて小さいというだけであって、高校にあった家庭科室くらいの広さはあるので問題は全くない。


ワイシャツの袖を十分に捲って、調理帽代わりのバンダナを付ける。髪は邪魔にならないように団子にしてもらっているが、ヘアゴムもないのにどうやっているのだろうか……真似できる気がしない。手をよく洗って、借り物のエプロンを着ければ準備完了だ。食材は好きに使っていいと許可を貰っているので遠慮なく好きなものを好きなだけ使わせていただく。とはいっても作るのはせいぜい3人分くらいなので大した量にはならないが。


先に時間のかかるリンゴのジャムを作っていく。酸味の強い品種の小ぶりなリンゴ(とはいっても私の知るリンゴより一回りは大きいが…)の皮をむいて適当な大きさに切ってから小鍋に入れる。砂糖と水を適当に入れて、捨てずにとっておいた皮も一緒に入れて火にかける。あとはしばらく放置だ。焦げないように気を付ければあとは適当でも何とかなる。お菓子作りは材料をきちっと量って作らないと失敗するとよく言うが、ジャムに関しては砂糖と塩を間違えるなんてミスをしない限りそれなりのものが出来る。あ、これフラグじゃないから。ちゃんと使う前に確認してあるから。ある程度汁気がなくなったところでちょっと味見。少し甘味が足りないのは予定通りだ。用意してあったはちみつを鍋に二回しくらい入れて軽く馴染ませた。あとはもっとジャムっぽくなるまで弱火でくつくつ煮込めばいい。


次に小麦粉とバターと卵、水を用意する。こっちはちゃんと分量を量ったものだ。

角切りにしてよく冷やしたバター(冷やすのはギルバート様にお願いした)を小麦粉の入ったボウルに入れて粉がまんべんなく付くように優しく混ぜる。ある程度まとわりついてポロポロの状態になってきたら指先でバターの塊をつぶすようにして粉となじませていく。あんまりやりすぎると手の熱でバターが溶けてしまうので気を付けながら根気よく作業を行っていく。

サラサラの粉状になったら卵と水を混ぜた卵液を加えて練らないように混ぜる。多少粉っぽさが残っていても馴染むから問題なし。出来上がった練りこみ式のパイ生地は冷蔵庫で冷やしておく。


そしてメインだ。

この国にも一応お米があった。ただ、普段食べ慣れたジャポニカ種のうるち米ではなくインディカ米のようだ。パエリアとかドリア、リゾット系にするとおいしいんだよなぁ…なんて考えながら米を炊く。それはまた今度の機会だ。

一口大に切った鶏ももっぽい肉と、みじん切りにした玉ねぎっぽい野菜、ピーマンっぽい野菜をフライパンに入れて軽く炒める。料理長の特製トマトソースを入れて、塩と胡椒で味を調えたら炊き上がったご飯を入れて全体的に混ざるように炒めた。そして上に乗せる卵を焼く……前に、パイを焼いてしまわないと。


冷えて程よい硬さになったパイ生地を伸ばして型に敷く。余分な生地は切り取って、一度軽く焼いてからりんごジャム(ギルバート様に頼んで軽く冷やしてある)をたっぷり乗せ、リボン状に切ったパイ生地を何となく格子状になるように上に並べてオーブンへ入れた。余ったジャムは料理長が食べた。


絵里奈も私もふわとろな卵の方が好きだから、卵液には贅沢に生クリームを入れてある。焦げないように火加減には気を付けてオムレツ型に整える。ちょっと形は崩れてしまったけど、許容範囲ということで無理矢理納得する。そうこうしているうちにしっかりと火が通った卵をチキンライスの上に乗せると、ふるふると揺れてとても美味しそうに見えた。


出来上がったのは同じ盛り付けをされたオムライスセットが3つ。それをワゴンに乗せ、絵里奈が待っているであろう別室へと移動する。

ほどなくして辿り着いたのはアレックス団長の執務室だった。ここを訪ねるのはいつぶりだろうか。多分、初めてこの世界に来た日以来ではないだろうか。重厚な扉の前に立ち、その奥に居る人物を思い描く。


(この先に、絵里奈が居るんだ…)


ゆっくりと開いていく扉が待ち遠しく思えたのも一瞬。久しぶりに見た絵里奈は、淡い黄色のデイドレスを身にまとっていた。装飾は控えめでそこそこ動きやすそうな服装だ。

ソファーから立ち上がった絵里奈の嬉しそうな、それでいてどこか泣きそうな笑顔が、フード越しにはっきりと見えた。

駆け寄ってきた絵里奈を受け入れるために腕を広げる。軽い衝撃を逃すためにくるりと一回転してお互いをしっかりと抱きしめあった。背後で扉の閉まる音が響いた。


「椿ちゃん~~っ、会いたかった~~~!!」

「私も。……思ったより元気そうで安心した」


腹から出したような結構な声量の挨拶に思わず笑みが零れた。ちょっと耳が痛いけどね。しっかりと顔を見つめてみると、やつれるほどではないがそれでも少し痩せたような気がする。頬をつつくと絵里奈はくふくふと笑って「ちょっと小顔になったでしょ?」なんて呑気に言う。

積もる話は山ほどあるが、それはひとまず置いておく。


「色々話したいことはあるけど、まずご飯を食べよう」




ワゴンには料理が冷めないような魔法が施されていて、机に並べられた料理からは温かそうな湯気が立ち昇っていた。


「お待たせしました、こちらオムライスセットと椿特製アップルパイです…なんちゃって」

「わっ、オムライスだ!美味しそう……」


ごろごろお肉が入ったチキンライスに、ふわとろな卵を乗せたオムライス。大きめのプレートにはメインと一緒にココットに入れた二種類のサラダを付けている。料理長の作ったコンソメスープも一緒に提供すれば、バイト先の喫茶店で出していたプレートランチと同じようなご飯になった。

アップルパイの方も、喫茶店では「店員手作りアップルパイ」として週に1度提供していたものだった。練り込み式のパイ生地はサクサクと軽い食感で、手作りのりんごジャムとの相性が抜群だとお客様に大人気だった。


「いただきますっ!」

「はい、召し上がれ」


とろとろ卵のオムライスをスプーンで大きく掬い取った絵里奈は、それはもう幸せそうに食べ進めている。

やっぱいい食べっぷりだよね。作り甲斐があるってものだよ。

絵里奈が食べている横で私達も食べ始める。

味はまぁ、普通だ。使ってる食材がいいものだから、当然美味しくできている。オムライスは久しぶりに作ったが、まぁまぁの出来かな?

流石にメインとデザート、副菜を作った他に汁物を用意する時間は無かったので、スープは料理長が作ったものだ。鶏肉をベースにしているらしいスープは透き通るような黄金色をしていて、お肉や野菜の旨味がギュッと濃縮されているような味わいだ。どれだけ時間を掛ければこんなに美味しいスープが作れるんだろう……いや、時間をかけたとしても私には無理だなこれ、なんてことを考えながら黙々と食べ進めた。


「美味いな」

「よかったです」


ギルバート様の口にも合ったみたいで良かった。

3つ作ったオムライスプレートは絵里奈と私、ギルバート様の分だ。まぁ、有り体に言えば毒味である。作り手が私なのだからそんなもの必要ないと絵里奈も思っているけど、それはそれ、これはこれ。いつどこで毒が混入するか分からない以上、聖女様の口に入るもの全てを警戒するのは至極当然です……といった姿勢を見せるのが大切なんですよね、分かります。

ご飯の後は、お待ちかねのデザートタイムだ。

アップルパイは、りんごのジャムが程よい甘さで丁度いい。パイ生地もサクサクした食感で、バターの香りがいい匂いだ。このバター絶対に高いやつだわぁ…なんて考えながら食べ進めた。


「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」

「はぁ~~、椿ちゃんのご飯久しぶりに食べたよ~~、美味しかったぁ……」


隣で満足げにそう呟いた絵里奈の横顔を眺めながら、私も食後の紅茶を飲み干した。向かいに座っていたギルバート様が手ずから淹れてくれた紅茶は、いつもと風味が違うものだった。多分アップルパイに合わせて選んでくれたんだと思う。何も言わずにそういうことをサラッとできちゃうのが流石だよなぁ…なんて思った。


「今はもう体調は良くなったんだよね?」

「うん、もうすっかり治ったよ。心配してくれた?」

「当たり前でしょ。人伝に親友が毒で倒れました~って聞いた私の気持ちをもっと考えて?」

「ごめんて」


冗談めかしたじゃれあいを挟んで、絵里奈の身に何が起こったのか詳しい話を聞いた。

絵里奈曰く「もう面倒くさくなっちゃったからまとめて退場してもらったって感じ」らしい。というのも、無駄に敵視してくる外野に割いてる時間が勿体ないとかなんとか。

たしかに、絵里奈はこの国に来てから勉強尽くしだったと聞いている。常識もマナーも違う世界に来て覚えることでいっぱいだったはずだ。それに加えて魔法の訓練だってしなくちゃいけなかったんだし、そんなめちゃくちゃ忙しい時期に他の雑事を気にしていられなかったってことか。


「邪魔者はまとめてポイっ、だよ」


絵里奈は輝かしい笑顔でそう言った。あぁ、我慢の限界だったんだろうな……。

ひょんなことから仲良くなった婚約者の令嬢も、主犯の連中の行動にはほとほと困り果てていたそうな。罰したくてもそこまでするには及ばない範囲の嫌がらせしかしてこないとあっては、それはさぞかし気を揉んだことだろう。

そこで、絵里奈と婚約者の令嬢は手を組んだ。相手のフラストレーションを管理して、予想外の場所で爆発しないように調整して。殿下の行動や連中の思考を先読みして、こうなるだろうという結果を導いたわけだ。まとめてポイするために、連中がやらかすのを待っていた……というよりもそうなるように仕向けたのかな。


「無事だったから良いけど毒は流石にやりすぎだよねー。あの子たち本当に命知らず過ぎない?」

「それはそうね」

「私これでも聖女なんだけど?」

「ほんとにね」


そこからしばらく絵里奈の愚痴は止まらなかった。




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