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20/21

20:心地よさを知った後


ぱちり。そんな音が鳴りそうなほど、すっきりと目覚めたのは久方ぶりだった。くわりと一つ欠伸を零して身体を伸ばす。薄いカーテン越しに柔らかな日差しが差し込んでいるのを見るに、いつもと同じくらいの時間に起きたのだろう。いつものように布団を剥いで、部屋を見回す。自分の部屋とは違う調度品に、一瞬首を傾げ……そして思い出す。


(そうだ。昨日はギルバート様の部屋で眠ったんだった)


部屋の持ち主は既にベッドの上には居らず、彼が起きたことにも気づかないほど熟睡していたのだと察した。


(…まだ温かい)


ギルバート様が使っていた方の枕に触れるとまだ温もりが残っていた。つまり、彼も起きてからそう時間が経っていないのだろう。そう結論付けて、ベッドの下に置かれていたスリッパを履いて寝室の扉を開けた。


開けたらギルバート様が服を脱いでいた。


「おはよう、ツバキ。まだ眠っていても大丈夫だぞ?」

「…おはようございます、失礼しました………」


開けて数秒、キィ…パタン、と閉めた扉に頭を預けた。ごつ、と鈍い音がしたがそんなことどうでも良い。一瞬だったが目に焼き付いてしまった肌色に深く溜息をついた。


(なんというタイミングの悪さ…)


いつもは寝室で着替えているのだろうが、私がいつ起きるか分からないゆえに私室側で着替えていたのだろう。それに思い当たらず、迂闊に扉を開けた私が悪いのだ。

悪いのだが……


(びっくりした……寝起きに見ていいものじゃない…)


寝起きじゃなかったらいいのか、という問いは置いておいて。

ギルバート様はいつも、貴族らしく服はきっちりと着込んでいる。私室でリラックスしているときも、せいぜい手袋を外してワイシャツのボタンを上1つか2つ外すくらいだった。

それが突然の上裸。驚くのも無理はないだろう。

しばらくそのままの体勢で居ると、扉をノックする振動が頭に伝わってきた。そこからどけてこちらから扉を開けると、そこには着替えをきちんと済ませたギルバート様が立っていた。首の後ろで括られた銀髪が今日も麗しい。


「おはようございます…」

「あぁ、おはよう。体調はどうだ?」

「すごくいいです。全体的に身体が軽い感じがします」


先ほどのハプニングはスルーして、ギルバート様は寝室に入りながらそう聞いてきた。

身体の調子は驚くほど良好だ。なんというか、全身マッサージされた後、一日中眠っていたみたいに身体が軽やかに動くのだ。疲労感ゼロ、血の巡りがめちゃくちゃ良くなった感じ。今なら空だって飛べちゃうかも……嘘、流石にそれは無理だ。でも、そんなことを考えてしまうくらい身体が軽いのは確かだ。ぐるぐると肩を回せば、凝りなんて一切感じられない。たった一晩でここまで良くなるものなのかと驚愕する。


「私は早朝演習に向かうが、ツバキは?」

「一緒に行きます」

「分かった。外で待っているから、慌てないで着替えてきてくれ」


……そういえばまだパジャマだったね。

くしゃりと頭を撫でて寝室から出ていったギルバート様を見送り着替えを済まして、最後にもう一度伸びをしてから部屋を出た。

うん、今日は良い日になりそうだ。






それから一週間後、宰相様から私宛のメッセージカードを預かったアレックス団長がギルバート様の執務室にやってきた。宰相様からのメッセージカードはしばらく貰っていなかったが、今回はどうしたのだろうか。

渡されたカードに書かれた文を要約すれば、「絵里奈に食事を作ってほしい」とのことだった。

アレックス団長曰く、絵里奈は毒で倒れてから食事を摂っていないらしい。正確にいえば「誰かが作った食事」を、だ。現在絵里奈が口にしているのはそのままでも食べられる野菜類・果物類だけで、お茶などにも一切口をつけずに魔法で出した水のみを飲んで過ごしているという。……というのが表向きの姿で。


「この前貰った菓子、美味しいって言ってたぞ」


にっこり笑ったアレックス団長は、そう言いながら机の上にあるクッキーに手を伸ばす。山盛りに作られたアイスボックスクッキーはプレーンと紅茶の茶葉入りの2種類だ。先ほど焼きあがったばかりでまだほんのりと温かいクッキーは、久々に作った割に上手くできていると思う。


(絵里奈に渡していたのか、あのパウンドケーキ)


確かに、ここに来て一か月を過ぎたくらいの時に料理長と話すようになって、それからはたまーにだけれど厨房の一角を間借りしてちょっとした軽食やお菓子を作っていたけれど……。この間ふらっと執務室を訪れたアレックス団長は、私が作ったパウンドケーキを何切れかハンカチに包んで持って帰ってしまったのだ。まさかそれが絵里奈の元まで流れているなどとは思うまい。


そんなアレックス団長は関係者以外面会謝絶状態の絵里奈のもとに単身で乗り込み、”雑談”したらしい。


「あー、ん”んっ。うちで預かってるやつが、最近厨房の料理長と仲良くなったみたいでなー? たまにだがそこで料理や菓子を作っていると聞いているんだよなー」


実際には聞いているどころか食べてるんですけどね。

そして団長と入れ違いで宰相様が絵里奈のもとを訪ねたという。そして帰り際、絵里奈にこう尋ねたのだ。


”今、食べたいものは何かないか?”


それに絵里奈は答えた。


”…椿ちゃんのご飯が食べたい”


こうして宰相様から依頼を出されるに至ったわけだ。なるほどね………。

これもしかしなくてもアレックス団長と宰相様と絵里奈、裏で打ち合わせでもした?タイミング良すぎない?


「まぁ、会えるんならいっか」


絵里奈に会うのは3日後。その日は腕によりをかけて美味しいご飯を作ってあげよう。







その日の夜の事。いつものように髪を乾かしてもらって寝室に向かおうとしたところで、ギルバート様が頷いた。


「今日は大丈夫そうだな」

「そうですか?」


あの日からずっと、私はギルバート様の部屋で寝起きしていた。

どうにも私の身体は夜に魔力が乱れるのが癖になってしまったようで、その日の晩にはまた循環が必要なくらい酷い有様だったらしい。朝起きた時からあれだけ調子が良かったのに? とは思ったが、自分の魔力の状態が分からない以上、分かる人の言うことは聞くべきだ。一晩やって良くならないのであれば長期戦だな……と呟いたギルバート様の言葉通り、一週間経ってやっと魔力の流れが落ち着いたようだった。

また魔力が乱れまくった時は、ギルバート様と一緒におねんねコースに戻ることになる。

ギルバート様曰く、日中のわずかな時間に乱れを整えるよりも、身体を密着させて一気に宥めた方がより長い時間魔力を整えることができるのだそうだ。たしかに、直接触れた方が魔力の通りが良いのだろう。私には感じられないが、一緒に眠るようになってから私の体調は良い状態をキープしている。

それに加えて、抱きしめられている安心感とか、ギルバート様の腕の重みとかが良い感じに眠気を誘ってきて……毎日ぐっすり眠ることが出来ている。魔力のどうこうは分からないが、毎日快眠ってかなり凄いことではないだろうか。

少し惜しい気もしたが、ずっとギルバート様の手を煩わせるわけにはいかない。


「おやすみ、良い夢を」

「おやすみなさい、ギルバート様」


最近は着替えるためだけに帰っているようなものだったから、自分の部屋だというのに見慣れない感じがして変な気分になった。


(布団ってこんなに冷たいものだったっけ?)


久しぶりに一人で眠るベッドは、記憶のものよりも幾分も冷たい。

足先がひんやりする布団。いつまで経っても来ない眠気。何度も寝返りを打つうちにだんだんと布団の中は温まっていくが、ギルバート様と一緒に眠っていた時のすとんと眠りに落ちるあの感覚が忘れられなかった。


(大丈夫、寝られるはず。今まで一人で寝れたんだから…)


無理やり目を瞑って、羊を数えながら眠る。100匹を超えたあたりでやめてしまったが、なんとか眠りにつくことは出来たようだ。おかげさまで変な夢を見たような気もするけど、目が覚めた瞬間に忘れてしまった。

ただ、その日の体調は、すこぶる悪かったとだけ言っておこう。




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