19:安眠のために
本年もよろしくお願いします。
前半椿視点、後半ギルバート視点
~椿side~
「…今夜はこの部屋に泊まっていけ」
ギルバート様の口から出てきた言葉の意味が私には理解できなかった。
泊っていけって、どういう意味だったっけ。
え?ていうか本当に泊っていけって言ったの?それとも私の聞き間違い?
「えっと……、私が、ギルバート様の部屋に泊まるんですか…?」
「そう言っている」
どうやら私の聞き間違いではなかったようだ。
なぜ突然そんなことを言い出したのか、さっぱり見当もつかない。
未だに掴まれたままの手首は湯冷めしていたのか思ったよりも冷えていた様で、ギルバート様の体温で再び温かくなっていく。
「………なんでですか?」
「ツバキ。お前は気付いていないかもしれないが、先ほどからずっと魔力が波立っているんだ。そのままでは碌に休むこともできないはずだ」
魔力が波立っているとか言われても……自分ではよく分からない。それがなんだというのだろうか。
ギルバート様の説明によれば。
魔力の乱れは魔法の乱れ、精神の乱れは魔法の乱れに直結する。感情の乱れによって魔力の流れも乱れるし、逆もしかり。乱れた状態が長く続けば、心身ともに疲弊してしまう。
魔力というのは、常に身体の中を巡っているものだ。血液と同じように、全身を巡って、魔力の器と呼ばれる場所にほとんどの魔力は留まり続ける。常にゆっくりと全身を巡っているのが正常な状態だという。
そんな世界で、今、私の体の中にあるごく僅かな魔力は乱れに乱れまくっているらしい。
私の場合、全身を巡って尚余るほどの魔力はないため、常にぐるぐると同じ量の魔力が休む間もなく巡っているのが通常の状態……らしい。自分ではよく分からないが、要するに「魔力が興奮状態だと身体もそれにつられて興奮状態=寝られん」ってことですね?
魔力が波立っているということはつまり、それだけ魔力暴走を起こしやすくなっているということだ。
魔力暴走っていうのは、魔力が自分の制御下から外れてしまうこと。普段は体内に納まっているはずの魔力まで全部外に出ちゃうから、魔力暴走を起こすと命の危険があるということだ。
どうやら私の魔力は、どれだけギルバート様が流し込んでも貯まらないらしい。流れるには流れるのだが、一向に増える気配がない。へぇ、いつの間に魔力流してたんだろ?全然気づかなかった。
ともかく、魔法も魔力も使わない代わりに、私の体内魔力は増えないし減りもしないとのこと。魔力が増えれば暴走したとしても対処する猶予が出来るが、それも難しい。一瞬でも暴走してしまえば……助かる見込みはゼロに等しくなる。
「最近、あまり眠れていないのではないか?」
ふと、説明の流れでそんなことを聞かれた。
確かに最近、寝起きが悪かったり、あんまり疲れが取れていないような感じがしたけど。もともとの生活リズムとは違った生活を送っているせいだとばかり思っていた。けど、もしかして、魔力の所為だったの?
「自覚はあったのか」
「……」
無言でいた私を肯定したと受け取ったギルバート様は、眉間にぐっと皺を寄せて囁くように呟いた。その眼差しは普段のギルバート様よりも弱弱しくて、何だかこちらが不安になってくる。
「不調は隠さないで、ちゃんと伝えてくれ。……お前が心配なんだ」
そう言われて、私はただ頷くことしかできなかった。
…切実に懇願されて、否やを唱えられるような人間じゃないんだよ、私は。
日常生活を送っているうえで多少の乱れは許容範囲だというのだけれど、ここ最近の私は、乱れに乱れた魔力のせいで寝ている間も身体が活動状態になっていたらしい。それゆえに、疲れがたまり、疲れていることで感情が乱れやすくなり、魔力も乱れるという悪循環に……。
これまでは日中のわずかな時間や、髪を乾かしている間などにギルバート様が魔力を整えてくれていたことで一応何とかなっていた(例に漏れず私は何も知らなかったが…)。そこに今日の出来事が起こってしまって、いよいよこれは強硬手段に出るしかないとギルバート様は考えたようだった。
「具体的に何をするんですか?」
「私の魔力をツバキの体に流す。おそらくそれだけでは魔力の乱れは良くならないだろうから、私が魔力を誘導して波立った魔力を宥めるんだ」
魔力のアシストとか、そういうことって出来るんだ……すごいなぁ、魔法がある世界って。
魔力を流すためには、ある程度身体を密着させていた方が効率が良いらしい。そして、魔力が落ち着いてきたら眠気が襲ってくるはずだから、最初から横になった状態でやるのが体に負担がかからないのだとか。
つまり、私は今日、ギルバート様に抱きしめられながら眠るということだ。
………え?マジで言ってる?
「疚しいことは一切しない」
「いや、そこについては心配していませんが…」
これまで数か月間、毎日のようにギルバート様の部屋に来て髪を乾かしてもらって、その間に何か嫌なことをされたことは一度もない。
最初の数回は何も考えていなかった。というより考える余裕がなかった。数日経ってから危機感が芽生えた。
自分よりも遥かに体格が良い男性相手に、力で敵うとは思えない。
夜中に異性の部屋を訪ねる意味も、危険性も、分からない歳じゃない。
でもギルバート様は、何もしてこなかった。
私が警戒しているのに気づいていたはずなのに、それを咎めたりせず。
必要以上に体に触れることもなく、ある程度の距離を保ってくれた。
部屋に引き留めることをせずに、毎回部屋まで送り届けてくれた。
私が嫌だと思うことは一切しないで、いつも私を気遣ってくれた。
そういったことの積み重ねで、私はギルバート様を信頼するようになった。
…ギルバート様に甘えている自覚はある。けれど、彼がそれを「良し」としているうちは、もう少しだけ甘えさせてもらおうと思う。
「ギルバート様は、大丈夫なんですか?疲れ取れないんじゃ……」
「心配するな。魔力で誘導するといっても最初だけだ。上手く軌道に乗ればあとは自然と魔力が動くから、十分に休むことが出来る」
「…そうなんですか?」
「あぁ。…だからお前も、気にせずに眠れ」
ギルバート様の使っているベッドは私の部屋のものよりも少し大きめだった。きっと彼の体格に合わせた大きさのものを使っているのだろう。見たところ二人でも十分な広さがあると思ったのだが、並んで横になるとやや手狭に感じた。
ランプの明かりを消す間際、目の前に見えるギルバート様の顔が思ったよりも近くてびっくりした。
暗闇の中、ギルバート様に抱きしめられる。
ふわりと漂ってくるのはギルバート様が使っている香油の香りだ。控えめなハーブっぽい香りのそれは、ギルバート様に良く似合っている。
「………」
女友達とハグしたりとかはよくあったけど、それとは全く違う。なんというか、全体的に硬いのだ。
服の上からでは分かりづらいけど、ギルバート様は毎日鍛えているだけあって全体的に筋肉がついた均整な体つきをしている。流石騎士様だ。
しっかり筋肉のついた胸板に触れれば、確かな弾力が返ってくる。きっと腹筋もバキバキに割れているんだろう。
「…こら。いたずらはその辺でやめてくれ」
「すみません……つい……」
先ほどよりもしっかりと抱きしめられたせいで身動きが出来なくなった。だが不思議と圧迫感は無く、ただひたすらに包まれているぬくもりを享受していた。
大きい身体に包まれてるみたい…というか、実際ギルバート様の体格では私の体なんてすっぽりと覆われてしまうのだ。
ギルバート様の体格とか、体温とか、いい匂いするなぁ…とか。そんなことばかり考えているうちになんだか恥ずかしくなってきてしまって、ぎゅっと目を瞑った。
「大丈夫だ。何もしない」
それは分かっている。分かってはいても、気恥ずかしさはなくなるものじゃない。
ドキドキして寝るどころじゃないと思っていたけど、ギルバート様の説明通りすぐに眠気は襲ってきて。数分もしないうちに、私は夢の世界へと旅立っていたのだった。
「何もしない。……今は、まだ」
~ギルバートside~
すぅすぅ、と規則正しい寝息を立てるツバキに気付かれぬよう、そっと胸を撫でおろした。
魔力の循環は彼女の髪を乾かしている間も行っていたが、今日はそれだけでは整えることが出来ずに、仕方なく自身のベッドへとツバキを誘った。……唐突だった故、かなり驚かせてしまったようだが。
朝、執務室に向かっている途中ですれ違った侍女たちの話を耳にしたツバキが、感情を大きく揺れ動かしたことに私は気づいていた。部屋に入るなり険しい顔をしたツバキが殺気とともに問いかけるのを受け止め、ツバキの疑問に答えていく。そのうちにも、体内の魔力は大きく暴れまわっているようで、己の魔力を使って宥めていけば、ツバキの魔力はすんなりと言うことを聞いていつもの凪のような穏やかな状態に収まっていった。もともとツバキは感情の制御が上手いらしく日中にここまで大きく魔力を揺らがせることはなかったのだが、やはりエリナ殿の危機を知ることが出来なかったという点が、ツバキにとって衝撃的なことであったのだろう。
──たった一人の、親友なんです。もう戻れない故郷を語り合える、唯一の。
そう呟いたツバキの顔が頭から離れない。
成人前だろう子供が、知らぬ土地で独りになる。周りにいる人間も知らない人ばかりで、共に来た友人は会いたくても会えない場所に居る。
それがどれだけ心細いことか。
普段そういった弱音を全く表に出さないツバキだからこそ、今日の落ち込んだ姿に胸が締め付けられるようだった。
(どうにも歯がゆいな…、何もできないというのは)
大切なものが苦しんでいるというのに、何もできないのは斯くも落ち着かない気分になるものだったかと思う。そして、彼女の大切なもの、というのが自分ではないということにも、些か落ち着かない気分にさせられる。
彼女の心を満たせるのは、現状、私ではないのだ。
そう考えた瞬間、確かに感じた悋気に我ながら嫌気が差す。
彼女はまだ、私のものではないというのに。
(…やめだ。こんなことを考えていても不毛なだけだ)
おそらくツバキは魔力を「視る」ことは出来ても、「感知する」ことは出来ていないのではないかと当りを付けている。そんな彼女に、自分の魔力を制御して整えろと言っても無理な話だ。そもそも、魔力の器と私達が呼んでいる、体内で魔力が作られ最も集中している部分がツバキの身体には見当たらないのだから、上手いように魔力を収めることが出来ずとも仕方のないことだった。
(さて、あの人に頼んでみるか…)
ツバキを起こさぬよう慎重に魔法を使って伝言を飛ばせば、しばらくののちに了承の意を伝える返事が返ってきた。
腕の中に居る愛おしい存在は、少しでも腕の力を強めれば壊れてしまいそうなほど柔く華奢だ。
そんな彼女の心の愁いは、全て私が晴らしてやりたい。伝言はそのための手段の一つに過ぎない。
「……、ん………」
楽な姿勢を取るために身体が動いたのだろう。私との身体の間に挟まれるようにしていた片腕が、私の脇腹を通って背中へと回されている。温もりを求めるように身じろぎしたツバキは、納まりのいい場所を見つけたのか再び規則正しい寝息を立てて眠っている。
そんな彼女の安眠を妨害しないためにも、私も寝るとしよう。
(おやすみ、ツバキ。いい夢を)
”私の愛しい唯一が、親友に会いたいと嘆いている。
願いをかなえるため、協力をお願いしたい。
ギルバート”
※ギルバートは椿のことを14~15歳くらいの女の子だと思ってます。
(椿、19歳)




