16:周りの視線が痛いです
長らくお待たせいたしました。
朝市を存分に楽しみ昼食も食べ終えてギルバート様に連れてこられたのは、貴族街と呼ばれる場所と平民街と呼ばれる場所の貴族街寄りに店を構えた服飾店だった。
カランコロンと軽やかな音を鳴らしたベルに反応したのは、優しそうな女性だった。チェリーブラウンの髪の毛は緩く束ねられ、髪色よりも少し濃いめのレッドブラウンの瞳は芯の強さを思わせた。その瞳が柔らかく細められ、私達は笑顔で迎え入れられた。
「いらっしゃいませ」
ぺこりとお辞儀をした後フードを取っても良いのかギルバート様に目配せをすると、彼は1つ頷いてその手でフードを外した。肩から滑り落ちた黒髪は、今日も首の後ろで一つにまとめられている。
店員さんは一瞬目を見開いたようだったが、すぐに人好きのする笑顔で近づいてきた。
「私はオリヴィア・コックスフォード。この店の店主よ」
「初めまして、柳本椿です。椿、がファーストネームなのでどうぞそちらでお呼びください」
「ツバキちゃんね!話を聞いてからと~~~っても会いたかったわ!!」
「話……?」
「この人は団長の奥方だ。諸々の事情は通してある」
つまり、私が異世界から来たことを知っているってこと?
箝口令布かれたとか聞いたけどそれって大丈夫なんですかね……まぁ、きっと大丈夫なんでしょう。事情を知らなかったらこっちも何言っていいか分かんなくなるし。
今日はここで服一式を購入する予定だ。ランジェリーも取り扱ってて、なおかつ私の事情を教えることが出来るのがここの店主オリヴィアさんだったというわけだ。
「さぁさぁ、貴女はこっちよ」
「えっ、ぅわっ」
やや強引に連れていかれたのは、店の奥にあるフィッティングルーム的な空間だった。広々……とまでは言えないが十分な広さを確保してあるそこには全身鏡と従業員らしい女性が数人待機していた。
「とりあえず、脱ぎましょうか」
言うが早いか数人のお針子さんはそれはもう手際よく私の服を取り去っていく。あっという間に脱がされ色々な所を測られ気付いた時には可愛らしいワンピースを着せられていた。中には肌着──シュミーズとよばれる肌触りのいい薄手のワンピースみたいなもの──を身に着けている。肌着は裾の部分にレース編みが付いていて、花の形を象ったそれが繊細で美しかった。
濃い目の青紫地に銀糸の刺繍が施されたワンピースは、落ち着いた印象ながらもとても可愛らしい品だった。刺繍のモチーフになっているのは葡萄の蔦のような植物模様で、涼し気な色合いがとても綺麗だ。……こちらの世界に来て、まともに女の子の格好をしたのはこれが初めてかもしれない。
「…可愛い」
「素材が良いからよ」
ぽつりと呟いたのを聞き逃さなかった店主はにんまりと良い笑顔をしていた。
膝が隠れる着丈のワンピースは、腰の部分に共布のベルトが巻かれていて後ろで結ぶと大きめのリボンが出来てそれも可愛かった。むしろ私が着るには可愛すぎるんじゃないか?とも思ったが、プロの見立てに間違いはないだろうと自身を納得させた。
店主のオリヴィアさんはとても話し上手・聞き上手な人で、色々教えてくれたし「悩みがあればなんでも相談して!」と、とても頼りになる人だった。
そんなオリヴィアさんが渡してくれたのは、ギリギリ両手で持てる大きさの箱だった。
「これは、魔道具ですか」
「そう。手動の小型洗濯機なんだけど、ツバキちゃんが住んでるのって騎士団宿舎でしょう?肌着は繊細なものも多いし、宿舎内の洗濯物をまとめているのは騎士なのよね……いくら袋に入れて渡すからってちょっと嫌じゃない?」
宿舎に住んでいるのは男性のみ(そもそも魔法騎士は男性しかいない)なので、洗濯物は各自の袋(ランドリーネットと同じように使える布袋だ)に入れて担当の騎士がランドリーメイドに渡すシステムなのだ。
これはめちゃめちゃありがたい。
話しついでにいくつか服の型を教えてみた。ブラウスの形から始まりスカート、ワンピース、ボトムスなど……教えたといっても型紙に起こしたりは出来ないので完成形を紙に書いて見せるというやり方だけど。それでもオリヴィアさんたちには垂涎ものみたいだった。
この国、というかこの世界では普段使いの下着といえばシュミーズだ。それ以外となればビスチェタイプのコルセットしかないと判明した。シュミーズは胸の下に切り替えがあるものの少し心もとない気がするしワンピースタイプなので私は普段使いできないし、ビスチェはコルセットなので当然苦しい。いずれこの世界でもコルセットが骨を変形させるとか健康問題につながるとか、そういったことで廃止されるのを願っている。
そもそもの話、今の私は「突然魔法騎士団に現れた謎の少年」ということになっているので、胸を寄せたり上げたりは出来ない。
ということで、胸潰しインナーの作成をお願いした。「こんな感じのやつ」というふんわりしたイメージに自信満々で頷いてくれたオリヴィアさんは流石だと思う。
話し終えた後は店内を一通り見て、追加で肌着や寝間着などを色々買い足して店外で待っているギルバート様のところに戻る。
ちなみにこのワンピースはギルバート様がご購入済みだったらしいです。本当にありがとうございます。…なんか今日貰ってばかりな気がするなぁ。
「お待たせしました」
店舗の入り口付近で腕組みをして待っていたギルバート様に声を掛ける。結構待たせてしまったけど大丈夫だっただろうか。そんなことを考えながらギルバート様に近づき、ワンピースの裾をひらひらとさせて見せる。
「どうでしょうか?」
「……似合ってる」
そう言ってすぐに目を逸らされてしまった。
え、本当に似合ってるんだよな、これ?
不安な面持ちでギルバート様の顔を見つめていると、店外まで見送りに来てくれたオリヴィアさんが「珍しいこともあるのね、あの氷の騎士様が照れてるなんて」と呟いた。え?これ照れてる反応なの?
「あの、ワンピース…ありがとうございます。すごく可愛いです」
「いや、気に入ってくれたなら良い」
襟元の刺繍がこれまた繊細でそれも見て欲しかったのだが、いかんせんここは黒髪黒目が聖女の条件となる世界。無駄な注目を避けるためにもきちんとフードは被らなくては。まぁ誰もこっちのことなんて気にしないでしょう。
そう思った時もありました。
「………」
最初はフードを被ってるせいで悪目立ちしているのかと思った。が、その視線が主に女性……おそらく結婚適齢期あたりの若い女性だと気付いてからは、それは違うのだと分かった。
あ~~~痛い痛い、道行くご令嬢方の視線が痛いな~~~。
遠巻きにしながらもひそひそと話しているのが見てわかる。おい誰だ「隣に居るのはまだ子供じゃないの」とか「氷の騎士様って幼女趣味だったのね……」とか言ってるやつ。喧嘩なら買うぞ??私がチビなんじゃなくてこの国の人がでかいんだよ。ていうかごめんなさいギルバート様、私の所為で幼女趣味にされかけてます。
「…凄い見られてませんか、ギルバート様」
「気にするな、いつもの事だ」
周りを伺うと、大勢の人がギルバート様を見つめている。……9割が女性なのは仕方ない。ギルバート様カッコいいもんね。
そんなこんなで大通りを練り歩きながら、私達は買い物を続けた。
途中でせっけん類が売っている店にも寄ってもらって、色々物色して、良い香りのするせっけんとこれまたいい匂いのする精油やオイルもいくつか購入した。このお店は先ほどオリヴィアさんに教えて貰ったお店で使い心地も安全性もピカイチらしい。その分ちょっとお値段は高め。
他にも気になったお店を眺めたり色んなお店を見て回ったりして予定よりも多くの買い物をした。
「ギルバート様、今日はありがとうございます」
「楽しんでくれたか?」
「はい!もちろんです。…ギルバート様はどうでした?」
「私もだ」
また連れてきてくださいね、そう言って小指を差し出せば、ギルバート様も同じ形にして今度は彼の方から指を絡めてくる。それを緩く振りながら指切りをして、次の約束を交わした。
いい買い物が出来てほくほくした気分で私達は帰路に就いた。