1:あなたは喚んでいないのだが
初投稿です。
ちまちま更新していきたいと思います。
よろしくお願いします。
2024.01.08 編集
「せ、成功したぞ……!!!!!」
思わず耳を塞いでしまいたくなるほどの歓声。薄っすらと目を開けると、視界を埋め尽くさんばかりの人、人、人。
いや、ここどこ?
ついさっきまで演劇部の控室に居たはず、で……。
あぁ、そうだ。なんかよく分からないけど白い光に包まれて、ぐるぐる視界が回って、目が覚めたら……というか気付いたときにはここで寝ていた。
寝そべっていた姿勢から上体だけをゆっくり起こす。軽い貧血状態みたいで力が入らないが、特に外傷は見当たらない。下は大理石のようでなにやら不思議な模様が描かれていた。これは………魔法陣的なアレだろうか。
辺りを見渡せば困惑した様子の女の子──川口 絵里奈──がいた。
「まさに伝承通りのお姿……。黒目…ではないようだが、うむ、過去には茶色の瞳を持った者もいたようだしな。間違いない!この方こそ、我らが国を救う聖女様だ!!!」
「えっ………?」
神官(仮)の宣言に周りはより一層歓声を上げるが、当の本人は突然の事に頭が追い付いていないようで、ぽかん、と口が半開きになっている。
そこに歩みを進めるのは白と金と赤の煌びやかな衣装を着こなした、赤茶色の髪にエメラルドの瞳を持つ男性だ。
「突然の事で驚くのも無理はない。私はこの国の第一王子、グレイアム・ディ・アルトレッド。君の名前は?」
「あ、私は、川口絵里奈です……」
「カワグチ、エリナ……エリナ、がファーストネームでよかっただろうか」
「!っはい、そうです」
「うん、今代の聖女は名前の響きも美しいんだね」
うっとりとこの世の中で一番愛おしいものを見つけた、みたいな視線を目の前の女性に浴びせる第一王子は、周りの騎士(?)とか神官(?)やらに指示を飛ばした後、輝かしい笑顔で手を差し出す。
──その女の子、あなたの行動に若干引いてますよ!!
急に訳の分からないことを言われて絵里奈が戸惑っているのが分かる。なんなら恐怖すら感じているようだが、それでも絵里奈は国家権力に逆らうことはできない様子で(いや、できれば私も逆らいたくはない)、しきりにこちらに助けを求めるような視線を送っている。
助け船、出してみるか。
「こほん。」
……わざとらしい咳ばらいをしてもこの国の第一王子にはいまいち効果はなかった!残念!
「あの、すみません」
不敬罪とかで首跳ねられたりしませんように。そう祈りつつ、けれど相手にしっかりと聞こえるように腹から声を出した結果。
この国の第一王子とやらは、たった今気付いたかのように私を一瞥する。
その瞳は先ほど絵里奈を見ていたものと同じ瞳とは思えない程、冷めきった色をしていた。
「……君は?」
うわ、声まで冷たい。
「そちらにいる聖女様(?)の同郷の者です」
「……貴方は喚んでいないのだが」
でしょうね。
たっぷりと沈黙を保ってから伝えられたのは「お呼びでない」という言葉だった。
これっていわゆる聖女召喚の儀ってやつで。状況的にたぶん私は巻き込まれた一般人、なんだと思う。
いや~~まさか自分が巷で噂の異世界召喚の当事者(仮)になってしまうとは………あはは、もう笑うしかないね。
「これ元の世界?に戻る方法ってないんですか」
「残念だがないな。諦めてくれ」
あっさり言ってくれるじゃん。
てかそれって拉致じゃん。拉致か誘拐じゃん、そんなの。やばくない?やばいよ。
そんなことを脳内フル回転で考えていた結果、意図せず第一王子と見つめ合っていたようで、彼は大きなため息をついて大きな爆弾を投下した。
「部外者はさっさと立ち去ってくれないか?」
「は…………?」
苛立たし気にこちらを睨みつける第一王子に、どよめきが起こった。……さすがに私を可哀想に思ったのか同情の目が向けられる。
同情するなら助けてくれよ。
そんな願いも虚しく、第一王子は絵里奈を連れて(ついでに騎士もたくさん引き連れて)早々に奥に引っ込もうとしている。残った騎士(?)は、私の扱いに困っているようで、戸惑いの視線を王子の背中に向けていた。
これってもしかして追放されちゃう系ですか?
…………いやいやいや嘘でしょう???いきなり異世界に(巻き込まれただけだけど)連れてこられて後はポイ??流石にそれは無慈悲すぎない!?
ただ呆然とするしかなかった私の後ろ側から、コツコツと革靴の音が聞こえる。
「では私達の方で預からせて頂いても?」
「かまわん、好きにしろ」
救世主(仮)は燃えるような赤い髪の毛を持つ御仁だった。
(あ、目の色も綺麗な赤色だ)
ぱちりと合った瞳もこれはこれは綺麗な赤色だった。
「ッ椿ちゃん……!」
第一王子と護衛の騎士たちに囲まれて涙を浮かべつつ私の名前を呼ぶ絵里奈。
不安気な彼女を安心させようと、私は笑顔を向けた。めっちゃ頬っぺた引きつってた気がするけど、まぁ、ともかく。
流石に聖女『様』って言われるくらいだしあの子の衣食住は確保されるでしょう。
彼女の姿が見えなくなるまで待ってくれていた赤髪の御仁は、濃紫のマントを翻して第一王子御一行とは真反対──王宮の外──に足を向けた。
向かう先には鬼が出るのか蛇が出るのか。
…せめて命の危険がないところだといいなぁ。
そんなことを考えながら、私は異世界での第一歩を踏み出した。