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私はここにいる



 そのまま帰るか悩んで、でもこのまま帰るのはよくないと思った私は、心を落ち着けるために庭園を歩くことにした。


 ここも彼とよく歩いた。ロイと婚約してからはロイとも。


 まだ皆が揃ってた頃は、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。

 私はどこまでも彼が好きだったし、ロイのことは本当に可愛い弟だと思っていた。

 義姉と義弟という関係から、婚約者になるなんて思いも寄らなかった。



「リリー!」



 バタバタと足音が聞こえて振り返ると、ロイが息を切らしながら走ってきた。



「良かった……ここにいたんですね」


「うん」



 素直で内気で可愛かったロイ。私の将来弟になるはずだった子。

 でもいつの間にか、私の背を越してしっかりとした体付きになった。



「帰ったのかと思ったけど、馬車はあるし御者もリリーの姿を見てないと言うし……」


「うん」



 声も低くなって、内気な性格は鳴りを潜めた。たった一人で、家のことも兄の思いも、私のことすら背負おうとしてくれている頼もしくて優しい人に成長した。



「リリー……手紙に書いてあったことですが」



 昔から私を姉と慕ってくれていた。今は彼の大切な人として、同じように大事にしてくれている。

 ……こんなにも優しい人を、いつまでも縛られない。



「婚約を解消しましょう」



 ロイが言い終わる前にそう告げると、息を呑む音が聞こえてきた。



「な、何を言ってるんですか」


「もういいのよロイ。私はもう大丈夫だから、自分を犠牲にしないで」



 私はもう十分過ぎるほど大切にしてもらった。彼のことを共に話すことで、気持ちの整理を付けることが出来た。

 この記憶を胸にこれからも前を向いて生きていける。


 だから、ロイには幸せになって欲しい。



「手紙を勝手に読んでしまってごめんなさい。彼の最後の願いだから、私を婚約者にしてくれたのよね。でも、私はもう大丈夫よ。もう蹲らない。立って前を向いて歩けるわ」



 何故か胸が痛むけれど、それを無視する。

 今までありがとうと言おうとした時、体がふわりとロイの腕に包まれた。

 まるで壊れ物を扱うようなその腕に、私は喉が詰まる。



「そんなこと言わないで下さい……」



 ロイの震える声が耳元で聞こえる。



「兄上の手紙には確かに『リリー』を頼むと書いていました」


「だから私と婚約をしてーー」


「違うんです!」



 ロイの大声に体がびくりと驚いて跳ねる。

 そんな私の様子に気付かず、ロイは焦ったように言葉を続けた。



「俺は、俺は本当にリリーが好きなんです。愛しているんです! あなたは姉を慕うような気持ちだと思っているのかもしれませんが、違います。ずっとずっと、本当に好きだった!」



 その叫びにも似た言葉に、息をするのすら憚られるようで。私はただただ息を詰めてロイの言葉を聞いていた。



「兄上と幸せになって欲しかったのも本心です。でも、兄上の手紙を読んで、俺にもあなたとの未来があると気付いて歓喜したんです」



 声の震えは体中に広がっていた。あまりの震えに、その身を引き裂かれる程の罪悪感に苛まれているのであろうことが窺える。



「何て浅はかで、身勝手なんだと思いました。それでも俺はあなたを諦められなかった! だから、せめて兄上の代わりになれれば……っ」



 最後の言葉は、声になっていなかった。

 それでも私は胸にあった違和感が消えていくような感覚を覚えいた。



「だから彼のように笑っていたのね」



 彼は太陽のように笑うけど、ロイは海のように穏やかに笑うからおかしいなと思っていた。そう言えば、ロイはパッと顔を上げた。


 ロイにたまに覚える違和感の正体は、彼のようになろうというものだったのだ。

 それはきっと、私のためでも、自分のためでもあったのだ。



「あなたもずっと苦しんでいたのに、自分のことばかりでごめんなさい」



 ロイは彼のように振る舞うことで、自分を守ってきたのだろうと思う。

 それなのに、私は自分の辛さばかりに目を向けて、違和感があったくせにそれを放置していた。

 そのせいで、ロイがさらに深く傷付いてるとも知らずに。



「彼のように笑わなくていいのよ。私はあなたに彼を重ねたことなんて一度もないもの。私はロイの穏やかな笑顔が昔から好きなのよ」



 目を合わせて心からの言葉を伝えると、ロイの顔がくしゃりと歪んだ。その辛そうな表情を見ていると、私まで辛くなる。



「リリーは昔から、内気で弱虫な俺にそうやって声をかけてくれました。俺の嫌いな俺のことを、全部良いように言ってくれるんです」


「あなたは確かに内気ではあったけど、弱虫じゃなかったわ」


「そういう言葉です。それに俺がどれだけ救われたか……」



 大袈裟ではないかと思わず首を傾げてしまうが、ロイに苦笑されてしまった。

 しかし、次の瞬間には真剣な表情で私の瞳を見つめる。



「何でもないように温かい言葉を掛けてくれるあなたの優しさが好きです。兄上と一緒に、俺を明るい所に連れ出してくれるあなたの明るさが好きでした。一途に兄上を想って、そのために努力をするあなたも好きでした」



 ロイの愛の告白は、一つ一つを宝物のように大切に言葉を紡いでいるのが伝わる。



「あなたの幸せそうな笑顔が何よりも好きです。こんなにも胸が苦しくなる程あなたを愛しているんです」


「だから、婚約解消なんて言わないで下さい。俺の側にいて、リリー」



 最後まで言い切ると、ロイはまた私のことを抱きしめた。今度は、少し強く。しかし、遠慮がちに。


 ロイにそこまで愛されていたなんて、気付いてもいなかった。

 勝手なフィルターを掛けて、彼を亡くしたお互いのためにしているだけだと、傷の舐め合いをしているだけだと考えていた。


 それなのに、ロイに好かれていないと思って傷付いたこともあった。


 ロイに抱きしめられながら、瞼を閉じる。

 そして、自分の気持ちと向き合った。



「ロイ、ありがとう」



 ロイへの感謝。それが一番の感情だった。

 弱い私を支えてくれてありがとう。前を向かせてくれてありがとう。大切にしてくれてありがとう。


 二番目は、愛しいという感情。


私の心の中にはいつだって彼が居て、彼への愛で満ち溢れていた。

 ……でも、そうね。いつの間にか彼への愛はそのままに、新しい器が出来てしまっていたみたい。


 その器には、ロイへの愛がどんどん詰まっていた。



「愛は一つじゃないのね」



 きっとこの愛は、いつか彼へのものと同等か、それ以上のものに育つのだと、不意にそう思った。



「リリー?」



 顔を上げて不思議そうな顔をしているロイを見て、口元が緩むのを感じる。

 眉毛が下がっているのが、昔のロイを思い出させて、変わらないものもあるのだとは安堵した。



「私も愛してるわ、ロイ」



 私の口からは、するりと愛の言葉が出ていた。

 不思議な程心は凪いでいる。



「リリー……でも、リリー」


「もちろん彼のことも心から愛してるわ。これは一生変わらないと思う。それでも、あなたも愛してしまったの。どうしようもない程愛しいと思ってしまったの」



 それではいけないかしら?

 そう問い掛けると、首を横に振るロイ。何が起きたのか分からないという顔をしていて、こんな時なのに少し面白い。



「俺……俺、一生リリーには愛してもらえないと思っていた。それでも側にいられるならそれでいいと……」



 ロイの瞳から、ぽろりと涙が一粒落ちてきた。

 その涙が綺麗で思わず見惚れてしまう。



「本当に俺でいいんですか?」


「あなたじゃなきゃ駄目なのよ、ロイ」


「――ああ! リリー!」



 私の言葉を聞くなり、ロイはぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめてきた。感激のあまり力加減ができなかったらしい。

 私もその背に手を回したことで、さらに力が強くなったことは言うまでもない。







 私たちは大切なモノを失った。

 でも、大切なモノを手に入れた。


 私たちはこれから何度でも何かを失い、何かを手に入れるんだろう。

 それが、生きているということだと今なら分かる。


 さようなら大切な人。

 もうここにはいないあなた。



 『リリー。幸せになるんだぞ!』



 ――ああ。やっと彼の声が聞こえた。


 私はここにいる。いつかあなたに会える日まで。




お読み頂きありがとうございました!

久しぶりに書いたので拙い所も多々あったとは思いますが、楽しく書けました。

今後のやる気に繋がるので、よろしければブックマークや↓にある⭐︎で応援して下さい(^^)


不定期更新にはなりますが、新しく和風ファンタジーのお話をアップしていますので、そちらも読んで頂けると嬉しいです!

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