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歪なふたり




 私は抜け殻のような状態からは脱した。

 前のように必死に勉強やダンスなどをすることはなくなったが、普通に食事をして、読書や刺繍をしてゆったりと過ごしている。


 ほとんどを家で過ごし、毎日彼を想って泣いていたが、少しずつ少しずつ、それも減っていた。

 そして彼の死から1年という時が経った。

 私ももう18歳で、結婚を考えなければいけない。


 本当なら、彼と結婚するはずだった。

 誕生日のその日に結婚しようと珍しく真剣な顔をした彼が可笑しかったのをよく覚えている。

 彼の喪が明ける前から婚約を申し込むような人は御免だが、これからの物には目を通していかなければ。



「――お嬢様、お手紙が届いております」



 ある日、執事から手紙を渡された。それは、ロイからの物だった。

 彼が亡くなってから、多忙を極めているロイとは、あの時を除いて一度も会っていないし連絡すら取っていなかった。



「近い内に訪問したい……どうしたのかしら」



 ロイは私にとっても弟のようなものだった。手紙でお伺いを立てられて、その距離感が少し寂しい。

 だけど、もう彼はいないのだから、これが当たり前の距離なのだ。


 もちろん了承の旨を手紙に認めて、直ぐに出すよう執事に預けた。


 そして、ロイが我が家を訪問したのは、それから1週間後のことだった。




―――――




「お久しぶりです義姉上」


「ロイ! 本当に久しぶりね」



 1年ぶりに会ったロイは、以前とは別人のようになっていた。

 私と同じくらいだったはずの身長が、頭一つ分も高くなっている。内気で兄に憧れていた少年は、キリリとした面持ちで領主然としていた。

 彼に瓜二つだったけれど、雰囲気が全く違っていたはずのロイは、いつの間にか雰囲気まで彼そっくりになっていた。



「大きくなったわね」


「義姉上は小さくなりました」



 そう2人で笑い合う。しかし、その笑顔はお互いに翳っていた。



「仕事の方はどう? 無理してない?」



 私たちは庭園にある四阿でお茶にすることにした。この四阿は、私と彼がよくお茶をしていた思い出の場所だ。泣かずにここに来られるようになるまで、1年近くかかった。


 思えば、ロイはあくまで彼の弟なので、私の家に来たことはほとんどない。

 彼がいつも座っていた場所に、彼そっくりの弟が座ってるのが、何とも不思議で、胸が苦しい。


 それを誤魔化すように、私はお茶を一口飲んでからロイに近状を訊ねた。



「最初はかなり戸惑いましたが、やっと色々なことが落ち着きました」



 そう言って明るい笑顔を見せたロイに彼が重なる。それと同時に、酷い違和感を覚えた。



「兄上がどれほど大変な思いをしていたのかが、始めて分かりました。俺は、自分のことで精一杯で……。兄上は領主の仕事に加え、俺のことを守って、更に騎士になる夢まで叶えて、本当にすごい人だったんだと実感します」


「ロイも頑張ってるわ。あなただってまだ16歳じゃない」



 ロイは苦笑しながら彼のことを話す。

 もう一生会うことの出来ない相手の後ろを追いかけ続けるのは何という苦しみだろう。一生越えることが出来ない壁を見続けるのはどういう気持ちなのだろうか。


 私は慰めにもならない言葉をかけるしか出来なかった。しかし、予想に反してロイはあっけらかんとしていた。



「決して投げやりになってる訳じゃないですよ。ただ、兄上はいつまでも俺の憧れだと再認識しただけです」


「そう……よかった」



 にこりと笑うロイに、やはり違和感がある。

 ロイはこんな風に笑っていただろうか。こんな、まるで彼のような笑顔で。


 しかし、それを指摘することも出来ず、私たちはその後は彼の話題も出さずに、当たり障りのない話を続けた。



「義姉上――いえ、リリー嬢」



 不意に、ロイが私の名を呼んだ。

 今までロイに呼ばれたことのない呼び方に、驚いて顔をパッと上げると、真剣な表情をしたロイが目に入る。



「俺と婚約して下さい。必ず幸せにします」



 あまりにも突然の申し出に驚いて、私は目を見開いた。



「婚約……? ロイと?」



 ロイは一体何を言ってるんだろう。何でそんな話になったのか、訳が分からない。



「俺は、幼い頃から義姉上のことを慕っていました。でも、兄上と一緒にいて幸せそうに笑ってる義姉上が好きだったから、想うだけで良かったんです」



 私の瞳を見つめて真剣に話すロイと、微動だにせずただ話を聞くしかない私。

 でも、とロイは続ける。



「兄上が居なくなってあなたの笑顔は翳ってしまった。俺では力不足かもしれませんが、またあなたの輝く笑顔が見たいんです。今度は、俺が笑顔にしたい」



 ――だから、婚約して下さい。


 終始笑顔を浮かべて言い切ったロイ。

 でも、そんなことできる訳ない。ロイは彼の弟で、彼に似ているけど彼じゃない。でも彼にそっくりだから、ロイの側に居たら、私はきっとロイを彼に重ねて見てしまう。

 そんなの、ロイも私もただただ不幸になるだけだ。



「私……っ」



 断らなければと思うのに、言葉が出てこない。

 彼の大切な弟。私にとってもそうだった。そんなロイを傷付けたくない。



「俺を兄上の代わりにしたって構いません。あなたが幸せになれるなら。――あなたが好きなんです」



 言葉が出ない私の手を取ると、ロイは熱の篭った瞳で見つめてきた。

 私はやっとの思いで声を絞り出す。



「そんなの……幸せになれるはずないわ。だって……歪だもの」


「何を言っているんですか」



 それを聞いたロイは、心底不思議そうに首を傾げた。



「兄上が死んだ時に、とっくに全てが歪んでしまってますよ」



 そう言ってにこりと微笑む姿に、背筋が寒くなった。

 

 そして気付いた。ロイは私に執着しているのだ。


 確かにロイは私を慕ってくれていたが、それはあくまで家族に対するものだったはずだ。

 私が好きなのではなく、彼の婚約者だった私に執着しているだけなのだ。

 唯一、この世で彼とロイを繋げる人間だから。


 ロイの世界は、最愛の兄が亡くなったことで壊れてしまったのだろう。



「――いいわ。……婚約しましょう」



 私たちは同じモノを亡くしたのだ。そして、それは2度と戻らない。

 それなら、同じ歪んだ世界にいる2人で、生きていくのもいいのかもしれない。


 それに、ロイのことも心配だ。もしロイが潰れてしまったら、彼が酷く悲しむ。


 ……ロイが心配な理由さえ、彼が悲しむという理由な私も、とっくに壊れているわね。






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