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あなたがいない世界






「義姉上にこれを」


「これは……?」



 少し落ち着いた頃に、ロイに封筒とラッピングされているのに酷くひしゃげた箱を渡された。

 泣き叫びすぎて掠れる声で問えば、俺にも分かりませんと苦笑が返ってきた。



「義姉上、1年だけ待っていて下さい。1年で、必ず兄の約束を果たして見せます」



 そして、唐突にそんなことを言ってきた。

 約束とは何のことだろう。彼と何か約束をしていただろうかと首を傾げるが、ロイは無言で私の返事を待っていた。


 改めてロイを見ると、こんなにも彼に似ていただろうかと内心驚く。確かに、彼を幼くしたような見た目の子だった。太陽のような金髪も、夏空のような瞳も、顔の作りもそっくりで。

 それでもロイは内気で、剣を持つより本を読むのが好きな子供だった。瞳をキラキラと輝かせて兄について行く、そんな可愛い子供だったのだ。


 2人は正反対の雰囲気を持っていたのに、それが今ではどうだ。

 強い光を宿した瞳も、真っ直ぐな眼差しも、まるで彼を思わせる。


 その強い瞳に、私は無意識の内に頷いていたようだ。

 ロイは「しっかり食べて下さい」と言い残して、私の部屋を後にした。


 後に残されたのは私と手紙と箱。

 しっかりと封がされたそれのあて先は、当然だが私だった。

 封を切ると、リリーへという彼の角ばって筆圧の高い、少し暑苦しい文字が目に入った。



『リリーへ。これを読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないんだろう。騎士である以上、死は隣り合わせにいる。俺が死ぬ時、きっと君と言葉を交わすことはないのだろうと思う。だから手紙を認めた』



 これは遺書だと直ぐに気が付いた。どこまでも優しい彼が、遺された私に残した言葉。

 息をするのも忘れて手紙を読み込む。



『母が亡くなって、幸せだった世界が実は辛く悲しい物だと知ってしまった。どうにもならない現実に何度絶望しかけたか分からない』



 強い彼が、時折見せる弱い姿。儚くて、壊れそうで、私は酷く心配だった。



『でもいつだって、そうなる前に君が俺を引き上げてくれて、俺はまた幸せな世に帰ってくることが出来た。皆俺のことを強いという。でも、もし俺が強いのだとしたら、それはリリーの力だ』



 そんなことない。あなたが戻ってこれたのはいつだってあなた自身の力だもの。



『強く優しいリリー。いつだって人のために涙を流せるリリー。君は自分のためには中々泣けないから心配だ』



 違う。今だって、あなたが死んでしまって、置いていかれた自分がかわいそうで泣いている。



『君のことだから、酷くショックを受けて寝込んでいるかもしれない。でもそれが少し嬉しいと言ったら君は怒るだろうか』



 怒る訳ない。あなたが望むのならいつまでだってそうし続ける。

 でも彼はそう思うことを見越していたかのように『心配だから、それは少しの間だけにしてくれ』と書いている。

 そうやって、優しく私の逃げ道を塞ぐ。



『どうか、リリー。幸せになってくれ。俺はずっと幸せだった。君のおかげでずっと。だから、俺は君の幸せを切に願う』



 手紙は、ありがとうの言葉で締めくくられていて、読み終わると涙がまた溢れ出してきた。

 何故幸せになってなんて言うの?

 あなたがいないのにどうやって幸せになれるというのだろう。


 でも、彼は幸せだったのだと分かって、少しだけ救われたような気持ちになった。


 そして、もう一つのひしゃげた箱に目をやる。手のひらに乗るくらいのその箱の、リボンと包装紙を丁寧に丁寧に解いていく。



「カード?」



 箱より小さいカードはよれていたが、文字はきちんと読めた。そこには『誕生日おめでとう!』の短いメッセージ。


 それを見てハッとする。

 すっかり忘れてしまっていたが、彼が亡くなった日は、くしくも私の17歳の誕生日だったのだ。20歳の彼に早く追いつきたくて、誕生日のパーティーには少し大人っぽいドレスを着て驚かせようと考えていたあの頃。まだ幸せだった時。

 これは誕生日プレゼントだと理解すると同時に、ドキドキと緊張で激しく心臓が鳴る。恐る恐る箱を開けると、綺麗な指輪が顔出した。

 金の指輪に彼の瞳を思わせるサファイアが飾られている。



「ああ――」



 喉の奥から形容し難い声が漏れ出た。


 箱がひしゃげているのは、服に忍ばせていたからなのだろう。

 きっと誕生日に間に合わせるために、任務が終わったその足で私の元へ来ようと思っていたのだ。


 彼の色で彩られた指輪。その意味が分からない程子供じゃない。


 彼の愛情。独占欲。嫉妬心。これはそういったものの塊だ。

 そんな物とは無縁に思えるような彼が、ただただ私を求めている。

 私が18歳になるのが待ち遠しいといつも笑って言っていたが、本心では待ち遠しいどころの話ではなかったのかもしれない。

 ようやく彼が帰ってきてくれたような気がして、私は手紙と指輪を抱きしめて、涙を流し続けた。


 狂おしい程に彼が愛しいのに、彼はもうどこにもいない。

 それでも前に進まなければいけないのだ。

 彼が幸せになれというのならば。




 夢に見る彼の顔は、いつだって元気いっぱいの笑顔で。愛おしさを煮詰めたような瞳を私に向けている。

 それでも決して名前を呼んでくれることはない。

 きっと、名前を呼んだら私がそっちに行ってしまうって分かっているのね。


 酷い人。





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