大切な人を亡くした日
勢いで書きました。誤字脱字があったら報告して頂けると嬉しいです。
――婚約者が亡くなった。
夏のような人だった。輝く金髪は照りつくお日様、濃く青い瞳は晴れ渡る夏空のよう。
暑苦しくて、眩しくて、どこか郷愁を覚える、そんな不思議な人。
彼はお母様を早くに亡くし、お父様は最愛の妻をなくして元気をなくして体を患ってしまった。
残ったのは15歳の彼と、まだ9歳の弟。
たった15歳の彼は、領主となった。
ただでさえ多忙なのに、彼は夢だった騎士も諦めなかった。そして、本当に夢をかなえてしまった。
いつも笑顔で、弱音を吐かず、真っ直ぐ前を見つめる人だった。
誰からも好かれていて、彼を嫌いな人なんて見たことがなかった。もし彼のことを気に食わない人間がいたとしても、いつの間にか好きになってしまう、そんな魅力を持っていた。
正義感も人一倍強かったから、後輩にも好かれていて、女の子にもモテモテで、私は何回もヒヤヒヤした。
でもその度、「好きなのは君だけだ」「愛してる」と囁いてくれるから、彼の心の中にいるのが自分だけだということが嬉しくて誇らしかった。
強い彼が弱い姿を見せるのは私だけで、私はこの強いけれどどこか脆い人を支えて生きていきたいと願っていたんだ。
――そんな彼だから、魔物を討伐中に部下を庇って亡くなったと聞いた時「彼らしいな」なんて思った。
「兄上……兄上ぇ……」
彼の遺体を前に、弟のロイは咽び泣いていた。
その体に縋りつき、ただ彼を呼び続けるその姿があまりにも痛々しくて辛かった。
彼は魔物に腕を食いちぎられ、腹に風穴を開けられたらしい。そんなことを感じさせないような綺麗な姿に、ふと全てが何かの冗談なんじゃないかとその時は思えてしまった。
「――ねえ、ロイが泣いてるよ? 大切な弟を泣かせて何してるの?」
「義姉上……」
私は思わず彼に話かけていた。だって、ロイは何があっても守るって、とても大事にしていたじゃない。
そんなロイを泣かせるなんて、貴方らしくないもの。
「ねえ、聞いてるの? 目を開けてよ」
「義姉上、」
「いつもみたいに笑って」
「義姉上、もう」
「いつもみたいにリリーって呼んでよ!!」
でも、何を言っても、もう彼が応えることはなかったし、夏空のような瞳を見ることも叶わなかった。
―――――
不幸は重なるとはよく言ったものだ。
今度は彼のお父様が亡くなった。彼が亡くなって1ヶ月しか経っていなかった。
元々生きる気力を無くしてほとんど寝たきりだったから、遅かれ早かれそうなってはいたんだと思う。
でも、彼を亡くして自分の不甲斐なさに絶望したのも要因の1つだったんだろうと、立て続けに身内を無くしたロイはどこか空虚な瞳でそう言った。
まだ彼の死も現実的ではなかった私は、ロイが心配で堪らなかった。
これからは、ロイが領主として家と領民を守っていかなければいけないのだ。彼が守ってきた物を、まだ成長しきれていない、少年の頼りない肩に。ロイはまだたったの15歳で全てを――。
そこまで考えて息が止まった。
何の因果か、彼が領主になったのと同じ齢だ。
そう思った瞬間、棺の中に横たわる彼の姿がフラッシュバックした。安らかな、眠るようなその綺麗な顔。彼が好きだと言ってくれた私の髪色と同じ白い花に囲まれて、この世の苦痛から解放された彼。――そうだ、彼らのお母様が亡くなった時も同じ顔をしていた。
何故このタイミングなのか。何故彼の葬式ではなかったのか。
彼はもう、どこにもいない。
私は急速に彼の死を理解した。
彼のお母様が亡くなって、お父様も生きる気力を無くしてしまった時、私はすごく腹が立った。
だって、お父様には息子たちがいた。お母様が生きた証の、大切な宝たち。
2人がまだいるのに何故生きる気力を無くすのか、意味が分からなかった。
両親を一気に無くしたようなもので、傷付いている2人を見るのが辛かったし、悲しかった。幸せな4人の姿を知っていたから。
でも、今なら分かる。
―――――
彼の隣に相応しくなろうとたくさん勉強した。ダンスも、社交も、音楽も刺繍も、何もかも彼の隣に立つためだった。温かい彼の側にいられるなら、どんなことだって苦じゃなかった。
私が出来ることが増えればそれだけ彼の負担が減らせると本気でそう思っていた。
でも、今ではもう何の意味もない物だ。
「お姉様、食事を摂って下さい……! 死んでしまいます!」
彼のお父様の葬式から帰った私は抜け殻のようになってしまった。何もする気力が起きない。ベッドから起き上がるただそれだけのことが酷く億劫で、このまま死んでしまうのだろうかと薄っすらと思っていた。……それならそれでいいのかもしれない。
「リリー……!」
「辛いのはあなただけじゃないのよ! しっかりなさい!」
妹が、お父様が、お母様が悲壮な声を出す。
分かってるの。皆辛いってことは。
お父様もお母様も彼を本当の息子のように可愛がっていた。妹のローズも兄のように慕っていた。分かってる。一番辛いのは家族を全員亡くしてしまったロイだってことも。
何故、優しい人から亡くなるのだろう。何故、大切なものは手からすり抜けて行ってしまうのだろう。
この世界に彼がいないという現実に絶望する。私の太陽。私の空。私の全て。
彼の死が理解した私は、決してそれを受け入れられた訳ではなかった。
「義姉上」
無理矢理水や流動食を流し込まれて何とか生命を保っていた私に、声が掛けられる。
朦朧とした意識の中にも、この声はロイの物だと分かった。
ああ、合わせる顔がない。ごめんなさい。あなたが一番辛くて、それでも前を向いて生きているだろうに。私は前を向けない。
「覚えていますか? 義姉上が風邪を引くと、普段何事にも動じない兄上が酷く狼狽えて義姉上に張り付いて離れなかったことを。正直、ちょっとみっともないと思ってました」
「怪我をして義姉上に怒られた時は神妙な顔をして見せていましたが、その後一日中心底嬉しそうにニヤニヤと笑っていて、兄上をあんな風に出来るのは義姉上くらいのものだと呆れたものです」
「兄上は、義姉上がいるから何も辛い事なんてないんだといつも言っていました」
「やめて!!」
彼のことを話し出すロイに、拒絶するように耳を塞いだ。そんな話聞きたくない。もう彼はいないのに、そんなこと教えないで。
「――今兄上のところに行ったら、怒られますよ」
耳を塞いでいたはずなのに、その言葉は酷く鮮明に聞こえてきた。
意識がはっきりとして、ロイの姿が目に映った。
「兄上は怒るとすごく怖いから止めた方がいいですよ」
そう言ったロイの瞳には涙が光っていた。
いつだったか、彼が酷い風邪で寝込んだことがある。普段元気いっぱいの彼が寝込んだという事実と、移るといけないからとお見舞いすら許してもらえなかったことに、私は激しく動揺した。
誰にも内緒で馬車を拾い、彼の邸宅へと行った私は、熱で寝込んでいるはずの彼にこれでもかというくらい怒られた。
今までの喧嘩なんて可愛い物だったと思うくらいの激しい怒りに泣いて謝ると、涙を見て落ち着いた彼が、私にもし何かあったらと心配になった言って謝った。後にも先にもあそこまで怒られたのは初めてだったと思う。
彼は何よりも私が傷付くことを恐れていた。そして、幸せであることを望んでいた。
こんな私を見たら、彼はきっと烈火の如く怒り、そして心配するのだろう。
そう考えが至った瞬間、瞳から涙零れ落ちた。
「ああ……ああああああ!!」
彼が亡くなってから一度も出なかった涙が後から後から溢れて止まらない。
それは、私が彼の死を受け入れた瞬間なんだと思う。
私はただただ、泣き叫び続けていて、ロイも共に涙を流しながら、ひたすら背をさすってくれていた。