第8話 薬師の弟子
ロルカが弟子になりたての頃の話です。
一年半前、突然、薬師の弟子になったとは言うものの、ロルカは勿論とても困っていた。
薬師になれる人は本当に限られた人で、剣士と違って努力でなれるものではないと思っている。治癒術という不思議な力を使えなければ薬師にはなれない。
子どもだって、いくら世間知らずなロルカだってそれ位はわかる。
それなのに、目の前の天使の様な姿のこの男はロルカに薬師になれと言うのだ。
「俺には無理だ。荷物持ちや護衛はするけれど、それ以上の事を望まれても困る。」
「お前は弟子のくせに師匠の言う事が聞けないのか?」
「だから、そういう事ではなくて、俺には薬師の素養が無いと言ってるんだ。勝負に負けたのだから、逆らうつもりは無いが、無理なものは無理だ。」
無理だと言い続けるロルカに手を焼いたのか、トイスは眉を寄せて考え込んだ。
ロルカの言うことは分からないでもない。しかし、自分が出来ると言ってるのに、どうしてそんなに頑ななのか理解出来ないのだ。
「師匠である私が出来ると言うのに、信じられないのか?」
「俺は今まで魔法とは本当に縁が無いんだ。」
この男は無意識に魔法を使っていたのかと、トイスは少し驚いた。
ロルカには教えないが、トイスが彼を初めて見たのは武術大会の決勝戦だった。トイスには魔力の流れがとても良く見える。決勝戦で剣を構えるロルカの剣から凍てつく冷気の奔流が見えた。他の人には見えないが、その奔流は青くさえざえとして美しく、彼の力の強さを感じさせるものだった。
――自分が魔力を持っている事に気付いていないのか。
この魔力に気づいたからこそ、トイスは彼を弟子にしたのに、まさかはじめの一歩で躓くとは思わなかった。
薬師が弟子をとる場合、普通なら自分と同じ属性の者を選ぶ。それは魔力の使い方を自分の魔力に触れさせる事で教える事ができるからだ。つまり、育てやすい。
しかし、トイスは風で、水の上位魔法である氷魔法まで無意識に放つことのできるロルカは水属性。お互いの魔力を流して教える事ができない。
擦り傷を治す初歩の治癒術を教える為に、擦り傷を作らせた所、なんとロルカはたちまちその傷を治してしまった。
治癒術が使えるじゃないかと指摘したトイスに、ロルカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない。これは俺の自己修復体質なんだ。簡単な傷ならほっておいても勝手に治る。子どもの頃からで、俺の育ての親も同じ体質だった。」
トイスにはその育ての親にも魔力があったとわかったのだが、ロルカは育ての親が教えたとおり体質と信じて疑わない。魔力と同じで無意識に治癒術を使っているから改めて他の人間に使う事も出来ないだろう。
――なんて厄介なんだ!!
その後、トイスが熱を出した時に、わざと自分で治さずに様子を見ていた時もロルカは丁寧に看病しながら、手の平で額を触る事でトイスに治癒術を施していた。
今度こそ、と、トイスは確信を持って満足した。
「ロルカ、ちゃんと熱を下げてくれたんだな。治癒術を使えたじゃないか。」
やっとこれで一歩進めると、とても嬉しかった。
「え?何の事ですか?俺は濡らした手ぬぐいで看病しただけです。すみません。俺が治癒術が使える本当の弟子ならお師匠様をもっと早く治せたのに、役立たずで申し訳ありません。」
申し訳なさそうに深々と頭を下げるロルカを見て、トイスはまだ一歩も進めていないことに気付き、悲しくなった。
色々試行錯誤をするも、ロルカが自分に力がある事を理解して貰えるようになるまでには一ヶ月以上かかる事になった。
常に治療の際、傍でその様子を見せてはいたが、ロルカは感心するばかりで、自分ができるようになると思ってはくれなかった。
頑固さに少し苛立ったトイスは、その日彼に留守番を言いつけて近くの村まで出かけることにした。
することも無く時間を持て余したロルカは師匠に教えられた薬草の採取に近くの森に出かけることにした。
最初から治癒術前提に教えようとしていたトイスだが、級の低い薬草使いはほとんど治癒術が使えず、ただ薬草の扱いが優れている者が多い。
自分もそれでは駄目なのかと思うロルカだった。薬草を覚えるのは楽しい。元々森の中で暮らしていた事もあり、知っている薬草も多い。薬草の知識だけなら薬草使いの九級位までなれるかもしれない。
あまり自己嫌悪に陥ることなく育ってきたロルカにとって、魔力も治癒術も使えず、師匠困らせている現在の状況は初めての事だ。情けないと思う。
鬱々としながらも、かなりの量、薬草をつんだので宿に戻ろうとした時、森の奥で人の叫び声が聞こえた。
直ぐに剣を抜いてその方向に走った。
声に近づくと強い血の匂いがした。襲われていたのは自分と似た年格好の女性だった。クマに似た体に大きな牙を持つグリーズという魔物に前足で抑え込まれ、噛まれた右肩から血が溢れている。
ロルカは走ってきた勢いのままグリーズに体当たりをして、女性から離し、怒りの咆哮をあげるグリーズの頭を切り落とした。
襲われた女性は既に意識もない、出血が多くてこのままでは町まで連れて戻る間に亡くなってしまいそうだ。
どうして今、師匠がいないのか、自分が弟子なのに治癒術が使えないのかと、ロルカは悲しくなった。
――治したい!助けたい!お師匠様!!
ロルカは両手で傷口を抑え、血が止まって欲しい、治って欲しいと、ひたすら願った。
突然、体が光に覆われ、ロルカが触れた所から血が止まり、肉が盛り上がっていく。まるで駒回しのように目の前で傷が癒えてゆく。それも自分の手から光が放たれていて、その光景は日頃見る師匠の治療風景に酷似していた。
ロルカは初めて自分に治療を行う力がある事を知った。
傷が癒えた女性に、師匠がしていたように力を与えてみると、真っ白だった女性の顔に赤みが刺してきた。
あれ程酷かった噛み跡も、他の擦り傷も全て無かったかのように治っている。
服は肩から酷く破れていたので、ロルカは自分の上着を脱いで、彼女の肩に掛けた。
「気がつきましたか?」
女性は最初、まだ魔物がいると悲鳴をあげそうになったが、ロルカの大丈夫ですよとかける声でようやく落ち着き、気遣ってかけてくれた服に感謝した。
「ありがとうございました。あなたは?」
ロルカはトイスを思いながら、胸を張って答えた。
「俺は薬師の弟子です。」




