第7話 ポポの実
人の胸まで位の木に赤くて飴玉のような実をつける木がある。ポポという。
この実は大人には麻薬にも薬にもなるが、子どもには毒となる。その為、栽培には厳しい監視が義務付けられているが、裏では密かに麻薬として栽培されている。
ポポはとても繁殖力が低く、中々根付くのも難しい植物で、勝手に増えることはないが、ほんの稀に麻薬利用者がうっかり落とした種から育つ事がある。
その為、ポポが見つかり次第、根まで必ず抜くように国からお触れが出されていて、大人達は見つけ次第、その指示を守っている。
ポポの実は見るからに美味しそうで、食べると甘酸っぱい味がする。
そして、この山の麓の林の中にも大人達に知られること無くポポの木が一本だけ育っていた。
その日林の中に友達と冒険に来た少年達はこの美味しそうな木の実をとても喜んで口にしてしまった。
馬車に同乗してやってきたグレンラガンの町は大騒動になっていた。理由もわからず突然五人の子どもが倒れ、どんどん呼吸も弱くなり、親達が半狂乱になって子どもを呼ぶ家族の声があちこちから聞こえる。
馬車に同乗させて貰ったサフォール家もその一軒だった。馬車に乗っていたのは主人のガンス・サフォールと、その妻のライラ・サフォールだった。
ガンスは館の主人の帰りにも関わらず、迎えにも出てこず大騒ぎになっている館の状況に驚いた。普段ならこんな事は決して無かった。
「サイラス、何があった!」
執事のサイラスが慌てて玄関に走ってきた。
「旦那様、マリオ坊っちゃまが、目を覚まされません。もう、呼吸も弱くなられ、薬師見習のマリアンヌ様に見て頂いたのですが、原因がわからず。私共がついていながら申し訳ございません。」
ガンスは自分たちを救ってくれた薬師を振り返る。
「トイス様、お願いします。息子のマリオを見て頂けませんか?」
「見せて下さい。」
トイスとロルカもガンスの後を追って、屋敷に駆け込んだ。
部屋に寝かされているマリオ少年は既に顔色が紙のようになり、呼吸も浅くて乱れている。
「お師匠様、これはポポ中毒ですか?」
「そうだ。この様子だと、ポポを口にしたのは昨日だな。」
「では、既に核は分裂しているのですね?」
トイスは黙って頷いた。
ボボを食べる事で子どもがかかるポポ中毒は、原因も治療法も分かっているにも関わらず、治療しにくい病気として知られている。
治療しにくいのは薬師が必ず二人必要な為だ。ポポを食べると、体内にポポの核ができ、その核は体力を好み、体力を吸収し、十分吸収すると、分裂を起こす。そうして次々と分裂した核に体力を吸い尽くされ、やがて死に至る。治療しない場合の致死率は100パーセント。ポポを口にして一日から二日で死に至る。
薬師は一人が核の餌となる体力を与える。ポポの核は注がれる体力を餌と認識し、まるで生き物のようにその餌に群がってくる。宿主の体に既に体力が無くなっているので、とても魅力的な餌なのだろう。そしてもう一人が集まってきた核を破裂しないように力で包み消滅させる。
薬師にとって、どちらの治療もかなり力も体力も奪われるもので、級の低い薬師では治療が難しい。
体力を与える方が一瞬でも力を途切れさせれば、核はまた散ってしまうし、核を消滅させる時の包み方が不十分では格が更に分裂する事になる。
患者が一人なら難しい治療とは言うものの、トイスとロルカならば、何も問題はない。問題は患者の数だ。
トイスはガンスに至急対応してくれるよう頼んだ。ポポの実を食べた子ども全てをこの場に集めて欲しいと。
驚きながらもガンスは執事のサイラスに、今すぐ子どもを集める手配をするよう指示した。
「旦那様、子どもは全員で五人です。今すぐこちらに連れてまいります。」
「頼むぞ。急いでくれ。」
大慌てで召使い達が飛び出していくのを見ながら、ロルカはマリオ少年の上掛けをめくり、体の向きを変えて、子どもが五人並びやすいように変える。
「ロルカ、子供達の真ん中に座るようにしなさい。」
「はい。お師匠様はどちらに立たれますか?」
「人数が多いから、今回は頭の側に立ち、手を触れずに治療する事にする。ロルカ、手を出せ。」
ロルカは師匠の前に右手を出した。
トイスはその手の平に自分の手の平を合わせ、静かに力を流す。
「わかるか?ロルカ、この強さだ。これ以上強くても弱くても駄目だ。力をこの強さに一定させろ。お前ならできるはずだ。お前からも力を返してみせろ。」
「はい。お師匠様。この力ですね。」
「そうだ。決して途切れさせるなよ。」
「お任せ下さい。決して途切れさせません。」
子供たちが次々に運び込まれて来た。
「全員揃いましたか?」
「はい。薬師様。」
子どもの親達が息を飲んで見つめる中、ロルカは子ども達の片手を自分の膝の上に載せ、その大きな手で小さな手を包むように握りしめた。
「ロルカ始めよう。」
「はい。」
遅れて部屋の中に入ってきたローブ姿の女性がその光景を見て足を止めた。
「凄い・・・」
彼女はこの町に住む薬師見習のマリアンヌ。彼女には二人の流す力の流れが見えている。ロルカから流れる穏やかな透明な青い力、トイスから流れる柔らかな緑の力。その力が子ども達を包み込んでゆくその光景。
その時間は長くも短くも感じられ、緑の光が引くと共に青い光も引いて行った。
「治療が終わりました。もう大丈夫です。」
見つめる沢山の目に涙が浮かび、歓声が沸いた。
「薬師様、ありがとうございます。」
「ありがとうございます、薬師様。」
トイスとロルカは集まった人達に笑顔で頷いた。
そしてロルカはゆっくりとベッドに倒れ込んだ。
「薬師様!?」
「大丈夫です。眠っただけですから。」
「眠った?」
「はい。」
トイスはにっこりと微笑むとロルカの頭をゲンコツで殴った。飛び起きたロルカはトイスの渋面を見て、慌てて頭を下げた。
「お師匠様、すみません。」
「寝るな!」
「すみません!」
二人は子どもを抱えて帰ってゆく親達の挨拶に笑顔を返しながら、優しく子どもの頭を撫ぜて、見送った。
最後にマリオ少年だけが残り、二人は執事のサイラスに案内されて、部屋を出た。
部屋の外には興奮に顔を紅潮させたマリアンヌが立っていた。
「素晴らしかったです。感動しました。」
「貴方は?」
「あ、ご挨拶が遅れてすみません。薬師見習のマリアンヌと申します。」
「はじめまして。薬師のトイスです。彼は私の弟子で薬師見習のロルカです。」
ロルカは黙って頭を下げた。
「え?薬師見習ですか?あ、でも・・・」
トイスはその言葉を遮るように、笑みを浮かべて
「マリアンヌ様はこちらの町にお住まいですか?」
と話しかけた。
「あ、はい。もう三年こちらに住んでいます。この度はありがとうございました。私ではあの子達を助ける事ができなくて、この町に来てくださってありがとうございました。」
「間に合って良かったです。三年と言うことは、その間、再鑑定は受けていないのですか?」
「はい。王都は遠いので。それに、どなたにも師事していないので、術の熟練度が上がってないので再鑑定を受けても多分級が変わることは無いと思います。」
「貴方の現在の級は?」
「六級Sです。」
「王都の薬師養成所で学ばれれば、薬師への昇級も可能なのではありませんか?」
「養成所ですか。憧れはあるのですが、私には過ぎた望みです。」
「失礼ですが、お金の心配をしているのですか?」
「はい。養成所は優秀な方には無償で学べる所と聞いていますが、私の実力はそこ迄ではありません。」
「しかし、貴方の見る力は十分優秀だと思いますよ。」
マリアンヌは少し悲しそうに俯いた。
「見る力だけなんです。薬師としてそれだけでは役立たずです。」
「私にはそうは見えないのですが。養成所に行くつもりがあるならば、私が推薦をあげましょう。」
「薬師様?」
「私、貴方には可能性があるように感じられます。もっと自分の力を伸ばしたくはありませんか?」
「伸ばしたいです!少しでも沢山の命を救いたいです!推薦をお願いします。」
トイスはにっこりと微笑んで彼女の額にそっと指を触れさせる。一瞬光が浮かんで、その光は額の中に吸い込まれて行った。
「ありがとうございます。」
「ロルカ、符を2枚出して、マリアンヌ様に。」
「はい。」
マリアンヌはロルカから渡された符を見て驚愕した。
「これは転送符。こんな貴重なものを二枚も。」
「餞です。しっかり学んで、またこの町に戻ってきてあげてください。」
「はい。一人前になって戻ってきます。ありがとうございます。」
マリアンヌは符を両手で大切に握りしめ、何度も頭を下げて帰って行った。
「お師匠様、マリアンヌ様は良い薬師になられますね。」
「そうだな、お前もあれぐらいで眠ったりせずもっと精進するんだな。」
「はい。情けないです。精進します。」
「うん。でも、今日は良く頑張った。」
「ありがとうございます。」
ロルカはトイスが肩に置いた手から、師匠の気持ちが伝わってくる気がした。褒められてとても嬉しい。今夜はとても気持ちよく眠れそうだった。
すみません。二人の発する力の色を修正しました。




