第6話 骨折治療
クポン山はここ数日ですっかり色づいて、秋の気配が濃くなってきた。
トイスとロルカは二日前からこの山の中腹にある山小屋で過ごしている。
この山には薬草として利用出来る植物が多く、午前中はそれを採取し、昼から夕方まではロルカの癒しの術の練習、夕方から夜寝る前までに採取した植物の処理と薬の製作をしている。
ロルカはトイスから怪我治療の術の向上を命じられていた。勿論表面的なキズや火傷は治せるが、まだ深いところの怪我には対処できない。これがトイスなら本当に触れただけで治してしまう。
そこまでを望まれている訳では無いが、骨折すら治せないのは情けないと言われてしまったのだ。
一般的な薬師の場合、骨折治療は三級以上なのだが、もちろんロルカは知らない。
『薬師見習にもなってまだ骨折が直せないのか?情けない。』
国中の薬師見習が怒りそうなセリフだが、他の人が聞いてるわけでは無いので、トイスの言い放題だ。そしてロルカは簡単に騙される。
ロルカは骨折治療の為に、自分の左腕を折り、治療の練習に明け暮れている。痛い、とても痛いのだが、患者が近くにいないので、実践のためには自分の腕を折るしか無かった。
ロルカは厳しい剣士修行をしていたが、関節も筋肉もしなやかで身のこなしも素早い為、骨折をした事が一度も無かった。
「お師匠様、骨折した事が無いので不安なのですが。」
「何を情けない事を言っている。薬師なら一度は必ず通る道だ。心して、きっちり骨折しなさい!」
そして、折った骨は驚く程痛かった。
しかし、他の薬師で、こんな練習をする事は絶対に無い。こんな真似をしていたら、薬師はみんな体が不自由な者ばかりになってしまう。
こんな練習の仕方は論外で、良い子は何があっても真似しないようにしましょうレベルの話なのだ。
でも、ロルカはそれが分かっていない。師匠のトイスに言われれば、そうなのかと諦めて自分の腕を折って練習する事になる。それこそ指の単純骨折から複雑骨折までバラエティ豊かに折っていく。
普通の場合、薬師は癒しの技を高めるため、患者で練習すると言われている。だから、骨折治療は骨折した患者で練習する事になる。
勿論、治療をしくじれば、真っ直ぐに繋げられなかったり、酷い骨折は綺麗に治せず、歩けなくなってしまうこともある。患者にしても自然治癒では綺麗に治るはずも無いので、仕方がないと諦める。
運が良ければ三級以上の薬師に再治療してもらえる場合もある。治療代は勿論高額になることを覚悟しなければならない。
治療代はその薬師の使用魔力量と、薬師の級によって金額が変わる。一級薬師ともなれば、その治療代は恐ろしく高額になり、勿論簡単な治療は頼めない。
くたびれた薬師のローブを纏って歩くトイスが【四聖】だとバレないのはその見た目が原因で、治療代も安い為、誤解されている。
実際、【四聖】には各国より高額な報酬が支払われており、王都での館や生活、雇い人達への支払い等に充てられている。館も持たず、旅をしているトイスには使い切れない程の金額が毎年支払われているのだが、勿論、ロルカはこれも知らない。
真面目に帳面付をして、無駄遣いを減らし、安い治療代を頑張って貯金し、少しづつ傷んだ身の回りのものを整えたりしている。収入の多い時等は、ちょっといい宿に泊まって師匠の疲れが取るようにしたり、贅沢はできないなりにも時々美味しいものを食べたり等、可愛らしい節約ぶりだ。
なのに、トイスは時々その貯金を全て賭け事に使ってしまうのだ。そうすると、宿にも泊まれず、食事も自給自足になってしまう。
その度にロルカはいつもため息をこぼすことになる。
山小屋に泊まって三日目、
「ほう、大分様になってきたじゃないか。」
「お師匠様。でも後ちょっと、この筋の引き連れが気になります。」
「そうだな。骨は綺麗に繋がってるが、筋に入った傷が治しきれていないな。それではすぐに元通りにならないし、雨の時に偶に痛みが出ることがある。もう少しだな。」
今日は複雑骨折でバラバラになった骨折の治療をしている。
――はあ、早く習得しないと。自分の腕を折るのは、もう勘弁して欲しい。他の薬師って凄いなぁ。良く皆んなこんな事してるよ。
いや、していませんから。ロルカだけです。
「ほら、グズグズしないでもう一回。」
「あ、はい。」
ロルカはちょっと虚ろな目をしながら、自分の横にある大きな木槌を振り上げた。
結局、その日の夕方に師匠から合格を貰うまでにあと三回木槌のお世話になる事になった。
四日目に骨折治療の癒しの技も身につけたし、必要な薬も作り終わったので、二人は山を下ることにした。
「はあ、やっと出発ですね。」
「そうだな。そろそろ酒が飲みたいなぁ。」
「はい、お師匠様。」
山小屋を出て暫く行くと、左手の崖下から人の呻き声が聞こえる。
「お師匠様、人の声が!」
「そうだな、降りてみよう。」
崖下は木々に覆われ、下を伺う事ができない。
「ロルカ、掴まれ。降りるぞ。」
トイスとロルカが風魔法で体を浮かしながら降りた崖下には、馬車が一台倒れていて、周りに御者や馬車に乗っていた乗客二人が倒れていた。
様子を調べたところ、一人は木の枝が刺さってかなり危ない状況だけれど、あとの二人は擦り傷、打ち身と骨折だけだった。
「おや、早速お前の出番じゃないか。そちらの二人は任せたぞ。私はこちらの一人を治療する。」
「はい。お師匠様。」
――練習しておいて良かったなぁ。まさかこんなに早く役立つなんて。
トイスは木の枝の刺さった患者に痛み止めを施しながら、木の枝を抜き取り、痛めた肺などの内蔵の欠損や傷を手早く治してゆく。
ロルカはチラッとそれを見ながら、
――俺にはまだあの治療は無理だ。流石は師匠だな。
と思う。こういう所を見ると、いつもは困った師匠だと思うのだが、すごい薬師だなと尊敬の気持ちが湧く。
ロルカも患者二人の怪我を治療し、終わって立ち上がった時には、師匠の治療は終わり、馬車の馬の治療が終わるところだった。
「ロルカ、馬車は使えそうか?」
「大丈夫です。あちこち傷はありますが、元々いい馬車なので、このまま使えます。」
「よし、患者を馬車に載せろ。馬車ごと上がるぞ。」
まだ意識の戻らない三人を馬車に載せ、自分たちは御者台に乗り、風魔法を唱える。馬車がふわりと風に乗り、元いた道の上にゆっくりと戻っていく。
「もう気が付きそうですね。」
「そうだな。気がついたら、状況を説明して、ついでに町まで乗せてもらおう。」
「あ、いいですね。歩くより早そうです。」
まだまだ太陽は高い位置にある。少しばかり時間をとったがどうと言うことも無い。行先も決まっているわけではないから、馬車の乗客と同じ場所に行くのもいいかもしれない。
トイスは馬の鼻面を優しくなぜながら、雲ひとつない青空を見上げた。
あの【水の薬師】はどうしているだろうか。彼女の頼みを聞くにはまだ足りない。もう少し時間が必要だ。そう、もう少し。




