第5話 麺料理
トールの街の名物はパタという麺料理だ。細長く伸ばした麺を茹でてその上に色々な具材と共に温かいソースをかけて食べるもので、店ごとに麺の太さや、具材、ソース等が工夫されていて、とても美味しいものだ。
王侯貴族すら、この辺りを旅する時は立ち寄るとも言われていて、辺境にも関わらず、とても賑やかだ。
勿論、人気の料理なので、最近は王都にも専門店が増え、人気はあるのだが、流石は発祥の地、王都の店でもこの街程に色々な味わいを楽しむ事はできない。
街に入った途端、街のあちこちからいい匂いが漂ってくる。この為だけにこの街を訪れる人も多い。
トイスと、ロルカもあちこちの店の前の看板を見ながら、どこに入ろうかと随分悩んだ。
結局、キノコと栗と根菜と鶏肉のクリームソースがけパタを出す店に入る事にした。
あちこち旅をしてきたが、実はロルカはパタ料理を口にするのは初めてで、どうやって食べるかも分からない。キョロキョロしていると、師匠にそれを笑われてしまった。
「お前、初めてだったのか?王都に居た時に食べなかったのか?」
「あの頃は食べれたら何でも良かったから・・・」
実際にロルカが王都に居たのは、ほんの少しの間だけだった。王都の武術大会に合わせて上京し、終わったらすぐにこの師匠と旅に出たのだから。
それに、その頃のロルカは国一番の剣士になる事しか眼中に無く、ただただ体と剣技を鍛える毎日だった。
食べるものなど、腹を満たせればそれで良く、味も気にした事が無かった。
旅を一緒にしたところ、トイスは結構色々食べ物に詳しくて、世の中にはそんなに色々なものがあるのかと驚くばかりだった。
店の中は満席でトイス達が頼んだパタ料理が一番人気らしく、あちこちのテーブルに提供されていた。
「パタは食べ方も独特なんだ。そうだなぁ、右斜め前のテーブルに居る女性を見てご覧。彼女の食べ方が一番正しくて綺麗だ。あれを真似して食べるといいよ。」
トイスに言われて見たテーブルには母親と娘の二人がいて、楽しそうにパタを食べている。娘の方は長い麺に苦労しているようだが、母親は口元を汚すことも無く、あの長い麺料理を品良く口元に運んでいる。
――あぁ、ああやって食べるのか。難しそうだけど、うん、大丈夫、コツさえ掴めばやれそうだ。
待つ程もなく、自分の前にも同じ料理が運ばれて来た。
熱々の湯気と共に立ちのぼる美味しそうな香りに思わず顔が緩む。
師匠はと見ると、先程の母親と同じ綺麗な仕草でパタを食べている。
本当にこの師匠には何一つ叶わないなぁと思う。自分が勝てそうだと思うのは剣だけだと思うけど、実際に彼が剣を振るうのを見た事が無いので、それすらもしかしたらこの人には叶わないかもしれない。
ロルカは真似てパタを口に運ぶ。ちょっと不慣れなので、一度に口に入れるにはちょっと多いかなとは思ったのだが、気にせず口にして大慌てした。
ソースが熱くて、慌てて飲み込んだせいで胸まで熱い!
ロルカはちょっぴり涙目になってしまい、またトイスに大笑いされてしまった。
二人が食べ終わった時には、あの親子は既に店にはいなかった。
宿に向かって歩いていると、街の門に向かって走っていく人影が目に入った。
「お師匠様、門に人が。」
「うん。あれでは結界が破れる。行くぞ!」
街の外には夜行性の魔物が住んでいるので、どこの街でも門には日が落ちると結界を張ることになっている。
勿論、夜間に出入りする必要があるものもいるので、決まった手順をすれば結界を破ることなく出入りする事ができる。
しかし、今、門に向かっている人影は酷く焦っているようで、その手順を踏まえることなく街から飛び出して言ってしまった。
このままでは、もし魔物が出現すれば、街に入り込まれてしまい、被害が出てしまうだろう。
逃げる人影を追いかける人影もなんの手順も踏まずに門を走り出ていってしまった。
「ロルカ、私は結界を張ってから追うから、先に行行ってあの母娘を助けなさい!!」
「はい!お師匠様!!」
逃げていたのはあのパタを綺麗に食べる母娘だった。
彼女達は、その後を追う男から必死に逃げていた。
ロルカは夜目もきき、走るのも速い。あっという間に距離を詰めた。
娘は地面につまづいて転び、母親は男に殴られて地面に転んだ。そして更に男が彼女を殴ろうとした時、林の中からそれが姿を現した。
グギャーーーッ
この辺りに生息する夜行性の虫魔物。それが鎌を振り上げて彼らに襲いかかろうとしている。
「チッ、間に合わない!」
ロルカはまだ攻撃魔法が得意ではなく、その攻撃距離も短い。魔法では彼らとの距離が遠すぎる。腰から剣を抜き、魔物の目の間を狙ってそれを投げつけた。
ギャァーーーッ
断末魔の声をあげて魔物は体を震わせ、ドンという音とともに地面に倒れて動かなくなった。
ロルカはやっと母娘に追いつき、剣を魔物から抜いて鞘に納めてから、呆然としている娘を背負い、母親の腰を抱いて街に向かって走った。
「おい、逃げるぞ!すぐに次の魔物が来る。ここにいたら食われるぞ!!」
「ひ、ひぃーーっ」
ロルカに声をかけられた男は腰が抜けそうになりながらも必死でロルカに着いて走り始めた。
思った通り、背後の林から複数の魔物が追ってくる気配がする。
――まずい!このままだと追いつかれる。師匠!!
突然魔物の動きが止まった。
彼らの目の前に立つトイスの放つ気に押されるように。
「お師匠様!」
「よくやった。早く街に入れ!」
「はい。」
ロルカは振り返りもせずにひたすら街に向かって走った。師匠さえいればもう大丈夫。
彼らの後ろではトイスがその腕を横に一振し、追ってきた全ての魔物の首を切り飛ばしていた。
街に戻ってすぐ、ロルカは男を結界破壊の犯人として領主館に突き出し、その間にトイスが母娘を自分達の宿に案内して治療した。幸い二人の怪我は大したことはなく、擦り傷と打撲傷だったので、トイスの治療ですっかり治ったが、母親の体には他にも幾つもの打撲痕があり、指の骨は折れた後の治療がされなかったのか変形してしまっていた。それらの怪我も全て終わった時にロルカも宿に戻ってきた。
「助けていただき、本当にありがとうございました。こうして怪我まで治して頂いて、お二人は私達の命の恩人です。」
娘も母親に倣って、深く頭を下げた。
「ロルカ、あの男は?」
「街の結界を壊したのですから、重い罪に問われることになるようです。」
「まぁそうだよね。あんなに近くに魔物が出るんだから、当然だな。」
「私達も結界を壊しました。どうしたら・・・」
「あなた達はあの男に追いかけられたのだから仕方がないと思います。」
「私もそう思います。あの男はあなたのご主人ですか?」
トイスに問われた母親は恥ずかしそうに目を伏せて頷いた。
「はい。別れた夫です。別れたのにずっと追ってきて、まさかこの街まで。」
「あんな男は父親じゃ無いわ!いっつもいっつも母様を殴って!大っ嫌い!!」
「今夜の宿は決まってますか?」
「はい、宿で待ち伏せされたので、荷物もまだそこに。」
「では、宿の場所と名前を弟子に伝えてください。荷物を取りに行かせましょう。今夜はこの宿で休んでください。」
「そんな事までして頂いて良いのでしょうか?」
「大丈夫。お疲れでしょう?ゆっくり休んでください。」
ロルカが母親から教えられた宿から荷物を持って戻る頃には、二人とも眠っていた。やはり、とても疲れていたのだろう。
「お師匠様、この後、このお二人はまたあの男から逃げ続けるのでしょうか?」
「大丈夫。この街の領主にはひとつ恩が貸してあるから、彼に一肌脱いでもらおう。」
翌朝、領主館に二人を連れて領主に面会を頼むと、領主がすぐにやってきた。
「トイス様!この街に来られたのにどうして我が家に泊まって下さらなかったのですか。今夜は必ず我が家にお泊まり下さい。あなたに助けて頂いた息子にも是非会って頂きたい。すっかり元気になって、ちょうど今日にも訓練明けで戻ってくる予定なのです!」
「皆様お元気で何よりです。今日はお願いがあり、お伺いしました。」
「何ですか?トイス様のお願い、私のできることなら全てさせて頂きます。」
「この母娘は別れた夫から逃げていて、その夫はちょうど昨夜、結界破りの犯人としてこちらに捕まっています。その男は彼女に酷い暴力を奮う最低な人間です。彼女達をあの男から守って、この家で雇っては貰えませんか?」
「お易い御用です。お任せ下さい。」
母娘は驚いて目を瞬かせている。
「い、いいのですか?私のように素性もしれないものを。」
「大丈夫です。貴方は先程からお見受けする限り、きちんとした家に育った方のようだ。貴方達は今日からこの館に住んでください。捕らえた男には今後一切貴方に近づかせませんよ。」
領主は鷹揚に笑って頷いた。
その夜は領主の息子も戻り、母娘も一緒の楽しい夕飯になった。領主の息子は、自分より5歳年下の娘が一目見た時から気になって仕方がないらしい。
母親似の黒髪で美しい娘は、やっと安心して母親と暮らせる事でとても幸せそうだ。
翌日、トイスとロルカはこの街には特に重い病や怪我に苦しむ人も居ない事を確認し、この街をたつことにした。領主には使い勝手の良い塗り薬と丸薬を渡し、病気のものが出たら使って欲しいと渡した。
街の外では、彼らが倒した魔物もすっかり片付けられていた。
「お師匠様、次はどちらへ行きますか?」
「そうだね、冬になる前に山を越えよう。」
「はい。お師匠様。」




