第35話 お願い事 (後編)
むかしむかしある所に、大勢の魔神が住んでいました。
魔神の一番偉い人は長と呼ばれるとても強い人でした。
ある時、長は人間の強い人達と戦い、その体を失ってしまいました。
でも長は魂だけで生き延び、そのまま眠りについてしまったのですが。
長の部下は、長が目覚めた時に使う新しい体【器】を作って長のお目覚めを待つことにしました。
でもある日、大切に育てていた【器】が奪われてしまいました。魔人達は迎えに行きたかったのですが、探すのには随分と時間がかかってしまいました。
でも忠実な部下が頑張って【器】を長が眠る魔窟に無事に届けたのです。とても苦労して。
長はきっと目覚めたらお喜びになって、沢山のご褒美をくれることでしょう。
めでたしめでたし。
――こいつ、真性の馬鹿かも知れない。
とトイスもロルカも思った。
ロルカにナイフを突きつけられたままのラングラーは、自分にできる唯一の魔法を二人にかわされているから、なすすべもなく、話をした後は大人しくしている。
「それで、その器がこいつだと言う証明は?」
「それは、会えばわかると言いますか・・・。大凡の特徴は聞いてきてますし、あなた魔力量半端ないですよね。ビンビン感じます。」
ロルカ眉間にシワを寄せながらなるべく強く聞こえるように言った。
「俺は魔神の所には死んだって行かない!」
「え?それは困りますよ。お願いします。一緒に来てください。元々あなたが居る場所はあそこなんですから。」
「嫌だ!!」
「お願いですよぉ。俺まで帰れなくなっちゃいます。頼みますよ。俺、あそこしか居場所無いんですよ。可哀想でしょ?」
「嫌だ!」
「俺、泣いちゃいますよ。ねぇお願いします。俺、弱いから他所に行ったら死んじゃいます。俺が死んじゃったらあなたのせいですよ。夢見悪くないですか?」
ラングラーは涙ながらに訴えるので、ロルカは鬱陶しくて、このまま土を掘って埋めちゃおうかな、と言う気分になってきた。
なんで魔神の独りよがりな泣き語を聞かなければならないんだ。
じっと黙ってその様子を見ていたトイスが、ラングラーに声をかけた。
「お前、名前は?」
ロルカは一瞬、この師匠はまた弟子を増やす気かと思ったがそうではなかったらしい。
「ラングラーです。」
「お前、結界魔法は使えるか?」
「使った事ないです。」
「お前の魔力量なら立派な結界が張れそうだ。教えてやろうか?」
「良いんですか?」
「いいとも。」
またトイスの顔が胡散臭くなっている。ロルカは眉を顰めた。
「その前に、お前、姿を変えることはできるのか?」
「それはできます。」
「何に?」
「何が良いですか?」
「虎とか、獅子とかは?」
「無理です。犬なら。」
「ふむ。犬に姿を変えても魔法は使えるのか?」
「使えますが、俺、眠りの魔法以外使えないです。」
「そうか。じゃあ、結界魔法を教えてやろう。」
トイスが本当に結界魔法を教えているのを、ロルカは何とも言えない気分で眺めている。
「お兄さん、ありがとうございます。これで怖くなったら結界張って隠れることができます!」
喜んでいる。魔神がそれでいいのか?とロルカは思ったが、トイスがやけに楽しそうなので何も言えない。
「よしよし、よく覚えたな。お前の魔力量なら立派な結界が張れる。常日頃から練習するんだぞ。」
「はい。」
「それで、犬に変われると言っていたな。変わって見せてくれるか?」
「はい。」
ラングラーが犬になった姿を見て、トイスもロルカも言葉がない。これはなんだ?魔神でこれは・・・。
小型の愛玩犬だった。
フサフサの茶色い毛、黒々とした丸い瞳、くるっと巻き上げたしっぽもフサフサな女性の手にもすっぽり入ってしまいそうな小型犬。
「な、なかなか・・・可愛らしい姿だな。」
「あ、大きすぎますか?もう少し小さくなりましょうか?」
「いや、逆にそれ以上大きくはなれないのか?」
「無理です。もし、鏡に映ったら怖くて・・・。これが精一杯です。」
「そうか。ふむ。そうだな。おい、お前をとても優しい人の所に連れて行ってやろう。」
「良いんですか?!ぜひお願いします。」
「その代わり、その人には決して危害を加えない事。その人が危ない時はお前が結界を張って守る事。できるか?」
「やります。約束します。」
「よし。必ず守れよ。それと、普段は犬らしくしていろ。」
「はい。へへ、優しい人かぁ。嬉しいなあ。」
トイスは犬のラングラーに魔法の鞄から首輪を取り出して着けた。ラングラーはなんだろうと言う顔をしたが、あまり気にならないらしい。
「お師匠様、それをどこへ?」
「水の離宮へ行くぞ。」
ちょうどアマーリエ達も目が覚めた。トイスは状況の全くわからないアマーリエ達への説明は後にして、クシュカ達に乗って王都に向かった。
ラングラーはアマーリエが可愛いと喜んで抱いている。
「トイス、久しぶりね。」
「フロアティーナ。元気だったか?」
今日は少し体調が良いようで、少し顔色が良い。
「君にお土産を持って来たよ。」
ニコニコしながら、差し出されたフワフワの小型犬をフロアティーナは喜んで受け取った。
アマーリエとイヴァンは何も聞いていないので、この場で引き攣った顔をしているのはロルカだけだ。
「なんて可愛らしいの。嬉しいわ。大切にするわね。名前はあるの?」
「ランだよ。この子は結界魔法が使えるから、何かあった時に少しは守りになるんじゃないかな?」
「結界魔法が使える犬なんて初めて見たわ。お利口さんなのね。ランちゃん、よろしくね。」
頭をさらさらと撫でられて、気持ちが良いのか、犬はしっぽを振りながら彼女に甘えている。
「あら、人懐っこい子ね。ランちゃん、いい子。」
「キュゥン。」
この女性は自分を撫でる手まで優しくて、綺麗で、とてもいい匂いがする。
ラングラーは今までにない程幸せだった。




