第33話 対峙
上司のグランドリーから【器】の回収を命じられたダングラーは上機嫌だった。
彼はまだほんの若造で、眠りにも一度しか入った事がない。
魔神は不定期に長期の眠りに入る。強いもの程眠りも長く、5回以上の眠りを経験して、やっと魔神として一人前になれるのだ。
【器】は特別な物だと聞いている。長く生きていた長は以前の【器】を失ったので新しい【器】を作ったそうだ。人と魔を合わせて時間をかけ、手間をかけ、やっと人の赤ん坊まで育つと言う。そこ迄育てるのに100年近くかかるらしい。
それを、そこまで育てた乳母が攫って逃げた。全く許されない。愚かな女だ。
ダングラーは【器】に会ってみたかった。いつか自分が仕えることになるもの。今はまだ中身が違うが。
一番に出会い、いつか一番の側近になりたい。自分如きがとは思うが、それは彼の唯一の望みだった。
アマーリエが火の館に向かった後、トイス達三人はそれぞれ別の村に向かった。
夕方、滞在中の町にロルカが戻ったのは、三人の内、最も早く、次にイヴァンが戻ってきても、夕飯の時間になってもトイスは戻ってこなかった。
ロルカとイヴァンはトイスが向かった村に迎えに行ったが、トイスはその村を昼過ぎに出ていたことしか分からなかった。
一方その頃、トイスはとある魔神と向き合っていた。
「あ、いやぁ、人違いで、申し訳ない。」
イヴァン並に大柄でダークブロンドの美丈夫に突然さらわれ、高い山の頂上付近の洞窟に連れてこられたトイスは、今盛大に魔神に謝られていた。
魔神と言うにはなんだか愛嬌のあるこの男からは、危険な感じがしないので、大人しくしていたのだが、洞窟に入って顔をまじまじと見つめた魔人は突然驚いた顔をして、謝り始めたのだ。
「まぁ、いいですが、どなたとお間違えですか?」
「うん。息子。」
「?あなたの?」
「そう。愛する妻の忘れ形見。」
「息子さんはお幾つですか?」
なんだか落ち着いて魔神と話しているのも変な気がするのだが、この男、妙に人懐っこいのだ。
「別れたのは赤ん坊の頃だから、幾つかなぁ?」
「は?」
「でも、そのペンダントは俺が妻に渡した物だ。」
「このペンダント?」
ロルカの師範であるアルマンの形見か・・・。彼は息子が既に亡くなっていることを知らないのか・・・。
「これは、私の弟子から贈られました。弟子を育てて下さった方の形見です。」
「形見?」
「あなたのご子息、アルマン様は、魔神に殺されました。」
「なんだと?!何故だ!」
「理由ははっきりしません。仇は彼が育てた青年が先日討ち取りました。」
「そうか・・・。息子は殺されかけた時、俺を呼んではくれなかったんだなぁ。呼んでさえくれたら、何としても助けに行ったのにな・・・。」
「ご子息はとても強い方でしたから、助けを呼ぶという考えをお持ちでは無かったのでしょう。」
「そうなのかな。俺は妻も息子もなくしたんだなぁ。」
トイスはこの人間くさい魔神を不思議そうに見つめた。
彼の知る魔神にはこんなものは居なかった。もっと禍々しくて凶暴な生き物。
それが魔神ではなかったのか?
「ん?なんだ?」
「いえ、今までに会った魔神とは違うので、少し・・・。」
「それは人間でもそうじゃないのか?弱い奴もいれば、強い奴もいる。嫌いな奴もいれば、好きな奴もいるだろう?」
「まあ、そうですね。」
そうは言うものの、それはおかしくないか?とトイスは思った。
魔神は人間にとって恐怖の対象だろう?
「俺の派閥は人間好きだから、人と関わる時は恋愛している時だけだと思うぞ。」
「派閥?」
「そうだ。だからさっきも言ったろう?魔神だって色々いるって。」
「恋愛?」
「おうさ、魔神の女も良いが、俺は人の女の方が可愛くて好きなんだ。」
可愛い?ちょっとアマーリエを思い出し、首を捻るトイスは結構失礼だ。
「魔神の女は気が強いが、人の女は嫋やかで優しいだろう?」
「?」
「?違うのか?」
「まぁ、人それぞれと言うことで。」
そういえば名前も聞いていなかったと思い出し、聞いてみた。
「すまん。ダグリュールと言う。」
「私はトイスです。それで、派閥とは?」
「退屈しのぎに人で遊んでいる奴らもいる。お前が言う魔神はこいつらの事だろう。俺達はとても長く生きる。退屈になるんだよ。俺や俺の仲間はそんな遊びはつまらないんだがな。」
「それで、あなたは恋愛ですか?」
ダグリュールはニヤリと笑って答えた。
「そうだ。でも俺達の恋愛は人間にとって役に立っているだろう?」
「どういう事ですか?」
「んん。お前、気づいてないのか?お前にも魔神の血が流れているだろう?」
「え?」
「二、三代前かな?人間には俺達の血が入っている奴も少なくないぞ。だから、魔物等とも戦えているんじゃないのか?」
驚愕、としか言えない。まさか・・・、だから?
「俺達は派閥が違う奴のやる事には手を出さないのが不文律だが、今回あいつらは息子を殺した。もし、あいつらと殺り合う場合は手を貸そう。誰に手を出したのか思い知らせてやる。」
「それは助かる。その時はよろしく頼む。」
「ああ。」
「今日の所は失礼しても良いだろうか?弟子達が待っているので。」
「呼び止めてすまなかったな。」
「では、失礼する。」
洞窟の外は断崖絶壁。いやいや、これは呼び止めたと言うものじゃないだろう。とトイスは思った。
「あの、ちょっと、元の場所まで送って貰えませんかね?」
「気が利かず、申し訳ない。送って行こう。でも自分で行けるんじゃ無いか?」
「ちょっと遠そうなので、よろしくお願いします。」
ロルカのペンダントが反応した場所に行けば、トイスと見覚えのない魔神の気配を漂わせる男が並んで立っていた。
ロルカもイヴァンも警戒し、剣を抜ける体制を整えていたが、トイスに手振りで止められた。
それでも警戒する二人にトイスが魔神を紹介するので驚いた。
「こちらはダグリュール様。アルマン様のお父上だ。」
「はい?」
「おお、お前が我が息子の育て子か。ん?お前はもしかして・・・。」
「?」
「いや、何でもない。では、トイス、またな。」
「ええ、ダグリュール様。」
かき消すように姿を消した魔神の、最後の言葉は何を言おうとしたのか。
嫌な予感が燻るトイスだった。




