第32話 新年の鐘
大陸には共通の暦がある。暦は農業をする者には豊かな恵の為の作業の目安を、祭司を行うものには適切な祭りごとの時期を教えてくれる。
一年は十三ヶ月あり、ひと月は三十日。殆どの家には十三の角を持つ石一つとと十の角を持つ石が二つ、家族の集う場所に置かれている。
これを一日毎に転がしてゆけば、今日の日付がわかるようになっている。
貧しいものは河原の石を自分で削り、数字を書いて使う。豊かなものは美しい鉱石に金や銀を数字の形に埋め込んで使っている。
その一年の始まりを告げるのが新年の鐘の音だ。
三国の王宮にあるその鐘は新年を告げる時しか鳴らされる事がなく、ゴォォォォォォォンと長く余韻を響かせ、十回鳴らされる。
鐘の音はその音を引き継ぐように各街々、更には各村の教会の鐘の音に引き継がれ、大陸全土に響き渡る。
この音とともにどの家も暦を一月一日とし、新しい年の始まりを寿ぐのだ。
トイス達はヤクーシュ王国の最北端の村でその鐘を聞きながら、ゆっくり酒を酌み交わしていた。
窓の外には雪がしんしんと降り、明日には膝上以上に積もりそうだ。
今は雪の深い季節なので、できればもう少し早くこの地を抜けるつもりだったが、色々と興味深いものが多くて、ついつい長く居すぎてしまった。
主街道は何とか歩けるが、そこまで出るのは一苦労だろう。しかし、青竜のハモンも今では人一人乗せて飛べるほどになった。
ハモンと、クシュカが居れば、行けない所はない。
そう思うと、つい、この地にのんびりしてしまった四人だった。
この村辺りは少し前に立ち寄った村と違い、魔物を口にしない為か、冬になると風邪を引く者が多い。
今更ながら、魔物料理の凄さを感じるが、好奇心の強い彼らと比べ、普通の村人は急に魔物を食べろと言われても食べられないし、魔物を狩るのさえ、命がけだ。
更に長年この地域には薬草使いも居ないらしく、病に犯されれば、そのまま死に繋がる。
四人はこの辺りの村を順に回り、薬草の扱い方を教えていた。
今年はそのおかげか、風邪で亡くなる人がまだ居ない。
「新年おめでとう。」
「お師匠様、新年おめでとうございます。」
「そろそろ、ハロルド王国に戻ろうとかと思う。アマーリエ、一度マリオンに挨拶に行くか?ハモンで行けば、それ程はかからないだろう。」
「そうね。ハロルド王国に行けば、またこちらに来るまでに暫くかかってしまいそうだし、先日イヴァンに貰ったプレゼントも設置してきたいしね。」
「?プレゼント?」
トイスがイヴァンを見れば何やら自慢げに笑っている。
「兄貴の婚約者が簡易式転送陣を作ってくれたんだ。俺の実家としか繋がらないけど、そのうち、結婚して王都で身を固めたら、アマーリエが好きな時に里帰りできると良いなと思って、開発を頼んでた。
そしたら、出来たって届いて、プレゼントしたんだ。」
「携帯型って事か?」
「うん?そうなのかな?」
「それが普及したら高価な転送魔法陣は要らなくなると言うことか。凄い発明だな。」
「だろぉ〜。さすがはライラだな。」
「良かったなアマーリエ、これでいつでも行き来できるな。」
二人の結婚に反対していたマリオンの姿を知るだけに、ロルカは微妙な笑顔で、トイスは楽しくてたまらないと言う笑顔だ。
翌日、雪も止んだので、アマーリエは早速王都に向けて出発した。
アマーリエがイヴァンから貰ったプレゼントを見せられたマリオンは、この時ばかりは本当に嬉しそうに喜んだと、戻ってきたアマーリエが報告するのを聞き、ついにアマーリエとの結婚を火の四聖たるマリオンに認めて貰えたと喜んだのはイヴァンだ。
二人はとても嬉しそうに見つめあっている。
ロルカがチラリとトイスを見ると、ニコニコ笑っているように見えるが、口元はひくついていて、お腹は震えているように見える。
きっと爆笑したいのを凄く我慢しているんだなとわかってしまった。
自分はと言えば、気の毒なイヴァンに真実を告げるべきかどうか悩み中だ。
人の気持ちは変わる。アマーリエが幸せならば、マリオンもいつか二人を暖かく見守ってくれるかもしれない。
余分な事は言わないようにしよう。
そう考えて、小さなため息をついた。
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「あぁ、なんていい物が手に入ったんだ。これだけはイヴァンに礼を言わなくてはいけないなぁ。」
転送陣を思うとマリオンは笑いが止まらない。
二人の結婚が止められないなら、せめて嫌がらせはしたい。
「そういえば、あの男の兄は、中々いい性格をしているとトイスに聞いた事がある。弟にはたいそう甘いようだが、命に関わらなければ一緒に嫌がらせを楽しんでくれるかもしれないな。」
イヴァンと違い、筋肉ダルマでも無い、頭脳派らしい。趣味も考え方も、集めた情報ではなかなか好ましそうだ。婚約者殿も発明オタクらしいが、婚約者であるあの筋肉ダルマの兄と相性が良いらしい。
一度、彼らが戻る前にお宅訪問をしてみよう。
ほんの少しだけの面会なら王都を離れても問題は無い。
マリオンはとても楽しい思いつきを夢想し、訪問の日時を自分の予定と照らし合わせながら考える。
今年は良い年になりそうだ。




