第31話 緑の石
思いのほか魔物の料理にはまってしまった四人が、辺境から王都に戻ってきたのは、色付いた木々が、冷たい風に震えるように葉を散らす頃だった。
「ロルカ、アルマン様のお身内に会ってみるか?」
唐突なトイスの言葉に息を飲んで振り向くロルカに、師匠の言葉は優しかった。
「あぁ、やはりお前は知らなかったんだな。アルマン様の兄上はこのヤクーシュ王国の貴族なんだよ。」
「父が貴族?」
復讐の終わった今、ロルカはアルマンを師範ではなく、父と呼ぶようになった。身内が居るのならば、父の形見のこのペンダントもその人に返さなければならないだろう。
できれば、このまま持っている許しが欲しい。
「お師匠様、その方にお会いしたいです。」
「わかった。アマーリエ、ナハト様に連絡をとってくれるか?」
「いいわよ。ナハト様がお身内なの?」
「そう。」
アマーリエは頷くと、三人から離れ、姿を消した。彼らは火の館に泊まる予定なので、用が済めばそちらで合流できる。
アマーリエの連絡待ちなので、どこにも寄らずに火の館に向かった。
館に着くとトイスは火の四聖のマリオンと話があると部屋を出ていき、イヴァンは魔物料理について、兄と魔法の鞄を通してやり取りをしていた。
そういえば、と、その姿を見ながら、今更ながらロルカは思った。
イヴァンはどうして魔法の鞄を持っているんだろう。
師匠に最初に鞄の使い方を教えてもらった時、この鞄は四聖だけが持つものと教えてもらったような覚えがある。
「なぁ、イヴァン、どうしてお前は魔法の鞄を持ってるんだ?」
「ん?これは開発途中の試作品だからだ。」
「試作品?」
「おう。兄貴の婚約者のライラが鞄を改良していてさ。俺がお前を追って旅に出るって言ったら、連絡用にって試作品を渡してくれたんだ。でも、便利だからさ、そろそろ四聖以外も持つようになり始めたんじゃないか?」
なんだか自分と同じ普通の剣士だと思っていたイヴァンが、なんだか凄い人になってしまったみたいに感じる。
四人のうち、二人は四聖だし、一人は凄いものを開発する人の身内。
自分だけが遠く離れた普通の人間だったんだなぁとしみじみ思ってしまった。
ロルカが普通と思う人はどこにもいないのだが。
アマーリエはトイスと一緒に戻ってきた。そして、大柄な壮年の男性と一緒に。
その顔には懐かしい父の面影があり、この人が父の兄だと紹介される前にわかった。
「君がアルマンが育てた息子なのか?」
かけられた深い低い声も懐かしい父の声に似ている。父の姿を見るようで、ロルカの目に涙が滲んだ。
「初めてご挨拶させていただきます。ロルカと申します。」
「ロルカ?弟からはカークと聞いていたのだが。」
驚いた。父が連絡を誰かとしていたとは思わなかったのだ。
「トイス師匠の元に弟子入りしてからはロルカと名乗っています。」
「あぁ、そうだったのか。私が弟に手紙で君の事を教えられたのは20年位前の事だから。」
「では、アルマン様が亡くなられたことは・・・。」
「アマーリエ様から伺った。」
「申し訳ございません。」
「君が何を謝るんだ。」
「俺が居たばっかりに、アルマン様が・・・。」
「君のせいではない。弟は手紙で君を託した女性に一生で一度の想いを抱いたと言ってきた。彼女の頼みならなんでも叶えたいと。それは熱烈で。
私は弟がそのような想いを抱くとは思ってもいなかったから、凄く驚いた。」
「アルマン様が?」
「その人のことは弟から聞いたか?」
「いえ、一度も。」
「そうか。ではこの機会に話しておこう。その人はおそらく人では無かったと思う。そして、弟と呼んでいるが、彼は私の父の妹の子どもだ。」
そして、ナハト様は、師匠達にも知っていて欲しいと、アルマンの事を語った。
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アルマンの母は美しいがあまり体が強くなかった。その上、人と会うのも苦手だった為、父は彼女の為に別棟を建て、側仕えを置いて、暮らさせるようになっていた。
彼女には降るように縁談の話があったが、決して首を縦に振らず、彼女を溺愛する父と兄によって守られ、政略結婚をさせられる事も無かった。
それでも縁談は尽きること無く、両親も娘が惹かれる人があればと釣書だけは娘に見せるも、惹かれる相手が現れることも無く、彼女は18になった。
さすがに両親もこのままでは結婚出来なくなると危機感を覚えた時、側仕えから驚きの事実を伝えられた。
この三月、娘に月の物が無いとの報せだった。
驚いた両親は懇意にする薬師に嫌がる娘を診せたところ、薬師は娘の妊娠を告げたのだった。
慌てて娘に問いただすも、娘は答えず、側仕えからは人の出入りは無かった言われ、途方に暮れた時、兄が首にかかるペンダントを見つけた。緑の石がひとつ下がっているだけのペンダント。
兄がそれに触れようとすると妹は必死にそれを抱え込んだ。そんな姿を初めて見た兄は妹を宥めながら、両親を母屋に戻し、二人だけで話をする事にした。
妹も妊娠に不安があったのか、落ち着いて話を聞いてくれる兄に愛しい人に貰ったペンダントだと打ち明けた。
それから数ヶ月、娘の腹が大きくなるも、相手が誰かは分からなかった。相手は夜、誰に見咎められる事も無く忍んで来るようで、兄が寝ずの番をしても捕まえる事が出来なかった。
臨月を迎えたある朝、娘は石の下がったペンダントを二つ握りしめ、泣きじゃくっていた。
聞けば、男から別れを告げられたという。
兄は怒りのあまり、床板を叩き割ってしまった。
可愛い妹を弄んだ男が許せなかった。
それでも妹は弄ばれた訳では無いと言う。彼は彼女を守る為、断腸の思いで離れて行き、ペンダントは妹と産まれる子どもに持たせて欲しいと言ったそうだ。
それさえあれば、二人の居場所がわかると言ったそうだ。
アルマンを出産した後、体の弱かった娘は体調が戻ること無く、二ヶ月後、亡くなった。そして、その夜、彼女の遺体が無くなり、部屋にはペンダントだけが残されていた。その日、アルマンは母屋で娘の両親が面倒を見ていたので、連れ去ることができなかったのだろう。
兄はアルマンを自分の子どもと共に息子同様に育てた。
アルマンは強く賢く育ったが、母親同様、結婚には興味を持たず、若くして家を離れ、そのまま帰ってくる事は無かった。
兄弟のように育ったナハトには時折手紙が届くことがあった。武術大会で優勝したとか、変わりなく暮らしている等が淡々と綴られている文だが、元気にしていてくれるのが嬉しかった。
ところがある日届いた手紙には、自分の目の前で死んだ魔神の女性に想いを寄せた事。彼女の願いを受け、子どもを育てる事。そして、いつ魔神に襲われるか分からないので、もう手紙を送れなくなる事。それを今までの感謝と共に、この手紙を破棄して欲しい旨が書かれていた。
そして、自分の父も魔神だったのではないかとも。
母も自分も魔のものに強烈に魅かれたのではと。
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ナハトは話はこれで終わりだと告げた。アルマンの手紙の事を彼は今まで誰にも告げること無く、手紙も即座に焼却したそうだ。
「弟が君にそのペンダントを託したのなら、いつか弟の父が君を助けてくれるかもしれないから、君が持っていて欲しい。
どうして、彼が弟を助けてくれなかったのかが恨めしいが、何かわけがあったのかもしれない。」
「ありがとうございます。大切にします。」
「そうしてくれ。もし、・・・いや。なんでもない。」
「なんでしょうか?」
「そう、もし、弟の父親と出会う事があったら・・・。」
「・・・・・・。」
「一発殴って欲しい。」
「わかりました。必ず。」
ナハトは少し嬉しそうに笑った。
「体に気をつけて。いつでも頼って来なさい。」
「ありがとうございます。」
ナハトが帰っていくと、珍しくトイスがロルカの頭を撫でてくれた。
最近の師匠はなんだか優しくて調子が狂う。
いつか盛大にアルマンの父を殴り飛ばそうと、ロルカは心に誓った。




