第30話 ダボン汁
ヤクーシュ王国でも、辺境の中の辺境でしか食べられる事のない、ダボン汁は、実は知る人ぞ知るという料理だった。
この大陸において、魔物はただ狩るべきものだが、この人里から外れたこの地域だけは、食べるものとして位置づけられていた。
そう、かのダボン汁とは魔物の肉を使った料理なのだ。
特に有名なのは、この辺りでザザと呼ばれる魔物を使ったダボン汁で、食べれば豚肉のように甘い油と、鶏肉のような柔らかい歯触り。そして、煮ても焼いても旨い肉汁が溶け込んだダボン汁は極上の味わいだ。
ただし、魔物の肉を食べる勇気があれば、なのだが。
ザザは見た目は恐ろしくグロテスクで、生きている物は凄まじい悪臭を放つ。初めて食べた人間は余程飢えていたか、ゲテモノ好きだったのか・・・。
ザザはヤクーシュ王国以外にも生息しているが、もちろん他のエリアでは処分される事はあっても食べられる事はない。
そのまま食べられるものでもなく、適正な処理が必要な食材で、その手間を習熟しているのが、この地域に住む者たちである。
ただ、ザザは臆病で、あまり人里に姿を現さないし、元々個体数も少ない。それこそ魔物の異常発生でもしない限り、年に一匹か二匹しか見つからない。
子供たちについて行ったトイス達は、処置前のザザを見て、全員言葉が無かった。
「これは、ギューガじゃないのか?」
「おじさん、何言ってるんだよ。これがザザだろう?」
「これ、食べれるの?」
「おばさん、食べた事無いの?美味いんだぜ!」
「いや、すげえ匂いしてるけど、これを食べるのか?」
「処置してから食べるに決まってるだろう?おじさん何をもの知らずな事言ってるのさ。」
「.........。」
山暮らしだったから知らないのか?俺もこれを見たら臭くて崖下に蹴り落としていたぞ。と、思うロルカは無言だ。
ニコニコと笑顔を浮かべながら解体していく村の男性の見事なナイフ捌きを見ながら、トイスは気になることを聞いてみた。
「この辺りでは他の魔物も食べるのですか?」
「もちろんです。我々が彼らの食糧となる事もありますが、我々も負ける事はできません。色々な魔物を食べています。」
中々シビアな辺境事情を聞いた気がする。
「魔物を食べて、体に害は無いのですか?」
「問題ありません。食べる事で魔物の魔力を摂取する為か、耐性もあり、少しですが、魔力も強くなるようです。体も強くなるのか、風邪をひくものはこの辺りにはいません。」
「それは素晴らしい。我々にも少し食べさせて頂けませんか?」
「良いですよ。宜しければ、魔物ごとに処理の仕方も違います。村のものに扱いについて聞いてみてください。」
「それは、是非お願いしたいです。」
「体が強くなるって、筋肉とかも付きやすくなるんですか?」
筋肉大好きアマーリエにとっては大切なポイントだ。
実際、村の者達はみんないい筋肉で、惚れ惚れする程なのだ。
「そうですね。魔物によっては食べるだけで筋肉が増えるものも居ますね。」
「魔物ごとの効果も教えて下さい。」
トイスもアマーリエも目をキラキラさせている。筋肉と聞いたイヴァンも興味津々の様子だ。
ロルカは興味半分と言うところだろうか。しかし、ダボン汁は気になる。肉と何をいれて汁物を作るのだろう。
そして、ついにダボン汁の料理が始まった。
まさか、そんな料理法だったとは。
ザザはタコのような大きな頭を持つ魔物だ。その大きさは人の頭20個位ある程大きい。
この頭を綺麗に中身を除き、素焼きしながら何度も水で洗う。すると赤黒かった頭は徐々に色を失い、まるでガラスのように透き通り始める。
この頭にザザの肉と穀物、野菜、薬草、木の実を入れ、ゆっくりと水分が半分になる位まで煮込んだ料理がダボン汁だ。
ザザの鍋は次のザザが手に入るまで大切に保管され、他の魔物の肉を使ってダボン汁を作るとの事だ。
料理のポイントは頭を使って煮込む事。普通の鍋では出せない野趣溢れる味に仕上がる。
煮込まれるほど、その香りは高まり、極上の香りを漂わせるようになる。
仕上げにザザの肝をゆっくりから焼きし、すり鉢ですったものを入れる。これが良いスパイスと塩味になり、味にコクが出るのだ。
「どっぷり魔物料理なんだな。凄い。」
村の人々と集まり、少し欠けた椀にダボン汁をたっぷりと盛り付けてもらい、トイスはその香りを吸い込んで楽しんだ。
今までに食べた事の無い香りだけれど、決して嫌なものでは無い。渡された匙で一口掬い、口に含むと想像を超える味わいだった。
「美味い!!」
村の人達が笑ってそれを見る。そらねと言わんばかりだ。
アマーリエも美味しくてジタバタしているし、イヴァンはもうおかわりをお願いしている。
ロルカは幸せで蕩けそうな顔になって、レシピを教えて欲しいとお願いし、食べながら、必死にメモをとっている。
ロルカが今度この料理を再現してくれると嬉しいし、他の魔物料理を教えて貰って欲しいと思った。
気づけばトイスの椀の中身もあと一口。気のいい村人におかわりをお願いしようと椀を持って立ち上がった。




