第29話 器
魔神の一部族を纏めるグランドリーは怒っていた。
彼の部下のあまりにもお粗末な対応にだ。たとえまだ暫く余裕があるとは言え、あの【器】を20年程前に失ったのもあの男の不始末だった。
だからこそ、挽回のチャンスとして、急がないからとあの男に任せっきりにして、魂の休息を行っていた自分の甘さにも腹が立つ。
使えないにも程がある。その上、人間にしてやられるとは。あのような無様な者は誇り高き魔神では無い。
「グランドリー様。是非、私にお命じを。」
一人の魔人が彼の前に進み出た。まだ若いが、その残虐性が気に入り、目をかけている男だ。
「ダングラーか。そうだな、そちなら彼奴のような無様は晒すまい。よかろう。【器】を速やかに回収して来い。」
「畏まりました。」
一礼し、にやりと口角をあげて微笑むと、ダングラーは足音高く魔窟を後にした。
それにしても、あの【器】には手を焼く。大体、なぜあの乳母が我らを裏切り、あのような愚かな真似をしでかしたのか。
しかし、良い事もあった。
あの【器】は予定以上の仕上がりをみせている。おそらくあのお方もお気に召すに違いない。
少し、性格は頂けないが、そんなものは上書きされるから問題にはならない。
手元に届けば、手ずから再教育を施し、更に好ましい【器】へと育て上げ、仕上げねばならん。
人の臭いも全身から隈無く抜いてやろう。
強情な【器】程、調教は楽しそうだ。グランドリーは少し楽しい気分になった。
トイス達は大陸の東の果てを目指していた。
この当たりは穀物の生産量が多く、ヤクーシュ王国の一大生産地である。まだ初夏だが、青々とした穂は元気に繁り、もう少しすれば重い穂を揺らすようになるだろう。
「ハモン、痛い、痛いって!俺の頭は鳥の巣じゃ無いぞ!」
イヴァンは今日も青竜のハモンに頭を蹴り付けられていた。
アマーリエと手を繋ごうとすると手をつつかれ、肩を抱こうとすると、頭を蹴り付けられる。
俺の事が嫌いなのかなと思うイヴァンだ。
しかし、それもあまりに度が過ぎると、クシュカからハモンに注意が入る。ほんの一声。
その一声だけでハモンは動けなくなってしまう。
「クシュカ、喧嘩の仲裁をするなんて、お前はいい子だなぁ。」
「ロルカ、私、あなたの望むことはなんでもするわ。」
「クシュカ、大好きだよ。」
クシュカとの会話は声に出すわけじゃ無いので、ロルカもあまり気にせずに、大好きって言ってくれるのが、クシュカは凄く嬉しい。
せっかくクシュカがロルカの肩に乗って寛いでいる時に、この青いチビが煩くて堪らない。
だからつい、威圧をかけて動けなくさせることになる。
このチビも少しは学習すればいいのに。頭が悪いんだから、と動けなくなったハモンに更に威圧をかける。
まぁ、威圧が強すぎると、呼吸もしづらくなるらしいから、そこそこにね。
青竜だから顔色がわかりづらいけど、人間ならもう真っ青な顔色ってところ。そろそろ威圧を少し緩めなきゃね、とクシュカは思った。
ハモンもクシュカが怖いので、必死にクシュカの様子を伺っている。
「クシュカ、それぐらいにね。」
そんな時、いつも苦笑いを漂わせながら、クシュカに一言声をかけるのはトイスだ。
肩に乗っているのに、ロルカは威圧の波動を感じないらしく、気づくのはいつもトイス。
まぁ、ロルカにはいい子って思われてるから良いけどね。
時々、真っ青な空を見ていると、思いっきり空を舞い飛んで見たくなる。
そんな時はロルカに声をかけて、クシュカは大空を舞う。風を切る感覚が心地よくて、体も随分大きくなったので飛ぶ速度も速い。
偶に、ロルカにも付き合って貰うが、それも楽しい。
一面の穀物畑は上から見れば、風にさわさわと揺れ、風の吹くまま波のようにうねってゆく。
そんな姿を見上げる青いチビの目にキラキラしたものを感じる時がある。
まだ小さいから自分のようには飛べないおチビさん。
大きくなったら、一緒に飛んで、空の気持ちよさを教えてあげなきゃね、とちょっぴりお姉さんぶりたいクシュカだった。
――ふふ。トイスみたいに、ハモンを私の弟子にするのも良いわねぇ。
トイス達の横を村の子ども達が賑やかにすれ違って行った。
「今夜は、ダボン汁なんだぜ。」
「え、すっごい!いいなぁ〜。」
「へへん。羨ましいだろう。父ちゃんがザザを狩って来たんだ。一年ぶりでさぁ。」
「俺にも一口食べさせて!」
「私も!」
子供たちが言ってしまうと、ロルカはトイスに聞いてみた。
「お師匠様、ダボン汁ってどんな料理ですか?」
「いや、私も分からないな。アマーリエは?」
「私も初めて聞いた。ザザってなに?」
四人は未知の食べ物に興味を引かれ、行き先を変更して、子供たちの後を追うことにした。
思う事は一緒。ダボン汁ってどんな味なのか、だ。




