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風の薬師  作者: ダイフク
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第28話 歌と酒


ヤクーシュ王国随一の祭りといえば、リンドンの祭りだろう。

各地から歌自慢が集い、最も優れた者が選出される祭り。

その歌を聴きながら、前年の秋に漬け込んだ酒の樽が開かれ、街中が歌と酒で満ち溢れる。大陸内でも屈指の酒処であるリンドンには旨い肴になる料理も揃っていて、人々はその十日にも及ぶ祭りに酔いしれる。


歌い手達は予選を勝ち抜き、本選に出場する。今年は何と、60組も出場するそうだ。

そうなると予選も街中至る所で行われ、様々な声が響き渡る。


更に歌い手達は素晴らしい舞い手と共に本選に出場するので、本選は歌だけでなく、舞も楽しめる最大の娯楽なのだ。


街中の宿屋と言う宿屋は一年前から予約で埋まり、泊まりきれない者たちは街の周りに野宿する事になる。


トイス達はマリオンの頼みを受け、出場者で体調不良の者や夜間の魔物討伐の手伝いをしながら、祭りを楽しみにやってきた。

マリオンは宿の手配をすると言うが、断って他の人たち同様、テントを張って野宿をする事にした。


ロルカとイヴァンが夜廻に行った間に、トイスとアマーリエは簡易な治療所を作り、風邪気味の者や怪我をした者の手当を始めた。

ここでの治療は王家が全面的にサポートするので、参加者ならば誰でも無償で治療が受けられる。

完璧な状態で試合に臨みたいのは誰しもなので、彼らの治療所は大賑わいだ。


「薬師様、私の連れなんですが、こちらまで来れなくて、すみませんが、私のテント迄来て頂けませんか?」


酷く青ざめた男が治療所に現れた。この男も病気にしか見えない程憔悴し、目の下の隈は濃い。

トイスは頷くと、アマーリエに治療所を任せてその男について行く事にした。

夜廻に出た二人も間もなく戻るだろうし、王国の薬師達も結界を張ってくれているので、大丈夫だろう。


男が案内したテントは粗末なものだったが、中で休んでいる女は大層美しかった。


「症状は?」

「声が出ないんです。」

と、男は泣きそうな声音で訴えた。女も泣いていたようで目が赤い。

それもそうだろう。予選は明日から始まるのだ。


「診せて下さい。喉を見ますので口を開けて下さい。」


女の喉は真っ赤に腫れて、細かい傷から血も滲んでいる。喉を痛めた後に、更に無理をしたのがわかる状態だった。

有名な歌い手以外は予選に出るにしても、事前に歌って五人以上の推薦を取る必要がある事を思い出し、無理をした理由を納得したトイスだが、この喉では傷は治しても喉の状態を完全に戻すには一週間はかかるだろうと診断した。


「無理をし過ぎてる。一週間は歌えないだろう。」

「そんな!予選は三日後なんです。ナキアは絶対本選でも上位に入れる程の歌い手なのに・・・。」


この試合の予選には代理も認められている。大きいグループの歌い手は本選に全力を傾ける為、予選は同じグループの他の歌い手に頼む事もあり。

そこで認められると、大きなグループからの引き抜き等もあるので、代理に歌う者にも大きなメリットになるのだ。


ただ、本選に残らなければ意味は無いので、代理とはいえ、かなりの実力者が出てくる事になる。


推薦状を見れば、なるほど歌に造詣の深いメンバーだった。彼女の実力は本物なのだろう。残念だが、来年に再挑戦するしか無いだろう。


「薬師様、本当に何ともならないのでしょうか?治療して頂き、予選を歌ったら本選では歌えなくなってしまいますか?」

「そうなるだろうね。予選も最後まで歌えるかどうか分からないよ。」


女はそれを聞いても諦められないようで、強い眼差しを向けてくる。


「代わりの歌い手は居ないのか?」

「俺達は二人きりです。彼女が歌って、俺が踊って。でも、今年入賞出来なかったら、彼女は別の男と結婚させられて、もう歌を歌えなくなってしまいます。」


「なんて可哀想なの!」

「アマーリエ。治療所はどうしたんだ?」


テントの入り口にはアマーリエとロルカが居た。


「イヴァンに任せてきたわ。ロルカにはあなたのいる所まで案内してもらったの。ふふ。そのペンダント、便利だわ。」


そういえば、そんなペンダントだった。凄いなと、ちょっと感心しながらロルカを見ると、申し訳なさそうに頭を下げている。


アマーリエは彼らのテントに入ってくるなり、女性の手を握りしめた。


「大丈夫。このトイスが予選を代わってくれるから、あなたはきちんと治療して、本選を頑張りましょうね!」

「おい、アマーリエ!」

「なに?こんな気の毒な恋人達を見捨てるって言うの?トイス、あなた、そんな酷い人だったの?」

「いや、酷いって。」


テントの男女は驚いてポカンとした顔でアマーリエを見つめている。突然過ぎて、話についていけない。

え?この薬師様が代わり?天使みたいに綺麗な人だけど、歌は?頭の中は混乱してぐるぐるしている。


「大丈夫よ。この人、顔だけじゃなくて、声も綺麗だから。そうよね、ロルカ?」


ロルカは悩んだ。確かに師匠の歌声は素晴らしい。でも、それをいえば今度は師匠に・・・。

師匠の目が怖い。頷こうか、でも、綺麗なのは確かだし・・・。


「この人はトイス、あなた、直ぐに手続きに行ってくるといいわ。代理申請の期限もあるから、ほら、急いで!」

「アマーリエ。」

「ありがとうございます。行ってきます。」

「あ、ちょっと。」


男は決断が早かった。いきなり立ち上がって、テントを飛び出して行った。

女は申し訳なさそうにはするものの、嬉しそうだ。


はぁーっとため息をついて、トイスはナキアの治療を始めた。傷は治したが一週間は絶対に話したり歌ったりしない事を言い含め、十日後の本選前に練習できるのは前日一時間だけど言う注意もしておく。彼女は素直に頷き、トイスに深くお辞儀をした。


三日後、薬師のローブではなく、アマーリエがどこからともなく持ってきた衣装をつけ、顔が見えないよう薄衣を頭から被ってトイスは舞台に上がった。


「こんな衣装、どこから持ってきたんだか・・・。」

「あ、あの、とても良くお似合いです。」


男物とも女物ともつかない薄衣を何枚も重ねたような衣装にトイスは朝からうんざりした顔だが、アマーリエはご機嫌だ。マリオンにも連絡したのだろう、アマーリエの隣で微笑んでいる。


ロルカとイヴァンは何か言われないようにそっと離れた所に避難した。


「行ってくる。予選に通れば良いんだな。」


それでも、予選に落ちるつもりは無いトイスで、ちょっと本気で歌おうと思ってはいる。結構やる気になっているのだ。


トイスの歌声は柔らかく、伸びがあり、大地に吹く風のように広がってゆく。囁くようにも包むようにも聞こえる声は魅力的で心地良い。


「お師匠様、さすがですね。」

「久しぶりにトイスの歌を聞いたが、さすがだね。魔力を込めなくてもここまで魅了するのだから。」

マリオンも楽しそうに聞いている。今日は火の四聖として来たわけでは無いので、彼も薬師のローブは着ていない。


歌い終わればもちろん、観客は歓喜の拍手を贈った。



そして十日後、ついに本選が始まった。

トイス達は初めて聞くナキアの歌が楽しみで、ワクワクしていた。あのトイスの歌を聞いても、怖気づかないナキアの歌が是非聞いてみたかった。


舞台にはナキアと一緒に居たハンスが上がった。


ハンスの力強く床を蹴る音を合図にナキアが歌い始めた。その声はほっそりしたナキアが出したとは思えない程、力強く、僅かに掠れた声は蠱惑的で心を鷲掴みにして持って行かれてしまうようで。

それでいて、少し震える声は庇護欲を掻き立てるようで。音域も広く、低音も高音も伸びがある。


その歌に合わせて踊るハンスの舞は、扇情的で、しなやかで、キレのある素晴らしいものだった。


観客は声もなくその歌に、舞に酔いしれた。


ハンスが手に持つ鈴がシャンと、最後の音を鳴らし、彼らの歌が終わった。

一瞬誰も動かない。そして、一人の拍手が聞こえた途端、まるで魔法が解けたように、拍手の渦が巻き起こった。今年の優勝者が決まった瞬間だった。



トイス達は酒場で酒を酌み交わしながら、あの舞台を思い出して感想をいいあった。ナキアとハンスは彼らの為に酒と肴を注文に行っているのだが、あちこちでお祝いを言われて、揉みくちゃになっているようだ。


「良い歌を聞いたなぁ。」

「素晴らしかったわねー。トイス予選に代理で出てあげて良かったわね。」

「アマーリエ、君が出ても良かったんじゃないか?」

「あら、だめよ。トイスの方が上手いじゃないの。」


祭りの夜はまだまだ続きそうだ。街中がいつまでもナキアの歌に酔っているようだった。


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