第23話 灼熱草
ガーランド王国の最南端に位置するのがアクシュケ町だ。
冬でも暑く、ハロルド王国の夏と変わらない。
この辺りまで来ると、ロルカとイヴァンには知らない病気も増えてきて、治療も自分達だけでは手に負えなくなってきた。
普通の切り傷なのに、熱による水疱ができ、そこから菌が回りやすくなる。水疱ができない為の手当が真っ先に必要になる。血止めより先の処理が必要な事を初めて知った。
幸い、アマーリエがこのガーランド王国出身で、この国独自の病気に詳しかった事もあり、ロルカはトイスに、イヴァンはアマーリエにマンツーマンで治療を習う事ができた。
アクシュケ町に着いたのは、春がすぐそこまで来た頃。
この町には飛竜の成長に必要な木の実があると聞いてやって来たのだ。
「暑っついなぁ〜!」
イヴァンが汗を拭いながら、ギラギラと照りつける太陽を睨んだ。
「お前は存在自体が暑苦しい。黙ってなさい。」
冷たいトイスの言葉にちょっと凹むイヴァンをよしよししながら、アマーリエがトイスを睨む。
最近ではよく見る景色だ。なんて事も無い。イヴァンがアマーリエに甘えているだけ。
毎日幸せオーラを振りまくイヴァンは、ロルカにも幸せになれる相手を見つけろと鼻の下を延ばしながら勧めて来るので、暑苦しい以上に鬱陶しい。
今日もロルカに勧めて来るので、クシュカに後ろから頭を蹴られている。前につんのめりながらも持ちこたえているので、クシュカも加減はしているのだろう。
それとも小型化しているので力が弱いのか。
こちらも毎日のことなので、ロルカももう気にもならない。ただ、この後、必ずクシュカが頬に体を擦り付けてくるのが、ちょっとひんやりして気持ち良いので、楽しんでいる。
街に入って広場に近づいた時、幼い少年が彼らの元に走りよってきた。
「お兄さん達、薬師様?」
少年はまだ7才位だろうか。幼いながらも利発そうな顔立ちの少年だ。その少年が酷く必死そうな顔で尋ねてくる。服装は清潔だが、あちこち傷んでいて、余り良い暮らしでは無い事が伺える。
トイスがしゃがんで少年に目線を合わせながら、天使の微笑みを浮かべた。
「そうだよ。君の名前は?」
「ケントです。」
ケントはトイスの笑顔にちょっと頬を染めながら答えた。トイスの笑顔は老若男女関係無いのだ。
「ケント君。薬師に何か用があるのかな?」
「うん。母さんが具合が悪くて、薬屋さんに聞いても母さんを治せる薬は無いって言われた。この街の薬師さんに頼みに行ったけど、忙しいって診てもらえない。でも、母さん、毎日具合が悪くなるんだ。母さんを助けて下さい。」
「お母さんはなんの病気?」
「分からない。誰も教えてくれなくて。でも凄く苦しそうで。でも、うちは父さんがいないし、母さんも病気になっちゃったから、僕の稼ぎだけじゃ、頑張っても余りお礼ができないんだ。やっぱりそれではダメですか?」
涙を浮かべながら見上げる少年に、アマーリエは胸がキュッと締め付けられた。
「お礼なんて、子どもが気にする事は無いのよ。お母さんの所に連れて行って。」
ケントを抱き上げて頬ずりする。
しかし、その時、少年が一瞬浮かべた表情に気づいたトイスはそっと少年に微笑み、少年がそれに気づき、ちょっと体を固くした事に気づくものはいなかった。
ケントに連れられて来た彼の家は暗くて小さな家だった。家に入ってすぐ、ベッドに臥す人影が見える。苦しい呼吸と咳が聞こえる。
「母さん!」
ケントがベッドに走りより、小さな水差しをその口元に近づける。ケントに抱えられて、何とか一口含み、背中をさすられた人は家に入ってきた四人を見て目を見張った。
「こんにちは。」
「母さん、薬師様だよ。母さんを診てくれるんだ。」
「でも、うちにはお金が・・・。」
アマーリエが一歩進んで、微笑みながら安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。まず、具合を診せて下さい。」
心配そうな母親に頷いてケントはアマーリエに頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
部屋の中は窓が小さいせいか、外よりも空気も悪く、暑かった。この環境が病人に良いはずは無いが、それでも室内は綺麗に掃除されていて、清潔だった。
アマーリエが診察する間、トイスが風を入れ替え、ロルカが室温を下げる。
イヴァンは崩れた土壁を治していた。
「凄い。薬師ってそんな事までできるんだ。」
「人それぞれだな。俺は、土属性だから壁を治すぐらいしかしてやれなくてごめんな。」
「ううん。かっこいい。」
診察が終わったが、アマーリエの表情は暗い。
「アマーリエ、君の診断は?」
「熱毒病だ。かなり病状が進んでいる。」
「内臓まで進んでいると言うことか・・・。」
「かなり進んでいる。多分呼吸するのも本当は苦しいだろう。」
「熱毒病を治すには灼熱草が必要だが、あれは中々手に入らない。私も持っていない。アマーリエ、君は?」
「私も持ってない。だいたいこの病気は万人に一人発症するかどうかという病気だからな。普通の薬屋では手に入らないだろう。」
「俺は、そんな名前の病気自体初めて聞いた。実家にもその薬草は無いと思う。」
熱毒病は風邪のような症状から始まり、徐々に内蔵に炎症が広がり、体の中から弱っていく病気で、薬師の治癒術で内蔵の炎症を少し抑えても完治することが無い。
治療にはどうしても灼熱草が必要なのだが、栽培のきかないこの薬草はこの南国でしか採取できない。
また、一年草の為、前回採取した場所にまた生えている可能性も低い。
「灼熱草って何?」
「治療に必要な薬草なのだが、この街の薬草店に連れて行ってくれないか?扱っているか知りたい。」
ケントは頷いて、アマーリエの手を引いて出て行った。
その間に、ロルカは内蔵の炎症を鎮める為、まず、母親を眠らせ、手を握って水の治癒術を展開する。
手を繋いで、初めて気がついたが、母親の内蔵の炎症は全身に広がっていて、これでは相当にきついだろう。
トイスは額に手をあてて、熱を吸い取り、イヴァンは手を握って少しづつ体力を送り込んだ。
しかし、弱り過ぎているので、強い治癒は行えない。
徐々に、少しづつしか、治癒できない。
その調整はかなり難しいものなのだ。
アマーリエとケントが戻ってきたが、返事を聞くまでなく、二人の顔を見るだけで答えは分かった。
「薬草店にも、この街の薬師にも聞いたが、持っていなかった。」
「そうか。」
「母さん、助からないの?でも、出かけた時より顔色が良くなってるし、苦しくなくなってるよ。このまま良くなるんじゃないの?」
トイスは首を横に振ってケントの肩を両手で掴んだ。
「私達がしているのは一時的に楽になるだけの治療だ。この病気は灼熱草でしか治せない。わかるか?」
「わかんない。わかんないよ!!」
「ケント。」
「灼熱草ってどんなの?僕探してくる。絶対探してくるから、戻ってくるまで母さんをお願いします。」
「灼熱草は葉も茎も花も全て真っ赤な草だ。見た事があるか?」
「真っ赤?もしかして、葉っぱがくねくねして、長い?」
「ケント、見た事があるのか?!」
「うん。見た。僕には採れない場所にあるけど、お兄さん達なら採りに行ける?」
「何処だ?」
「底なし沼の真ん中にある草地の上。この間、沼の側に生える薬草を採りに行った時に見かけた。」
「いつだ?」
「五日前。」
トイスは頷いた。五日前ならばまだ枯れていないはずだ。あの草は寿命が短いが、少なくとも十日は持つはずだ。
「ケント、採りに行くぞ。案内しろ。」
「うん。」
「お師匠様、ここはお任せ下さい。」
「任せた。」
トイスはケントを連れて街を出ると、直ぐに風魔法で底なし沼に向かった。歩くよりも、飛翔する方が速い。
トイスの力なら、一日位なら二人連れて飛翔しても問題は無い。
「お兄さんが一番偉いの?」
「彼らは私の弟子だからね。」
「そうなんだ。僕も薬師になれる?」
「どうかな。まだ年齢が低いから分からないな。」
「そう。」
「君が大きくなって、今みたいなあざとさが通じなくなった頃に会いに来てあげるよ。」
「ちぇっ、やっぱり気づいてた。あのお姉さんは騙されてくれたのに。お兄さんは性格悪そうだもんね。」
「性格が悪そうな人間の弟子になりたいのか?」
「なりたい。お兄さんがいいよ。」
「では、その頃に。」
「約束だよ。」
底なし沼の真ん中の草地に、確かに一本灼熱草が生えていた。
「あ、あれだよ!」
ケントが草地に降りようとするのを止めて、トイスは風で草の茎を降り、手元に飛ばした。
「灼熱草の周りの草は全て毒草だ。触れたら毒にやられるから、決して近づいてはいけない。」
「あっぶねぇ。お兄さんありがとう。これで母さんは治る?」
「大丈夫。私は腕のいい薬師だからね。」
トイスが微笑むのを見て、やっぱりこのお兄さんは綺麗だなぁと思うケントだった。
ケントの家に戻り、直ぐに調薬したものをケントの母親に処方し、翌日には効果が現れた。
ケントの家にはいつの間にかこの街の薬師が来ていて、何故か手伝いを申し出ていて、ケントは驚いた。
いつもは結構高飛車な薬師なのに、灼熱草が珍しかったのだろうか。
薬師は、夜も自分の家にお兄さん達を泊まらせてくれるという。薬師同士は仲が良いのか?凄いなと思う。
数日後、母親は快癒し、薬師のお兄さん達は街を出ることになった。ケントはまた会う日の為に、名前を聞き、絶対に忘れないようにしようと心に誓った。
トイス達が立ち去った後、街の薬師が名残惜しそうに彼らが見えなくなってもずっとケントと一緒に見送ってくれた。
「先生、ありがとうございました。」
「いや、一生の思い出を貰ったよ。あの方達と直接お話できる日が来るとは思っていなかった。」
「あの方達?」
「なんだ、お前はあの方達のことを知らずに母親の治療をして頂いていたのか?道理で態度が生意気だと思っていた。」
「特別な人なのか?」
「この大陸の薬師の頂点に立たれる方だ。トイス様は風の四聖。アマーリエ様は先の火の四聖。お弟子様お二人も相当な腕の方だ。私などとは天と地程差がある、尊い方々だよ。」
驚き過ぎて言葉が出ない。自分はそんな人に弟子にして欲しいと頼んだのか。それに彼らは治療代も取らなかった。
ケントは元気になった母親を見ながら、いつかあの薬師の弟子になって、この街を出ると言える日が来るのを夢見た。彼はきっと約束を守ってくれるだろう。それまでに出来ることはなんだろう?
彼らはみんな力も強そうだったから、まず、体を鍛えよう。あの弟子は毎朝激しい訓練をしていた。自分も頑張ろうと思った。
ケントは体を鍛えますが、薬師は一般的には文官タイプが多く、トイス達は別格です。




