第2話 白花病
「薬師様、怪我をしてしまって、ぜひ治して下さい。」
少女達はそれぞれに着飾って擦りむいた手を差し出してくる。怪我を治してもらいに来たとはとても思えないほど綺麗に着飾った彼女達はとても可愛らしい笑顔を浮かべている。
彼女達のお目当ては水色の髪に深い藍色の瞳を持つ、麗しい薬師だ。その笑顔は見ているだけで虜になる。
彼は錆色の髪と黒い瞳の弟子を連れ、今日は広場で人々に治療を施している。
旅の途中で立ち寄っただけと聞く麗しい薬師に自分の手を取って傷を癒して欲しいと、手に傷をつけて現れる怪我人は後をたたない。
「ロルカ、お嬢様達の手当を頼むよ。私はこのご老人の手当で手が離せない。」
「はい。お師匠様。」
――めんどくさいだけの癖に。
ロルカは胸の内で愚痴りながらも、師匠直伝の笑顔を浮かべる。
師匠に笑顔の合格を貰う迄に毎日練習し、3ヶ月も要した自信の笑顔だ。
師匠であるトイスの中性的とも言える天使的な笑顔では無いが、毎日の鍛錬で鍛えているロルカは薬師のローブの為、着痩せして見えるが、筋肉質のしっかりした体つきで、笑顔は少し男臭くも穏やかなものだ。顔立ちも整っていて、少しキツめの目も笑うと目尻に少し笑いジワがあって優しく見える。
勿論、作り笑顔なのだが。
「お嬢様、私に手当をさせて頂けますか?」
少女達はトイスにキュンとなりながらも、ロルカにはドキドキしながら手を差し出した。
弟子とは言いながらも、ロルカの位は現在、薬師見習。この程度の怪我の治療はなんということも無い。
少女一人一人の手をとり、そっとその傷に手をかざす。
その男性的な節くれだった手が自分の手を覆うのを見つめながら、少女達は顔を赤らめた。
治療は一瞬だ。実の所、トイスなら手を触れることも無く、まとめて治療する事も可能だが、それすら病人でも怪我人でも無い人を相手にするのは面倒らしい。
「まぁ、凄いです。もう傷跡もありません!薬師様ありがとうございます。」
少女達はモジモジとしながら頭を下げて礼を告げると嬉しそうにくすくすと笑いながら戻って行った。
「うん。やっぱりロルカだね。次からも頼むよ。」
「はぁ。」
薬師には十段階の階級があり、一番上が一級、一番下が十級となる。各王都にある【知恵の水晶】に触れることでその階級が決まる。薬師は薬の知識だけではなく【癒しの技】の強さでその階級が決まると言われている。
水晶はどんな構造になっているのか分からないが、その知識、技の強さ、技の修練度で階級を告げてくれる。
また、現時点で八級であっても修練度次第で昇級の可能性があれば級にSが付き、八級Sとなる。
また、薬師として名乗れるのは五級以上で、六級、七級は薬師見習、八級以下は薬草使いとなる。薬師は薬師の印を手に持ち、この大陸内を自由に動ける権限を持つ。
実際、薬師になれるのはほんの僅かで、良くて薬師見習止まりが殆どだ。その為、薬草使いでも、辺境では凄く重宝される。
四聖は別格で一級と四聖の間には大きな開きがある。その為、四聖が誰か失われた場合には一級Sの者が覚醒し、四聖になると言われている。とはいえ、一級Sの薬師も現在この大陸全土で五人しか居ない。
ロルカは現在、七級Sの階級になっている。トイスに師事して一年半、破格の階級らしいが、ロルカには良く分からない。それは師匠以外の薬師を知らないので、自分の拙さしか知る事ができないためだ。
日が傾き、夕日が赤く染まりはじめたので、トイス達も残る患者に手当を施し、荷物を纏めた。この街を治める領主から宿と食事の提供を受けているので、迎えに来た馬車に乗って領主の館に向かった。
「この度は我が領地にお越しいただきありがとうございます。今日一日だけで、数多の病人、怪我人が健康を取り戻すことが出来ました。なんとお礼を申し上げたら良いのか。本当に素晴らしい御業です。」
領主のログウッド卿は食事の席で二人に感謝の言葉を告げた。
勿論、トイスもロルカも得意な笑顔でその感謝の言葉を受け止める。
ただ先程からロルカは夫人の顔色が気になって仕方がない。こっそりトイスにその事を身振りで伝えるが、小声で
「黙って。」
と、言われるので、黙っているしかない。
食事も終わりかけると、夫人はもう堪らなくなったのか、夫に向かって身を乗り出し、訴えるような眼差しを向けるようになった。
ログウッド卿も夫人の肩に宥めるように手を置き、先程までとは違う真剣さで二人を見つめた。
「薬師様、白花病と言うものをご存知ですか?」
「ご家族のどなたかがその病に?」
ロルカはログウッド卿をじっと見つめて答えるトイスの顔を見つめた。
【白花病】、死病とも呼ばれるその病は、肌に白斑ができ、その白斑から白い花のようなかさぶたができることから、そのように呼ばれている。
白い花のかさぶたからは常に血が流れ、その血を止める治療をしても血が止まることがない。かさぶたが消える事も無い。徐々に血を失い命を喪う奇病だと言われている。
「私達の一人娘がその病に。今までにも多くの薬師様に診て頂きましたが、治すことは出来ないと言われました。しかし、先日、この街を訪れた薬草使いが他の人間の命と引き換えにするならば腕の良い薬師であれば治療できると教えてくれました。」
――そんな話、聞いた事ないぞ!
ロルカは驚いて師匠を見たが、師匠の顔に表情は無い。
「お願い致します。私か妻のどちらかの命と引き換えに娘の命を助けては頂けませんか?」
「あなたがたにその話をした薬草使いは誰ですか?」
「名前は知りません。ある日突然やって来て、その話を教えてくれました。他の人には教えてはいけないと。」
「そうですか。」
テーブルの上の蝋燭が燃える音すら聞こえる程の沈黙があった。
「結論から申し上げましょう。人の命を引き換えに助ける邪道の癒しの技を使う薬師は居ないでしょう。」
「邪道なのですか?それでも命を救う事に違いは無いのではありませんか!?」
「命の引き換えに命を奪う事があってはなりません。」
「お礼はいくらでも致します。お願い致します。あの子はまだ16です。それなのに、家から出ることもできず、年頃の娘のように身を飾る事さえできません。」
夫人は床に蹲り、声を上げて泣き出した。
「お師匠様。」
「黙りなさい。」
「一度、お嬢様の容態を見せて頂けますか?」
トイスの声にログウッド卿が弾かれたように顔をあげた。先程、治療は出来ないと告げた薬師の、容態を見たいと告げる声は彼の本当に微かな希望を刺激する。
「お願い致します。ご案内します。」
連れられてきた部屋には16才よりも幼く見える少女がベッドに横たわっていた。
その少女からはロルカでさえわかる程多くの薬師の力を感じる。彼女が今日まで生きながらえる事ができたのは、その治療のおかげだ。どれほど両親が彼女の生を望んだ事か。
「良い治療を受けてこられましたね。」
トイスの静かな声に夫婦は今までの日々を思うのか、涙を流している。
「この病状ならば、助かるかも知れません。」
「?!」
トイスは優雅にロルカに右手を差し出した。
「お前のナイフを。」
「しかし、お師匠様。」
「ナイフを。」
「はい。」
ロルカは自分の左脇から少し大振りのナイフを取り出し、師匠の手に載せる。
このナイフは彼の亡き師範が遺した物だ。そしてこのナイフは、恐らくこの大陸でも唯一の魔族の魂を狩る物。
師匠はこのナイフに吸い込まれた魔物の魂を聖なるものに変え、少女を助けようとしているとロルカにもわかってしまった。しかし、その術はたとえ師匠であっても容易いものではなくて、そして、その術は師匠以外には決して使うことのできないもの。
トイスはそのナイフを両手で捧げるように持ち、少女の手の甲の包帯を解き、白花のかさぶたの上にかざす。
ロルカは両親が近づかないように、部屋の隅に連れて行って二人が動けないようにした。
この術は彼にはなんの助けも出来ない。近づくことさえ危険なものだと、肌で感じる。
ゆっくりナイフから漂い出す靄がトイスの手に触れて、白く淡い輝きへと色を変え、少女の白花に吸い込まれていく。
暫くすると、白花のかさぶたはブルブルとまるで剥がれることを嫌がるように震え、徐々にその形を失い始めた。
そして、淡い光が消えると共に、少女の手の甲から白花のかさぶたが消えていった。
「お師匠様!!」
トイスの体がゆっくりと倒れるのを腕で支え、ロルカはベッドの上に落ちたナイフをしまう。
トイスの顔色は紙のように白く、呼吸も弱い。
「ログウッド様、馬をお貸しください。」
「え?は、はい。」
トイスは力の使いすぎで、既に意識が無い。ロルカは借りた馬にトイスを抱えるようにして乗せ、夜の中を最も近くにある峻険な崖の上に運んだ。
その風の強い岩棚にトイスを寝かせる。彼が出来ることはここまでだ。自分に何かあればこうしろと教えられていた通りにしたが、初めての事で、これでどうなるのかも分からない。
一晩その傍らにしゃがみ、ただ様子を見ていた。
ゆっくり東の空が白み始めた頃、トイスが目を覚ました。
「お師匠様。」
「ちゃんと教えた通りにできたな。私の弟子は優秀だ。」
ゆっくり上半身を起こすと、心配そうに見上げる弟子の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。
「助かったよ。もう大丈夫だ。」
ロルカはほぅーっと息を吐いた。
「さぁ帰って休もう。せっかくのベッドがもったいない。」
「はい。お師匠様。」




