第17話 死んだ土地
新しい国に入り、土の四聖も出てきます。
ハロルド王国とガランディーア王国の間の関所を越えると暫くは人の住まない土地が広がる。
この辺りには水辺も無く、川もない。水路を引くには岩盤に覆われた土地は固く、開墾も難しい。
それでも少し先には湖があり、その周りに家が集まる村がある。
トイス達はその村を目指して進んでいる。
ガランディーア王国に、トイスは以前に来た事があるが、ロルカとイヴァンは初めてだった。トイスも以前来た時には、中央の街々を訪れた為、この辺りに来るのは初めてだ。
ハロルド王国を出て、それほど離れていないのに、ガランディーア王国には雪が降った気配さえない。とても温暖な国なのだ。
その為、南の王都に近づく程、気候は温暖化し、穏やかで特に季節の変化が無い。
彼らの目の前にある村の姿は穏やかなガランディーア王国とは思えない景色だった。
白っぽい土の上には病んだ色の葉を付けた植物が僅かばかりに生息し、村人達の肌は粉を吹いたように荒れている。頬は痩け、目の下には酷く隈が浮かび、それでも足をだるそうに動かしながらその僅かばかりの畑の作物の手入れをしていた。
「お師匠様、これは・・・。」
トイスは土に跪き、右手の手のひらを土につけ、目を閉じた。
額に微かに汗を滲ませながら、漸く手を話した。
「魔獣の毒が染みている。」
「この辺り一帯ですか!?」
魔獣には身体に毒を持つものがいる。焼いてしまえば問題が無いが、その死体が水や土の中にある場合には、その毒が溶けて流れ出す場合がある。
しかし、魔獣一匹でこの辺り全体が毒に侵されるとすれば、かなり大型の魔物でも一匹とは思えない。
「地中もかなり深くまで毒されている。それも全て同じ毒だ。信じられないが一気に毒されたとしか思えない。」
「では、土ではなく、毒されているのは水と言うことですか?」
「そうだ、ロルカ。湖を見に行こう。」
三人は湖に急いだ。美しい水を湛えた水面は穏やかで、見渡す限り、魔獣の死体は見当たらない。
しかし、そっと水に手を浸したトイスは眉を寄せ、水からだした手を浄化した。
「酷い毒素だ。」
「でも、お師匠様、死体なんか見当たらないぜ。」
大柄のイヴァンが背伸びをしながら見回すが、死体は見つからない。
「お師匠様、まさか、死体は湖底にあるのですか?」
「そうだ。意図的に入れた物だろう。重しを付けて沈めてある。」
「一体、何者が・・・。」
「分からないが、あれ程の数を沈めるのは人では無理だ。おそらく魔族。魔神ならばこんな嫌がらせのような真似はしないだろう。」
トイスは湖面を睨んでこの後どう対応しようか考えていた。弟子も実力をつけてきたとは言うものの、三人とも火属性では無い。
湖底に沈む魔物の死体は多く、例え全て地上に運んだとしても、そのままでは置いた湖畔の土に毒が染みる。
引き上げて直ぐに焼き尽くすには普通の火では難しいし、例えトイスの風の力で火を強めても火属性の火程の高温にならない。
――ちっ、火属性の弟子もどこかで見繕うんだった。
村の入り口に不意に大勢の人の気配がした。
その中に聞き覚えのある声がする。
――この声、グランか?
トイスは二人を連れて村の入口に走った。
「グラン!」
「お、トイス。おまえ、いい所にいるな!」
「この村の調査か?」
「あぁ、噂を聞いてな。思った以上に酷い。」
「火の薬師は連れて来ているか?」
「? 二人いる。」
「良かった、そいつらを連れて一緒に来い。原因は湖だ。」
「わかった。おい、ナラハとガロン、一緒に来い。」
トイスは湖に急ぎながらグランに自分が調べた湖の様子を伝え、この後の手順を説明した。土の四聖たるグランが居るのだ、予定以上の大技ができる。
グランはニヤリと笑うトイスを見て、ちょっと嫌な顔をしたが、なに、気にする事はない。この国はこいつの守護する国、こいつの仕事なのだから、暫く寝込んでもどうと言う事も無いだろう。
湖畔に着くとトイスが指示を出す。
「イヴァン、お前はここでは畑の浄化の為に力を温存しろ。」
グランはイヴァンをチラリと見ながらも何も言わなかった。
「ロルカは魔物を始末した後の湖水の浄化だ。」
「この湖全部ですか?!」
「出来ないとは言うなよ。命令だ。」
「・・・はい、お師匠様。」
自分の魔力で湖全部が浄化できる気がしないが、師匠は言い出したら聞かない。できるできないじゃないんだ。やるしか無い。ロルカはゆっくり体内で魔力を練り始めた。
「グラン、お前の仕事は湖底の持ち上げだ。魔物ごと湖底を持ち上げてくれ。出てきた魔物はそこの火の薬師と私で焼く。」
「お前は焼くだけかよ!湖底持ち上げって、軽く言うな!」
「土の四聖が出来ないなんて言わないよな?」
「くっそ!」
ロルカもイヴァンも驚いてグランの顔を見た。師匠の知り合いとは思ったが、まさか土の四聖だったとは。
――師匠、四聖に対してもこの態度なんだ。あ、なんか気の毒になってきた。
と、ロルカは思ってしまった。同じく無理難題言われている者として、通じるものを感じてしまう。
魔力の練り上げが終わったのか、グランは湖畔の土に両手をついた。
「始めるぞ。」
「何時でも。」
ニコリと微笑んで答えるトイスを見ながら、舌打ちし、グランは地面に集中した。激しい地揺れと共に湖畔近くの湖底が大きく盛り上がってくる。
その上には石で繋がれた二十匹以上の魔物が半分腐った状態で乗っていた。
すかさず、火の薬師が最も高音な火魔法を飛ばし、トイスがその魔法を風で煽って一気に魔物を焼き尽くした。
魔物が焼き尽くされた事を確認し、グランは再度、湖底を元に戻していく。
湖底が戻ったのを確認し、ロルカが湖水の浄化を始めた。水に手を差し入れ、徐々にその穢れを清めていく。
トイスはその場をロルカに任せ、足元がふらつくグランを引き立てるようにして村に戻って行った。
「おい、トイス、お前もしかして、俺の事まだこき使うつもりかよ。」
「何を言ってるのか分からないな。これは私の仕事ではなくて、お前の仕事だろう?それなのに私はお前の為に可愛い弟子に手伝わせてやろうとしているんだ。感謝しろよ。」
「横取りしやがって。」
「ふふ、フロアティーナから聞いてる。まだ未熟だが、弟子の力を見せびらかしてやろう。」
「俺、お前のそういう所が大嫌いだ。」
二人の会話は後の三人には聞こえない。それに火の薬師の二人は力を使いすぎて、今やフラフラの状態だ。それでも四聖に手伝いを命じられた名誉から何とか倒れずに頑張っている。
村に戻ってくると既にグランが連れてきていた薬師達が村人の治療を初めていた。
「イヴァン、畑に行って、浄化して来い。」
「はい、お師匠様。」
イヴァンが畑に向かおうとしたのを見て、グランもそちらに向かう。
「俺も行く。」
イヴァンが浄化を始めるのを見てから、グランも浄化を始めた。
村の井戸の浄化は連れてきた水の薬師が二人がかりで終えたようだった。
トイスは水と土の影響で空中にも含まれてしまった毒素を浄化している。毒の影響はかなり広く迄渡っており、もう、これはグランに滅茶苦茶お礼をさせなければな、と思った。
村の辺りの浄化が済んだ時にはグランもイヴァンも、もちろんトイスも、もう指をあげることすら億劫だった。
しかし、無茶振りしたロルカの様子を見に行かなくてはならない。
何とか体を起こし、グランと湖に戻った。
水辺では水に手を入れたままロルカが倒れている。
近寄ってみると、魔力切れのようだ。トイスが水に触れてみると湖の水は完全に浄化されていた。
「浄化できたのか?」
「あぁ、そうだ。」
「化物かよ。」
「フロアティーナのお気に入りだ。」
「聞いてる。最初聞いた時は無理だと思ったが、こいつならいけるかもな。」
「まぁな。今、三級だ。」
「そうか。」
「ところで、イヴァン、俺にくれよ!元々俺が目を付けてたんだ。こっちに来たついでに置いてけよ!」
「それは無理じゃないかなぁ。イヴァンはロルカから離れないと思うよ。」
「はあ?どういう事だよ。」
「まだイヴァンはロルカに一勝も出来てないから、絶対に離れないだろうなぁ。」
トイスはそれはそれは楽しそうに微笑んだ。
「イヴァンの餌はその弟子かよ。じゃあ、そいつも剣士か?」
「フロアティーナから聞いてないか?ハロルド王国一の剣士だよ。」
「お前はずるい。本当に昔っから嫌な奴だ。」
トイスはもう少しロルカの手を水に浸し、自分も横になった。もう少し、風の強いところで休みたいが、ここもそこそこ風があるので我慢しよう。
今はとにかく三人ともただ休みたかった。




