第15話 温泉
豪華温泉旅行です。
イヴァン兄のオススメ温泉場に向かう三人。今日の気分はすっかり観光客だ。足取りも軽く、途中出てくる魔物はスキップに引っ掛けられた小石のごとく三人に倒されている。
早く宿に着きたくて、少し急ぎ気味に歩いている事もあり、出てきた魔物は確認することも無く倒していく。
もちろん、師匠の手を煩わせることはしない。前を歩く弟子二人が剣を鮮やかに右手で振り、左手で魔法を飛ばせば、邪魔者は全て排除される。
しかし、彼らは知らない。呆気なく倒された魔物の中にはこの地域で恐れられ、各町々から討伐依頼が出されていた物が居たと言うことを。それも高額の報奨金付きで。
道道トイスはロルカに温泉の説明と、温泉の入り方の説明をした。
なんとその温泉には蒸気が吹き出す所まであって、その蒸気に当たると身体中筋肉の強ばりが解され、その後に入る雪風呂なるものに浸かると体が溶けるような気分になるのだそうだ。
蒸気が吹き出すと言うのも見たことがなく、ロルカは想像もつかない温泉なるものに興味津々だった。
ロルカはイヴァンの兄は商人だと聞いている。こんな辺境の温泉を知っているなんて凄いなと思った。旅商人なのだろうか、国中を回る商人は少ない。
危険も多いし、イヴァンのように剣の腕もたつのかもしれない。何を商っているのだろう。イヴァンが薬草に詳しいから、もしかしたら薬草採取を専門に請け負う人かもしれない。
もし、会うことがあれば、旅先の話を聞いてみたいと思った。未だ出会うことの無い、彼が仇と狙うものの手がかりについて。
三人が着いた宿屋は王都にあってもおかしくない程、豪勢な作りだった。玄関も広く、天井も高い。大きな屋根が優雅に曲線を描いている。
――これ、何? 温泉って、こんなに豪華なものなの? 貴族の館すら霞むんじゃ。
ロルカは余りの豪華さに空いた口が塞がらない。本当に自分たちはここに無料で泊まっても良いのだろうか。
イヴァンの兄さんって何者? こんな所、なんで知ってるの?
「思った以上の豪華さだったな。」
「うーん。兄貴の気に入りってあったから心配はしたんですけどね、ちょっと、想定外でした。」
「仕方ない。既に予約も入れてもらって居るんだろう?入ろう。」
「はい、お師匠様。」
「ボーッとしてるロルカを連れてきなさい。」
「え?あ、はい。」
イヴァンは驚いて固まっているロルカを引っ張ってトイスの後を追った。
「申し訳ございません。本日は一部屋しか空きがなく、二部屋ある寝室の片方にベッドを二つ入れされて頂きました。」
「構いません。いつもは三人で雑魚寝ですから。」
ロルカが部屋の手配をしている間にトイスは寛いでドリンクを飲み、イヴァンは兄に連絡を入れていた。
「大きいお宿ですが満室なのですね。」
「大きいなど、とんでもありません。当宿は五室しかない小さな宿でございます。」
「・・・」
どうやら温泉というものはとても豪華なものらしい。街中の大きくて豪華なな宿でもこれ程大きい所は少ない。
温泉という施設は随分と広いものなんだなあとロルカは思った。
「そういえば、お客様、途中で魔物に合われませんでしたか?」
「あぁ、そういえば。」
「最近、強い魔物が出るそうです。お怪我が無くてようございました。」
「他のお客様は大丈夫だったのですか?」
「当宿に歩いてお越しになる方はおられません。」
「歩かずと言うと・・・。」
「固定転送陣がございますので、皆様そちらをご利用になられます。」
固定転送陣、思わずそうか、とロルカは納得した。この宿に来るのは貴族か大商人、金を持っている人間だけなのだ。固定転送陣はそういう人の家に設置され、特定の場所にのみ転移できる装置だ。
なんでも有名な天才発明家の若き頃の作品らしい。
――本当にこの宿に泊まって良いんだろうか・・・
背後から楽しげな師匠の声がする。
「固定転送陣か、いい物があるなぁ。いっそ、一度王都に行こうか。お前達の昇級確認をしていなかったから、丁度いい。」
――王都?昇級?今から行くのか?温泉はどうするんだ?
「どうぞご自由にお使い下さい。水の離宮でしたら繋がっております。」
「それはいい。直ぐに帰ってこられるから、荷物を部屋に運んで貰えるか?」
「畏まりました。お預かり致します。お夕飯はお戻りになられてからご希望の時間をお申し付け下さい。」
「そうしよう。」
宿の使用人達がロルカとイヴァンの持つ荷物をさっさと受け取って下がっていく。
「おい、イヴァン、固定転送陣ってどうやって使うんだ?」
「簡単だ。あの、転送陣に乗って、行先の座標番号を入れるだけだ。」
「どこに?」
「お客様、当宿の場合は、こちらで座標番号を入れさせて頂きます。水の離宮へのお送りで宜しかったでしょうか?ローガン様のお兄様の所にお送りする事もできますが。」
「いや、水の離宮がいい。」
「畏まりました。どうぞお一人づつお入りください。」
頷いたトイスが最初に固定転送陣に入り、かき消すように姿を消した。
ロルカは二番目だ。興味津々で入り、同じように姿を消した。
「最後は俺か。ところで、ここの支払いなんだが、兄貴のつけにして貰えるか?」
トイスがロルカに兄の支払い、みたいな話をしていたので、とりあえず何とかしないと、と、イヴァンなりに気に病んでいたのだ。
「ご安心下さい。兄上様は当宿の年間利用権をお持ちですので、一日一部屋迄でしたら、お支払いの必要はございません。」
「そりゃよかった。安心した。じゃあ俺も送ってくれ。」
イヴァンの姿も固定転送陣から消えた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」




