第13話 凍傷
朝、晴れていたので次の町に出発したが、山を降りきらないところで天気が崩れてきてしまった。
段々寒さが厳しい季節になったので、トイス達は南のガランディーア王国に向かう予定だった。
この大陸では、王国間を移動する場合、特定の許可証が必要となっている。許可証によって同伴者の人数の決まりがあり、薬師の場合は同伴者五人迄認められている。
とは、言うものの、トイス以外の二人も武術大会優勝者として【国渡りの許可】を持っているので、同伴者にする必要は無い。
この大陸は逆三角形のような形をしており、南にガランディーア王国、北部西側がトイス達の居るハロルド王国、北部東側がヤクーシュ王国である。
王国同士の行き来が厳しく制限されているため、三国にはそれぞれに独自の文化、生活様式があるが、言語だけは共通の言語を使用している。
伝説ではかつてこの大陸は一つの王国に統治されていたが、王亡き後三人の子どもは仲が悪く、三つの国に別れたとも、魔人の脅威から王家の滅亡を防ぐために王家を分けたとも言われている。
南のガランディーア王国は唯一竜種が存在する王国なので、クシュカの為に一度行きたいと思っていたのだった。
嵐が激しくなって来たが、あいにく避難できる山小屋も洞穴も無かったので、三人は魔法で各々結界を張り、道を進む事にした。結界は雪が吹き付けるのを防いではくれるが、視界は確保してくれない。
イヴァンの土魔法である、周辺の土地を確認する魔法を使い、崖に落ちないように気をつけながら歩いている。
トイスは風魔法で浮遊を使う事ができるが、三人を抱えて長時間となると厳しい。
クシュカが大きくなったとはいえ、まだ若竜なので、やはり三人を乗せて飛ぶのはまだ無理だ。その上、クシュカは寒がりなので、今はいつもより更に小さくなってロルカのローブの中に潜り込んでいる。
こんな吹雪の中、倒れている人間に気がつくことができたのはイヴァンの魔法のおかげだった。
イヴァンが突然右手に曲がったのを不思議に思ったトイスとロルカはイヴァンの進んだ方向について行き、雪の中に半分以上埋まって倒れている家族を見つけた。
まだ若い夫婦で、小さい子どもを連れていた。
「まだ三人とも息はありますね。」
「うん。イヴァン、この近くに開けた場所は無いか?」
「もう少し先に、少し開けた場所があります。」
「ロルカ、イヴァン、そこまで運ぶぞ。」
「はい。」
トイスが子ども、ロルカが母親、イヴァンが父親をそれぞれ担いで、イヴァンの示した場所に移動した。
「ロルカ、枝と枝を結んで、屋根を作れ。イヴァンは毛皮を敷いて三人を寝かせろ。私は周りを囲む結界を張る。」
三人で手分けして親子を横たえ、もう一度状況を確認すると、親子は雪で体が冷え、すっかり凍えて意識が無いと分かった。
直ぐにトイスが治癒を施し、危険な状況は回避したが、雪に埋もれていた為、親子はあちこち凍傷になり、既に皮膚の色が悪くなっていた。
「凍傷になっていますね。お師匠様。」
「そうだな。跡になっては助かっても後々困るだろう。跡が残らないように、綺麗に治してあげなければな。」
凍傷治療は酷くなってからでは治しにくい。神経も細胞も壊死してしまうからだ。それを壊死から救い、更に跡も残らず治療するのは、実はかなり上級の薬師にしかできない。
「ちょうどいい。凍傷の治療をしなさい。」
「待ってくれ!お師匠様。俺は弟子になりたてだぞ!そんな事できるわけがないだろうが!!」
「そうか、イヴァン、それならお前はしなくてもいい。ロルカ、お前はどうする?」
「凍傷は初めてですが、治療させて下さい。」
「よし、良く言った。」
イヴァンが尊敬の眼差しを向けるのに気づいたロルカは、イヴァンにだけ聞こえるように、こっそりと囁いた。
(治療、した方がいいぞ。)
(なんで?)
(俺は自分が凍傷になるのは嫌だ。)
(!!!)
「お師匠様!」
「なんだ?イヴァン。」
「お願い致します。俺にも是非是非、治療をさせて下さい。」
「おや、気持ちが変わったのか?無理する必要は無いよ。」
「お師匠様、何卒お願い致します!」
「良いだろう。治療しなさい。私は子どもを治療するので、お前達はここまで自分が運んできた人の治療をするように。」
「「はい、お師匠様。」」
子供の肌は大人のものよりいっそう治療が難しいので、トイスが担当する事になった。
親子は全身凍傷だらけの状態だった。ロルカとイヴァンの治療をトイスが確認、追加治療を施すので、治療が終わるまでには随分と時間が掛かってしまい、三人はまた患者を背負って急いで町に向かった。
町に着く頃には雪も止み、夕日に染る町の門には十人ほどの人が集まっていた。
心配そうに道の向こうを見ていた彼らは、彼らの待ち人がトイス達に背負われて近づいて来たことに驚いた。
「お知り合いですか?」
「はい。昨夜、町に戻ると便りを貰っていましたが、戻って来ないので心配していました。」
「治療は終わっていますが、かなり消耗しています。今日は早く休ませてあげてください。」
「ありがとうございます。あの、お礼もさせて頂きたいので、どうぞ、家までお越しください。」
迎えに来た人々は、町でも大きな食堂の店主だった。
親子はこの店に息子夫婦で、別の町に暮らしていたが、この町に戻ってくる所だったらしい。
「今夜は冷えます。煮込み料理と温かいお酒をどうぞ。体が温まりますよ。」
店主が出してくれた兎の臓物の煮込み料理は、臓物の臭みもなく、口に入れると臓物が蕩けるほど柔らかく煮込まれていて、美味しかった。温かい酒はハーブと蜂蜜を入れて温めた香りのいいお酒で身体中が温まる。
「美味しい。」
「良かったです。お好きなだけ召し上がって下さい。雪で冷えた体を温めてくれますよ。」
その煮込み料理があまりにも美味しかったので、追加を頼み、お酒も進み、三人はとても気持ちが良くなった。
イヴァンはこっそりトイスに聞いてみた。
「お師匠様、もし、俺が治療をしなければ、どうなっていましたか?」
「どうもしないさ。私が二人を治療しただけだ。」
「そ、そうですよね。」
――なんだ、ロルカの奴、大丈夫だったじゃないか。
「しかし、イヴァン、どこかで治療の練習はしないといけないが、なに、大丈夫。まだまだ、雪の日はある。お前は丈夫だからね、雪に埋もれても意識を失う事はなさそうだ。心配いらないよ。」
イヴァンは顔に引きつった笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと後ずさった。
――やばい。怖い。雪に埋もれたまま放置されたら、まじ、死ぬと思う。
イヴァンは心の中で、ロルカに深く感謝した。やはり、先輩は正しい。これからも先輩の意見を参考にしなければと思うイヴァンだった。




