第12話 雪だるま
今日は次の街に向かうつもりだったが、嵐になったので、この町でもう一泊する事になった。
クシュカは随分大きくなったが、小さくもなれる事がわかり、大体は小さくなってロルカの肩に乗っている。
クシュカにとってロルカの肩はお気に入りの場所だ。それに小さいと餌も少なくて済む。森の中を移動する際には元の大きさに戻って上空を翔け、餌も自分で取れるようになった。
三人に増えたので、宿代や食事代もかさむようになり、帳面係のロルカとしては、今まで以上にやりくりに工夫がいる。
イヴァンは自分の分は心配するなと言うけれど、そうも行かないだろう。自分と同じ弟子なのだから、同じように扱わなければとロルカは思っている。
それにイヴァンは毎朝のロルカの地味な鍛錬にも付き合ってくれる良い奴だ。
出会った時は、自分の事を覚えていないのかと聞いてきたが、その後は何も言わなくなったので、自分の間違いだったと気がついたのだろうと、ロルカは思っている。
「なぁ、お師匠様、ロルカが宿代の心配をしてるから、俺は金に困っていないって教えてやってもいいか?」
「駄目だよ。薬師としてお金を管理するのも大事な事だ。それも修行だからね。邪魔をするんじゃないよ。」
「でも、可哀想だろう?お師匠様だって、随分な金持ちなのに、ロルカはそれも知らないじゃないか。」
「お前はうるさいね。あまり口出しすると破門するよ!」
「うわっ、出たよ!破門脅し。」
「ロルカと朝の鍛錬がしたいんだろう?少しは勝てるようになったのか?お前、鍛錬がしたいなら師匠に従いなさい。」
「はいよ。どうせ俺は今だに連戦連敗だよ。」
「お前もちゃんと薬師の修行もしなさい。薬草の知識は流石だけれど、治癒の術はもっと修行が必要だ。」
トイスとイヴァンは時々、ロルカに聞こえない所でこっそりこんな話をしている。
「イヴァン、この宿でもう一泊する事になったから、今日はロルカに傷の治し方を教えてもらいなさい。ロルカ、私が教えた通り、きちんと教えるんだよ。」
「はい。お師匠様。じゃあ、イヴァン、裏庭に行こうか。」
「え?ロルカ、外は嵐だぞ。なんで外に行くんだよ。」
「宿の中を汚したくないだろう?」
「え?汚れるの?」
「とにかく、表に行くぞ。」
トイスは手を降って二人を見送り、暖かい暖炉のそばに戻って行った。
ロルカとイヴァンはびゅうびゅうと雪のまう裏庭に出た。それでも宿の建物が風を防いでくれるので、他の場所に比べれば大したことはない。
「切り傷の治療をしよう。イヴァン、ナイフは持ってるか?」
「あぁ、持ってる。」
イヴァンは、なんで?と言う顔でロルカを見た。
「良かった。じゃあ、そのナイフで好きな所を切って。」
「待て待て!治療するんだろう?患者を探すんじゃないのか?俺の体を切れって言ってるのか?」
「なんで驚いてるんだ?もちろんイヴァン、自分を切るんだよ。」
トイスにそのように教えられたロルカは、当たり前と言う顔でイヴァンに早くやれと促した。イヴァンは実家の関係で薬師に知り合いは多い。しかし、そんな自傷行為みたいな修行は聞いた事がない。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「傷の治療修行はナイフでつけた傷を治すんだよな?」
「そうだ。」
「骨折はどうするんだ?」
「あぁ、それは俺も最近やった。木槌で自分の左手を叩いて、骨を折って治療するんだ。切り傷よりもめちゃくちゃ痛かったな。」
思い出したように、ロルカが顔を顰めた。それを聞いたイヴァンの顔が青くなる。
「木槌で?自分の骨を叩き折る?本気で?」
「イヴァン、ごちゃごちゃ言ってないで、早く始めろよ。寒いだろう?」
「うーん。そうだ、お前の手を切らせてもらってもいいか?」
「痛いから嫌だ。それに自分の手だと、痛いから早く治したくて、治療が上手くなるぞ。」
イヴァンは、剣の鍛錬で怪我は慣れているつもりだった。でも、好んで怪我をしたい訳では無い。
――とんだところに弟子入りしちまったな。
イヴァンはとりあえず、ナイフで軽く手の甲の表面を擦るように浅い傷を作った。
ポタっと雪の上に血が散った。
「いいか?傷の治った状態をイメージし、傷の中から治していくんだ。そうそう。治しながら痛みも素早く取って。」
イヴァンの手の甲の傷が閉じていく。
「もう少し、きちんと綺麗に治るイメージで。そのままでは跡が残ってしまう。もっと集中するんだ。」
「う、ううん。こんな感じか?」
「いい感じだ。よく見てみろよ。傷跡も消えてる。」
「お、おう。ありがとう。コツが掴めそうだ。」
イヴァンが宿に戻ろうとすると、驚いたロルカに引き止められた。
「おい。どこに行くんだ。まだ始めたばかりだろう?」
「え?まだ切るのか?」
「当たり前じゃないか。もっと深い傷は多い。そんな小さな傷じゃ、普通患者は治療に来ないぞ。」
イヴァンはますます嫌そうな顔になったが、破門されたくないので修行を続ける事にした。
――諦めか、諦めだな。くそぉ、ロルカができたんなら、俺だってやってやろうじゃないか!
二人は寒さに震えながら手がかじかんで動かなくなるまで傷の治療修行を頑張った。
翌早朝、ロルカとイヴァンは朝の鍛錬の為、近くの林に出かけた。
いつも通り体を慣らした後、お互いの剣を抜いて打ち合う。そうしている時のイヴァンは本当に楽しそうで、ロルカは、こいつ、本当に薬師の弟子になって良かったのか?と心配になる。
一度それを口にした事もあるが、思いっきりいい笑顔で毎日が充実して楽しいと言うので、まぁ、本人がそう言うならと納得した。
打ち合いの鍛錬が終わると、冬なのに全身汗まみれとなるので、体から湯気がたって見えるぐらいだ。師匠が起きてくる前には宿に戻って汗を流し、身支度を済ませなければならない。
急ぎ足で宿まで戻ってくると、子供たちが雪だるまを作って遊んでいた。
昨日の嵐で庭には真っ白な雪が積もっていた。
「おい。あれって。」
二人はその雪だるまのひとつを見て、思わず顔を顰めた。
子供たちの作った雪だるまは五個も並んでいて、それぞれに違いがあるように工夫されていた。
彼らが気にした雪だるまは他のものとは違い、赤い帽子を被っていた。
「あぁ、俺んだな。」
「なんで、あんな・・・。」
「他のと変えたかったんだろうけど、あれはちょっとだろう。」
あの赤い帽子は、昨日、イヴァンが切りまくって散った血に違いない。修行している間も雪が降り続いていたので、散った血はどんどん雪に隠されて、お互い気にもしなかった。
子供の考える事は分からないなと、ため息をつきながら、宿に向かった。




