第10話 大嫌いな魔族
トイスは魔族が大嫌いだった。もちろん人間で魔族が好きな者は皆無だ。ロルカだって魔族は憎んでいる。
しかし、トイスの場合は憎んでいるのではなく、大、大、大嫌いなのだ。
普通は魔族は恐れられるもので、嫌いよりも畏怖の対象だ。人には敵わない力を持ち、村や町を襲い、全滅させることすらある。
その魔族を嫌いという怒りのままにいとも簡単に倒すトイスは魔族以上に危ない存在なのではと思うロルカだった。
ロルカとてその懐に持つ短剣は魔族の命を狩るものなので、トイスの事ばかり言うことはできないはずなのだが・・・。
「お師匠様、どうして魔族を嫌悪するのですか?」
「なに?ロルカは魔族が好きなのか?私は大っ嫌いだ!」
「違います。好きな訳ありません。」
「そうだよね!」
「魔族との間でなにかあったのかと思ったので。」
「無いよ!兎に角、存在自体が大っ嫌いなんだ。見つけたらげしげしと痛めつけたい程、嫌いなんだよ!」
「は、はい。」
「だが、ロルカ、魔神は私が全力で戦っても一対一では多分勝てない。良くて相打ちどまりだ。もし、魔神に会ったら全力で逃げろ。わかったな。」
「そんなに?・・・はい。」
魔族はトイスに対して禁句なのだ。これ程強いトイスでも魔神は無理なのかと、冷や汗が出る。
――師匠は気付いているのだろうか。俺が魔神を探していることを。
あと半日位で次の村に着く。クシュカも徐々に大きくなって、今では山羊の乳以外に、なんでも口にするようになった。
まだまだ上手には歌えないが、最近では時々竜唄も口ずさむ。竜は育つと竜唄を歌うと言われていて、特に力の強い竜が望めば歌で雨も降らせるらしい。
「キュ、ロ、ロロロ、キュロロロロ。」
クシュカは素直で可愛くて、手の掛からない良い子だ。何故か時々トイスとは喧嘩をしているのは何故だろう?
――まあ、師匠は大人気ないところがあるからなぁ。
次に行く村ではとても珍しい薬草【霧露草】が特産だ。収穫量の少なさから滅多に市場に出回らないレアな薬草である。今回この村に来ることにしたのはこの薬草を入手する為だ。
魔法の鞄には様々な薬草を入れてあるが、【霧露草】は、暫く前に使ってしまい、手元に無くなってしまった為、補充の必要があった。この薬草は、これ単体では効果が無いが、他の薬草と合わせると、格段に薬効を高める働きをする。
いくら治癒術が使えるとはいえ、治癒術では回復が難しい病もある。薬は組み合わせ次第で様々な薬効を同時に与えることもでき、【霧露草】をそれに混ぜれば、一回の服用で五回の服用の効果が得られる。
あと一時間位で着く時に遠くで人の悲鳴が聞こえ、人より臭覚の優れた薬師二人は血の匂いを感じた。
小さな村は壊滅状態だった。傷ついたもの、死にかけているもの。もう命を失っている者。立っている人間は一人として居ない。ささやかな家は半壊し、教会は崩れ落ちていた。辺りに立ち込めるのは血の匂いと魔族の匂い。
「ロルカ、魔族は後だ。先に村人を救うぞ!」
「はい!お師匠様!」
トイスの唱える治癒の術にあわせて、二人で手の平を天に向け、村全体にドームを作るように力を放ってゆく。二人の力が交わりながら村を覆ってゆく様は、幻想的で美しい。
このドーム内は一種の結界となり、そこに居る生き物を癒してゆく。後は、これで治療出来なかった村人を個別に治療すれば良い。強い魔力を持つ二人が村全体にかけた治癒術はそれだけで十分強力なもので、かなりの村人がこれだけで治っているはずだ。
その後、手分けしながら治りきっていない村人を治療し、既に亡くなっている村人は回復した村人に埋葬を頼んだ。
毒に穢された井戸はロルカの水魔法で清めることができたが、壊れた建物の修復はどうにもならず、それも村人に託すしか無かった。
「あぁ、土魔法の薬師がもう一人いたらなぁ・・・。」
と、思うが、そんなにも都合よくは行かない。仕方がない。村人も命が助かっただけで、これ以上は望みませんと言ってくれたが、やるせない気持ちはどうしようもない。
村が大方片付いたのは、すっかり暗くなった頃で、二人とも魔力の使いすぎで、全身汗まみれだった。
トイスは魔法の鞄から魔力回復の薬を四本取り出すとその内、二本をロルカに渡した。ロルカはトイスが酷く怒っていて、今から何をしようとしているのか分かってしまった。
「行くぞ!」
「はい。お師匠様。」
ロルカも許せなかったので気持ちは同じだ。そう。二人は今から魔族の根城に殴り込みをかけようと思ったのだ。勢いよく、薬を喉に流し込み、二人は匂いの強い方に向かってクシュカも連れて走り出した。
「ザハキラ様、楽しかったですね。」
「あぁ、あの無様に逃げ惑う姿。あの悲鳴のなんと心地よいことか。」
魔族は村を襲った、彼らにとっての楽しい暇つぶしを思い返しながら、酒盛りをしていた。
人間をいたぶるのは楽しい。あの村はもう楽しめないから次の村を襲おうなどと、大盛り上がりだ。
その場には十人程の魔族がいた。
「じゃあ、お前らも悲鳴上げさせてやるよ。楽しいんだろう?」
両手に風魔法を纏わせたトイスが凶暴な笑顔を浮かべながら、その場に現れると、一瞬魔族も驚いたが、入ってきた二人を見て嘲り笑った。たかが人間。それもたった二人だ。自分達はその五倍もいる。お遊びの続きだ。
その笑顔が次の瞬間、恐怖に変わった。
「ありえない・・・」
トイスが手を振るだけで、魔族の手足が切り刻まれ、ロルカが剣を振るうたび、首が飛ぶ。
非力な人間であるトイスに蹴られるだけで腹の肉を抉られる。
更にはロルカが懐から出したナイフで刺された仲間は、魂さえも奪われて、灰になった。
「お前たちは・・・。嘘だ。人間なのか?」
「自分達が何をしたか、よく考えながら死ね!」
二人がその場を制圧し、全ての魔族を消滅させるのにさほどの時間はかからなかった。
「はぁ、疲れました。お師匠様、戻りましょう。」
「そうだな、今日は疲れた。もう横になりたいな。」
「そうですね。」
部屋の奥に目をやれば、ベッドが目に入った。
「お、寝床があるぞ、寝ていくか?」
「嫌です。あんな魔族臭いとこ。寝るならおひとりでどうぞ。」
「仕方がない。村に戻ろう。」
「そうしましょう。」
魔族の根城を出ると、満点の星空だ。
クシュカが二人にどこからか黄色く色付いた実をとってきた。こぶし大のその実は甘くて瑞々しかった。
「あれ、お師匠様、あそこにはえているのは【霧露草】じゃありませんか?」
「そうだ。こんな場所に群生してるのか。」
「ロルカ、【霧露草】をつんで村に戻るぞ。村にはその分の代金と群生場所を伝えよう。」
「そうですね。そのお金で建物も治せると思います。」
その後、他の場所も見て周り、【霧露草】を翌朝持ち帰った二人は固辞する村人に代金を払い、群生地の地図を渡して村を出た。
彼らの魔法の鞄には大量の【霧露草】がしまい込まれて、当分品切れにならずに済みそうだった。




