第1話 魔物の檻
お読み頂き、ありがとうございます。
一話完結で旅を続けるのんびりしたお話です。
この世界の薬師は攻撃魔法も治癒魔法も使います。
「今日から私の事はお師匠様と呼びなさい。」
今日は満月で明るいから、足元が見にくい訳では無い。しかし、どうして宿代も無く次の町に向かって歩いているのかとロルカは分かっていてもうんざりする。
そう、原因は彼の師匠であるトイスのせいなのだ。
いつだって、師匠のせい。
今日の宿代も師匠の下手くそな博打代に消えただけ。いつもの事。自分一人で旅をした方がよっぽどましだと分かっていても、勝負に負けたロルカはトイスに弟子として従うしかない。
ロルカは少し前を歩く師匠の後ろ姿にため息を吐いた。
「おや、ロルカ、あんな所に金貨が落ちているよ。運がいいね!」
「え?金貨?だ、だめだ!拾うな!!」
ロルカが止める間もなくトイスは金貨に手を伸ばしてしまった。
『ガシャーーン!』
――はぁ、やっぱり・・・
ロルカは大きなため息とともに自分達を捕らえた檻を見つめた。
「お師匠様、前にも言いましたよね。怪しいものは拾わないで下さいと。」
「そうだったか?でも金貨は怪しいものじゃないだろう?」
「十分怪しいでしょう!学習して下さいよ!!」
「お前は口うるさいなぁ。とりあえず、今日はここから進む事も出来なさそうだから、ここで寝るしか無いね。大丈夫だよロルカ、檻があるから安心だ。」
トイスはもう寝ようとばかりにローブをくるくると丸めて枕にして横になる。
森の中、それも夜なのだから、獣も運悪くすれば魔物にも遭遇する。いつもは周りに仕掛けをしてから野宿するのだが、確かに今夜は檻があるので必要無さそうだ。
ロルカはもう一度大きなため息をつくと、自分も横になる事にした。
翌朝、
――ちっ。低い。
檻の天井が低いことに、いまいましそうに舌打ちをし、ロルカは朝の素振りを諦めて腹筋を始める。毎朝の鍛錬は彼の日課だ。
「おはよう、ロルカ。今朝も頑張ってるね。そう言えば、お前の筋肉でもこの檻は破れないのかい?」
「無理ですね。これは魔物用の檻です。素手で壊せるものではありません。」
「へぇー、魔物用なんだ。高級品だね。」
そう、高級品なのだ。獣用の高級檻の20倍位の値段がする。こんな人間を捕えるための檻には勿体なくて使えない代物だ。
トイスは起き上がって来て檻に手を触れながら調べている。
「お師匠様の力で開けられるんじゃないですか?」
「うーん。できるけど、わざわざ檻を用意してくれた人に悪いじゃないか?もうそろそろ様子を見に来るだろうから待ってあげよう。」
師匠であるトイスは『風の薬師』と呼ばれるこの大陸で四聖とも呼ばれる高名な薬師だ。彼が風の薬師と呼ばれるのは薬師の腕が優れている上に風の強い魔力を有している為だ。彼はもっぱら薬師として、各地を回り、病人を癒している。
他の四聖は、それぞれこの大陸を治める別の王都に居て、王家の依頼を受け、治療を施している。
彼のように旅をするものは薬師の中でも少なく、また辺境を好んで旅する為、彼の事を知るものは殆ど居ない。また伴も弟子であるロルカしか連れていないので、余計にそんな高名な薬師だとは思われない。
かく言うロルカも出会った当初は四聖だとは思いもしなかった。
まぁ、四聖はもっと神々しい人だと思っていたせいでもあるのだが・・・。
魔法の鞄から朝食のパンやリンゴを取り出して二人で食べている時に、彼らの待ち人がやって来た。
「あんたらぁ、なんで檻にかかったんだぁ?」
――いやいや、それ、こちらが聞きたい。なんで檻の罠を掛けたんだよ!
呆れた村人の声にロルカはちょっとムッとした。
檻の周りにはいかにも近所の村人が5人集まり、呆れた顔で二人を眺めている。必要ないなら、さっさと檻から出して欲しいと思っているのに、彼らは何やら頷きあって、持ってきた牛が曳く荷車に二人を入れたまま檻を載せ、運び始めた。
「どこに行くのか教えてもらえるだろうか?」
トイスは焦るでもなく、のんびりした口調で村人に問いかけるが、どうも教えてくれるつもりは無いらしい。
「お師匠様、どうしますか?」
「どうしようねぇ。」
村人の一人が二人の会話を聞いて声をかけてきた。
「あんたらぁ、なんでそんなに落ち着いてるんだ?怖くはないのか?」
「うーん。怖くはないかな。でも聞かせて貰えませんか?私達をどうしたいのか。」
――まぁ、よくあるところだと魔族への生贄かな?
と思いながらトイスは笑顔で村人に聞く。彼のモットーは【笑顔は千金】。大抵の場合、笑顔を見せれば何とかなると思っている。
村人はその笑顔を眩しそうに見ながらも、申し訳なさそうに頭を下げた。二人がとても善良で心の広い立派な人だとわかり、今更ながら自分達の行動を恥じた。
それでも譲れない理由もある。
「うちの村はこの森の奥に住む魔族に襲われて、もう何人も殺されたんだ。でも俺たちでは魔族に太刀打ちは出来なくて、隣町の軍の詰所に助けを頼んだけど、助けては貰えなくて・・・。村には金も無いし、人を雇うことも出来ん。」
村人は悔しそうで、目に涙が滲んでいる。
罠にかかったのが強そうな人だったら、罠から助ける条件で村を助ける手伝いを願おうとも思っていたが、罠にかかったのは、強そうでもない二人組だった。
だから仕方がないのだ、と、自分に言い聞かせるしかない。
今日元気な自分の家族が明日も元気だという保証は無い。現に隣の家の家族は殺された。家族は自分の手で守らなければと、自分の中にある罪悪感に蓋をする。
「でも、この檻は高級品だ。これを買うお金で人が雇えるだろう。」
ロルカが憮然とした声で問いかけると、別の村人が食い気味に返事をしてきた。
「わしらんじゃ、無い!これは魔族に渡されたもんだ!」
「そうだ、俺達は言われた通り罠をかけて、見に来たらあんたらが掛かってただけだ!」
ロルカは、また魔族の師匠狙いかとため息をついた。この師匠と一緒にいると、本当に何度となく魔族に狙われる。
ロルカ自身も訳あって魔族には用があるので好都合ではあるのだが、周りの人間の迷惑になるのは良くないと思うだけの常識はある。巻き添えになった村人の皆様に申し訳ない。
――これは先に謝った方がいいだろうか?
「あんたらには本当に申し訳ないが村の為だ。許してくれ。」
――いえいえ、こちらこそ申し訳ない。
こっそりと頭を下げるロルカだった。
程なくして、森の奥の開けた場所に着くと、見るからに魔族(の下っ端)がそこに待ち受けていた。
「よくやった!この働きに免じ、お前たちの村はこれ以上襲わないでやろう!」
機嫌よく、大口を開けて笑う魔族に向かって、トイスは軽く手首を振った。
ビュー〜ーーん!!! ベタン!
轟音と共に魔族は吹っ飛び、山肌に凄い音を立ててぶつかり、その反動で元の場所に戻ってひっくり返ったまま動かなくなった。
「お師匠様、相変わらず容赦ありませんね。」
「うん。あの魔族、下っ端の癖に偉そうにしてるのが見苦しいから。」
さっさと風魔法で檻の扉を壊して、出ると、トイスはゲシゲシと魔族を踏みつける。
「下っ端が、偉そうにするんじゃねえよ!」
――師匠、村人が引いてますよ。
可哀想に村人はいまや魔族よりもトイスに恐怖を感じるらしい。ひとかたまりになってブルブルと震えている。
トイスは彼らに向き直り、満開の笑顔で
「大丈夫ですよ。私達が魔族は倒して差し上げましょう。」
――って、師匠、もう倒してますし・・・。
「あ、ありがとうございました。」
それでも健気に村人はお礼を言って頭を下げると、我先に転びそうになりながらも逃げて行った。
「お師匠様、また怖がられてしまいましたね。」
「ふん。後はお前が片付けてくれ。任せたよ。」
「はいはい。」
そう、いつもの事なのだ。師匠は四聖なので、魔族によく狙われる。勿論、それに対抗できるだけの実力はあるので、全く気にはしていないのだが。
「あれだけ怯えられると、この先の村には行きづらいですね。」
「ロルカ、きっと怪我人が多いから行くよ。」
「はぁ、そうですね。笑顔をお願いします。」
「任せなさい。笑顔は私の得意技だ!」
ロルカはあの村人の恐怖の顔が想像できるだけに、気分は重い。でも師匠は確かに腕がいいので、村の助けにはなるはずだ。
さっさと魔族の弱点にナイフを刺して命を断ち、魔族が灰になって消えるのを確認して立ち上がったロルカは、村人が荷車ごと檻を忘れていったことに気がついた。
「お師匠様、檻、村に持っていきますか?」
「そうだね。お前が運んでくれ。私もその荷車に乗ってもいいかい?」
「嫌です。」
「ケチ。あ、でも今回は金貨を1枚貰ったから、村に着いたら酒を飲もう。」
そう言いながらも、さっさと檻に戻って居眠りを始めてしまう。どうやら罠にあった金貨をせしめてきたらしい。相変わらず抜け目がない。
やっぱり大きなため息をつきながらロルカは牛を追い、荷車をゆっくり動かした。
これは、いつも変わらぬ非日常。彼らの旅の一頁である。




