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妖怪御用  作者: 虎尾丸
1/1

「第一話 喰う鬼、喰わぬ鬼」

一話につき、一本の蝋燭を吹き消すがいい。


百話目の、百本目が消えた時、暗闇より出ずるものを視るなかれ。


影に、魅入られてしまう。



闇に生き、闇に佇み、闇に潜みし

異形のものたちは、夜でさえも煌々と照る現代に、生き永らえているのか。

さて何処に、隠れ、在るか。








「答えは、明かりに適応するでした....。」


「急になんだい。百目鬼。」


「...なんでもない。独り言さ。」


陽光の下、黒スーツなんぞに身を包み、堂々と歩く我らを、人間共は妖怪などとは思わぬだろう。

我ながら、見事な化け術だと思う。

こんな時、人型妖怪であって、得だったと思う。


「気を引き締めろよ。

今日仕事を紹介してもらえなきゃ、今月まじでピンチなんだから。」


俺、百目鬼の隣を歩くのは、化け猫(雄)である。今は巧妙に人の形に化け、どこから見ても、スーツの似合う茶髪の好青年である。

しかし、まぁ。


「....お前さ、"顔整え"すぎじゃないか?」


「顔がいいに越したことはないだろう?妖怪も同じさ。」


「あんまり、目立つなよ...。」


「そう言うお前は、無頓着すぎる。

寝癖くらい直してこい。」


「...はいはい。」


黒い髪をくしゃくしゃとかき回した。うっかり髪の間も在る"眼"に触れてしまって、眼は反射的にまばたきを一つした。


「整髪料くらい使ったらどうだ?」


「やだよ。頭の眼に滲みる。」


「それも、そうか。」


百目鬼とは、全身に眼が在る妖怪だ。今は目に見える部分は隠しているが、無論髪に覆われた頭にも、眼が在る。整髪料なんか使ったら、眼に滲みるし、無操作ヘアの方が如何にも自分らしい、と思う。


「敢えて、いじらないオシャレってやつだよ...。」


「ただの、物ぐさだろ。」


ああ言えばこう言う。

化け猫は、口の減らない奴である。


俺と化け猫は、妖怪用の仕事案内所へ向かっていた。

神として社を建てられ祀られる妖怪は、人間にもたらされる寄進によって食いっぱぐれることはない。

我々一般妖怪は、生活のために働かざる得ない。

もう見えてきたな。

人間の目には、ただの古びた雑居ビルにしか見えないだろうし、気にも留めないように、結界が施されている。

「妖怪御用仕事案内所」

俺たちは、ここの常連である。




三階建ての建物の最上階に、仕事案内所はある。

一階は皆の憩いの場であるカフェ。

二階は行政的な手続きをする場所、市役所みたいな施設がある。


階段上がり始めると、化け猫が早速悪態をつき始めた。


「ったく....。エレベーターくらい、付けてほしいもんだ...。」


「建物にエレベーターを付ける義務が発生するのは、高さ三十一メートル以上からで....」


「わぁーってるよ!こんな時に、お前のうんちくなんか聞きたくないわっ!」


最近金欠で、おやつである大好物のちゅ〜るも、一日一本で持たせているからか、化け猫はカリカリしている。


「今日こそ、仕事を見つけてやる!」


意気込みが違う。

一方、俺は欲のない妖怪なので、まぁ、見つかったら幸い、くらいの気持ちである。






「こんにちは〜。」


階段を上り終えて、開け放たれた扉から部屋内に入ると、受付嬢の一つ目娘が早速挨拶をしてくれた。


「....ちは。」


「どーも。一つ目ちゃん、今日もかわいいね。」


化け猫は、女子妖怪に対して軟派な奴だった。いつも軽く躱されるが。


「はいはい...。お仕事探しですね。

IDカードをご提示お願いします。」


俺たちは、パスケースに入ったIDカードを受付嬢へ見せた。

身分証明書である。二階でこれが発行されないと、住む場所も仕事も確保できない、大事なものだ。


「はい。結構です。

番号札をお取りになって、お待ちくださいね。」


番号札を取ると、五十番台だった。


「げぇー。結構待つなぁ。」


化け猫の声に、電光掲示板を見ると、三十ニ番と表示された。前に二十名ほど妖怪が待っているようだ。


「下のカフェ行く?」


「前それで、順番に間に合わなかったろ。俺はここで待つよ。」


呼ばれた時に、来なかったら、番号札は取り直しだ。

同じ憂き目にあうのは、御免だった。


「じゃあ、俺、カフェに居るから。番号近くなったら、電話して呼んでくんない?」


「....いいけど。気付かんでも、俺は知らんからな。」


「大丈夫だって。頼むわ。」


待つことが苦手な化け猫は、一階のカフェへ向けて歩き出してしまう。

自由なやつ。

その後ろ姿に、ため息がひとつ溢れた。







仕事を探す妖怪達でそこそこ混み合う、待合の席に着くと、雑誌ラックから手に取った、さほど興味もない旅行雑誌をめくってみた。

旅行ね、暫く行ってないな。

四国なんか、一度は行ってみたい気もする。


雑誌にも飽きて、面を上げると、昼下がりのワイドショーでは、専門家を称する男が舌の根も乾く間もないくらいに喋り倒している。

その話の内に、どこか信憑性が感じられないのは、何故であろうか。


五十番台に達した。

化け猫は、俺の前に番号札を取っていたから、五十四番の筈だ。

そろそろ、一報入れておこう。

折り畳み携帯を操作して、化け猫の番号に掛ける。

案の定、出ない。

きっと、知り合いや友人を見つけて、雑談に夢中なのだろう。


立て続けに、仕事相談が終わったらしく、相談の椅子に、空席が一気に出来た。

「五十ニ番、五十三番、五十四番〜。

はい。お二方は、上から、受付はニ番と、四番へどうぞ。

五十四番の方は、いませんか?

五十四番の方、いらっしゃらないなら、飛ばさせていただきますね。

次、五十五番の方〜。」


「...はい。」


「番号札、五十五番の方ね。

五番の受付へどうぞ。」


「どうも、こんにちは〜。」


「どうも...。」


俺が通された相談席の担当者は、古狸であった。黒縁眼鏡の奥の目は、年の功、一筋縄ではいかぬ強かさが見え隠れしている。


「さぁて、お兄さん、なんの妖怪でしたっけね?」


「百目鬼です...。」


「百目鬼さんね、百目鬼向け、鬼向けの仕事は....っと。

肉体労働なんかは、いかがです?」


「....苦手ですね。

時給・給料高めの仕事がいいんですけど...。」


「お高めのお仕事は、人気も高いんでね〜。

今、求妖が来ているのは....。

林業なんかは、どうですか?」


「林業....。」


「現場は遠いですけど、行政の下請けなので、福利厚生が充実してますし....。」


「花粉症だから無理ですね。」


「あぁ、成る程。

眼が沢山あるってのも、時に辛いですねぇ。」


古狸は首を左右へ緩やかに振るった。マウスをカチカチと押すと、彼は目を見張った。


「唐辛子工場もいいですね。

とっておき、時給は1500円ですよ!」


「刺激物は、ちょっと....。」


全身が痛くなりそうである。

遠慮したかった。

目の前の古狸は、手を組むと、溜息をついた。


「.....お兄さん。

選り好みしていたら、決まるものも、決まりませんよ....。」


担当者は匙を投げた。

勧める求妖にも、問題ある気がするが、古狸が言うことには一利あった。

俺は、仕事を選びすぎる気質がある。自覚済みだった。


「....すみません。検索コーナーで、探してみます。」


「そうですか。

では、受付の方で、検索用の番号札を貰ってくださいね。

お仕事決まると、いいですねぇ。」


古狸は、ニコリと愛想笑いをした。

俺も、ぎこちなく口角を上げて、苦笑いの笑みを返しておいた。


受付から番号札を受け取って、検索コーナーにてパソコンを操作して、求妖を探してはみたものの、めぼしい仕事はどうにも見当たらない。

背中が固まってきた気がして、伸びをひとつした。


「よっ。」


ちょうどそのタイミングで、声をかけられた。振り向けば、何やらニヤケ面の化け猫と目が合った。


「おっせーよ、お前...。

順番、とっくに抜かされちまったぞ。」


「まぁ、それはいいよ。

それよりさ、いい話を持ってきたよ。」


そう言って、化け猫は一層ニッと笑う。


「ちょうど、知り合いのグループがカフェにいてさ。さっきまで、話してたんだ。」


化け猫は知人友人が多く、顔の広いやつだ。


「いい仕事があるって。

妖狐から聞いたんだけど。

その妖狐は、居酒屋で聞いたらしくてさ。」


「又聞きってやつか...。

大丈夫なのか?その仕事....。」


「妖狐の身元は保証するよ。」


妖狐は知人だからともかく、大元の妖が信用できないんじゃ、意味がないように思う。


化け猫が話して聞かせた仕事の内容は、とある廃工場の警備だった。

五時間突っ立てるだけで、時給2000円。一日一万円。


「おいしい仕事だろ?」


「....それって、ヤバイ仕事じゃないのか?」


「やるの?やらないの?」


「.....やるよ。」


一万円の魅力たるや。

欲は無いと言いつつ、是と答えていた。

俺も、金欠だった。


「実はさっき、電話したんだけどさ。即採用だって。やったな。

二名ですって言っといたから。」


面接なしの即日採用。

益々、ヤバイ気がする。


「指定の場所は、街外れの廃工場だって。十駅も離れてるけど、今から出れば、全然間に合うし。

このまま、行こうぜ。」


どこか気乗りしない俺をよそに、化け猫は迅る気持ちが抑えれられないらしい。これから手に入るはずの、一万の使い道ばかりを考えているのだろう。




仕事案内所から直接駅に向かい、ホームに出ると、ちょうど行き先方面の電車が到着した。

遠いと思った十駅は、割とあっという間で、最寄りまでバスで向かい、バス停から二十分ほど歩いた頃、日は傾いていた。

さて、ここが、今日のバイト先。


「廃工場ってさ、暗くなると、不気味だなぁ....。」


「怖いのか?妖怪のくせに。」


「怖かねぇさ。不気味って言っただけ。」


化け猫は口を尖らせた。


「なんだ、お前ら....。」


門の陰から、ぬぅと現れたのは、屈強な躰付きの鬼だった、ダークスーツが、筋肉でパツパツになっている。


「えっと、警備のバイトの件で、電話した者です....。」


「あぁ。化け猫と百目鬼ね。

話しは聞いてる。

約束通り、二名と、スーツも着てるな。中入れ。」


顎で、敷地内を指し示すと、鬼は大股で歩き出した。

顔を見合わせた俺たちは、その後を、ついていくことにする。

道中、鬼はひとことも喋らない。

痺れを切らしたか、化け猫がおずと口を開いた。


「あの、詳しい仕事内容を聞きたいんですけど....。」


「仕事内容?

電話で話した通りだ。

五時間ほど、突っ立ってる。それだけだ。」


「....本当に、それだけ?」


「それだけだ。

お前らの持ち場は、あそこだ。

サボんなよ。」


とある建物を指差すと、鬼は門へと戻って行ってしまう。

説明不足な気もするが、警備の仕事は、有事がなければ、基本的には待機である。


「ま、やるか。

待つのは苦手だけど、金のためだ。」


化け猫は、覚悟を決めたようだ。

如何にも、胡散臭すぎるが、背に腹は変えられん。

建物に向かって歩き出した化け猫を俺も追うことにした。


俺たち二人は、とりあえず、閉まっている重厚な扉の横に待機することにした。

人は通らぬ場所だ。

視界には、何も変化はない。

暇だから雑談が拘る。

気になってた話を振ってみることにする。


「....お前のさ、知り合いの小豆洗いもさ。仕事探してたろ。

見つかったの?」


「....コインランドリーの清掃だって...。」


「....あ。そう。」


「なんだか、世知辛いなぁ...。」


「だな...。

あぁ、ほら。

川沿いの桜。綺麗だな。」


「桜なんか、腹の足しにもならねぇっ!」


「花より団子かよ。」


「オイ。うるさいぞ。」


扉が僅かに開く金属の擦れる音ともに、中に居たらしい、鬼に注意された。


「....すみません、した...。」


「気ィ抜くな。

そろそろ、"届く"頃だからな。」


鬼はそれだけ言うと、扉を大きく開け放ち、全開にした。

どうやら、荷物が届くらしい。

何かは知らないし、知る必要もないだろう。単発の仕事だ。面倒ごとには関わりたくはない。


「.....なんか、ヤバそう。」


化け猫は、今更心配を始めた。

遅いっつーの。




鬼の言った通り、ものの数分経たぬ内に、一台の黒いバンが入ってきて、建物の前に停まった。

先程、俺たちに注意した鬼が出てきて、バンに近づくと、車内からも数名の鬼が出てきた。

一気に緊張感が漂ってきた。

その様子を、ガン見する訳もにもいかず、俺たちは横目でチラ見して確かめていた。


後ろの荷台が開かれる。


「オイ。慎重に運べよ...。」


「....分かってる。」


鬼、二名で荷台からそろりと取り出されたのは、細長く真っ黒な袋に包まれた何かだった。

その大きさは、まるで。


「......人、みたい。」


化け猫のその呟きとともに、袋が突然暴れ出した。


「オイッ!!抑えろっ!!」


「クッソ!麻酔が足りなかったかっ!」


「薬、追加持ってこい!!早くっ!!」


慌て出す鬼達に抑えつけられる袋は、呻き声を上げ始めた。


「.....おいおい。」


「まずいな....。」


先程、注意をしてきた鬼と目が合った。


「....参ったな。ただのバイトに、説明なんか、したかねえんだが...。」


鬼は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

一メートルほど手前で足を止めた。


「分かるよな?」


何が?とは言うまでもない。

あの袋の中身がなんであるかなんぞ、分かり切っている。


鬼の嗜好から考えるに、


ここで、取引されているのは、


人間の生肝。





鬼は、俺に視線を向けてきた。


「同族のお前ならば、理解できるであろう。血の滴るような、新鮮な人間の、生肝を、この躰が求めて止まぬのだ。」


同族。

百目鬼とは、その身体に百の眼を持つ鬼である。

しかし、


「俺は、生肝は食わん。

どうやら、人間の食物が胃袋に合っているようでね。」


「食い気に、興味がないだけじゃ...。」


「そうとも言えるな。」


化け猫のぼやきに賛同を返しておく。


「さて、危ない橋を渡り、同胞を危険に晒す。お前らみたいな奴らは、嫌というほど見てきた。」


「人間が本気になれば、俺たちなんか、簡単に滅ぼされちまうんだよ。

そこんとこ、分かってて、やってんのか。」


隣からは溜息混じりの苦言が聞こえる。


「人間など....、あのような"物"に頼うてばかりの弱き者、こちらが滅ぼしてくれようぞ。」


「その"物"が厄介なんだって。」


化け猫の黒眼が細くなる。

鬼の警戒心が強まった瞬間、先手を打っておくとする。


「まぁ、いい....。


"落 ち ろ"。」


眼の浮き出た手を翳せば、鬼の脚が、ズブリと影に沈んだ。

余裕の表情を浮かべていた鬼の目に、困惑の色が映る。


「貴様、同胞を、手にかける気か....っ!」


「...悪いが。お前らみたいなものを、同胞などと、思ったことは、一度たりとも、ないよ。」


鬼の躰は、影に沈んだ。

最後の言葉を聞くことすら、煩わしく、一気に沈んでもらった。

仲間の鬼が沈む姿を目撃したらしい、向こうの鬼がこちらを指差して、何事か叫んでいる。

戦闘は、避けられないな。


「さて、久々に、暴れる?」


横目に、視線を合わせた化け猫は、人相悪く笑んでいる。肌には、毛並みが逆立ち始め、人の形から、本来の姿に戻ろうとしている。


額の眼が、開眼する。


「悪党の同胞殺しが趣味なんて、また、悪趣味だって言われちまうな。」


「いい趣味だと、俺は、思うけどね....。」


化け猫が、姿を現した。

こうなっては、もう止められない。

目の前で、動くもの、全て止まるまでは。




小一時間ほど経ったか、辺りには、鬼の死骸が散らばっている。


建物の内からも、十数人ほど仲間が現れて、少々手こずってしまった。



「あれ。どうする?」


すっかり落ち着いたらしい化け猫は、人の形の手で、車の荷台の方を指差した。

その下には、中身入りの真っ黒い袋が転がっている。


「まぁ、そのままでもいいんじゃないか?寝てるだけなんだろ?」


「そーね。

目が覚めた時、自力で出られるように、ファスナーは少しだけ開けておこっか。」


大事なことを思い出して、額の眼に掌を当てた。


「あぁ....。

一万円貰うの忘れてたな。」


「妖狐に責任取らせようぜ。

アイツの紹介なんだから。」


「そうか....。」


「今夜はアイツに奢らせてやる。

美味いもん、たらふく食ってやる。」


化け猫は、スマホを取り出すと、タップを始めた。


化け猫の知り合いの妖狐は確か、稲荷神様の眷属として、神職の定職についている妖怪のはずだ。

つまり、安定した収入がある。

久しぶりに、満足ゆく飯にありつけそうだ。


強張っていた、身体の力がゆっくりと抜けていく。


これにて、ひと段落。

ひと安心だな。










おまけ)

大衆居酒屋にて


人間達の間で大流行りしているという病魔も何処吹く風。

夜の帳が下りた刻限の、店内は賑やかである。

少し年季の入った壁は毛筆で記されたメニューの短冊で飾り立てられて、各席では楽しげに酒を酌み交わされている。この雰囲気と反し、俺の隣に座る化け猫は不満顔である。


「詫びに奢ってくれるっていうから、来たけどさ....。

大衆居酒屋かよっ!」


席に着くと同時に、化け猫がテキパキと注文を決めて、我々はお通しを肴に、ちびちびと酒を飲んでいた。

俺たちの前に座る妖狐は、ひとつ首を傾げた。


「文句言わないでよ。安くて美味しい。いい店なんだよ、ここ。」


「たっかいもん、奢らせようと思ってたのにぃ!」


「だと思った。

だから、こちらから店を指定したのさ。

ねぇ、百目鬼くん。」


「あ、はい...。」


「何度会っても、君は慣れてはくれないねぇ...。」


「シャイなもんで....。」


「シャイな奴が、自分からシャイなんて、言うかよ!」


「空腹だからって、俺に当たるなよ。」


店員の川獺に案内された席に着いた俺と化け猫の前に座っている妖狐は、件の仕事を紹介してくれた妖怪である。


「いやぁ、本当にすまなかったね。

まさか、あんな胡乱な仕事をまじで受けるなんて、思わなくてさ...。」


「本当にすまなかったと思ってる?」


「実は思ってない。

あんな怪しげな仕事を引き受けるなんて、阿呆だと思ってる。」


「金欠舐めんなよ!

藁にだって縋るわっ!!」


化け猫は鼻息荒く、卓上の拳を握り締めた。


「まぁ、落ち着けって。

事情を知ったウチの稲荷神様が、お詫びの品を贈ってくださるってさ。」


「お詫びの品って?」


「稲五キロ。」


「時代錯誤だって、言っとけ。」


「言える訳ないじゃぁん。」


「なんなの、お前の給料も、稲なの?」


「僕らは、勿論お金で貰ってるよ。」


「.....何が、勿論だ。」


「あ。ねぇねぇ、今日のオススメ増えてるよ。金目鯛の塩焼きだってー。美味しそう。ご飯ものは、やっぱ稲荷寿司だよね。今日は仕込んでるかなぁ。」


「呑気だねぇ。

こっちの事情も知らないで。

俺、昨日は、猫缶一つで一日持たせた。百目鬼は?」


「塩むすび一つだな。」


「うわぁ....悲惨....。」


妖狐は引いていた。

格好からして身綺麗で、如何にも金には困っていなさそうである。

化け猫は、卓に両手をついて、身を乗り出した。


「お前は、どうせ、三食違うもの食ってんだろ!」


「....まぁ、そうだけど....。

最低限度の生活は保証されてるもん。」


「そんな、俺たちが、最低限度ではないみたいに....。」


「いやぁ、他意はないよ。

ごめんね。」


思わず、漏れたひとことに、謝罪を返された。


「その貰い損ねた一万さ。何に使うつもりだったの?」


「家賃の足し。」


「えっと、ちゅ〜ると、猫缶と、爪研ぎもそろそろ交換したいんだよねぇ....。それから....」


「光熱費。」


俺のひとことに、化け猫は肩をすくめた。


「忘れてるぞ。光熱費。」


「忘れてないってば。」


「そう言って、先月も俺が立て替えたろうがっ。

折半の約束破りやがって。」


「ごめんってばー。

でも、家賃は払ったじゃん。」


「欲しいもんを買う前に、毎月固定で出て行く金を確保しろ。

大体、お前は欲に流されやす」

「そう言う百目鬼だって、コミック大人買いしてたじゃんっ!」


「あれは、計算した小遣いの範囲で買ってる。文句言われる筋合いはない。それから、読むのはいいが、出しっ放しにするな。あの最新刊、一体何処に置き忘れたんだ。」


「....まぁまぁ。もうすぐ、肴も届くって。」


のんびりした口調で、妖狐に軽く宥められた。


「君達、喧嘩ばっかりだねぇ。

よく一緒に住めるよね。」


「生活費が浮くからな...。」


「遠慮なく、言い合えるの、此奴くらいだし。」


「....少しは、遠慮してくれ。」


化け猫と同居生活を始めてからの喧嘩の数々を思い出して、気が重くなった。


「ていうかさ、君達仕事探してるなら、ウチの境内の掃除を手伝ってくれない?二、三日の単発だけど。

給金出るし、昼飯付きだよ。」


「まじ!?やるっ!」


「後に引きずらないのが、君の長所だね、化け猫。

百目鬼くんは?」


「....やらせてもらうよ。」


「じゃぁ、決まりね!ウチの神様に話通しておくからね。

桜の花びらの掃除が大変でさぁ。

助かるよ。」


やはり仕事は、信用のできる筋からの、真っ当なものに限る。

しかも、昼飯付き。ありがたい。


「あ!お姉さーん!

それ、俺らの肴ですかっ!?

こっちです!こっちこっち!」


目敏く、完成された肴を持った川獺の店員を見つけた化け猫が手を振っている。


嗚呼、ようやく、飯にありつける。


そう思ったら、

どっと、疲れが出てきたようで、なんだか少し眠気が襲ってきた。


この食事の席が終わったら、今日のはとっとと寝てしまうとしよう。


杯に残っていた酒を一息に飲み干した。

カラリと、氷が硝子に当たる音だけが、耳に残った。


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