2話
「お互いの良いところを言い合いましょう! はいまずはお父さんから!」
強引に始まった『良いところを言い合う会』。名指しされた父さんは一瞬驚きつつも、平静を取り戻してそれぞれの良いところを述べた。
言い述べ終えた父さんは次に義母さんに回し、義母さんは義姉さんにパスをする。両親から出てきた内容は、優しいとか真面目とか、そう言う内容だった。
「次は、あたしか」
パスを回された義姉さんは、父さんと義母さんの良いところをすらすらと述べる。
「お義父さんは穏やかで優しい。お母さんはあたしをここまで育ててくれた。和人は……ルールをちゃんと守ってくれて真面目」
こういう場だからそういてくれているのだろうというのはわかっている。だけど、もしかしたらそういう風に思ってくれているのかと思うと、少し嬉しくなった。
言い終えた義姉さんは無言で僕を見つめ、次はお前だと無言で促す。
さぁ、僕は義姉さんの何を褒めよう。無難にいくなら真面目とか優しいとか? だけど僕たちが仲良くないということから始まったこの会だ。優しいとかは嘘くさいかもしれない。
「父さんは僕を大事に育ててくれて、義母さんは明るくて家族を引っ張ってくれる。義姉さんは……」
褒めなくちゃ、褒めなくちゃ、そう思いながら僕は義姉さんをチラチラと見渡す。とはいえいつまでも見つめているわけにはいかない。
義姉さんに何をいうのかと全員が僕を見つめる状況に耐えられなくなった僕は、咄嗟にいつも思っていたことを口にした。
「えっと、髪が綺麗! ……あれ? 今のってセクハラ?」
僕がその言葉を呟いた瞬間、場の空気が張り付いたのを感じた。全員が僕を驚いたような表情で見つめ、特に義姉さんは驚きのあまりか硬直している。
そこまでのことを僕は言ってしまったのだろうか? これはまずい。
「あの、何か問題のあること言ってしまいました? だったらすぐ謝りーー」
「ちょっと2階まで来て」
僕の言葉を遮るように、義姉さんは急に立ち上がり、僕を2階にくるように告げて去っていった。
一体何が起こったのだろうか? 何が何やら分からず義母さんを見ると、その目は少し潤んでいた。
「義母、さん?」
「和人くん、あの子にその言葉を言ってくれてありがとうね。2階に上がったら、正直な気持ちを伝えてあげて」
正直、義母さんが今何を思っているのかはわからない。何がどうなってその瞳が潤んでいるのか、事情を知らない僕には知る由もない。
だけど、この瞳を見て、動揺した義姉さんの態度を見て、動かないわけにはいかない。
「僕、行ってきますね」
ただ2階に上がり、そこにいる義姉さんの話を聞く。たったそれだけのことだが、少し緊張してしまう。徐に階段を上がる僕は、義姉さんの部屋がほんの少しだけ隙間を開け、電光が漏れているのを確認する。
そして、そんなわずかばかり開かれた扉から、僕を誘導するように片手だけが伸び、手招きをした。
「入ってこい、ってことだよね」
これから何を言われるのだろうか? これからの展開を考えながら一息をつき、ゆっくりと手を伸ばした。
中に入ると、すぐ近くに義姉さんはいた。僕から目を逸らし、電光のせいだろうか? 少し顔が赤く見える。
扉を閉め、無言で指し示された椅子に座ると、早速本題に入った。
「あのさ、あたしの髪が綺麗って言ったの、本気?」
か細い声でそう呟いた義姉さんに、僕は頭の中で『?』を浮かべた。
この質問自体は予想の中に入っていた。しかし、言われるとしても乱暴に、少なくとも儚げに言われるとは露ほども予想していなかった。
「本気ですけど……やっぱり言われるの嫌でした?」
「ち、違うの!! その、逆で……」
前のめりに否定の言葉を述べた義姉さん。逆ということは、嬉しかったと思ったわけだ。綺麗だと思ったのは事実だが、自分で染めた色を少し褒められて、それで泣きそうな表情を浮かべるだろうか? 義母さんは泣くだろうか? いや、泣くはずがない。
この疑問の答えは、すぐに義姉さんから漏れ出し、僕を再度驚かせる。
「この髪、この金髪は、地毛なの」
「地毛!? え、もしかして義姉さんってハーフなんですか?」
義姉さんは小さく首を縦に振り、自身の髪を撫でるように触れる。
しかしこれは相当驚いた。ハーフということを知らなかったのもそうだし、津雲利羅という不良イメージにこの髪色が大きな一翼を担っていたのは否定できない。
実際僕も綺麗だと思う一方、若干の恐怖を感じていた。
「この色さ、亡くなったお父さんの色なんだよね。ある意味形見っていうかさ。この色を消したらお父さんとの繋がりが完全に切れちゃう気がして。それで小学生の時、お母さんに『パパの髪の毛であたしずっといるよ!』って言ったらお母さん泣いちゃってさぁ」
思い出話を嬉しそうに話す義姉さんは、口元を緩ませ、わかりやすく頬を赤らめていた。その様子は、地毛だと分かったからなのか、とても普通の女の子に見えた。
「それが嬉しくってずっと金髪だったけど、歳を重ねるごとに気味悪がられたり怖がられたりすることが多くなってさ。ただでさえこの鋭い目つきじゃん? それも相まっていじめられたりしてね」
容易に想像できる光景だった。僕ら高校生でもそうだが、他人と違うということを極度に怖がり、拒絶するきらいがある。特に日本人はそうと聞く。
1人だけものすごく目立つ金髪で、鋭い目つきと組み合わさり生意気に見えたことだろう。
『そう見える』というだけで、充分な迫害対象たり得るのだ。彼らの中では理屈が通っている。
「何回も染めてやろうって思ったの。学校からも言われてたし。だけどさ、あん時のお母さんの顔思い出したら、やる気無くなっちゃってね。それで開き直ったの。受け入れないならあたしだって拒絶するって。怖がられてる方が楽だってさ」
生まれ持った性質を受け入れられず、母親の喜ぶ顔のために誰かと仲良くなる可能性を排した。高圧的な仮面を被ることで寂しさからも逃げられる。
それが、僕らが怖がってきた不良、津雲利羅の正体だった。
「お母さんにだけ受け入れてもらえればいい。そう思ってたあたしに、あんたは髪が綺麗って言ってくれて……びっくりして……嬉しかった」
目を背けながら顔を赤らめる義姉さんに、僕は申し訳なくなった。僕だって、彼女を怖がっていた1人だ。わざとそういう態度をとっていたのだとしても、金髪1つで偏見を持ってしまったことには変わりない。
「ゲームしてた時、睨みつけちゃってごめん。あんなんしてたら怖がられて当然だよ。それと、学校でいちゃもんつけたのも謝る」
「学校でいちゃもん……あぁ、あの時の」
僕と義姉さんの初会話。ボ〜ッと遠くを見ていた僕を、『何ジロジロ見てるんだ』という言葉とともに鋭い眼光を飛ばしてきたあの日。
思えばあの日に感じたどこか寂しい雰囲気は、わざと他人を遠ざけていることの後悔やらだったのかもしれない。
「昔からジロジロ見られてたせいでね、無駄に視線に敏感になっちゃってさ。コンプレックスだから」
幼い頃から物珍しい目で見られ、どうせ受け入れられないという諦めから他人を拒絶した義姉さん。間接的に彼女を傷つける考えを持ってしまっていた僕がかけられる言葉は、これくらいしかない。
僕は義姉さんに1歩離れ、距離を離した。不思議そうに見つめる義姉さんをよそに、僕は、謝罪とともに頭を下げる。
「ごめんなさい! 僕正直、最初は義姉さんのこと、津雲さんのこと怖いって思ってました。金髪で目も怖いし、初会話があれだったし……僕も津雲さんを色眼鏡で見てた他の人たちと同じです。何も変わらない」
「和人……」
顔を上げるのが怖い。義姉さんの目を見つめるのがとても怖い。だけど、ちゃんと誠意を持って言葉を伝えないと、今回ばかりはいけないと思った。
徐に顔を上げ、義姉さんの目をじっと見つめる。一瞬ぎゅっと奥歯を噛み締め、言葉を告げた。
「許してもらえるとは思ってないし、これから先、もう一生仲良くもしてくれないとは思う。だけど、義姉さんの本当を知った今、これだけは伝えないといけないと思いました。ーーごめんなさい」
殴られるのだろうか? 軽蔑されるのだろうか? いずれにせよ、よくない未来が訪れるのは容易に想定できる。
声が響かぬ空白の時間が流れ、額に汗が伝った。許しの言葉で無くともいいから何か言ってほしい。そう思うのは強欲なのだろうかと自分に問いかけ始めたその時。義姉さんは小さく言葉を紡いだ。
「ーーあたしは、この髪色と目つきのせいで、誰からも受け入れてもらえないと思ってた。だから周囲を拒絶して、壁を作って……だけど」
義姉さんは僕の額に優しく手を添える。そして目にこぼれそうな汗を1粒拭うと、今まで見せたことがなかった優しい笑みと、柔らかな眼差しが僕に向けられる。
その表情には、不良少女などという肩書きは全く似合わず、ただ、綺麗だと思った。
「だけど、色眼鏡で見てきた人たちも、あたしという人間を出せば受け入れてくれる……かもしれないって、和人が教えてくれたからさ。和人が頑張って謝ってくれたように、あたしも頑張って、他の人と関わってみようかと思えたよ」
「義姉さんっ……!」
「それに言ったでしょ? あたしも悪かったって。ある漫画にね、こんなセリフがあるの。『あいつはけなした! ぼくは怒った! これでこの一件はおしまい!!』ってね。要するにお互い様ってことよ。合ってる?」
急に自分の出した例に不安を覚え始めた義姉さんは、再び鋭い目つきになりながら髪をいじくる。困り顔で眉間に皺を寄せる様子に、僕は思わず吹き出してしまうのだった。
「ははっ! そこで自信なくなるかな普通! 最後はビシッと決めてよ」
「うっさいなぁ。しょうがないでしょ良いの思いついたって思っちゃったんだから!」
その後僕たちは、始めた兄弟らしい会話を始めた。両親の前の取り繕った会話じゃない、自然な会話。どこを抜き取ってもしょうもなさしかないそんな話。だけどこの時、ようやく家族になれた気がしたのは、僕だけじゃないと、今は信じることにしよう。
「義姉さん、笑った時の目、すごい綺麗だったよ」
「んなっ! どこのナンパ男よあんた? 将来が不安になってきたわ……まぁでも、ありがと」
薄く頬を赤らめ、溶けようなほど甘やかな優しい眼差しを向けられた翌日。
僕たちは今日初めて、一緒に学校に行くことにした。登校途中、色々な人に視線を向けられた。特に同じ学校の人に。これが義姉さんの感じてきた感覚。確かにこれは気になるし不快だ。
教室に入ると、ざわざわと別野話題で盛り上がっていた視線は、一斉に僕たちに向けられる。シーンという音が聞こえてきそうなほどの静寂の中、宣言するように僕は声を出す。
「さて、早く入ろうか? ーー義姉さん」
その言葉を皮切りに、静寂は一気にざわつきへと変貌する。自席へと着くまでに一体何秒見られたろうか? 思わず笑ってしまうほどの視線の数だ。
クラス1の不良を義姉さんと呼ぶ。恐らくクラスメイトは僕ごと避けるようになるだろうが、構うもんか。これから改善していくんだから。
「ーーな、なぁ和人、お前さっきのまじ?」
小さくか細い声で、話しかけてきたのは、僕の唯一の友達、真人だった。まさか話しかけてくれるとは。
僕はそのことが嬉しくて口角が上がる。
「ほんとだよ。津雲利羅は僕の義理の姉さんだ。ちょっと口調は強いけど綺麗で優しくて、お母さん思いの良い人だよ」
「口調は強いは余計だ和人」
前方より、義姉さんの声が降り注ぐ。どうやら僕の紹介文に御立腹らしい。悪意を超えたつもりはなかったのだが、そう思われたのであれば失礼だった。僕は苦笑いを浮かべながら謝る。
そんな僕とは対照的に、ビビってのけぞる真人。義姉さんはそんな彼をじっと見つめ、少し深呼吸をする。そして、1歩前に出ると、小さく頭を下げた。
「ごめん。今まで怖がらせるような態度とって。これからは気をつける。だからあたしも、その……仲間に、入れ、て……もらえないだろうかな?」
緊張しすぎで変な挨拶になってしまった義姉さん。口をつぐみ、耳まで真っ赤だ。
恥ずかしさで目を逸らした義姉さんに、真人は僕に視線をむけ、こう呟く。
「なんか、イメージと違って普通に良い人っぽいんだが。おい和人、今日3人で帰るから、ちゃんと予定合わせろよ。津雲さんも、お願いしますね」
「あ、ああ!」
「真人……良いやつすぎない?」
とてもぎこちない言葉に態度。抜いてもらえてない敬語。しかし、義姉さんが勇気を出した1歩は間違いなく足跡をつけた。誤解を解いて、他の人と関わる。そんな簡単なようで難しい第1歩。
ここから始めていこうと思う。僕と義姉さんで。
徐にこちらを見つめる義姉さんは、優しい眼差しを向け、窓から差し込んだ風に金の髪をなびかせなが羅、小さく微笑むのだったーー。
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