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1話

「ねぇあんた、さっきから何あたしのことジロジロみてんの?」


 肘をつきながらボ〜ッと一点を見つめていた僕に、突然1人の少女が話しかけ……というより文句をつけにきた。


 端正な顔立ちに綺麗な長い金髪を携えた少女ーー津雲(つくも)利羅(りら)。いかにも不良な金髪に、鋭すぎる目つき故に同級生はおろか、先生にまで怖がられている。


 そんな持ち前のものすごい威圧感で文句を告げた彼女に、僕は若干ビビりながら返事をした。


「えっと、見てませんよ? 僕はただあっちの方をボ〜ッと見てただけで……」


 少し辿々しいなと自分でも思うくらいの返事をしてしまった僕だが、津雲さんは射殺すような鋭い眼光を閉じ、徐に踵を翻した。


「あっそ」


 そして小さな声でそう呟くと、僕が先ほどまで見つめていた先にある自席へと戻っていく。

 席についた津雲さんは、僕と同じようにつまらなそうに、そしてどこか寂しそうに、肘をついた。


 恐喝されるのかと思ってしまった僕は、何もなかったことに安堵し、小さく肩を撫で下ろす。クラス1の不良と恐れられている津雲さんとの初会話があれだったんだ。ちょっとくらいびびってしまったのは許して欲しい。


「それにしてもジロジロ見てると思われたのか。下向いていよ」


 後ろ向きな解決策を自身で提示したその時、僕の唯一の友達の真人(まさと)が、ひそひそ声で近寄ってきた。


「よぉ和人(かずと)、お前朝から災難だったな、あの津雲利羅に絡まれるなんて。ご愁傷さま」

「そう思うのなら、少しでも助けようという意思を見せて欲しかったよ」

「無理だな。じゃあお前、友人の前にチェンソー振りかぶった男がいたとして、『やめてくれ!』って言えるか?」


 相変わらずなんとなくわかり辛い例えを出してきた真人に、僕はその光景を必死にイメージし、そして自信満々に答えた。


「うん、無理だね。ごめん」

「わかってくれたならそれでいいさ。お前が冗談でも出来ると言わないタイプで安心した」


 学生らしいバカみたいな会話を繰り広げ、僕は微笑を浮かべる。その後も同じようななんの生産性もないしがない会話をしていると、真人がふととあることを呟いた。


「ああいうタイプって、家だとどんな感じなんだろうな? 漫画とかだとほら、意外と甘えん坊だったりするだろ」

「津雲さんのこと? どうだろう、変わんないんじゃないかな。というか想像できない」

「夢ないなぁ。ま、気持ちはわかるけど」


 その会話の途中、僕はふと津雲さんを一瞥した。気づかれないよう、ギリギリ視界の隅に収まる感じで。


 クラス1の不良と恐れられているため常に1人、会話をしている光景をほとんど見ない彼女。いったい家だとどんな言動をしているのだろうか? 

 ちょっと気になる僕だったが、確認する術などあるはずがない。


 この頃は当たり前にそう思っていた。

 まさか、確認以上の展開が訪れるなんて……


 ※


「父さんな、再婚することにしたよ」


 自宅に帰りリビングで一息ついていたところに、父さんが特大級の発言をかましてきた。

 再婚したかったらいつでもどうぞ、と言ってきた僕だが、流石に突然すぎて動揺してしまう。


「い、いきなりだね……とりあえずおめでとう」

「いきなり繋がりで悪いんだが、今日からその相手の女性が娘さんと一緒にこの家で住むことになったんだ」

「報連相……」


 再婚すること、この家で同居すること、その人に娘がいることをものの1分ほどの間に知った僕は、混乱してきた頭を抱えため息をついた。

 とはいえ、父さんには幸せになってほしいし、同居にしても、いずれ家族になるのだから同居は早い方がいいと思う。


「色々突っ込みたいことはあるんだけど、まぁいいよ。それで、いつから住むのその人たち?」

「実はな、もう来てるんだ。呼んでくるよ」


 そう言って父さんは、ニコニコ笑顔で立ち上がり、玄関の方へと向かっていった。

 まさかもうすでに呼んでいたとは思わなかったけど、そのことに今更文句をつけてもしょうがない。『僕が聞いてないから帰れ』だなんて言える立場でもないし。


「そういえば娘さんって何歳なんだろ? 僕は兄さんになるのか弟になるのか……ほんと何も知らないなぁ」


 もうここまでくると笑えてきた。今はこの非日常的な感覚を楽しむことにしよう。

 そう決意した時、高揚した父さんの声と、聴き慣れない2人の女性の声が聞こえてきた。


 ーーいや違う、1人は聞いたことがある気がする。


「いらっしゃい2人とも! 実家だと思ってくつろいで!」

「ありがとう! 利羅、挨拶して」


「お世話になります。利羅と、そう呼んでください」


 利羅、少なくともメジャーではないその名前を言い放った女性の声に、僕は聞き覚えがあった。なにせ、今朝聞いたばかりなのだから。

 耳に残るトラウマ付きで……


 靴を脱ぐ音が聞こえ、3つの足音はどんどんと僕に近づいてくる。途中聞こえてきた内容から、どうやら父さんには(息子)がいて、自分の娘と同級生であると言うとこまでは知っているらしい。


「これはもう、確定かな?」


 脂汗をかいていることが自分でもはっきり分かるくらいになった僕の元に、3つの中で1番若い足音がとうとうリビングに顔を出した。


 彼女は綺麗な長い金髪を小さく揺らしながら、丁寧に挨拶と共に頭を下げる。


「今日からお世話になる津雲利羅です。どうぞよろしくーー」


 礼儀正しくリビングに向かい挨拶を言い放つ津雲さん。よろしくと同時に顔を上げた時、予想通りというか、僕の顔を見て硬直していた。


 さて、覚悟決めよう。


「あ、えっと……よろしくお願いします。津雲さん」

「あんた、今朝の……! ーー最悪」


 最後の言葉は聞き取れなかったけど、その表情で何を言いたいのかはなんとなくわかった。最悪とかだろうね。


 先程の挨拶からもわかったけど、家ではものすごく丁寧な良い人をやっているのだろう。それが僕の口により不良であることがバレる可能性があるのだ。それは確かに最悪だろうと思う。

 だったらまずその金髪を直したらとは思うけど。


「真人、君の妄想は半分正解半分不正解だったよ」


 小さくそう呟いた僕は、苦笑いを浮かべる。

 かくして、クラスメイト以上の関係などあり得ないと思っていた津雲さんとの共同生活が始まってしまったのである。


 ※


「学校では話すの禁止。家でも、お母さんとあなたのお父さんの前以外では仲良くする必要はない。互いの部屋には入らない。あたしと義理の家族になるという話も禁止。そして、学校でのあたしを家で話すのは禁止ーーこれがあたしの提示するルール。あなたは?」


 突然始まった共同生活。津雲さんは亡くなった母さんが使っていた部屋を自身の部屋として使うことになった。

 そして今は、その部屋の中で僕たちの決まり事を制定していた。


 簡単にいえば、これだけはするなという約束だ。


「そうですね、僕も津雲さんにほとんど同意、です。ただその、1つ付け加えるなら、お風呂の立てかけ看板みたいなの作りませんか? 漫画みたいに裸を見ちゃうとか危ないじゃないですか」


「確かにね。わかった、お母さんに伝えておくわ。それと、あたしを家で呼ぶときは義姉(ねえ)さんとでも呼びなさい。津雲だとお母さんとややこしいから」


 辿々しく話す僕に対し、理路整然としっかり話す津雲さん。じゃなかった義姉、さん。リビングでも感じたことだが、この人は本当に不良なのだろうかと疑いたくなるほどしっかりしている。僕の警戒心も、最初に比べれば薄まった気がする。


 相変わらず目つきは怖いままだけど。


「わかりました。じゃあそういう感じでいきましょうか」

「話が早くて助かるわ。話はこれだけだから、もう戻っていいよ」


 そういうと義姉さんは椅子に座り、僕の存在などこの空間にないかのように携帯をいじりはじめた。

 本当に仲良くする気はないらしい。


「それじゃ、おやすみなさい……」


 なんだかモヤモヤした気分のまま僕は部屋を退出し、自室のベッドに横になった。天井を見上げながらこの数時間のことを思い出す。そして、この先うまくやっていけるのかと不安を感じながら、僕は就寝した。




 それから数日、あの日に立てたルールはつつがなく実行されていた。

 父さんと義母さんの前ではそこそこに話し、学校はうまいこと別々に登校。学校では1言も話しをすることはなく、真人にも義理の家族になった話はしなかった。


 ついでに、僕が挙げた風呂場での看板ルールもちゃんと施行されている。


 こうして微妙な距離感を保ったまま、案外上手く生活していた僕たちだったが、とある日の夕食終わり。食器を片付け、いつものように義姉さんが2階の部屋に上がろうとしていた時、義母さんがガサゴソと何かを取り出し、テンション高めに僕らに言葉を投げげかけた。


「じゃじゃ〜ん! ゲーム買ってきたから、みんなでやらない?」


 義母さんが手に持っていたのは、今流行っているパーティーゲームだ。多種多様なミニゲームがあり、『家族でやれば大盛り上がり』という宣伝文句でも有名だ。


「おっ、いいじゃないか! みんなでやろう!」


 父さんは当然ノリノリでそれを了承し、義母さんとも仲良くなりたい僕も、そのすぐに了承した。

 しかし、問題の義姉さんは少し考え込んだ様子を浮かべると、微笑を浮かべながら階段の方に足を進めた。


「あたしはいいや。あんまりゲームとか得意じゃないし」


 そう言うと義姉さんは手すりに手をかける。さっきの発言が本当なのか嘘なのかはわからないが、その背中は少し悲しそうに映った。

 その足を止めたのは、彼女が最も大事にしているであろうあの人だ。


「えぇ〜! こうして家族でゲームなんて久しぶりだから、お母さん利羅ともやりたかったのになぁ」

「うぐっ……!」


 このセリフはクリティカルヒットだったらしい。落ち込む義母さんを見た義姉さんは、上に昇る足を止めざる得なくなり、面倒くさそうに唸り声をあげると、ため息を吐きながら降ってきた。


「はいはい、やるよやるやる! でもほんとに得意じゃないからね!」

「ほんと! やっぱり優しいね利羅は!」

「うっさいなぁ。早くやるよ!」


 そう言ってドシンと音が聞こえてきそうなほどに勢いよくソファーに座った義姉さんは、ただでさえ鋭いその目をさらに細めながらコントローラーを握った。


 ゲームが起動する。軽快な音楽とキャラクターボイスが部屋に響き、他の皆もコントローラを握り始める。

 僕もこのゲームはやってみたいなと密かに思っていたので、実は内心ワクワクしている。


「よしそれじゃ、ゲーム開始!!」


 こうして、義母さんの掛け声と共にミニゲームが始まった。

 結果から言うと、このゲームをしたことで、僕と義姉さんの関係は変わっていくことになる。




 ゲームに慣れていない父さんは何度も最下位になり、1位常連は僕だった。両親は勝っても負けても楽しんでいるようで、『やった〜!』とか『今のすごいね!』など、声色から発言まで、ある種理想的な楽しみ方をしている。


 では僕と義姉さんはどうかと言うとーーものすごくギスギスしていた。


「ああもう! 何であたしの邪魔ばっかすんのよ! 何? あたしのことそんな嫌い?」

「いや別に、ばっかり邪魔してるわけでは……」


 義姉さんは僕に一向に勝てないことでフラストレーションが溜まったのか、段々とゲームの苛立ちを僕に向け始めてきた。

 ボタンを押す力が増していく。


「っッ! あ、もっ……ゔゔっ!」

「ご、ごめんなさい津雲さん!」


 普段よりもさらに眼光が鋭くなっていることに加え、今回はそこに眉間に皺までもが寄っている。

 この数日で印象はだいぶ変わっていたのだが、やはりこの人は怖い! 


 僕はそのあまりの迫力に、両親の前だというのに素に戻ってしまった。その結果、当然のことながら父さんと義母さんに怪しまれてしまう。


「ねぇ利羅、和人くんとほんとに仲がいいの? まさかとは思うけど、和人くんをいじめてるわけじゃないでしょうね?」

「和人、どうなんだ?」


 義母さんはゲームを止め、義姉さんを問いただす。父さんも僕を静かに問いただした。

 義姉さんは冷や汗をかきながら押し黙ってしまう。このままでは誤解を生んだままになってしまうと考えた僕は、辿々しくだが弁明をする。


「あ、僕は別に、義姉さんにいじめられてたわけではないですよ。特に何かされたってわけでもないですし……ただまぁ、仲は正直良くはないです」


 嘘は言っていない。学校でも言われない文句をつけられたが、強いて言うならそれくらい。殴られたりパシリにされたりもしない。


「和人くんの言っている話はほんと? 利羅?」

「あの……うん」


 義姉さんは、義母さんの問い詰めに顔を逸らしながらか細い声で答えた。

 しばらく娘を見続けていた義母さんは、小さくため息を吐くと、無音の部屋に響くほどの大きさで自身の手を叩き合わせた。


「よし! 仲良くないなら仲良くなればいいのよ! 互いの良いところを見つけた時、人は初めて仲良くなれるの。と言うわけでーー」


 そう言って立ち上がった義母さんは、僕たちの前に仁王立ちすると、二カリと大きく笑みを浮かべた。そして予想していなかった提案をしてくる。


「と言うわけで、今からみんなでお互いの良いところを言い合いましょう!」


 こうして、義母さん主導による謎のゲームが始まったのである。

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