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アウター×テラリオン

無神論者だからと勇者パーティーを追放された異世界聖女は自由気ままな旅に出る〜勇者が魔王と手を組んだバッドエンドな世界はそれでも続きます〜

作者: 清水薬子

後味悪い短編です


 城塞都市クインベル。

 人々の希望の象徴であった白亜の城は、今や崩れ去った残骸だけで見る影もない。

 どこにも人の気配はなく、もうもうと立ち上る煙だけが過去に争いがあったことを如実に語っていた。


「ここも、だめか」


 無人の戦地跡で、一人の少女が落胆を滲ませながら呟く。

 まだ幼さが残る目元を伏せながら、手元の地図に木炭で印を書き込む。

 栗毛のセミロングを無造作に纏めた髪型は、細い肢体を包む純白の聖女服と不釣り合いだった。


 聖女ダージリア、またの名を畑中(はたなか)華菜(かな)

 魔王の脅威に対抗するため、この世界に召喚された聖女である。

 教会より洗礼名を与えられ、魔王討伐のために旅をしているはずの彼女は何故か一人で城塞都市クインベルにいた。


「勇者ヴィル、あなたは本当に馬鹿だ」


 夜の帳が下り始めた空を見上げながら、ダージリアは呻く。

 邪な風がダージリアの羽織っていた外套をはためかせ、その背中に刺繍されていたはずの聖印が上から布で隠すように縫い付けられているさまを暴いた。

 『無神論者』として謗りを受ける格好を咎める者はいない。


「虚栄心と驕りを振りかざすだけでなく、自らの欲望を優先して魔王の軍門に下るなんて……」


 唯一、形を残していた堅牢な城門には魔王軍の旗が揺れていた。

 その城門をこじ開けたであろう聖剣の一撃は、風化に抗うように深い傷痕を残している。


 それを目にしたダージリアは静かに目を閉じる。

 脳裏を過るのは、勇者ヴィルと旅をした記憶だった。



◇◆◇◆



 魔王討伐を任されてから一ヶ月。

 戦う術を教え込まれたダージリアは、勇者ヴィルと幼馴染の宮廷魔術師フレアに連れられて辺境を訪れていた。


「ダージリア、この世界には慣れたかい?」

「はい、勇者さまのおかげです。少し戸惑うこともありますが、はやく皆さんの役に立てるようにします」


 ダージリアは絹の聖女服をひるがえしながら、歩幅の早い仲間の背中を追いかける。


「フレア様の授業もとても分かりやすく、次の授業が待ち遠しくなるほどです」

「講師冥利に尽きるわ。ダージリアは教えがいがあるから、ついつい時間を忘れてしまう」


 ダージリアの褒め言葉に気を良くしたフレアは目元を細めて微笑む。

 滅多に笑顔を見せないことで有名な女魔術師の笑顔に、幼馴染のヴィルはたいそう驚きながらもやはり笑っていた。


 和やかな時間ではあったが、ダージリアが通行人の女性が連れ去られそうになっている姿を見かけたことで崩れる。


「あっ────」


 叫び声をあげ、女性を助けようとしたダージリアの口を塞いだのは、ヴィルだった。

 通行人の女性をダージリアの視線から隠すようにフレアが立ち位置を変える。

 あっという間に通行人の女性は抵抗虚しく馬車に乗せられ、車輪の音を響かせながら連れ去られてしまった。


 ダージリアの目が、馬車に掲げられた紋章を見る。

 それは奇しくも彼女が身につけている聖女服に刺繍されている聖印と同じだった。


「ヴィル様、どうして助けなかったの!?」


 ヴィルの手を振り解いたダージリアは、愕然とした思いを叩きつけるように叫んだ。

 この世界を彼女よりも知っている二人は、薄ら笑いを浮かべながら言葉を濁す。


「ほら、あれは教会の馬車だし……」

「きっと逃げ出した修道女かなにかよ。関わるべきじゃないわ」


 真っ直ぐ見据えるダージリアの視線から逃れるように、二人は歩き始めた。

 その背中をダージリアは見つめて、逡巡した後で近くを歩いていた衛士の方へ駆け出した。


 それから数ヶ月後、ダージリアの元に手紙が届いた。

 差出人は件の女性からで、危うく奴隷として売られるところを助けてくれたダージリアに感謝したいと書かれていた。


 その手紙を読むダージリアを睨め付ける双眸があった。

 勇者ヴィルその人だった。




◇◆◇◆



 ダージリアは鬱屈とした疑問を抱えたまま、勇者ヴィル率いる三人の精鋭たちと共に聖剣を求めて『試練の地』を訪れていた。

 魔王討伐を任されて半年の出来事である。


「クソッ、どうして聖剣は俺に応えない!」


 清廉な試練の地に、ヴィルの怒号が響く。

 怒り狂う彼をダージリアは無言で見つめていた。


『ダージリア、俺は必ず聖剣を手に入れて世界を救うんだ』


 勇者ヴィルは頻繁にダージリアにそう語った。

 そう語りながら、旅の障害になるもの全てを腰に下げた青銅の剣で斬り捨てた。

 それは人を襲う魔物であったり、路銀目当てに道を塞いだ山賊だったり、試練の地を守る一族であったりした。


 ダージリアは返り血のついた服を法術で清める。

 彼女がこの世界に来てから、恐らく百は超えるほど使った『清浄』の術式。

 土埃を流す為とフレアと共に練習したそれは、身体を清めることはあっても罪禍を濯ぐことは決してなかった。


「フレア、あなたはどう思いますか」


 神官のエルがフレアに尋ねる。

 エルは国王に命じられ、勇者一行に加わった優秀な退魔師だ。


「だめだね。聖剣がなきゃ勇者もただの凡人だもの。魔王には勝てないわ」


 本人に聞こえないように小声で勇者ヴィルに失格の烙印を押す彼ら。

 その会話にダージリアが加わることはない。


「はてさて、どうなることやら。主よ、迷える我らを導きたまえ」


 手を組んで祈りを捧げるエルを、ダージリアは臆すことなく白んだ目を向けた。

 この試練の地を守護する一族を排除すべきだと叫んだ彼の、性欲を孕んだぎらついた目を見てしまった彼女からすれば、彼の語る信仰も言葉も何もかもが欺瞞としか思えないのだ。

 『エルフは人ではない』と確信を持って声高く主張していたことも、異世界の常識を持つダージリアにとっては嫌悪の対象でしかなかった。


「────! ────、────!!」


 背後から怒号が響く。

 この他の守護者であるエルフたちが応援を引き連れて戻ってきたのだ。

 聖剣を片手に持ったヴィルが鋭く舌打ちを放つ。


「一旦この場を離れる。いくぞ」


 勇者の号令にフレアとエルは嘲りの笑みを隠しながら、武器を片手に返事をした。

 ダージリアだけが、苦い顔をしながら重い足取りで彼らの後を追った。



◇◆◇◆



 聖剣は未だに勇者ヴィルに応えず、なまくらのままだった。

 その剣を両手で抱えながらダージリアはヴィルの背中を追う。


「俺は悪くない」


 ポツリと溢すように、ヴィルの唇が逃避を囁く。

 その足元に倒れ伏すのは、聖剣奪還の為に彼らを追跡をしていたエルフの青年。

 原形を失った頭部から吹き出す血が色素の薄い頭髪を穢していく。


「ええ、勇者さま。貴方は一つも悪くはありません」


 ヴィルを擁護するのは神官のエル。

 命乞いの言葉を叫ぶエルフの後頭部にモーニングスターと呼ばれる鈍器を振り下ろしたのは、間違いなく道徳を語るエルだった。

 嬉々とした表情を浮かべ、恍惚としながら何度も絶命した死体を殴りつける姿を誰も止めることはしなかった。


 その死体をせめて弔おうとしたダージリアの手を、エルが掴む。

 ぬるりとした血の感触にすっかり慣れたダージリアであっても、異様に興奮したエルに手首を掴まれた恐怖に小さく悲鳴をあげた。


「みなさん、疲れたでしょう? 死体の処理と見張りは俺に任せて、休憩なさってください」


 爛々とした血走った目で微笑む彼に気圧されたダージリアは、助けを求めてフレアに視線を向ける。


「そ、そうだね。エル、ここは貴方に任せます」


 フレアがダージリアの別の手を掴むと、慌てる彼女の声も無視して休憩用の天幕を目指して歩き出す。

 ヴィルも暗い面持ちのまま天幕に戻る。


「フレア様、待って、彼を一人にしたら……」

「ダージリア。忘れなさい。今日は防音の結界を張ってあげるから」


 縋るような声でフレアは呟く。

 この場にいる誰もが、死体がどう扱われるのか理解していた。いや、理解してしまったのだ。

 暗闇に響く荒い息遣いと骨肉が割れる音、噎せかえるような血の匂いと『清浄』の詠唱を聞けば、それが善いことではないことが分かる。

 それを理解した上で、ヴィルとフレアは目を背けて耳を塞ぐことを選んだ。


「わ、私は納得できません」

「ダージリア。いい子だから、ね」

「エルフだって、人間と同じ────」

「いい加減にしてっ!」


 フレアが叫んだ。

 感情に任せた怒号を聞くのは、ダージリアが知る限り初めてだった。

 己の失態に気付いたフレアが取り繕うように言葉を重ねる。


「疲れてるのよ。あなたも私も。だから、もう早く寝ましょう」


 逃げるように天幕の中へ入るかつての師を、ダージリアは落胆した目で見つめる。


「ダージリア」


 そんな彼女に珍しく声をかけたのはヴィルだった。


「どうして聖剣は俺に応えないと思う?」

「……聖剣は勇者の素質を持つ者しか認めないと言います」

「俺が偽物だって言うのか!」


 ダージリアの胸元を掴みながらヴィルは詰め寄る。


「剣術は俺が一番だ!」

「血統も、成績も、馬術も!」

「一番はいつも俺だった!」

「神官様がそう言った! 俺は勇者だって! 勇者は俺なんだ、俺だと言え! 言えったら!」


 ばしん、とダージリアの頬をヴィルは叩く。

 じんじんと痛む右頬をダージリアは涙を浮かべながら唇を噛み締めた。


「……それだよ」

「は?」

「その傲慢さと矮小さが、勇者に相応しくないんだよ。これまでしでかしたことを振り返れば分かるでしょ」

「なんだと!」


 ばしん、と再度ダージリアの頬を叩く。

 涙を浮かべこそしたが、彼女は毅然とヴィルを睨んだ。


「人を殺して、エルフを殺して、仲間の悪行を見ないフリをして、それのどこが勇者なの!」

「俺は、正しいことをした! エルが、みんながそう言った!」

「だったらどうして『俺は悪くない』なんて言うの!」

「うるさい、うるさい! お前に分かるもんか!」


 どんとダージリアを突き飛ばし、ヴィルは男性用の天幕に逃げ込むと結界を張ってしまった。

 会話そのものを放棄した以上、ダージリアに出来ることはない。

 ぱちぱちと爆ぜる焚き火の前に座り込みながら、彼女は頭を抱えた。




◇◆◇◆



 ダージリアが異世界に召喚されて三年。

 聖剣はやはりヴィルに応えず、他に頼る術もないダージリアは惰性で彼らと旅を続けていた。


「ダージリア、お前を追放する」


 魔王が居を構える城が目視で確認できる距離になった頃、勇者ヴィルは昏い瞳でダージリアを睨め付けながらそう告げた。

 鬱蒼とした森の中で焚き火を囲んでいたフレアとエルは顔をあげはしたが、異議を唱えることもなく視線を落とした。

 一人は愉悦の回顧に、もう一人は保身の為に。


「理由を……」

「お前が、無神論者だからだ。そもそも異世界から来たってだけで怪しいのに、教会の説く神を信仰しないお前がいるから聖剣が俺に応えない」


 「そうに決まっている」と何度も繰り返し呟くヴィル。

 その顔はすっかり隈が染み付いて、さながら山賊のように歪んだ笑みしか作らない。

 出会った頃の爽やかな笑顔はどこにも無くなってしまった。

 自慢の体力は魔物と戦う時とフレアを天幕に引き摺り込む時にしか発揮しなくなった。


 数ヶ月前からダージリアは神に祈る言葉を口にしなくなった。

 神に祈ることも縋ることも無駄だと思い始めていた。

 それでも、癒しの力も法術も衰える気配はない。


「そうですね。俺もヴィル様に賛成です」


 エルは微笑みを浮かべながら、ヴィルの宣言を支持した。

 表向きにこそダージリアを慮る言葉を吐く彼だが、『お楽しみ』をやんわりと妨害する彼女を疎ましく思っていたのだ。


「…………」


 フレアはダージリアの視線から逃げるように背を向け、ヴィルの胸に顔を埋める。

 かつての聡明な彼女の姿を、ダージリアはもう思い出せない。


「そう、分かった。魔王、倒せるといいね」


 ダージリアは立ち上がって、外套を羽織る。

 行く宛もないまま、ふらふらと彼女は歩き出した。


 『魔王を倒せば、帰還の扉が開く』


 この世界に召喚された時、ダージリアが真っ先に尋ねた質問に対する返答がそれだった。

 その言葉だけを信じて旅を続けてきた彼女だったが、故郷を思い出す度に罪悪感だけが心を占める。

 帰りたいと思うよりも、家族に合わせる顔がないと思うようになった。

 ダージリアの精神は、限界を迎えていたのだ。


 暫く歩いたダージリアは、静かに焚き火の方角を振り返る。

 せめて、フレアだけでも追いかけてきてくれないだろうかという虚しい期待は、激しく揺れる天幕に裏切られた。


『さようなら』

 そう唇で形を作る神官の笑みを見たダージリアは目を伏せ、今度こそ前を向いて歩き出す。


 こうして、呆気なくダージリアは勇者パーティーから追放された。




◇◆◇◆



 魔王と勇者が手を組んだ。

 その情報は風が吹くよりも早く大陸中を駆け巡った。


 あらゆる戦場で禍々しく光る聖剣を振りかざし、破壊の限りを尽くす勇者の姿は各地で目撃された。

 その傍らで膨大な魔術で騎士軍を無力化する魔術師と、法術でもって支援する神官の姿もあった。




 泥沼の領土争いを続けていた領主率いる軍が、それぞれの国旗を掲げながら魔物と戦争を繰り広げている。

 どうあっても手を組むことはない、と領民たちが囃し立てていたことなど嘘のように、彼らは魔王軍を囲い込んで、協力して戦っている。


「癒しをもたらしたまえ」


 主の名を呟くことも、祈りの句を唱えることもなくダージリアが天に手をかざす。

 無神論者となった聖女の奇跡は変わらず起きた。

 傷ついた騎士たちの身体は癒え、活力が湧き上がる。


「勝てると、いいね」


 魔王軍を押し始めた混成軍を見つめながら、ダージリアは呟いた。

 騎士たちに気づかれるよりも前に背中を向けて立ち去る。


 彼女の片手に握りしめるのは告発文書。

 勇者の選定の儀式にて、多額の賄賂を貴族から受け取った神官がその子息の名前とすり替えた。

 本来の勇者は行方不明。

 最後に足取りが確認された場所は奴隷市場で、商品として売られたことまでは掴めた。

 それから先は、いくら聖女としての地位を使っても調べることができなかった。


「やっぱり、神様なんてどこにもいないよ」


 外套を翻しながら、ダージリアは歩く。

 無神論者を理由に追放された彼女の行き先は自由気まま、けれども故郷の土を踏むことはない。

 邪悪な魔王と偽の勇者が手を組んで、本物の勇者が死んだこの世界は終わることなく続いていく。


 いつか天上に座す神が救済をもたらしてくれる。

 だから、奇跡を信じて祈りましょう。


 今日もそんな聖句が白亜の神殿に響いていた。

 そしてきっとこれからも────きっと世界が終わるまで。

この世界でまともなのは殺されたエルフたちぐらいですね。やはり人間はクソ……

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編小説ではなく長編でこの後を読みたくなる作品でしたね。 人間の強欲さと傲慢さに溢れていて勇者ではないとバレたら魔王軍に寝返るクズさを持つヴィルをダージリアは追放されるまで健気に良く支えまし…
2021/04/09 06:51 退会済み
管理
[良い点] 良い絶望感と胸糞とバッドエンド [気になる点] 主人公と世界はどうなるのか?
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