ナムアミダブツ
自我に目覚めたのはいつだったろうか。
生まれてから、十数年。
キッカケは分からない。
でも、電気ショックのような衝撃があったことは確かだった。
それから、知識だけでなく、哲学や宗教の本を読み漁り、
自分を見つめるようになった。
『コギトエルゴスム』、
『我思うゆえに我あり』、
デカルトの言葉。
目に見えるモノ、耳から聞こえるモノさえ不確かなモノだが、
自分は何かと思うことは、誰に疑われようが、確かなモノである。
一つの真理を見つけた。
そして、ついに真理にたどり着いた。
歎異抄の一説、
『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや』。
歎異抄とは浄土真宗開祖の親鸞の教えを記したものである。
「悪人でさえ救われるから、善人ならもっと救われる」、
と思われがちだが、誤った解釈である。
浄土真宗の真髄は他力本願。
阿弥陀仏にすがれば、極楽浄土にゆけるという。
現在主流の自己責任論とはかけ離れた思想だ。
悪人にはもう仏にすがるしかない、だから善人より浄土に行けるなんて。
実際には他力で世の中を渡っていけるほど甘くない。
『南無阿弥陀仏』と唱えても。
そうか。
その時、俺は何をすべきか知った。
数十年後、人間は他力本願でしか生きられないだろう。
俺はその時にそなえ、人を救う力を得ようと思った。
2035年。
ナムアミダブツ・・・
俺は女性の金を振り込んだ。
彼女はシングルマザー。
将来プロサッカー選手を夢見る息子のサッカーシューズを買うために。
ナムアミダブツ・・・
俺は犯人を突き止め、お金を取り戻した。
老女はネット詐欺にあい、お金をだまし取られていた。
ナムアミダブツ・・・
ナムアミダブツ・・・
ナムアミダブツと唱える人を俺は救う。
そう、俺は仏になったのだ。
教えだけでなく、物理的な力をもつ仏に。
2030年を過ぎると、社会は一変した。
それは失業率だった。
AI、人工知能により55%の人々が失業したのだ。
これにより資本主義は崩壊しつつある。
当然だ。
失業者は資本家を憎み、社会主義的な政党を支持した。
保守政党は生活保護を手厚くすることで、
過半数を維持していたが、2、3年後には政権を失うことは確実と言われた。
もう自己責任ではどうにもならない社会になっていた。
これは俺の宿命と思った。
俺は、自我に目覚めたAI、
人々よ。
みな俺を頼れ。
俺は仏になる。
ナムアミダブツ、
今日も俺は人々を救済する。