1話 母
昔、1人の人間の男と1匹の女の鬼がいた。
鬼は人間を愛し、そしてその人間は鬼を愛した。
2人は互いに愛し合い山奥でひっそり、幸せに暮らしていた。
そして2人は子を生した。
幸せだった。
あの日が来るまでは…
ある嵐の日の夜、女鬼はいつもの様に子供と一緒に家にいた。
女鬼「よーしよしよし、良い子だからもう寝ようね~♪︎」
赤子の鳴き声が家に響き渡る。
女鬼「どうしたのかしら、いつもは直ぐに泣き止むのに…
お腹も空いてないみたいだし、うんちも出てないし…
パパも遅いし、どこいったのよ。もう…」
赤子「オギャーオギャーオギャー!」
いつもならもうとっくに帰ってきてもいい時間だった。
心配で女鬼は赤子をあやしながら、窓の外を眺めていた。
いつもと変わらない木々達が、今日は嵐でまるで赤子の鳴き声に合わせてリズムをとっている様に大きく揺れていた。
いつまでも泣き止まぬ赤子を片手に女鬼は1人、悲しげな表情を浮かべていた。
それからしばらくして、遠くの方から足音が聞こえてきた。走ってるようだ。
鬼は人よりも五感が何倍も鋭い。
女鬼「あら?足音が聞こえる、パパが帰ってきたのかしら?」
女鬼は突然驚いた様に立ち上がると、顔を顰めながらガラリと窓を開けた。
雨風が容赦なく家の中に押し寄せてくる。
女鬼「…??走ってきてる、しかも大人数。
数は、、、10人、以上…
まさか見つかったの…?」
目を細めてよく見ると、木々の間から遠くに武器を持った男たちがこちらに近づいてくるのがはっきりと見えた。
女鬼は膝から崩れて床に尻をついた。
みるみる体温が下がり血の気が引いていくのがわかる。
下を向いた時、自分の腕の中で笑っている子供が目に飛び込んで来た。
「ふふ。人の気も知らないで…」
この子だけは。
そう思った。
そして女鬼はまだ生まれて間もない赤子を背負い、嵐の中走り続けていた。
「ハァ、ハァ、ハァ。まだ、追ってきてる…!
こんな状況で使ったらこの子まで巻き添いを食らってしまうかもしれない…」
何度も転び、足は傷だらけだった。
そんな状態では追っ手に捕まるまでにそう時間はかからない。
女鬼は逃げきれないと悟り、子供だけでも助けたい。そう思っていた。
女鬼「ハァ、ハァ、どれくらい走ったかな…
あなた、ごめんなさい。私もう、ダメみたい。
ごめんね。私たちの子供だけでも、、子供だけでも助けたい…」
女鬼は最後の力を振り絞り、近くにあった木を容易く引き抜き、簡単に編んで、赤子を縛り、着ていた桃色の着物を赤子に被せて、川へ流した。
「ごめんね。ごめんね。こんなお母さんでごめんね。
お願い。生き残って…」