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痛みの正体

 いよいよ、なぜ針の番人が必要なのか、針の番人が担う役割が明かされます。

 針の番人は、なぜ心臓を突くのか――?

 誰だって、痛い思いをするのはイヤだと思うけど、胸を痛める必要があるときがある。それは大事な痛み。逃げずに、針の番人に与えられる痛みを受け止めなくてはいけない――。

 与えられる痛みの正体を知れば、痛い思いをしなくてはいけない理由がわかるはず――。



 やっぱり!

 僕は自分の胸を抑える。心臓がぎゅっとなった気がした。

「うー。想像だけで痛い……」

 僕は胸をさする。

 心臓のそばにいるという針の番人。

 針の番人は、仕分け人から報告書が回って来ると、針で心臓を突っつくと言う。

 そう聞くと実際に心臓が痛くなったわけじゃないのに痛くなった気がして、顔をしかめる僕に、ミヤくんは「わかるわかる」とうなずきながら、

「ほら、針の番人の仕事は大事な仕事だって言ったけどさ?」

 と、話を続ける。

「仕分け人に『自分に問題アリ』って判断されたヤツだから、針の番人は心臓を突っつくんだ。それって、心臓を傷めつけるために針で突っつくんじゃなくて、自分に問題があるってことを、心の持ち主に思い知らせるために、痛みを与えてんの。自分に問題があるんだぞ、ってことを心の持ち主が思い知るってことが、ものすんごい大事なコトだから」

 ミヤくんは針の番人の仕事が大事だってことを、そう説明した。

 それを聞いて、僕はなんだかモヤモヤする。何か納得いかない気がして、首をかしげる。

 なんだろう? なんかそれって――。

「自分に問題があるって思い知らせるために痛みを与えるってことは、悪いコトしたら(たた)かれるのと一緒ってこと? ええと、体罰、と同じってこと? 叩いて言うことをきかせるようなこと?」

 そういうのは、ひいばあっぽくないし、天平(たかひら)くんっぽくない。ミヤくんっぽくないし、わわわ会っぽくない――気がする。

 と、ミヤくんが首を振った。

「ちゃうちゃう。いや、違わなくもない? いや、違うよな。そうじゃなくてさ、痛みがどこから来てるか、っつーのがあるわけで」

 ミヤくん自身が、ちょっと混乱しながら否定する。

「痛み? 痛みが……来る? どこから?」

 僕もちょっと混乱する。

「ええと、体罰っていうのは、よくないことした人に痛い思いを味あわせることで、痛い思いした人が、二度と痛い思いしたくないって思って、痛い思いするハメになるようなことをやめるようになるだろう、ってことで、傷めつけるワケやん?」

 ミヤくんが体罰について、考え考え説明する。

「う、うん?」

 『痛い』が何度も出て来るので、こんがらがりつつ、僕は考える。

 体罰は、悪さした人を叩いたりぶったりして、二度と悪ささせないようにする、とかいうヤツだよね? こうして叩いて身体に言うことをきかせなきゃわからないんだ、みたいなことを、体罰教師が言うとか言わないとかって、テレビのドラマかなんかで言ってたことあったような……?

 ミヤくんの言ったことは、僕のイメージする体罰と合ってると思うので、

「えっと、体罰ってそういうカンジ、だよね?」

 僕はミヤくんに同意を示す。

 ミヤくんは「けどさ」と言う。

「針の番人が与える痛みは、罰するための痛みじゃないんだ。そうじゃなくて、『人の痛み』なんだよ」

「人の痛み?」

 僕は首をかしげる。

「そうそう。例えば……友達にキレられるのってつらいと思うんだけど。もしもそれが、オレが友達と日曜の……そだな、八時。八時に待ち合わせしてたのに、前の日に夜ふかししてマンガ読んでたせいで朝寝坊して、昼過ぎに目ぇ覚まして、あ! やべぇ! ってなって待ち合わせの場所に行ったら、待ってくれてた友達にすんげーキレられた、っていう場合――」

 ミヤくんが何気ないことのように言い出した。けれど、

「え、八時の約束で、お昼過ぎって――」

 大遅刻だ!

 たとえ話なのに待たされた友達が気の毒になる大遅刻ぶりで、友達がキレるのは当然だ。それはさすがに誰でも怒ると思う。

「この場合、オレに遅刻されてキレた友達は、何時間もオレが来ないのを待たされてたワケやん? それってどんな時間だったと思う?」

「え? どんな時間?」

 どんな時間ってどういうこと?

 僕は首をかしげる。

「友達が約束の時間に来ないんだぞ? 最初はちょっと遅刻してるんだろう、もうすぐ来るやろ、くらいに思ってるけど、まだ来ない、まだ来ない、って、どんどん時間が経ってって、あれ? 待ち合わせ時間間違えたかな? いや、待ち合わせ場所間違えたかも、って、他の、間違えてそうな場所に行ってみたり、でもそこにもいなくて、待ち合わせ場所に戻ってみたらやっぱり来てないし、もしかしてさっきちょっと他のとこ見に行った間に来て帰っちゃった⁈ とか思ったり、けど、他の場所に行ってたのってちょっとの時間だからそれはないかって思ったり、待ち合わせにはやっぱスマホいるよな、って思いつつ、あ! もしかしてどっかで事故にあってたりしないよな、とか心配したり……って、すんごい不安になったり、心配になったり、まだかまだかってイライラしたりすると思うんやけど」

 そう思わん? とミヤくんに言われ、想像する。

 もしも一人で、なかなか待ち合わせ場所に現れない友達を待っていたら……。

「その、それってイヤだね、すっごい不安になるよ……」

 想像しただけで、不安で胸がいっぱいになる。

 ということは、待たされている友達は、待たされている間、不安な時間を過ごしているということだ。

「そうやろ? 来ない人待ってると、不安になるって。それに、場合によっては、あれ? もしかして意地悪されたんかな? 最初っから来る気ないのに待ち合わせしたとか? ハメられたのかな? 待ちぼうけさせられてるオレのことをどこかで笑いながら見てるのかも? オレ、いじめられてんの? とか思ってしまうかもしんないし。それか、自分でも知らないうちに相手のこと怒らせたり、嫌われるようなことしちゃったのかも! それで急に来るのやめちゃったのかも! とか、ぐるぐるしちゃうかもしんないしさ?」

 ミヤくんの指摘に、僕はハッとした。確かに、そういう心配、しちゃうかも? 一度そういう心配をしてしまったら、きっと、待ち合わせした友達に会えるまで、ずっと落ち着かないんじゃないかな? 

 ミヤくんの話を聞いて、こうやって想像してみて、僕は、気づいた。遅刻はよくないことだ、って、わかっているつもりでいたけど、頭の中でそういうものだと思っているだけだったんじゃないか、ってことに。

 遅刻するってことが、世の中でいいこととされているか、悪いこととされているか、っていうことじゃなくて。待たされている相手の気持ちを想像すると――。

 いざ、待たされている相手の気持ちを、自分が待たされたらどう思うかを、想像してみると――胸が苦しくなった。

「そういう、不安になったり、心配になったり、イライラしたりする、待たされている友達のつらさ、しんどさ。えっと、『心痛(しんつう)』って言われるヤツ。そういうものが、針の番人が与える痛みの正体なんだ」

 ミヤくんが言う。

「え?」

 針の番人が与える痛みの正体――?

「待たされていた人の待っている間の胸の痛みを、待たせていた人の心の中で、針の番人が、待たせていた人に思い知らせんの。つまり、オレがクラトを待たせていたとしたら、クラトがオレを待っていた間のクラトの胸の痛みを、オレの中でオレの心の中にいる針の番人が、オレに思い知らせるってコト」

 ミヤくんが僕と自分を交互に指さしながら言う。

「自分が人に痛い思いをさせているから、針の番人は心の持ち主に痛みを与えるんだ。だから、針の番人が与える痛みは、すんごい大事な痛みなワケで。自分の針の番人に心臓を突っつかれた人は、その痛さを思い知るしかないんだよ。痛いのイヤでも、その人は、痛い思いするしかないんだ。オレたちは、針の番人に与えられる痛みからは逃げないで、ちゃんと胸を痛めなくちゃいけないんだよ」

 ミヤくんは、まっすぐ前を見据え、自分こそがそうであろうと誓うように言う。

 あ、そうか。

 相手の痛みなんだ。

 僕の心にすとん。

 自分のせいで苦しんだ相手の痛みだから、だから、人にしんどい思いをさせた人は、針の番人に心臓を突かれる。針の番人に痛みを与えられ、その痛みを感じることで、相手が感じた痛さを思い知る。そういうことなんだ。

 針の番人は、罰を与える存在じゃない。

 相手の痛みを思い知らせる存在だから、だから、針の番人は、いなくちゃいけない小人なんだ。

 すとん、すとん、と、ミヤくんが言ってた言葉が意味を持って、実感をともなって、僕の心に落ちてくる。僕の心が納得していく。

 痛いのはイヤだけど、自分が人を傷つけることをしてしまったのなら、自分がいけなかったんだと胸を痛めなくちゃいけない。逃げちゃいけない――。

 痛いのイヤでも苦しくても――。

 逃げてはいけない痛みがある。

 そのことは、僕の心に種として落ち、根を張っていく――。

 友達にキレられるのはつらいけど、大変な思いをしたのは待たされた友達の方。

 だから、相手のつらさを思って、自分の胸が痛くなる。

 その痛みの先に何があるのか――。

 と、ミヤくんが口を開いた。

「そしたらさ、『これはいかんかった! これからは待たせないようにしよう!』って、胸の痛みに誓う。そんで、ちゃんと遅刻しないようにしようって思いが心に刻まれて、次からは遅刻しないようになっていく……はず」

 最後だけちょっと自信なさそうに言い、続けて得意げに言い放った。

「つまりさ、針の番人が与える痛みは、コレは二度とやっちゃいけないダメなことだぞ! って、自分自身に知らせてくれる合図っつーかさ、まあ、そういうのってコト!」

 どうだ! と言わんばかりの、ミヤくんの顔。

 すとん。

 僕の心にすとんと落ちた。

 そうだ、『自分に問題アリ』なせいで、誰かに大変な思いをさせてしまった場合、同じことをまたやってしまったら、誰かにまた大変な思いをさせてしまいかねないということだ。

 だったら――?

 自分に問題があって誰かに大変な思いをさせてしまったなら、それは、その自分にある問題をなくせば、誰かをまたつらい目にあわせたりすることはなくなるってことだから――。

 ここがよくなかった、こういうことしなければよかった、って考えて、次に同じようなことが起きたときによくないことをしないよう気をつける。

 針の番人が与える痛みは、そこに繋がるんだ――。

                                              つづく



 読んでいただき、ありがとうございます。

 実は、痛みの正体については最初から考えていたわけではありません。人がどういうカンジで傷つくのか、ということを考えて、そこから針の番人が浮かび上がって来たので、まず、人は痛みを感じる、というのがありました。胸を痛める、という現実があり、それを後から読み解く、ということをやっていくうちに、たどり着いたのが、この回で書いた、痛みの正体です。

 この痛みの正体が見えたことで、より、人の心の有り様がわかってきた気がします。

 そして、痛みの先に何があるのか――。そこもとても大事な部分になっています。

 次回は、もう一つの仕分け先について書いていますので、読んでいただければと思います。

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