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その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。  作者: 網野ホウ


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20/27

美香が亡くなって二年目に……

 非情にも月日は流れる。

 非情、と言う言葉に、いい感じは受けづらい。

 だが、この月日の流れは、喜び、悲しみ、楽しみ、怒り、あらゆる感情を生み出す出来事を過去に流し去らせてくれる。

 もちろん、特別な感情を生み出すことのなかった出来事も。

 雪の季節は過ぎ、同期の連中がまたぽつぽつと顔を出す。

 言われなきゃ気付かなかったが、三島家の墓に時折お参りする人の姿を見たことがあった。

 月命日に来たことのある連中だな、と今更ながらに気付く。

 今年もお盆が近づいてきて、棚経の最短距離で回るルート探しに頭を悩ます頃のことだった。


「今月もお疲れ様。またお盆が来るね。その後で美香ちゃんの三回忌か」


 そのルート探しの思考を邪魔する現象を見つけてしまった。

 その月命日が終わった後の三島家の玄関先。

 いつも通り、美香と池田の三人で、タクシー待ちをしていた時に、我慢できずに口に出した。


「あのさ……」

「何?」

(何?)

「美香さんは……風呂に入ったりするのかな?」

「え?」

(え?)


 いきなり本題に入るのは怖い。

 ホラーめいた現象だから。

 ……いくら僧侶でも、怖い物は怖いんだ。


(えーと、ない、な)

「肉体がないんだから、あるわけないじゃない」


 期待通りの返事だ。


「体臭とか……」

「あるわけないでしょうにっ」

(な、ない……と思う……)


 そして池田からの追撃。


「……幽霊に欲情してるの?」


 浴場だけに?

 いや、そんな冗談を言ってる場合じゃない。


「……体毛とかの処理は……」

(伸びないから)

「……一体どうしたの? 磯田君の顔、何か、青くなってるよ?」


 ……こ、怖ぇよ……。

 何が怖いって……。


「池田。お前、気付いてないか?」

「何が?」

「……美香さんの髪の毛……伸びてるんだが」

「え?」

(え?)


 髪を染める女性が増えてきた昨今、艶のある黒髪でストレートの髪形ってそうはいない。

 そんな髪をしている女性がいると、実は、その自然の美しさに見惚れる時がある。

 美香の今の髪形もそうだ。

 だが、だからこそ気付いたことがある。

 美香の今の姿を初めて見た時は、その髪の毛先が両肩に触れるか触れないかくらい長かった。

 それが、肩の後ろに触れるくらいに伸びている。

 市松人形の髪の毛が伸びる、なんて言うオカルトめいた話は、昔テレビで見た記憶がある。

 無表情の人形の、その髪の毛だけ変化が起きる。

 ぞわっとした。

 そして今、気のせいなんかじゃなく、はっきりと美香の髪の毛は伸びていると言い切れた。

 でも認めたくなかった。

 認めたら……怖いじゃないか。


「……髪の毛なんか意識して見たことなかったけど……どうなんだろ」

(んー……よく分かんない。……ちょっと、そんなに怖がらないでよ)


 ……よくよく考えてみたら、よくもまぁ初めて美香を見た時、全く驚きもせずにやりすごせたものだ、と我ながら感心してしまう。

 が、今の美香の姿を見たら……どうしてもあの市松人形を思い出してしまう。


「あれ?」

「どした」

「美香ちゃん……背が縮んだ?」

「え?」

「だって、こんな風に立って美香ちゃんの目を見た時、その目線の高さが……ちょっと下向きになってる感じがする……のは気のせいかな……」

「だそうだ。背が縮んだ実感とかあるか?」

(背が低くなった? ……そんなことないと思うけど……)

「そう言えば髪の毛ってば」

「何だよ、池田さん」

「一々怖がらないの。美香ちゃん、小学校の頃は短め……おかっぱっぽかった気がする」


 へ?


「小学校からの付き合いだったの? 二人とも」

「うん、そうだよ」

(あー……あの頃は確かに短めだった。中学校進学を意識したころから、大人を意識して髪、伸ばし始めたんだよね)


 今の二人の間で、言葉が交わされることはない。

 が、たまにこんな風に会話が成立しているように聞こえる時がある。

 何となく、二人っきりにしてあげたくなる。

 池田は美香の死に目に逢えなかったことだし。

 髪の毛は確かに伸びてる。

 でも、美香の姿が薄らぐようなことはなく、しっかりとその姿は見えてるんだから、まだしばらくはこの世に滞在しそうだ。


 ※※※※※ ※※※※※


 美香が亡くなって二回目の盆がやってきた。

 いつものように仏壇の前にふわふわ浮いていた美香は、俺の後ろに母親が座ると、すぐにそっちに移動した。

 というか、移動したと思われる。

 流石に読経中、後ろを見るわけにはいかないから、そっちに行ったんだろうなぁとぼんやり思うだけ。

 だが案の定、終った後母親の方を向くと、ニコニコしながら肩にしがみついていた。

 相変わらず親子の仲がよろしいようで何より。

 けど何となく違和感がある。


「今年も暑いですね。暑い中ご苦労様」

「いえいえ」

「美香もきっと喜んでるでしょうねぇ」

「でしょうねぇ」


 喜んでいることは間違いない。

 お母さんと一緒にべったりしてご機嫌な顔をしてるから。


「じゃ、この辺で失礼します」

「はい、ありがとうございました」


 母親が立ち上がると、美香はまたふわふわと浮かび、仏壇に戻っていった。

 そこで違和感の正体に気付く。

 読経中、俺と目が合うことがあっても話しかけられることはなく、俺を呼ぶどころか声を聴くこともなかった。

 が、棚経は本当に短時間。

 声を掛けられてもまともに返事なんかできゃしない。

 この日は声をかけても無駄と思っててもおかしくはない。

 事実俺を見る美香の顔つきは不愉快そうな顔をしていなかった。

 話しかけたいけど適当にあしらわれる、と分かってたら、間違いなく不満顔になってたに違いない。

 つまり、俺に気を遣ってたってことだろう。

 ということであれば、次の月命日の時には普通に話しかけられること間違いなし、だな。


 ※※※※※ ※※※※※


 お盆が終われば、体力は極端に削られ回復にも時間はかかるが、日常が戻ってくる。

 毎年のことだ。

 そしてその後の月命日。


(今月も拝んでくれてありがとう)

(おう。でも、まだお勤め終わってないからな?)


 まともなことを言われた。

 ちょっと照れたが、平常心平常心。

 けど、お勤めの途中で話しかけてくるのは例年通りならぬ例月通り。


「今月もありがとうございました。……そろそろ三回忌がきますんで、また、お斎って言うんですか? それも用意するつもりなので同席してもらえます?」

「あ、はい。謹んでお受けいたします」


 亡くなって一年目は、月日が一年間一周するから一周忌。

 二年目は、亡くなったその日を入れて三回目だから三回忌。

 年回忌は、この三回忌の後は七回忌。

 十年以降は、下一桁は三と七になる年が年回忌に当たる。

 何で三と七かというと、インドだかどこかでは永遠を意味する数字だからとか何とか。

 まぁそういうもんだ、としか覚えてない。

 宗派については勉強したが、仏教の一般的なそういうことは身に付ける気はなかったという無学な不良な坊さんだ。

 自称ものぐさ坊主のゆえんはそこにあったりする。


「みんなにも来てもらいたいと思ってるんだけど、みんな、仕事とか忙しいでしょ」

「県外に出てる奴らは、来るのは難しいと思うなぁ。法事の後の食事も、市内の同期なら参加できるんじゃないかな?」

「でも、来なくなった奴もいるからみんなに案内出すってのはどうかとも思うけど」

「じゃあ俺らは俺らで、美香ちゃんを偲ぶ会っつーことで集まる? おばさんはどうなんすか?」

「え? あたしは、月命日に来てくれる人には来てほしいって思ってるけど。美香ちゃんも喜ぶだろうし」


 当の本人はいつものように母親の後ろから抱きついて、その顔に頬ずりしている。

 幽霊がどうのってのは、日常的じゃないかもしれない。

 が、それを除けば、いつもの日常。

 美香の同期と母親の会話が弾みそうな時を見計らって……。


「じゃ、そろそろ失礼します。次の時間の連絡、またその日が近くなった辺りに下さい」

「あ、もう帰るの? じゃ、タクシー呼びますね。みんなはここでちょっと待っててね」


 電話でタクシーを呼んで、また居間に戻る。

 俺と一緒に池田も席を立つ。

 これもいつも通り。

 だが、美香はニコニコした顔で、母親の背中に張り付いたまま。


「えっと……」


 池田は何を言い出すつもりなのやら。


「じゃあ失礼します。……池田さんは?」

「え? あ、うん。じゃあおばさん、失礼します。あ、三回忌の法要のお斎には、もし招いてくださるなら私もお相伴に預かりたいと思ってます」

「うん、いいわよ。陽子ちゃん、ありがとうね」

「なぁ、池田」


 俺達の去り際に、同期から声をかけられた。

 これはいつもとは違う光景……。


「何?」

「お前、いつも磯田と一緒に来て、帰る時も一緒だよな。……そういう関係?」


 ……これは、まぁそう思うのも無理はないか。

 毎回これだから、それは怪しまれて当然か。


「そうじゃないわよ。美香のお母さんだって、生活大変でしょ? あたしがその代わりに和尚さんの送り迎えしてるんじゃない」

「実際運転するのはタクシーの運転手だけどな」

「それはそれとしてよ。変な事言わないで」


 沈黙は金。

 何か気の利いたことを言おうと思ったが、何かを言うほどこいつらとは仲がいいとは言えない。

 そんなこんなで玄関先にて。


「……美香、どうしたんだろ。ここに来ないね」


 そういうのを、過保護って言わないか?

 ……言わないか。


「あのさ、三者面談の目的忘れてないか?」

「え?」

「悪霊になっちゃうかもしれないっつってたろ? で、その心配はなさそうだって結論になったじゃねぇか」

「うん……」

「あとは、お前と美香さんとお話ししたいっつーことで、ここでなら問題なさそうってことだったろ?」

「うん、だから……」

「女学生同士の会話とか、女子会じゃねぇんだぞ? もう話すことなんて、ほぼ尽きたんじゃねぇの?」

「でも、心配なのは変わらないよ?」


 まぁ……何らかの責任感ってのはあるみたいだが……。


「うわっ」

「どうした池……うおっ」

(お母さんの背中、居心地よくって、何か忘れてると思ったら、いつもお見送りしてたんだもんね)


 驚きもする。

 家の壁を素通りして美香が現れた。

 美香の姿はもう見慣れた。

 それには特に驚きようがないが、見慣れない行動を見ると、相手が人間であっても驚くことはある。


(物忘れにも程がある。とは言っても、無理しなくてもいいんだぞ? いたいところにいればいい。ここからさらに離れると、家に戻れないかもしれないから、それを考えると、もう別に見送りしなくてもいいような気がする)

(でも、拝んでくれたんだし、お礼の見送りくらいはさせてよ)


 美香の返事に、正直戸惑った。

 今更だ。

 正直な事を言えば、読経しても美香自身には何の変化もない。

 美香の疲労が回復したとか、元気になったとか、体のどこかが成長したとか、そんな物理的効果はない。

 ただ、美香のために声を出してるだけの事。

 もし美香の言うことが本心なら、もっと前にそんな言葉を聞いてても不思議じゃないし、むしろ言うべきだ。

 違和感は、何となくまだ続いてるような気がするが……気のせいか。


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