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その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。  作者: 網野ホウ


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16/27

一周忌:俺なら気にしないが、無礼講とは違うからな?

(ねえ、昭司君)

(何だよ)

(今のお勤めは、あたしの一周忌だよねぇ)

(そうだな)


 季節は巡り、一周した。

 だから、亡くなって一年目が一周忌。

 この日までの月命日は、特に何の進展もなかった。

 美香の母親にも俺にも、健康に何の障害もない。

 ただ美香曰く


(ちょっと痩せたかな)


 だそうだ。


(一人で飯作って食うんだし、自分が満足できる量しか作らないなら、そうもなるんじゃないの?)

(そんなもんかなぁ)


 一人暮らしの経験がない美香には、よく分からないようだ。


 ※※※※※ ※※※※※


「にしても磯田ぁ、いつもお疲れさん」


 年回忌の法要の後のお斎の席。

 今回は市内のホテルの一室を借りたようだ。

 上座には自分一人だけ。

 あとは十五人ほどが対面で座っている。

 献杯の挨拶も済み、食事が始まる。

 間もなくそんな言葉を気安くかけてきた美香の同期の一人。

 その人数も増えてきた。

 が、自己紹介してもらってないから、何て名前なのか全く分からない。

 向こうは俺のことを知ってるようだが。


「あ、いえ。皆さんこそ、遠いところからわざわざお疲れ様です」


 アルコールは受け付けない体質なので、ウーロン茶などのソフトドリンクを注いでもらう。


「なんかよそよそしいな。俺らのこと忘れたのか?」


 忘れたも何も、覚えてない。


「二年以上同級じゃないとちょっと記憶には……。クラスもたくさんあったし、人数もたくさんいたし……」

「そりゃあそうか。まあでもなんだ。その仕事、楽そうだよなあ」


 まぁ、楽と言えば楽だ。

 お経なんか、耳と口で覚えたからな。

 いろいろ妄想しながら唱えても、どう頑張っても間違えない。

 おかげで読経中も美香とコンタクトを取れるというね。


「坊主丸儲けとか言うだろ? 高級車とか乗り回してたりする?」

「高級車の迎えが来ることはありますね」

(何の話してるの?)

(さあ?)


 美香は俺の言葉しか分からないから、こっち側の会話に聞き耳立ててもさっぱり理解できない。

 むしろ、理解できる方が珍しい。

 そして茶を注いできたこいつは何を意図としてそんな話題を吹っかけてきてるのか、俺にはさっぱり分からん。

 さあ? としか返事のしようがない。


「でも持ってたりすんじゃねぇの?」

「檀家数三百くらいじゃまず無理かな。それに都会とは違ってここらじゃそこまでいろいろ収入は高くないから……」

「またまたぁ。お前程度の奴でも、そんな仕事に就けるんだから、誰だってやれる仕事だろぉ?」


 まぁ、そうかもな。

 誰でもなれる仕事の一つだよ。


「後継者問題を抱える寺も多い。そこに弟子入りとかすれば、勉強させてもらえて、信頼を得たら後継者候補にも挙がって……」

「はぁ、いいなぁお前は。成績が悪くったって高給取りだもんなぁ」


 酔っぱらってる……っぽいな。

 誰か追い払ってくんないかなぁ。


「高給なわけがない。大体宗教法人の収入から給料を支給されてる。そちらがどんな会社に入ってるか分からないけど、社団法人か何かから給与をもらうのとほぼ同じ。もらった給料から当然所得税は収めなきゃならないし、それを抑えるとなると給料の額も抑えなきゃならないから、どのみち自由になるお金は多くない。むしろ少ない……」

「その法人の金とやらも自由に使えるんじゃねぇの? 羨ましいったらありゃしねぇ」


 打ち出の小づちじゃあるまいし。

 無限に金が使えるわけがない。

 それにしてもこいつは普段どんな生活しているのか。


「そんなことないですよ。その気になれば誰でもなれるし、上手く世渡りすれば高給取りにはなれるでしょうが、ここら辺じゃあ」

(何の話してるか教えてよお)


 何だろなぁ、この温度差。


「学校の成績が悪くて有名だったもんな、お前。それがこんな席でもてなされてさあ。いい気になってんじゃねぇよ」


 なんだこいつ?


「ちょっと杉本君。飲み過ぎじゃないの?」

「あ? 池田だってそう思うだろ? 成績悪かったくせに、法事の後偉そうに話ししたりよお」


 言葉は荒っぽいが、声量は俺にしか聞こえない程度。

 美香の母親も、美香の友人たちと会話に花を咲かせててこちらに気付いてないようだ。

 それでも池田は気付いてくれて、近寄ってくれはするが、抑止力になりそうもない。

 それにしても、見下されてるとでも思ってたのか。

 こっちにも言いたい事はなくもないが、そんなことを言っても何の解決にもならないだろう。

 それに、後ろで座ってる人達が俺の読経を聞いて、何の意味も分からないまま有り難がるってのも申し訳ない気がする。

 だから、その補足みたいな意味で解説めいた話もするんだが、それが気に食わないと言う。


「失礼ですが、うちの檀家でしたっけ?」

「丁寧な言葉遣いも気に入らねぇなあ。バカはバカらしく、俺らの言うことによお」

「ちょっと! もういいでしょ? 席に戻りなさいよ。ほら、みんな席に戻るの待ってるみたいだし」


 池田が抑えるが、杉本とやらは暴走したがってるらしい。


「……ちょっと時間早いかもしれないけど、失礼しますか。旧交を温めるには、自分は邪魔みたいなので」

(なんか、雰囲気悪そうなんだけど……どうし……え? 帰るの?)

(俺がいなくなれば雰囲気よくなると思うよ? 言葉は分からなくても、みんなニコニコできれば問題ないだろ)


 雰囲気がよくなるどころではない。

 同級会、同期会になること間違いない。

 事実、法要が終われば俺の出番はない。

 出番はないのだから、その後、何の予定もなければ寺に戻っても問題ない。

 だからお斎の場も、なくても何の問題もない。

 なのにあるのは、喪主や施主の、それこそ真心、心遣い、おもてなし。

 せっかくの心遣いを無にすることこそ、その人達の功徳を積む機会をなくしてしまうことにもなる。

 だから有り難く頂戴する。

 が、それを良しと思わない者がいるなら、身を引く方が却っていい。

 この席を設けた自分のせいだなどと、施主が自責の念を持たないように。


(ゆっくり話ができるかと思ったが、まぁ毎月お邪魔するし、来年は三回忌あるし。これでおしまいってわけじゃないさ)

(え? 一体何があったの?)

(そうだなあ……。お腹いっぱいになったからもう帰る。それだけ)

(ふざけないで、きちんと答えてよ)


 他の檀家の法事でもこんな席を設けて、そこに招かれることはたくさんある。

 帰る間際に、わざとそんなことを言う時もある。

 もちろん冗談だと分かってくれるから、意外と滑らず笑ってもらえる。

 だから決め台詞の一つにしてる。


「ちょっ、ちょっとっ磯田君っ」


 何と言うか……。

 誰もが今の俺の立場を分かってなさそうだな。

 美香と二人きりの時ならともかく。

 美香の母親を見習えよ。


「えー、そろそろ時間ですので、お暇させていただきます」

「え? もうですか?」

「今は法事の緊張も必要ないですからね。あとは同期の方々と一緒に楽しい時間をお過ごしください」

「料理もまだ全部出されてないのに……あ、あとでお包みして届けますね、和尚さん」

「ということです。池田さん」

「え?」

「……分かんなきゃいいですよ」


 いきなり振り向かれた池田はきょとんとしている。


「おいおい磯田ぁ、都合が悪くなったら帰るのか―?」

「ちょっ! 杉本君。とりあえず席に戻ってっ」


 そう。

 立場的には和尚さんなんだよな。

 磯田君、ではない。

 ま、美香から昭司君と呼ばれるのは……吝かではないか。

 親父と俺を区別するため、という理由はやや甘いか? まぁそれでもいいか。

 それにしても何がそんなに気に食わないのか。

 杉本とやらを止めるのも、池田一人だけであとはそれぞれ歓談中だ。

 時々自席からこいつを呼ぶ声も聞こえるが。


(見送るんじゃねぇぞ?)

(え?)


 美香の不安そうな声が聞こえた。

 おそらくそれは誤解のせいだ。


(この建物の構造分からないだろ。一歩でも出たら迷子になっちまうぞ? 部屋の外までの見送りは、自宅限定にしとけ)

(あ、うん、そうだね。……また来月くるよね?)

(依頼があればな。時間までは未定だから連絡が来なきゃなし)

(ちょっ、ちょっと)

(お母さん次第だな。ほいじゃ、同期達の傍にいてやりな)


 背中越しでも、美香がオロオロしてそうなのは何となく分かった。

 でもしょうがない。

 俺には、そんな雰囲気の中、更に長時間滞在する勇気はない。


「ね、ねぇ、磯田……和尚さん。あ、外まで見送ります」


 池田が後を付いてくる。

 そうなると、ますます美香が不安になりゃしないか?


「あ、大丈夫です。……そばにいてやれよ。美香さんが不安がってる」

「え? あ、う、うん」


 部屋の中から、戻って来いよ、などという声が聞こえてきた。

 何かの憂さ晴らしの的にでもしたいのかね。


 ※※※※※ ※※※※※


 一周忌、要は一年経ったってこと。

 大切な人を失い、その人がいない世界で一年を過ごすことができた、とも言える。

 その人なしでは生きていけない、なんて言う人もいる。

 言葉通りに受け止めるなら、その人が自分の傍からいなくなったら生きる自信がなくなってしまう、ということだ。

 それでも一年、生きてこれた。

 亡くなりそうな自信を取り戻した、とも言えるわけだ。

 自信を取り戻したらどうなるか?

 心に余裕ができたってことだ。

 そんな余裕がまだないとしても、その人がいなくても生きて行くことができたという経験は積めた。

 大なり小なり、余裕はあるはずだ。

 その余裕から生み出されるものは、喜怒哀楽の感情の動く幅。

 その幅が生み出した結果が、あの男の言動だろう。

 そう思うと、失望、無気力のままの姿を見せられるよりもはるかにマシ。

 一年前、美香が亡くなった知らせを受け、がっくりして失った力がまたよみがえりつつあるのなら、そっちの方がそれぞれの人生に、また希望が見え始めてるってことだ。

 そして彼らは、またそれぞれの生活の場に戻り、それぞれの役割を果たしていくんだろう。

 この仕事って、それを見守り、見送る役目、かもなぁ。

 ……貧乏くじ、引かされまくりのような気がするが……気のせいにしときたい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公にお疲れさまといいたくなりますね。 大人の仮面よく被ったと言いたい。 葬儀で怒る親族を見るとうわぁとなった経験あるので。 同級生でたとえ学生時代ヒエラルキー下だったとしても、和尚と…
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